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ケイティ・ミッチェルの演出術を参考に戯曲分析をやってみて気づいたこと

イギリスを代表する舞台演出家ケイティ・ミッチェルが「演出」をする上で一番大切にしている「登場人物の行動を観客に明確に見せる」ための事前準備、稽古、本番までに使えるツールがたくさん書かれているこの本。

「登場人物の行動を観客に具体的に見せるため」に彼女が事前に行っている準備のツールを参考にわたしもこれをきっかけに「なんとなく」おこなっていた戯曲分析を体系化してみようと思い立ち、岸田國士の「ヂアロオグ・プランタニエ」を読んでみました。

(岸田國士の作品は青空文庫で読めます)

まずは戯曲に書かれている「ファクト(事実)」を書き出していきます。

ファクト
日本が舞台
由美子から町田の話題を出す
奈緒子が由美子に町田について相談があるときりだす
由美子と奈緒子は二人とも町田に恋をしている
二人とも町田と結婚したいと考えるほど好きと言っている
由美子と奈緒子は友人同士
町田は由美子の兄とも面識がある
町田は由美子の母とも面識がある
町田は奈緒子の母とも面識がある
由美子の兄は今は一緒に住んではいない
花が近くにある
奈緒子は花占いする
奈緒子が花占いしてる途中に花占いの結果がわからなくなる
由美子は町田が奈緒子と結婚したら自分が死ぬと言っている
奈緒子は町田が由美子と結婚したら町田を殺すと言っている
由美子は泣く
奈緒子はなぜ泣いているのかたずねる
奈緒子は「町田が母にお嫁に来てほしいと言った」のは嘘だと告げる
空を仰ぐことができる場所にいる
奈緒子は町田が好きなのは由美子だと言っている
由美子は町田が好きなのは奈緒子だと言っている

事実を書き出すことで情報の整理がされて自分の想像や主観ではなく客観的にどういう話なのか理解する助けになります。

次に戯曲を読んで浮かんできた疑問を書きだします。時代考証をすれば解決できそうな疑問などが浮かんできます。

クエスチョン
場所は?外?今は何年?二人は何歳か?町田は何歳か?
二人の友達歴は?当時の結婚適齢期は?
お見合い結婚が主流?恋愛結婚は珍しい?
当時の男女交際事情は?どこからが恋人?家に来るということの意味は?
奈緒子の家にたびたび来ているのは本当?家に気軽に出入りできる関係性?
二人の父親は町田を知っている?二人は町田のことをいつから知っている?
町田は由美子の兄が家を出てから家に来なくなった?
町田は奈緒子の家には時々来ている?それはなぜ?
奈緒子は町田が家に来たときに自分以外に思っている人がいるらしいということに気づき、それは由美子だと思っている?二人とも町田とは家族ぐるみの付き合い?町田の思っている人は本当は誰?
花占いで使ってる花の種類は?
花占いはいつ頃から流行ってる?

次にイベント。本の中では「劇中で登場している全員に影響を与える変化が起きている瞬間」と定義づけられています。変化をもたらす出来事ととらえて、ヂアロオグ・プランタニエの中で起きているイベントを書き出してみました。

イベント                                由美子が町田の話を切り出す
奈緒子が由美子に町田に関して相談をもちかける
奈緒子が町田を好きだとはっきりと打ち明ける
町田とどちらが付き合うか、くじ引きで決めようと奈緒子が言い出す           奈緒子が花占いをはじめる 
お互いの母に自分を嫁にほしいと町田が言っていると二人とも言う              奈緒子が花占いしている最中にも話すので結果を見失う
由美子、泣く
どちらの方が町田のことをより好きか競い合う
奈緒子が母に嫁にほしいと町田が言ったことは嘘だと白状する
奈緒子が町田が愛しているのは由美子に間違いないと言う
由美子はそれはなんだか変だと疑問を持つ
奈緒子泣く(空を仰ぐ)

大きなイベント、小さなイベントに分けていくと、より整理されていきます。
ちなみにわたしのお気に入りの小イベントは奈緒子が花占いをしながらしゃべり続けるので、途中で、「あれ、今どっちだっけ?」と占い結果を見失うイベントが好きです。ただこういうところは演出する人や演じる人の好みやセンスが現れる気がします。

次に役の目的

「登場人物が何を望んでいるか、そしてそれを誰にして欲しいのか」短い戯曲なので全体を通して二人の目的が何なのかを書き出してみました。

奈緒子の目的
由美子に町田と付き合っているのは自分だ(由美子子が町田に思われている)と言わせたい
由美子の目的
奈緒子が町田の思われ人だという確信を奈緒子から得たい

目的を自分なりに導き出すために作業したこととしては、登場人物の行動を書き出してみました。(この作業は本の中には特に書かれていませんが、イギリスの演劇学校の先生に教わった作業です)

例えば・・・

由美子  このごろ、町田さん、あなたのお宅へ、たび/\いらつしやるんですつて?
奈緒子  えゝ、あなたのおうちへいらつしやるやうにね。

このセリフで二人は何をしているか、彼らの行動を考えたときに、由美子は町田の話を切り出しているので、この由美子のセリフの動詞を「切り出す」と書き出してみました。次の奈緒子のセリフは、由美子に対して話を切り返しているので、「切り返す」としてみました。これにはおそらく正解はなく、同じ由美子のセリフの部分でも「様子を伺う」でも成立するし、「非難する」でも成立するかもしれない。これは実際の稽古場で俳優自身がいろいろ試してみる実験材料として役に立つのではと思い、この作業をしてみました。

またこの作業をすることで、演劇をしているとよく耳にする「サブテキスト」も見えてきます。言葉では「あなたは優しい方ね」と言っていても、行動が「毒す」とか「はねのける」だったとしたら、言葉通りの意味としては登場人物が使っていないことが分かります。

よく京都でお茶漬けを出されたらそれは「帰れ」という意味だということを聞いたことがあると思うのですが、それをセリフとサブテキストの関係で読むとしたら、「お茶漬け食べますか?」のサブテキストは「そろそろお帰りになったらいかがですか?」になるわけです。
戯曲のセリフもほとんどがセリフ通りの意味で登場人物は使っていないと考えた方がドラマが生まれやすいとわたしは考えています。

演劇を始めたばかりのころは、このサブテキストをどうやったら読めるようになるのか途方に暮れていましたが、行動を書き出すということが理解できるようになってからは、サブテキストを読むことが苦ではなくなってきました。

Action(奈緒子)
切り返す つきつける つかむ 注意をひく 同意を求める 引き出す 脅す 圧をかける 突きつける 探る 提案する 押し付ける 押し切る 説得する 釘を刺す かわす 乗っかる 混乱させる 抗議する 説得する
はぐらかす 挑発に応じる 探る 確かめる けしかける 引っ張る 誘導する 非難する 刺激を与える 脅かす 嫌味を言う 打ち返す
なだめる やわらげる 訂正する 持ち上げる 引き出す なだめる 脅かす 警告する 持ち上げる 忠告する 否定する はっきりさせる 抗議する はぐらかす
Action(由美子)
切り出す 立ち向かう ごまかす 尋ねる 偽る 押しやる
やめさせる 嫌味を言う うやむやにする はねつける
異議を唱える うかがう 要求する 遮断する 警告する 追い返す
はねつける 抗議する あえて挑む 試す 責める 断言する
否定する 覗き見る あえて挑む 脅す 試す 責める 同意する
刺激する 確かめる 受け流す 許す 問いただす 引く うかがう
引く ほのめかす

登場人物の思考も整理してみます

登場人物が自分のことを、相手のことをどう思っているのか、戯曲に書かれていることから推測して書き出してみます。

奈緒子
私は女性に生まれてきたことで損をしていて、不幸だ。
由美子
私は意気地なしで、弱い
奈緒子は由美子のことを
気弱で泣き虫で女性らしい、優柔不断だけれど大切な友人だと思っている
由美子は奈緒子のことを
強くて自分の意志がはっきりしている頼もしい友人だけれどこの人には自分はかなわないと思っている

奈緒子は

男つて、いくたりもの女を、同じやうに愛することができるつて云ふから、あなただけが、さうだと思ふと間違ひよ。

女が、心の中で、一人の男を撰んで置くなんて、実際、無意味ね。

というセリフから男と女の不平等さについて嘆いているように解釈できます。当時(大正~昭和初期)こういった考えをはっきりと口に出す人は珍しかったのではないかと考えられ、おそらく奈緒子は教育をきちんと受けている女性だと推測できます。(女学校を出ているとか)その友人である由美子も同じような環境で育っていると考えられます。

由美子の思考に関してはあまりわかりやすいセリフがなかったので、曖昧になってしまいましたが、今思いつくことを書き出してみました。

ここまで戯曲の情報を整理すると、最初に受けた戯曲のぼんやりした印象がはっきり、具体的になってきます。

初めてこの戯曲を読んだとき、二股かけられた女同士のマウンティング合戦の話だと思っていました。でも情報を整理していくと、町田という人物は二人のうちどちらかを思っているのではなく、二人のこと両方とも思っていない話なのではないかと思うようになりました。

奈緒子  ほんと? かまはないわよ、あたしの母さまにも、何か云つたらしいわ。
由美子  あら……それでね、あたしがどつかへお嫁に行くことになつてるのかつて訊くんですつて……。
奈緒子  あたしなんか、もつとひどいわ。――「僕、お嫁さんを貰ふなら、奈緒子なをこさん見たいな人がいゝなあ」つて云ふんですつて……。
由美子  それから、まだなの、母さまがね、笑ひながら、「いゝえ」つておつしやつたら、「それぢや、当分外へきめないで下さい」つて……。

前半では町田が自分を嫁にほしいと言っているとお互いが言い合い、自分こそが町田に思われている、と主張しますが、後半、お互いの主張がこのように変わります。

奈緒子  まだ困らなくつたつていゝわ。あの方は、一体、どつちの方を、今、余計好きなのか知ら。それが知りたいわね。
由美子  それや、あなたの方よ、きまつてるわ。

由美子は町田が好きなのは奈緒子だと言っています。

奈緒子  あの方が、あなたを愛してらつしやることはたしかよ。

奈緒子も町田が好きなのは由美子だと言っています。

前半はお互いが「自分は町田に思われていない」ということを知られたくないため自分がどれだけ町田に思われているかの見栄を張り合うけれど、後半にかけてお互いが「町田に思われているのはあなただ」と主張しはじめます。そしてラストでは・・・

奈緒子  あの方が、あなたを愛してらつしやることはたしかよ。でも、男つて、いくたりもの女を、同じやうに愛することができるつて云ふから、あなただけが、さうだと思ふと間違ひよ。どうして、あたしの顔を見るの。あたしのこと云つてるんぢやないわよ。たゞ、さういふもんだつて云ふことを云ふんぢやないの。
由美子  でも、なんだか、変だわ。

由美子の「変だわ」というのは奈緒子の様子が変だという意味ではなく、お互いが町田の思っている人は奈緒子か由美子だと思っていた、もしくはそうであってほしいと思っていたけれど、お互いの様子からどうも違うらしいということに気づき始めたことに対する「変だわ」とは考えられないでしょうか。ラストで奈緒子が空を仰ぐ(つまり泣く)のはそれが理由だったとしたら・・・?

ここまで書き出したことや推測は「正しい」ものではなく実際に稽古したり、ほかの人と読み合わせをしたら全然違ったということも考えられますが、それでも自分なりに事実、事件、登場人物たちの行動や思考を整理することで「なんとなく」戯曲を読むよりも様々なことが見えてくることがわかりました。

他にも、戯曲の世界をより具体的にする様々なツールが書かれている「ケイティ・ミッチェルの演出術」ぜひ読んでみて、戯曲分析の参考にしてみてはどうでしょうか。この本を読む人がたくさん増えると、演じることは「感情を表現すること」ではなく「行動すること」なのだという認識が広まっていくのではと思います。

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