映画「ロード・オブ・ザ・リング」〜アラゴルンとボロミアに関する考察

アラゴルンとボロミアについて

 

 「アラゴルンとボロミア」と言われるとどうしても黙っていられなくて、ついしゃしゃり出てきてしまいました。私も、この二人の関係は、第一部での柱となるドラマだと思うんですね。色々と考えてみたこともありますので、駄文ながら載せてみたいと思います。

 

 まずは登場人物の整理から。原作は非常に細かいところまで設定が作り込まれていますが、全部解説していると本が一冊書けるレベルなので映画を見る上で分かっていれば、というところまででざっくりと。

 

アラゴルン:

映画の舞台となる世界(ミドルアース;「中つ国」)の人間たちの王家の末裔。ただ、人間の王家は南北に分裂し、アラゴルンは北の王家の末裔に当たる。北の王家の王国は既にサウロン(映画のラスボスね)の配下に滅ぼされており、アラゴルンは領土も領民も持たず、レンジャーとして各地を転々としている。

「ひとつの指輪」が残っているのは、自分の先祖であるイシルドゥアが指輪の誘惑に負けて指輪を我が物としてしまったからであることを知っており、その事から人間がたやすく指輪に誘惑されてしまう弱い生き物であると考えていて、指輪がホビットによって見出された後、人間である自分が指輪の誘惑に打ち勝てないだろうと悩んでいる。

 

ボロミア:

アラゴルンで説明したとおりミドルアースの人間の王国は南北に分裂したが、アラゴルンとは別の血統になる南の王国(ゴンドール)の執政の息子。南の王国の王家は途中で断絶しており、その後は執政が国政のトップとして王国を統治してきた。日本なら鎌倉幕府の北条家みたいなものでしょうか。

 既に北の王国を滅ぼしたサウロンは次に南の王国ゴンドールを滅ぼすべく徐々に圧力を強めており、ゴンドールと執政家は苦境に追い込まれつつある。現在の執政(ボロミアの父)はデネソール公だが、追い詰められていく国と自分の未来を案じて精神にも大きな負担を抱えている。デネソール公には息子が二人いるが、長兄のボロミアに何らかの方法でこの苦境を打開することを期待している。

 

エルロンド:

ハーフエルフ(エルフと人間の婚姻はミドルアースの歴史上3組しかない)。弟にエルロスがいる。かつて神々から「エルフとして生きるか(不死)人間として生きるか(有限の生命)」の選択を迫られており、兄エルロンドはエルフとして、弟エルロスは人間として生きることを選択した。エルロスは人間の王となり、その遙か末裔がアラゴルンである。なので、エルロンドはアラゴルンの遠縁である(ただし相当離れているが)。

 

アルウェン:

エルロンドの娘、アラゴルンの恋人。エルフであることを選択した父エルロンドの子であるためエルフとして生きることが可能であるが、人間であるアラゴルンと結婚すると人間として生きることを選択したこととなり、その生命は有限となる。

 

イシルドゥア:

かつてエルフと人間が連合してサウロンと戦ったとき、人間を率いた王エレンディルの息子。後に北方王国の王家の祖となる(つまりアラゴルンのご先祖様)。戦いの中、父王エレンディルはサウロンに倒されその剣は折れるが、イシルドゥアは父の折れた剣でサウロンから指ごと「ひとつの指輪」を切り取り、サウロンの力の大部分を奪うことに成功した。その結果、サウロンは身体を失って飛散し、その軍も四散してエルフと人間の連合軍が勝利を手にする。戦いが終わったとき、イシルドゥアの近くにいたエルロンドは「ひとつの指輪」を破壊しサウロンの力を完全に失わせることを勧めたが、イシルドゥアはその言葉を聞き入れずに「ひとつの指輪」を自分のものとした(そのため後に彼は命を失うことになる)。

弟がアナリオン。弟の血統がゴンドール王家である(途中で断絶)。

 

サウロン:

元々はミドルアースを含む世界を支配する神々の一人(どちらかと言えば下級神)。堕落して暗黒紳の配下となった。神代の戦いで暗黒紳が没落した後、うまく逃れたサウロンはミドルアースを自らの闇の勢力下に置き、そこに住む全ての生命を自分の支配下におさめようと画策している。上述のように一度はエルフと人間の連合軍に自らの力の大部分をこめた「ひとつの指輪」を奪われて倒されるが、「ひとつの指輪」が存在する限りサウロンの存在も無くなることはなく、徐々にその力を取り戻して闇の世界の支配を広げている。しかし、サウロンがその力を完全に取り戻すには「ひとつの指輪」を手に入れる必要があるため、「ひとつの指輪」を所持する者を部下たちが付け狙うこととなる。本拠地はモルドールという国で、その中のバラド=ドゥアという塔に籠もって部下たちが「ひとつの指輪」を取り戻してくるのを待っている(塔のてっぺんに「眼」のような形で存在しています。

 

「ひとつの指輪」:

サウロンが自らの力の大部分を封じ込めて作った指輪。サウロンの悪意そのものと言っても良い。指輪を身に付けたサウロンの力は絶大で、エルフや人間の王をも打ち倒したが、力の源がその指輪にあることを察知したイシルドゥアに指ごと指輪を切り取って奪われ、サウロンは倒されてしまう。イシルドゥアはそのまま指輪を己の物としたが、指輪は所持者を誘惑し支配して堕落させサウロンの元へ戻ろうとしている。

指輪を身に付けると闇の世界へとスリップアウトし、通常の世界からは姿が見えなくなるが、闇の世界の住人には逆にその姿がはっきり見えるようになってしまう場合がある。

サウロンが巧言の徒であったのと同様に、巧妙にその所持者や周辺にいる者を誘惑する。指輪に誘惑された者は自らの意志で行動しているつもりでもその目的を歪められ、指輪の望む方向へとねじ曲げられてしまう。他の種族に比べて人間はその誘惑に抗する力が弱いと見なされており、アラゴルンの悩みもそこにある。

 

――――――――――

 映画で、アラゴルンは「人間の弱さ」というものを、ずっと考えています。


“Why do you fear the past? You are Isildur's heir, not Isildur himself. You are not bound to his fate. “

「なぜ過去を恐れるの?あなたはイシルドゥアの後継者であって、イシルドゥアその人ではないわ。彼の運命に縛られているのではないのよ。」

“The same blood flows in my veins. The same weakness.”

「私にも同じ血がながれている。同じ弱さを持つ血だ。」

 

 これは裂け谷でのアルウェンとアラゴルンの会話です。人間は「指輪の力への誘惑」といったものに非常に弱く(これは前の場面でエルロンドにも言われています)、イシルドゥア同様に、自分も誘惑に負けてしまう弱さがあるのではないか、そんな自分は王となるにはふさわしい人物ではない、そんな葛藤がアラゴルンにあることがわかります。

 一方ボロミアは、モルドールとの戦いで苦境にあるゴンドールを救ってくれる力を求めて、裂け谷にやって来ます。裂け谷で伝説の剣「ナルシル」を目の前にしたボロミアは感慨深げですが、折れた剣ではゴンドールを救う力にはならない。ですから彼は剣を放りだしていきます(ついでながら、落ちた剣をアラゴルンが恭しく戻していることから、アラゴルンは「イシルドゥアと同じ弱さ」と言いつつ、祖先を敬慕していることがわかります)。

 そんな二人は会議の席で激突します。まず、指輪を目の前にしたボロミアは、「これぞゴンドールを救ってくれる力だ!」と色めき立ちます。

 

"It is a gift.  A gift to the foes of Mordor. Why not use this Ring?

 Long has my farher, the Steward of Gondor...kept the forces of Mordor at bay. By the blood of our people...are your lands kept safe.Give Gondor the weapon of the enemy. Let us use it against him. "

「これは贈り物だ。モルドールと戦うものにとってのな。何故、この指輪を使おうとしない。

 長きにわたり、ゴンドールの執政である我が父は、モルドールの軍勢を食い止めてきた。我が民の血をもって、あなた方の平和を贖ってきたのだ。我がゴンドールに敵の武器をくれ。それを用いてサウロンを倒してみせる。」

 彼は指輪を強力な武器と見なし、その力を用いてモルドールを打ち倒すという考えにとらわれます。初めて指輪を目にするボロミアは、指輪の本当の力も恐ろしさも、わかっていません。しかし、アラゴルンがその考えを否定します。

"You cannnot wield it. None of us can.The One Ring answers to Sauron alone. It has no other master."

「指輪を使いこなすことは出来ぬ。ここにいる誰ひとりとして。「一つの指輪」はサウロンただ一人にしか応じぬ。他の主はいない。」

 アラゴルンは人間の弱さと、指輪の恐ろしさについて熟知しています。そのことは、常に彼にまとわりついてきた問題だったからです。「指輪を支配するものはサウロンただ一人だ。」アラゴルンはそう言いますが、モルドールの脅威は最前線にいる自分がもっともよく知っていると自負するボロミアは、アラゴルンに言い返します。

"And what would a Ranger know of this matter?"

「レンジャーがこの件について何を御存知だと?」

 アラゴルンを山野をさすらっている流れ者程度に思っていたボロミアは、アラゴルンをやや見下すような冷ややかな態度を取ります。しかし、そんなボロミアに対して今度はレゴラスが立ち上がります。

"This is no mere Ranger. He is Aragorn, son of Arathorn. You owe him your allegiance."

"Aragorn. This is Isildur's heir?"

"And heir to the throne of Gondor."

「単なるレンジャーではない。彼はアラゴルン、アラソルンの息子だ。そなたが忠誠を誓うべき相手だ。」

「アラゴルン・・・。こいつがイシルドゥアの末裔か。」

「そして、ゴンドールの王位を継ぐべき者だ。」

 レゴラスはエルフですから人間よりはるかに長命であり、アラゴルンやボロミアの先祖たちの歴史について直接知っています。そこで王家の部下である執政家の子であるボロミアは王家の子孫であるアラゴルンの配下であり、ボロミアはむしろアラゴルンに対して膝をつくべき立場だと告げるのです。その言葉にゴンドールに伝わる伝承を思い出したボロミアは、アラゴルンの先祖、イシルドゥアの名を口にします。一方、会議の場での争いは避けたいアラゴルンは、レゴラスを制して座らせます。しかし、ボロミアは席に戻ったレゴラスを一瞥すると、こう言い放ちました。

"Gondor has no king. Gondor needs no king."

「ゴンドールに王はいない。王など必要ない。」

 国を失い落ちぶれた王家の子孫など認めない。アラゴルンとボロミア、二人の視線が一瞬火花を散らします。ゴンドールの王位を継ぐものと、執政の地位を継ぐもの、立場の違いによる二人の対立が明確になります。

 

 この対立がなくなるわけではありませんが、ともかく二人は仲間として旅立つことになります。じゃあ、二人は仲が悪いのか、というと、実は結構仲がよさそうです。二人で仲良くメリー&ピピンに剣を教えたり(SEEではついでに仲良くホビットに転がされてます)、モリアの入り口では二人で協力してフロドを助けたり、モリアの中でガンダルフが道に迷ったときは、二人で並んでパイプをふかして待っていたりしてます。立場の違いはあれどやっぱり人間同士、何か通じるものがあるのだなあ、と思わせる演出です。

 で、雪山(カラズラス)のシーンです。ボロミアはフロドが落とした指輪を拾い上げます。指輪をじっと見つめその力への渇望を一瞬表情に浮かべるボロミア。そんなボロミアに対してアラゴルンは剣に手を掛けて近寄ろうとします。おそらくアラゴルンはボロミアが指輪を奪おうとすれば、彼を切り捨てる覚悟だったでしょう。しかし、これはボロミアへの敵意というよりは、人間が誘惑に弱いということをアラゴルンがよく知っている(自分はそれでず〜っと悩んでいる)からこその行動だと思います。そして、アラゴルンは同じ弱さが自分にもあることを自覚していますし、その点についてはボロミアを信用しないのと同様に、自分自身をも信用していません。もし弱い人間であるボロミアが指輪を手にすれば彼はたちまち指輪に囚われ、手放すことはできなくなるでしょう。もし指輪を手放すように彼に仲間たちが迫れば、仲間を殺してでも指輪を所持し続けようとする(実際ゴラムは最初に指輪を手にした友人を殺害して奪っています)のです。アラゴルンにはそれが分かる(自分も誘惑に弱い同じ人間という種族だから)からこそ、ボロミアが指輪を自分のものとして手にする前に斬って捨てなくてはならないと決意しています。この場面はそういう演出だと私は理解しています。しかしこの場面は、ボロミアが指輪への誘惑を「フン!」と断ち切ってみせることで、「人間の弱さ」にクヨクヨと葛藤しているアラゴルンに対して己の強さを示すように振る舞っています。(原作のアラゴルンは数々の試練を経て既に完成された高潔な人格でありこういう葛藤はないのですが、ここは映画で原作から微妙に変更された部分ですね)

 

 さて、二人に変化が現れてくるのは、一行が導き手であるガンダルフを失ってモリアから逃れ出たときです。悲嘆にくれる一行に対し、アラゴルンは決然と言います。

 

“Legolas. Get them up. “

「レゴラス、皆を立たせろ。」

“Give them a moment for pity's sake.”

「気持ちが落ち着くまで少し待ってやれよ。」

“By nightfall these hills will be swarming with orcs. We must reach the woods of Lothlorien. Come Boromir, Legolas, Gimli, get them up. “

(He walks over to Sam, and helps him up)” On your feet, Sam. “

(Then he sees Frodo, who has wondered away). “Frodo! Frodo!!”

「夜になればこの丘はオークでいっぱいになるぞ。我々はロスロリアンの森まで行かねばならない。来い、ボロミア、レゴラス、ギムリ、ホビット達を立たせろ。」

(アラゴルンはサムのところに行き、彼が立ち上がるのを助ける)

「しっかり立て、サム。」

(それから彼はふらふらと立ち去ろうとするフロドを見る)

「フロド!フロド!!」

 ここで初めてアラゴルンは、「悲しみを乗り越える時間を皆に与えてやれ」というボロミアの言葉(彼の優しさがわかります)に反してもリーダーシップをとります。おそらく、ガンダルフを失ったことで、今度は自分が一行を導かねばならないという責任感が湧いてきたのでしょう(また、モリアで皆を導くようガンダルフにも言われています)。今、自分たちがしなくてはならないことは何か。自分が決断し、導かねばならないのです。一行の中でロスロリアンを訪れたことがあるのは彼唯一人なのですから。

 

 こうしてアラゴルンはリーダーとして一歩成長します。ボロミアはアラゴルンのその姿を見て刮目したことでしょう。そして、リーダーとなってゆくアラゴルンにボロミアは次第に心を開いていきます。それが、つぎのロリアンでの会話につながっていきます。

 

“I will find no rest here. I heard a voice inside my head. She spoke of my father and the fall of Gondor. She said to me, even now there is hope left. But I cannot see it. It's long since we had any hope. My father is a noble man, but his rule is failing. And then our people lose faith. He looks to me to make things right, and I, I would do it. I would see the glory of Gondor restored. have you ever seen it, Aragorn? The white tower of Ecthelion, glimmering like a spike of burning silver. Its banner caught high in the morning breeze. Have you ever been called home by the clear ringing of silver trumpets? “

「ここでは休まらない。私は頭の中に響く声を聞いた。彼女は私の父とゴンドールの衰退について話しかけ、まだ希望は残されていると言った。でも、私には希望は見えない。我々の望みが僅かになってから長い時が経つ。父は高潔な男だが、治政は思うにまかせず、国民は忠誠を失った。父は私が国をうまく治めていくことを期待しているし、私もそうありたい。私はゴンドールの栄光を復活させたいのだ。白銀(しろがね)と煌めくエクセリオンの白い塔を見たことはあるか、アラゴルン。ゴンドールの旗が高みに掲げられ、朝風にはためく。そしてまた、銀のトランペットが夕べの家路を高らかに告げるのを聞いたことは?」

“I have seen the white city. Long ago. “

「白の都は見たことがある。ずっと以前のことだ。」

“One day our  paths  will  lead us there. And the tower guard shall take up the call. For the Lords of Gondor have returned.”

「いつの日か、私たちの道はあの都へと向かうだろう。そして、塔の衛士がこう叫ぶのだ。『ゴンドールの救い主たちが戻られた!』と。」

 

 ボロミアはアラゴルンに対し、父親(デネソール公ですね)がゴンドールの治政に苦心している(失政というよりはいや増す闇の勢力への対応に苦慮しているのでしょう)こと、自分もそんな父を助けて最盛期の繁栄を取り戻したいと思っていることを打ち明けます。加えて、ガラドリエルの言葉が自分を悩ませているという、自分の弱さも垣間見せています。ここまで打ち明けるのは、彼がアラゴルンをそれだけ信頼するようになったからでしょう。最初は「王など必要ない」などと言っていたボロミアですが、ここで「二人で共に盾を並べてゴンドールのために戦おう」と意志表明しているわけで、彼がアラゴルンを認め、徐々に尊敬するようになっていることが示されています。

 しかし、アラゴルンはそんなボロミアに対し何も約束しようとはしません。「ゴンドールには行ったことがある。」という素っ気無い返事だけです。この時は、ゴンドールの王として共にミナス・ティリスに赴くべきか、指輪所持者とともに滅びの山へ行くべきか、心を決めかねていたのかもしれません。そして、彼がその決断をするのは最後の場面です。

 

 最後の場面でボロミアは指輪の力によって豹変し、フロドに襲いかかります。ゴンドールに指輪を持って帰り、その力を利用して国民を守りたい。指輪は彼のそんな純粋な責任感につけ込み、その思いをねじ曲げてとうとうこのような行動をとらせるのです。「悪ならざるところのない」指輪の、恐ろしい力が明らかになる瞬間なのです。

 フロドは指輪を使って姿を消し、ボロミアから逃れます。そしてフロドが逃れた後、ボロミアは我に返ります。それまでは指輪の力を使って、国を守りたいと思っていたボロミアですが、自分がフロドにした行為を省みて指輪の恐ろしさを思い知らされます。本来のボロミアは、どんなに指輪が欲しくても小さなホビット相手に力づくで奪おうとするような人物ではありません。しかし、その指輪に自分が支配され、フロドに襲いかかるなんて愚かなことをしてしまった。ここでようやくボロミアも指輪の恐るべき力を知ることになるのです。

 もちろんフロドもそのことがわかっています。豹変したボロミアの姿から、ガラドリエルが彼に告げた「指輪は仲間を一人、また一人と滅ぼしていくだろう」という言葉の真の意味をフロドは理解します。指輪に支配された眼前のボロミアには、彼本来の姿は微塵もありません。「You are not yourself!」というセリフには、「本当のボロミアはこんな人じゃないはずなのに!(指輪の魔力で変えられてしまった!)」というフロドの嘆きが込められています。

 さて、ボロミアから逃れたフロドはアラゴルンに会います。

 

“Frodo? “

「フロド?」

“It has taken Boromir.”

「ボロミアが指輪の魔力に捕われてしまった。」

“Where is the ring? “

「指輪はどこだ?」

“Stay away! “

「来るな!」

“Frodo! I swore to protect you.”

「フロド!わたしはあなたを守ると誓ったのだ。」

“Can you protect me from yourself?!” (shows him the ring)

”Would you destroy it?”

 (He puts his hand out, as if offering the ring to Aragorn).

「じゃあ、あなたは絶対に大丈夫なんですか?」(指輪を見せる)

「この指輪を壊すことが出来ますか?」

(手のひらに指輪をのせ、アラゴルンの方にさしだす)

(アラゴルン・・・エレスサール・・・。指輪が囁きかける)

(Aragorn kneels beside Frodo, and closes Frodo's hand over the ring.)

“I would have gone with you to the end. Into the very fires of Mordor. “

(アラゴルンはフロドの前にひざまずき、フロドの手を指輪とともに閉じる)

「君と共に最後まで、モルドールの焔の中まで行きたかった。」

“I know. Look after the others. Especially Sam. He will not understand.” 

「ええ、わかってます。他の人たちをよろしく。特にサムを。サムはわかってくれないだろうけど。」

(Orcs can bee seen coming)

(オークたちがやって来る)

“Come, Frodo. Run. RUN! “

「行け、フロド。走れ、走れ!」

 

 この場面、アラゴルンがボロミアと違って指輪の誘惑に打ち克てたのは、単に器量の違い、というよりは、アラゴルンが「人間の弱さ」というものをよく知っていたからだと私は考えたいです。ボロミアは自分が指輪の誘惑に負けてしまうような弱い部分を持っているとは、最後に指輪に支配されてしまうまで気がつきませんでした。一方、アラゴルンは、先祖のイシルドゥアが人間のもつ弱さゆえに犯した過ちについてずっと考えてきました。だから、フロドに指輪を差し出されたときに「自分にもイシルドゥア(やボロミア)と同じ弱さがあり、最後まで指輪の誘惑に抵抗できないかもしれない」と考える事が出来たのです。そして、「仲間をこれ以上指輪の誘惑に晒すわけにはいかない」というフロドの考えを理解し、ここでフロドと別れることを決意するのだと思います。

 

 フロドと別れることを決心したアラゴルンは彼を逃がすためにウルク・ハイと戦います。自分を取り戻したボロミアも、自らの勇気と自尊心をかけて、メリーとピピンを庇いながら奮戦します。しかし、利あらず、ボロミアは敵の矢を受けて斃れます。アラゴルンがそこに駆けつけます。

 

“They took the little ones. “

「奴等は小さい人(ホビットたち)を捕まえていった。」

“Stay still .”

「そのまま動くな。」

“Frodo. Where is Frodo ?“

「フロド、フロドはどこだ?」

“I let Frodo go. “

「私はフロドを行かせた。」

“Then you did what I could not. I tried to take the ring from him .“

「ああ、あなたは私には出来なかったことを為したのだな。私はフロドから指輪を奪おうとしたのだ。」

“The ring is beyond our reach now. “

「指輪はもはや我々の手の届くところにはない。」

“Forgive me. I did not see it. I have failed you all. “

「許してくれ。私には分かっていなかった。全てを無にしてしまったのだ。」

“No, Boromir. You fought bravely. You have kept your honour. “

アラゴルン:いいや、ボロミア。あなたは勇敢に戦った。誇りを守ったのだ。

(Is about to take an arrow out of him). 

(ボロミアから矢を抜こうとする)

“Leave it! It is over. The world of men will fall. And the whole world will come to darkness. My city to ruin. “

「そっとしておいてくれ。もうおしまいだ。人間の世は滅ぶだろう。そして世界は全て闇に覆われるのだ。私の都も灰燼と帰すだろう。」

“I do not know what strength is in my blood. But I swear to you, I will not let the White City fall. Nor our people fail. “

「私の血にどのような力が宿っているのかは知らぬが、私はあなたに誓おう。白の街も我らの民も滅びるままにはせぬ。」

“Our people. Our people. “

「おお、我ら、我らの民と。」

(He reaches for his sword, which Aragorn hands to him. He clasps it to his chest)

(彼は剣に手を伸ばし、アラゴルンが彼に剣を手渡す。ボロミアは剣を胸に当てる)

“I would have followed you , my brother. My captain. My king. “

「あなたに従っていきたかった、我が兄弟、我が長、我が王よ。」

“Be at peace, son of Gondor. “

「安らかに眠れ、ゴンドールの子よ。」

 

 アラゴルンが指輪の誘惑をはねのけフロドを行かせたことで、ボロミアはアラゴルンにボロミア自身にはなかった意志の強さを見いだします。これは、(祖国を愛するが故にその思いを指輪にねじ曲げられた結果だとしても)ボロミアには出来なかったことでした。このことによって、ボロミアはアラゴルンが自分より強い人間であることを認めるのです。

 あなたと違って自分は指輪の誘惑に負けてしまった、指輪の恐ろしさを自分は本当の意味では理解していなかった、そんな悔恨の念が謝罪の言葉となってボロミアの口をついて出ます。しかし、アラゴルンはボロミアをけして責めたりしません。それは、アラゴルンが人間の弱さというものを知っているからです。アラゴルン自身が人間の弱さ(そしてその弱さを受け継ぐ血筋)というものにずっと苦しんできたからです。

 アラゴルンは優しく語りかけながら矢を抜こうとします。ですが、ボロミアはその手を拒否します。死にゆく彼の心を絶望が覆うからです。自分はここで死に、都は守り手を失い灰燼と帰すだろう。『白の都は、人間の世はもうおしまいだ。ガラドリエルは「まだ希望は残されている」と言ったが、もはやゴンドールにはなんの希望も残っていない。』ボロミアが絶望したとき、再びアラゴルンは語りかけます。

「私の血にどのような力が宿っているのかはわからない。しかし、私はあなたに誓おう、白の都も我らの民も滅びるままにはせぬ。」

 この瞬間、アラゴルンは自らを(指輪を滅ぼせなかった弱い人間=イシルドゥアの末裔という)血統の呪縛から解き放ち、死んでいくボロミアに対し、ゴンドール王として民を守ることを誓います。今まで人間の弱さというものに迷いを覚えていたアラゴルンが、ようやく自分自身の運命について決断するのです。その言葉にボロミアは「ゴンドールに残されていた希望」が本当は何であったのかを悟ります。それは指輪の力ではありませんでした。

 ボロミアは答えます。「おお、『我らの民』と言われるのか、アラゴルンよ。そう、ゴンドールの民は、王であるあなたと執政(の跡継ぎ)である私、我らの民なのです。」いわゆる「noblesse oblige」(高貴なるものの責務)というものでしょう。その責務を果たす(=自分たちの民を守護する)ことをアラゴルンはボロミアに誓ったのです。ゴンドールを守ることを決意したアラゴルンをボロミアは自分の上に立つ王であると認め、執政の子として主君に忠誠を誓うために剣を探し求めます(西洋の騎士がよく行いますね)。ボロミアの意図を悟ったアラゴルンは、落ちていた剣をボロミアに握らせます。

 そして、ゴンドールの王たるべきアラゴルンに、ボロミアは剣を胸に当てて忠誠を誓いながら「我が王よ」と呼びかけ、自分の代わりにゴンドールを守護してくれることを託して散っていくのです。我が君主が愛する祖国を必ず守ってくれると信じ、絶望から解き放たれ、心安らかに笑みを浮かべながら・・・。

 

 一行が離散した後、アラゴルンとレゴラス・ギムリは亡くなったボロミアをボートに乗せて大河アンデュインに流し、葬送とします。その一方でアラゴルンはボロミアの遺品である籠手を両手にはめ、彼の遺志を継ぐことを明確にしています。これは映画オリジナルなんですが、映画のアラゴルンとボロミアならきっとそうするだろうと思わせてくれる、ナイスな演出だと思います。

 

 

 このようにアラゴルンは映画中で自分自身に流れる「王家(ヌメノール)の血」に迷いを生じており、これは原作から大きく変更された部分でしょう。原作でアラゴルンがホビット達と初めて出会ったとき、彼は王位にはないが既にそれに値する十分な経験と叡知を備えたほぼ完成された人格として描かれています。一方、映画ではエルロンドに「彼はずっと以前に王としての道に背を向けた。流浪を選んだ。」と言われていて、アラゴルンがまだ王位継承者としての自覚と誇りを持たずにいることが示されています。折れたナルシルをボロミアが手にする場面でも、ボロミアがゴンドールの執政の嫡子としての自尊心を強烈に顕にするのに対してアラゴルンは一歩引いて構えていますし、その後のアルウェンとの会話でも「イシルドゥアの後継者」というのは彼にとって「王位を継承する権利を有する者」ではなく、「指輪を滅ぼしえなかった弱い人間の子孫」という重荷になっていると説明されます。

 そんなアラゴルンが「旅の仲間」の中で成長していき、ラストのシーンで「我が血筋にどんな力が宿っているのかは知らぬが」と、血統の呪縛を振り払う。そして最期までゴンドールのことを想うボロミアに対し「(王として)‘我らの民’を自分が守ってみせる」と誓言し、彼の遺品を身につけて旅立つシーンは、この映画で白眉と言ってよい場面でしょう。これは、上記の変更によってもたらされたもっとも劇的な効果だと思います。

 

 アラゴルンと同様に第1部で変化していく役割を担うのがゴンドール執政の嫡子ボロミアで、こちらは原作でもその変容が描写されています。ただ、原作ではいささか尊大で独善的な性格に描かれていて、それ故に指輪の力への渇望に抗することが出来ずに堕落してしまうのですが、映画では愛する故郷ゴンドールを守る力としての指輪に対する葛藤や、自分の上位者たる王の血を引くアラゴルンへの反発と理解といった、より複雑な人格が描かれていると思います。この変更によって原作のボロミアは読者にほとんど好かれなかったのに対して、映画では観客がずっと感情移入しやすく理解しやすい人物になっているのではないでしょうか。実際「旅の仲間」ではボロミアを演じたショーン・ビーンとレゴラスを演じたオーランド・ブルームが人気を二分したわけですし。

 この新しいアラゴルン像とボロミア像は、二人の絡みによるドラマで「旅の仲間」に深みを与えることを可能にした点で非常に成功していると考えてよいでしょう。前述のボロミアの臨終の場面で二人が交わす「Our People」という言葉。原作ではトールキンはボロミアに「my people」と言わせているのですが、「my」から「our」へたった一語を変更することで、アラゴルンとボロミアが最期の瞬間に「(共に)‘我々’の民であるゴンドールの人々を守るのだ」という意志を共有し、理解しあったことが表現されています。そして、(ようやく?)ゴンドールの王としての自覚を持ったアラゴルンに、ボロミアは剣を胸に当てて忠誠を誓いながら「我が王よ」と呼びかけ、自分の代わりにゴンドールを守護してくれることを託し、アラゴルンはボロミアの遺品を身につけることでその願いに応えています。これは素晴らしい演出で、上記の変更によってもたらされた果実の一つではないでしょうか。

 

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