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夕陽が太平洋に沈むとき

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2023年7月発投稿 最初の連載小説
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夕陽が太平洋に沈む時 【第8話】

 夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】  剛史は、麻衣の問いに対して、数秒間考えを纏めているようであった。  私は彼を困惑させるような質問をしたのかしら。随分と返答に窮しているようだわ。  剛史は口を開いた。 「好みだ、好みじゃない、と単純に返答出来るような性分ならば楽なのだろうが」 「返答して下さらなくてもいいわ。貴方を困らせるつもりで言ったわけじゃないから」 「困っているわけではない。出来るだけ論理的に答えようとしているだけだ。そうだな、このような例がいいかな。こ

夕陽が太平洋に沈む時 【第7話】

夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】 「いいわ、どんな分野だって初めての時がある。とりあえず原文に忠実に訳して、特許特有の言い回しはあとで直してもらえばいい」    麻衣は翻訳を始めた。  しかし特許明細の翻訳はそう単純にはいかなかった。何回読んでも何通りにも取れるような文章が多かった。それでもようやく1枚目の翻訳を終えた時、PCの時計は午後8時を示していた。  外資系企業であることもあり、クリスマスイブのその晩には、家族のある社員、あるいは若い女性はすでに退社していた。苦

夕陽が太平洋に沈む時  【第5話】

夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】  この人は、それほど狡猾で悲愴な嘘まで付いて女を誘いたいのか、と麻衣は嫌悪感を催した。衣装合わせの時には、必要以上に麻衣の身体に触れて来る時もあった。 「小野田さん、貴方の勝手にすればいい。身に覚えがないことだから私にはどうしようも出来ないわ」  麻衣はそう言い残して席を立つ。この撮影チームとふたたび一緒に働くことはないと確信した。 「みなさん、ロケの期間中、本当にお疲れ様でした。私も少し疲れました。お休みなさい」  小野田が焦燥し

夕陽が太平洋に沈む時  【第4話】

 夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】 「結婚したからって何も複雑に考えることはないよ。君は、今までの仕事やライフスタイルを続けたければ続ければいい。僕よりも早く起きて飯を炊いて待っていろなんて言わないよ」 「わかってるわ。そんな人だったら結婚しなかった」 「その代わり僕が浮気をしてもガタガタ言うなよ、とも言わないよ。浮気したくなるほど僕達の気持ちが離れてしまったら別れよう」 「ハネムーンなのにもう別れ話?」  麻衣は軽く苦笑する。  剛史が本気でそう言っているのか否

夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】

  本文  日中は、クリスタルの欠片を散りばめたかのごとく輝いている太平洋も、夜のとばりが下りたあとは、闇の中で時おり波音を立てているだけである。  麻衣は、漆黒の中に目を凝らして何かを探してみようとするが、そこからは一糸の灯りでさえ浮かんで来ない。  背後からは50年代の音楽が流れて来る。エルヴィス・プレスリーのlove me tenderである。ホテルの部屋のサイドテーブルから流れて来ている。  麻衣はバルコニーの椅子に腰を降ろした。ルームサービスから届けてもらっ

夕陽が太平洋に沈む時  【第2話】

 夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】    二人は叶のホテルの部屋に着いた。  叶はドアを開いて麻衣を中へ促す。部屋の奥にはベッドの端が見える。  麻衣は、仕事においては叶を尊敬し信頼している。  とは言え、叶も男である。夜間に男の部屋へ誘われる、ということの意味を麻衣は知り過ぎるほど知っている。南国のリゾートホテルの一部屋で一緒にワインクーラーを飲んで、「また明日」、と帰してくれるであろうか。強引に誘いを振り払って、気まずくなっても困る。明日も撮影があるのだ。  こ