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夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】 10年前に自分がコニーに向かって唐突に切り出したその一言が、その朝、一晩を一緒に過ごしただけの男の口から発せられていた。 麻衣は、コニーに求婚した時、彼に関しては何の知識も無かった。しかし、あの時は彼が運命の男だと信じ込んでいた。彼しか目に入らなかったのだ。自制が効かないほど彼に触れたかった。 今の剛史の心境は、あの時の私と同じなのだろうか。 剛史は冷静沈着を維持したまま麻衣を見つめていた。麻衣の返事を不安そうに待っている、
夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】 「いいわ、どんな分野だって初めての時がある。とりあえず原文に忠実に訳して、特許特有の言い回しはあとで直してもらえばいい」 麻衣は翻訳を始めた。 しかし特許明細の翻訳はそう単純にはいかなかった。何回読んでも何通りにも取れるような文章が多かった。それでもようやく1枚目の翻訳を終えた時、PCの時計は午後8時を示していた。 外資系企業であることもあり、クリスマスイブのその晩には、家族のある社員、あるいは若い女性はすでに退社していた。苦
本文 日中は、クリスタルの欠片を散りばめたかのごとく輝いている太平洋も、夜のとばりが下りたあとは、闇の中で時おり波音を立てているだけである。 麻衣は、漆黒の中に目を凝らして何かを探してみようとするが、そこからは一糸の灯りでさえ浮かんで来ない。 背後からは50年代の音楽が流れて来る。エルヴィス・プレスリーのlove me tenderである。ホテルの部屋のサイドテーブルから流れて来ている。 麻衣はバルコニーの椅子に腰を降ろした。ルームサービスから届けてもらっ
夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】 二人は叶のホテルの部屋に着いた。 叶はドアを開いて麻衣を中へ促す。部屋の奥にはベッドの端が見える。 麻衣は、仕事においては叶を尊敬し信頼している。 とは言え、叶も男である。夜間に男の部屋へ誘われる、ということの意味を麻衣は知り過ぎるほど知っている。南国のリゾートホテルの一部屋で一緒にワインクーラーを飲んで、「また明日」、と帰してくれるであろうか。強引に誘いを振り払って、気まずくなっても困る。明日も撮影があるのだ。 こ