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迷子の私と混浴サウナの話


私がここにやってきたのは2019年の春の終わりです。

5月のベルリンにはそこらじゅうに変な綿毛がふわふわ舞い漂っていました。

ポプラの種子らしいのですが、側溝に降り積もったそれはまるで雪みたいでした。

右も左もわからなかった私は自分が赤ちゃんになって、新しい世界を目にしているのかもしれないという気持ちになって、長いことその季節外れの雪景色に見とれていましたよ。


この前、あなたに特技を訊かれて、私は結局なんと答えたんでしたっけ。

すぐに思い浮かばなかったのがちょっと悔しくて、あれからずっと考えているんです。


中学、高校に通っていた頃の私の特技は外国語で喋っているふりをすることでした。

本当に得意だったんです。

みんな笑ってくれるから嬉しくて。

その頃私がいた世界では面白いことこそが凄くて、とっても大切で、尊敬できる理由でした。


中高とも女子校だったんですが、共学出身の友人の学校生活を聞いて驚きました。

あんまり違ったもので。

私が部室に持ち込んだホットカーペットでぬくもりながら、大富豪やものまねや自己流ダンスや、意味なんてこれっぽっちもないくだらないことをしてゲラゲラ笑い転げていた頃、恋人と自転車の二人乗りをして微笑みあっていた子だっていたんですよね。

とても不思議です。

どう考えても、中高校生の頃の私には誰かと恋愛をするなんて、思いつきもしないことでしたから。

そりゃあぼーっとした子だったんです。

もしかしたら今だって、恋人をつくるってどういうことなのか、なんのためなのか、よくわからないままかもしれないですよ。

でも、そんなぼんやりした私も、かわいい人ランキングっていうのに選ばれたことがあるんです。

大学に入ってすぐ、新入生歓迎のために上級生が企画する毎年恒例のオリエンテーションでのことでした。

いえ、自慢のつもりじゃないんです。

なんだか忘れられないできごとで。

そのランキングが同じ学部の新入生の前で読み上げられたとき、私は友人の肩の後ろに隠れて、イヒヒヒヒと笑っていました。

自分には関係ないと信じ切っていたんですよ。

写真に写るときには必ず前にいる子の頭にツノをつくってははしゃいでいるような子だったんですから。

それにまだ入学したばかりでほとんど誰のこともよく知らなかったし、そもそもそんなランキングにエントリーをした覚えがなかったですしね。

それが急にかわいい人なんて縁遠い題目で名前を出されたのものだから、心底びっくりして。

誰かが嫌がらせで投票したのかと疑ったほどでした。

急につまみ上げられてライトの下で全部の足を点検されるダンゴムシのような気持ちになってしまって。

……伝わらないですか。

どうしてもうまく言葉にできないんです。

とにかく、ただただ恥ずかしかったんですよね。

恥ずかしくて居心地が悪くて、でも片時もそのことが頭から離れないくらい圧倒されました。

そう、誰かが私をかわいいと思っているらしいってことに圧倒されたんです。

私は私のことをかわいいと思っている人を想像しました。

おそらくその時に、私はとんでもない間違いをしてしまったんです。

私の頭の中の誰かさんは、イヒヒと笑う私よりもにっこり笑う私を好きだろう、と私は考えました。

誰かさんは私の頭の中にしかいなかったのに。


社会人になっても相変わらずぼーっとしてはいたんですが、人並みにセクハラにあったりなんかもしましたよ。

でもその頃には適当にかわせるくらいには免疫と経験を持っていました。

私はイヒヒとは笑わなくなっていました。

私は私の本質だったかもしれない私を、自分自身でその時立っていたところから遠ざけてきてしまいました。

ずっと一緒にいられるとは思えなくて。



ドレスデンの山のことをあなたに話しましたか?

マレーシア人の女の子とドイツ人の男の子とハイキングに行ったんです。

チェコとの国境近くにハード過ぎないトレッキングコースがあるんですよ。

そこに1億年もむかしの白亜紀からずーっとある不思議な岩があって。

ええ、とっても大きくて変な岩がたくさん、です。

今も山に沿って流れているエルベ川に削られて、隆起して、また削られて、それを何度も繰り返してできたんだそうですよ。

山道をゆっくり登っていくとそのヘンテコな岩岩が群れをなす渓谷が目の前に広がります。


名称未設定のアートワーク 12


それはそれは壮観です。


山登りの後にね、3人でランチを食べていたら、どうしてベルリンに来たのか訊かれたんです。

お決まりの質問です。

理由なんてないから、いつも困っているんです。

ところが、もの凄い景色を見てすぐだったからか、その時の私はいつになく雄弁で。

「人と自分を比べてしまう。それを変えたい」。

そう答えてたんです。

貧弱な語彙力で伝えようとしたから思いもしない答えが出てきたのかもしれないんですけど。

自分でも驚いたくらいでした。
「そうだったの?」って。

その時の私の言葉によると、

「私は自分を好きになるための経験をしにベルリンにやってきて、鏡を見るように、自分が書いたものを読み、描いたものをながめたかった」

らしいんです。

私の口が言ったのは間違いないです。
ひとごとみたいですけど。

そうしたら、2人とも、口を揃えて私がベルリンを選んだのは正解だって言ってくれました。


それでね、なぜかサウナに行くようにしきりに勧めてくるんです。

知ってました?

ドイツのサウナは混浴が一般的なんですよ。

ヨーロッパの国にはちらほらみられる文化らしいのですが、二人が言うには、水着も着ないしタオルで隠しさえしないんだそうです。

驚きますよね。

老若男女が全裸になってただただ汗をかくことに集中する場所です。


ふふふ、あなたの反応も当然です。

私だって反射的に声を荒げていましたよ。
絶対無理だーって。

そうしたら、「そこであなたの身体を気にする人はいない。だってそれはあなたの身体だから」って、彼らは言うんです。

そんな風に言われて少しだけその場所を想像してみていて、私なぜかこんなふうに思ったんです。

そんな奇跡みたいな場所をね、当たり前だって思えるようになれたら。

迷子にさせたままのイヒヒって笑う私を、きっともう一度見つけられるんじゃないかって。


今日は私の話を聞いてくださってありがとう。

あなたの話も聞かせてくれますか?


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