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10:33分発の普通電車

9:52発の普通電車まで、あと20分以上もある。
稲刈り機の音と、大橋トリオさんのBGMで、
正面から吹いてくる風に浸っていたら、
全身を紺色コーディネートでまとめて
デニム素材の帽子をかぶった丸眼鏡の奥様から
「このあたりの方ですか?」
と声をかけられた。
「いえ、隣の町です。」
と、笑顔で応えると、彼女は
「あなたとお話したかったの。」
と、ワクワクというよりはウキウキしている感じで
話を続けてきた。
稲刈りの方法が知りたそうだったので、
一週間前に覚えたばかりの方法を少し詳しくにお伝えすると、
「若いのによく知っているのね。」
と、そんなに若くない私を褒めてくれたので、
念のため若くない旨は伝えておいた。
指の怪我の話をきかない代わりに、
仕事は何をしているのか。
一人暮らしなのかどうか。
地元はこの辺かどうか。
といった感じの質問に、偽りなく応えていると、

「生きるって、大変よね」

と、会話は世間話から急に人生論に舵を切った。
彼女はどうやら、私の外面ではなく、内面にようがあるようだった。

別にその手の話が嫌いなわけでもないし、
かといって興味があるわけでもないけれど、
彼女は学生時代からザっと、45年くらい勉強しているらしかった。
私は特に勉強したわけではないけれど、
ここ10年程度で散々考えている、まだ途中経過の答えを
伝えてみることにした。


議題は、

「何故、男と女が存在するのか」


「生物学上で考えると、理解はできない存在同士なので、
理解しようとする姿勢と、努力が必要だと思います。」
「一方通行だと成り立たないので、
そんな風に考えている人と出逢えたら素敵なんですけど。」
「最終的に、出逢いについては、もう私の意思では
どうにもならないので、現状だと、妥協しかないんだと思います。」


と、そのままの考えを述べた。
「妥協はしないつもりです。」
という話はそっと隠しておいた。

知らないうちに、向かい側のホームで9:52発の普通電車が、
私の向かう方向へ走り出していた。
どうやら、今日はいつもとホームが違うらしかった。
彼女は急がなければならないらしく、10分後の特急に乗り込んでいった。








「私はきっとあなたに会うためにこの時間にこの場所に居たんだわ」
「お話できてよかったわ」

と、私を散々褒めごろして、とても気分がよさそうに、
彼女は私と同じ方向に向かっていった。




次の電車に乗ることが私にとって意味があるのかもしれない。と、
10:33分発の普通電車を待つことにする。
途中だった稲刈りはそろそろ終わるみたいだった。

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