見出し画像

続続金色夜叉|尾崎 紅葉|※ネタバレ注意※

「金色夜叉」は、明治時代の小説家・尾崎紅葉によって1897年から1902年にかけて執筆された恋愛小説です。この作品は、当時の日本社会で大きな反響を呼び、近代日本文学の代表作の一つとして知られています。物語は、主人公の間貫一と、彼の婚約者である鴫沢宮との悲恋を中心に展開します。貧しい学生だった貫一は、宮との結婚を約束しますが、突然の遺産相続で裕福になった宮は、富豪の富山唯継と結婚してしまいます。このことで深く傷ついた貫一は、復讐心に駆られて「金色夜叉」と呼ばれる高利貸しとなり、冷酷な人物へと変貌していきます。作品は、愛と金銭、そして復讐という普遍的なテーマを扱いながら、明治時代の社会変化や価値観の揺らぎを鮮やかに描き出しています。


```mermaid
graph TD
    A[間貫一] -->|失恋| B[鴫澤宮]
    B -->|裏切り| A
    B -->|結婚| C[富山唯継]
    A -->|恋敵| C
    D[狭山元輔] -->|恋人| E[柏屋の愛子]
    E -->|拒絶| C
    F[お静] -->|元恋人| A
    G[丹子] -->|娘| F

    classDef protagonist fill:#ff9999,stroke:#333,stroke-width:2px;
    classDef antagonist fill:#9999ff,stroke:#333,stroke-width:2px;
    classDef supporting fill:#99ff99,stroke:#333,stroke-width:2px;

    class A protagonist;
    class B,C antagonist;
    class D,E,F,G supporting;
```

第一章:塩原への旅と貫一の心の葛藤

一の一:貫一の苦悩と塩原への出発

貫一は深い苦悩に陥っていた。生きるべきか死ぬべきか、その価値について思い悩む日々が続いた。懊悩の中で三日ほど過ごし、誰にも語らず、誰にも訴えることもできなかった。自らを救う道も見出せず、この苦しみから逃れる術もなかった。

貫一は自身の存在価値について深く考え込んだ。価値のない生存は、同じく価値のない死で終わらせるべきなのか。それとも、過ちの多かった半生を終わらせ、新たな価値ある人生を始めるべきなのか。死を避けようとするわけではないが、かといって生を厭うわけでもない。ただ、どちらも価値がないと感じていた。

そんな折、野州塩原の温泉場にある清琴楼への出張が必要となった。大口からの貸付の取り引きが迫っており、猶予なく自ら出向く必要があった。気が進まなかったが、難得の奇景の地と聞き及んでいたため、憂さを忘れる機会になるかもしれないと思い、貫一は家を出た。出発の朝、空には白い横雲と半輪の残月が掛かっていた。

一の二:塩原の景色と貫一の不可思議な体験

貫一は西那須野駅で下車し、塩原へと向かった。那須野原を通り、関谷村を過ぎ、入勝橋を渡ると、山々に囲まれた塩原の地形が現れた。道中には数多くの滝や橋、温泉が点在し、壮観な景色が広がっていた。

塩原の地形は、群峰の間を縫うように四里に分かれ、十一里に渡って続いていた。至る所に岩と水が見られ、まるで青銅の薬研に瑠璃末を砕いたかのような景観だった。大網の湯、根本山、魚止滝、児ヶ淵など、様々な名所が点在していた。

途中、不動沢という場所で貫一は奇妙な体験をする。かつて夢で見た景色とそっくりな光景を目にし、宮の亡骸を思い出して戦慄した。岸の配置、茂みの状況、水面の模様、岩の様子まで、夢で見たものと酷似していた。

さらに進むと、天狗巌と呼ばれる巨大な岩壁が現れた。貫一は、夢の中で宮を追って転落した谷間の深さを思い出し、身震いした。次に現れた野立石も、夢の中で見た光景と一致していた。貫一は髪の毛が逆立つほどの恐怖を感じた。

一の三:貫一の混乱と到着

貫一は夢と現実の境界線が曖昧になり、混乱を深めていった。塩原の実景が夢で見たものと一致することに驚愕し、自分がまた夢を見ているのではないかと疑うほどだった。夢の中では恐ろしく、哀れで、悲しく、痛ましかったものが、現実のものとなる可能性に戦慄した。

しかし、貫一は宮だけがそこにいないことに気づき、現実であることを悟る。夢ではないと確信すると、思いがけない場所に来てしまったという不安が湧き上がった。早く立ち去りたいという気持ちに駆られ、急いで人力車に乗り込んだ。

白倉山の麓、塩釜の湯、高尾塚、離室、甘湯沢、兄弟滝、玉簾瀬、小太郎淵など、次々と名所を通り過ぎた。そして最後に、寺山を仰ぎ見ながら、人家の並ぶ畑下戸にようやく到着した。混乱と戸惑いを抱えたまま、貫一の塩原への旅は終わりを告げた。

第二章:清琴楼の謎めいた滞在

二の一:清琴楼での貫一の到着と初日

清琴楼は南に箒川の緩やかな流れを臨み、西に富士山と喜十六山を望む絶景の宿である。周囲には翠巒が連なり、袖の沢からは二十丈の吉井滝が落ちている。貫一はこの絵画のような風景に心を奪われ、旅の疲れを忘れる。彼は自然の中で憂いや苦しみを忘れ、心を軽くし、このまま生を終えたいとさえ思う。

夕暮れ時、貫一は部屋に戻り、床の間に活けられた山百合の花に目を奪われる。この花は彼の見た夢と奇妙に一致し、不思議な因縁を感じさせる。夕食後、貫一は風呂に向かう途中、もう一人の客と出会う。その客は人目を避けるような態度を取り、頻繁に左右を見回している。貫一は客の様子に興味を持ち、その正体を推測し始める。

二の二:謎の客への関心と観察

翌朝、貫一は宿の周辺を散策し、須巻の滝の湯まで足を延ばす。帰宿後、彼は再び謎の客と遭遇する。客は依然として顔を見せまいとする態度だが、貫一はその様子を詳しく観察する。客の容貌や挙動から、貫一は彼が精神病者ではないかと推測する。

給仕の婢から、その客が誰かを待っていることを聞き、貫一の興味はさらに深まる。婢との会話から、客が日本橋の人物で、伴を待っていることがわかる。貫一は客の正体や、なぜ人を避けようとするのかについて様々な推測を巡らせる。

夜になっても客は帰らず、貫一は不安と好奇心に駆られて眠れない夜を過ごす。深夜になっても客は戻らず、貫一は様々な可能性を考えながら眠りにつく。

二の三:謎の客の部屋と待っていた人物の到着

翌朝、客の部屋を垣間見た貫一は、そこに小豆革の手鞄や浅黄キャリコの風呂敷包、新聞紙、絹物の袷などがあることを確認する。宿帳から客が洋服仕立商であることを知るが、依然として謎は解けないままだ。

その日の昼頃、婢の興奮した知らせで貫一は階段へと急ぐ。そこで彼は、謎の客が若い女性を連れて帰ってくるのを目撃する。客は藍鼠の中折帽を斜めに被り、依然として顔を見せないようにしている。

連れの女性は20代半ばで、銀杏返しの髪に本甲蒔絵の挿櫛、大粒の淡色瑪瑙の後簪を挿している。葡萄茶の細格子の縞御召に勝色裏の袷を着て、小紋縮緬の羽織を羽織っている。しかし、その素顔は色蒼く、やや憔悴した様子も見える。二人は貫一の視線に気づくと、足早に過ぎ去っていく。貫一はこの女性が客の妻ではないと推測する。

第三章:苦悩と愛の密会

三の一:お静と狭山の密会

人目を避けて密会するお静と狭山は、手を取り合いながら密かに語り合っていた。お静は、狭山との関係を邪魔する男性の存在に悩まされていたことを打ち明ける。その男性は執拗にお静を追いかけ、彼女の自由を奪っていた。お静の母親までもがその男性を後押しし、お静を苦しめていた。

お静は苦悩の末に決断を下し、その男性から逃げ出すことにした。逃げ出す前夜、男性と二人きりになった際、激しい口論となった。男性は酔って乱暴になり、お静を引き倒した。憎しみに駆られたお静は、近くにあったお皿で男性の顔を殴打し、血を流させた。その隙に逃げ出したお静は、丹子の母親のもとに身を寄せた。

丹子の母親は優しくお静を受け入れ、彼女の身を案じた。お静は丹子や丹子の母親との別れを惜しみつつも、狭山との新たな人生を選んだ。お静は涙ながらに、これまでの経緯と心情を狭山に語った。

三の二:貫一の観察と思索

一方、貫一は密会する二人を遠くから観察していた。彼は二人の関係性や密会の目的を推測し、自身の過去の恋愛経験と重ね合わせて考えを巡らせる。貫一は、かつて愛した宮との失恋を思い出し、この二人の関係が純粋な愛に基づくものであることを願った。

貫一は、自分の失敗した恋と比較しながら、二人の愛の深さや、彼らが乗り越えようとしている障害の大きさを想像した。彼は自分の受けた浅い愛と、二人が交わしているであろう深い情を対比させ、自分の敗れた恋と、二人の成就するかもしれない恋の行方に思いを巡らせた。

夜になると、貫一は隣室で語り合う二人の声に耳を傾けた。彼らの会話は夜通し続き、時折感情的になる様子も窺えた。女性の泣き声が聞こえ、その後も長々と語り合う二人の様子に、貫一は自身の過去を重ね合わせ、様々な思いを巡らせた。

翌朝、貫一が湯殿に向かうと、そこにはまだ二人の姿があった。驚いた貫一は急いで引き返した。二人の密会は、朝まで続いていたのだった。

第四章:愛と死の間で揺れる二人の最後の夜

四の一:雨夜の静寂

両人の熱い一日が終わり、夕暮れになった。難しげに暮山を巡っていた雲は、果たして雨となって冷たく密に降り注いだ。宵の灯火も影更けて、壁に映る物の形は皆寂しく、起きているべき時間ではなかった。貫一も枕に就いた。

ランプを細めた彼らの座敷も甚だ静かで、宿の者さえ寝急いで11時を過ぎた。凄まじい谷川の響きに紛れつつ、小止みもせぬ雨の音の中、かの病み疲れたような柱時計は、息も絶え絶えに半夜を告げ渡る時、両人の閨の灯は忽ち明るく輝いた。

四の二:別れの準備

二人は共に起き出て火鉢の前に座った。貫一が膳を持ってくるよう促すと、お静は微かな声で答えたが、打ち萎れてなかなか立ち上がろうとしない。お静は貫一に言い残したことがあるような気がすると漏らす。貫一は互いに何も言わない方がいいと答える。

お静は指輪を交換しようと提案する。各々その手にある指輪を抜き、男は実印用のを女の指に、女はダイヤモンド入りのを男の指に嵌めた。なおも離れがたく、物は言えずにいた。

突然、雨が激しく降り出す。貫一はこれを好機と捉え、お静に覚悟を決めるよう促す。お静も覚悟を決めたと応じる。

四の三:最後の宴

貫一の促しで、お静は酒と肴を持ってくる。二人は急いで服を着替える。帯を締めながら、お静は帯が結びついたことを吉兆と感じる。貫一はそれを聞いて何か良いことがあるのだと言う。

お静は、もし恥ずかしい思いをせずに済むのならそれで良いと言う。貫一は大丈夫だと安心させるが、万が一遅れたら必ず後を追うと約束する。お静は貫一の膝に顔を埋めて泣き、一緒に連れて行ってほしいと懇願する。

二人は火鉢の傍らで最後の杯を交わすことにする。熱燗の酒は烈々と香り、お静の震える手から貫一の震える湯飲みに注がれる。二人は酒を前に、これまでの思い出を振り返る。出会いの夜に飲んだ酒、三年の憂いを晴らした酒、そして今夜の最後の酒。

四の四:死の淵で

貫一は枕の下から袱紗包みの財布を取り出し、中から一包みの粉薬を取り出す。お静は二つの茶碗を並べ、貫一はその中に白い粉末を分ける。二人は互いに酒を注ぎ合う。

雨はこの時やっと止み、軒の雫が絶え絶えに落ち、怪しい鳥の鳴き声が二三度聞こえ、その後は松風の音だけが聞こえる。お静は目を閉じ、合掌して小さな声で南無阿弥陀仏と唱える。貫一も震える声で南無阿弥陀仏と唱え始める。

四の五:貫一の介入

二人の心が消え入りそうになった時、突然屋根が震動し、雷が落ちたような響きがした。男は倒れ、女は叫び声を上げる。そこへ人影が現れ、灯火の前に立った。

「貴方方は、怪しからぬことを! 駄目ですぞ」と声がする。男が我に返ると、そこにいたのは宿の別の客、貫一だった。貫一は無断で部屋に入ったことを詫びつつ、二人の命を救ったと告げる。

貫一は二人の事情を聞こうとする。彼は二人を救える可能性があるなら力を貸すと申し出る。もし救えないなら、立派に死ぬのを見届け、介錯もすると言う。貫一は二人の秘密を聞く覚悟があると強調し、話すよう促す。

第五章:絶望から希望への奇跡の転換

五の一:窮地に陥った二人と貫一の邂逅

貫一は気を引き締めて狭山と愛子に向き合った。彼は二人の身の上を詳しく聞き出そうとした。狭山は主人の金を使い込み、愛子は身請け話が持ち上がっていた。二人は窮地に陥り、心中を決意していた。貫一は彼らの話に真剣に耳を傾けた。

貫一は狭山に対し、費消した金額や身請けの金額を尋ねた。狭山は費消が3000円、身請けが800円ほどかかると答えた。貫一はその金額で二人の命が救えることを確認し、さらに詳しい事情を聞こうとした。彼は狭山に対して、添えない理由を尋ね、狭山は主人の金を使い込んだことを告白した。

貫一は二人に対して、死ぬつもりなら身の上を隠さず話すよう促した。彼は自分が弁護士であることを明かし、二人を助けたいという意思を示した。

五の二:狭山の告白と苦境の詳細

狭山は自分の不始末の経緯を詳しく語り始めた。彼は南伝馬町の幸菱という紙問屋の支配人をしていた。遊蕩による金の使い込みは、当初は何とかなると思っていたが、次第に穴が大きくなっていった。

窮地に陥った狭山は相場に手を出したが、これが失敗し、さらに状況を悪化させた。3000円という費消の半分以上は相場に注ぎ込んだものだった。

主人は狭山の勤労を認め、費消を許そうとしたが、条件があった。それは主人の家内の姪との結婚だった。狭山はこの縁談を辞退せざるを得ない事情があり、主人の怒りを買った。主人は費消金の返済か告訴かの二者択一を迫った。

狭山は自分の過ちを認めつつ、その苦境を説明した。彼は主人に書置きをし、覚悟を決めていた。

五の三:愛子の決意と富山唯継の存在

愛子は新橋の柏屋で働いていた。彼女は富山唯継という身請け客の存在を明かした。富山は下谷の富山銀行の取締役で、一年ほど前から愛子のもとに通っていた。

愛子は富山の申し出を断り続け、狭山との関係を守ろうとしていた。富山は金の力で愛子を手に入れようとし、養母を通じて圧力をかけていた。愛子の養母は強欲で、愛子を金儲けの道具としか見ていなかった。

愛子は富山の性格や言動について詳しく語った。富山は大の男自慢で、金の話ばかりする俗物だった。彼は「御威光」というあだ名で呼ばれ、周囲から嫌われていた。

富山は自分の妻を隠居させて愛子を迎えようとしていた。彼の妻は病身で、子供もいないという話だった。しかし、愛子はそれを拒否し続けた。

結局、愛子は狭山と共に死ぬことを選んだ。彼女は狭山を助けるために富山から金を借りることも考えたが、それは詐取になるとして断念した。

五の四:貫一の感動と真の愛への称賛

貫一は愛子の誠実さと献身的な愛に深く感動した。彼は涙を流しながら、愛子の心がけの素晴らしさを称えた。貫一は愛子が商売柄にもかかわらず、一人の男性を守り通し、身請けの誘いを断り、狭山のために命を捨てる覚悟をしたことに心を打たれた。

貫一は自身の過去の経験と重ね合わせ、真の愛の価値を再認識した。彼は二人に対し、その愛を大切にし、互いのために生きることの重要性を説いた。

貫一は特に愛子に対し、その美しい心がけを一生涯忘れないよう、それが二人の宝であると強調した。彼は愛子の行動を「天晴」と評し、その心がけこそが二人の宝だと説いた。

五の五:救済の約束と新たな希望

貫一は二人の死を思いとどまらせ、金銭的な援助を約束した。彼は3000円や4000円の金を何とかすると言い、二人に生きる希望を与えた。

貫一は愛子に対し、その美しい心がけを一生大切にするよう諭した。彼は真の愛とは相手のためにいつでも命を捨てる覚悟を持つことだと説き、軽薄な恋愛の危険性を警告した。

貫一の言葉は、絶望の淵にあった二人に希望の光をもたらした。狭山と愛子は貫一の予期せぬ救いの手に驚き、戸惑いを隠せなかった。彼らは貫一を鬼か神かと疑うほどだった。

夜が明けようとする中、鶏の鳴き声が聞こえ、二人の運命は思いがけない転機を迎えた。常闇の雲が晴れ、曙の光が差し込み始めた。茶碗に小さな蛾が落ちて浮かぶ様子が描かれ、新たな日の始まりを象徴していた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?