You are what you experience
英語のことわざに"You are what you eat"という言葉がある。意訳すると、「ヘルシーなものを食べれば自分もヘルシーになる」、「脂をいっぱい食べれば自分にも脂がいっぱいつく」という食の啓蒙思想みたいなものだ。
この言葉に準い、より広義に"You are what you experience"ということわざがあってもいいだろう。
先日、友人の結婚式に参列してきた。
心からの祝福ももちろんそうだけど、実際は大同窓会になるので宴会大好きマンとしては招待状が届いたときからずっと楽しみにしていた。
スーツは身体に合うようにオーダーメイドで新調し、滞在先のホテルにはポカリスウェットとしじみ汁を用意。大変な二日酔いになることが安易に予測できるからだ。
これは僕だけなのだが、ノマドワーカーの副作用として決まった時間に決まった場所に行くことが難しいので、当日遅刻しないように式場の隣のホテルを停泊地にした。新郎新婦かよ。
記憶の中のハイライト
ぼくは小学校以降の友人とは比較的交流のあるタイプで、このような機会に会うと走馬灯のように過去の思い出が蘇る。
楽しかったことや、スリリングなこと、甘酸っぱいことなど思い出は様々だが、そのような過去の時の流れの中にはハイライトがある。長い文章中で太字にしたり、紙でいえばマーカーペンを引くような部分だ。それはひょんな機会の言葉の節々に存在する。
友人父からの教訓
中学の同級生である新郎は、中学生のある日、父親からの言い伝えをぼくに共有してくれた。
「大人になっても続く友達は中学の友達だから、今の友達を大事にしな」
うちの家庭は友人関係という分野にまったくタッチしない家庭だったので、そもそも親とそのような話になることが印象的だった。
そして、友人父の言葉の意図することは、具体的に「中学の友人を指す」のではなく、「今の友達」を指しているのだと思う。
ようするに中学の友達が特別ということではなく「一瞬のひと時をいつまでも大事にしろ」と解釈できる。
それから15年が経った
結婚式の二次会には、今までに見たことのない数の出席者がいた。新郎と新婦の友人比率が9:1くらいと、もはや比率をコントロールしようという考えは断捨離したのだろう。語弊がないように添えておくと、新婦の友人が少ないわけではなく新郎の友人が異常に多い。
そして、おそらくその友人の全員が新郎のことをマブダチだと思っているだろう。
「大人になっても続く友達は中学の友達だから、今の友達を大事にしな」
その結果が今この瞬間を作っているのだと思わざるを得なかった。
自分にもその流れ弾は当たっているので、披露宴会場で緊張しながら何を言ってるかわからなかったかもしれないが、友人父には自分の言葉で感謝を伝えさせてもらった。
自分には色々あって途中から父親がどっか行ったので、スーツの着方もわからなかったり男教育が欠落していることが多々ある。
大切なことは友達が教えてくれた
いまだにネクタイは結べないけど、もっと抽象的で大事なことは全部友達が教えてくれた。調子に乗ってるときに辛辣に詰めてくれたり、失恋したときは家に飛んできて川沿いに連れて行ってくれた。貧困家庭のぼくをカラオケに連れて行って有料の遊びを教えてくれたり、そんな友達たちには親のように感謝している。
ある友人には「大人になったらお金を稼ぐからその時に焼肉を奢ってお返しさせてよ」と伝えた。約束から15年経ってもまだ実行出来ていないのだが、もうそろそろ実行してもいい歳だ。
本人たちは全くそんなつもりないから僕が酔っ払って号泣しながら感謝し始めると不思議そうな顔をするが、いつまでも一方的に愛を伝えさせてほしい。
ぼくは昔はだいぶ寡黙でシャイなやつだったけど、世界に出て毎日家族と電話するコーカサスの人々や、暑苦しいほど協力し合うアジアの人々などを見ていると、自分も少しは開放的になってきた。
You are what you experience
あなたたちのおかげで今の自分がある。そして今の自分は割と気に入っている。まだ出会っていないこれからの友人もまた、ひとりひとりが未来のぼくを創ってくれる存在だ。
全ての経験が人を創る。ぼくも、あなたたちみたいになれたらいいな。
今日10月10日は17年前に転校した日。
大人になって出会ったひともひっくるめて、年齢も人種も問わない、全ての友達へのラブレターでした。
食卓のおかずが一品増えます