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【短歌】文語の定型短歌を詠む

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自作の文語定型短歌をまとめるためにマガジンを作りました。今までに創作したものから定期的に note に横書きしてマガジンに追加します。初出は『橄欖《かんらん》』誌ですが、一部を修…
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2022年6月の記事一覧

【短歌】枝垂桜|文語の定型短歌を詠む 35

木曾谷の街道沿ひに独り立つ枝垂桜の古き大木 札も無く吾の外花見の客も無く枝垂桜は風と語らふ 這ふやうに土手を登りて近づけば畏怖さへ与ふ枝垂桜木 カメラには納まり切らぬ巨木なり動画モードで桜木を撮る 数百年木曾の人々見守りて枝垂桜はこの季を告ぐ この谷の宝の桜を動画にて異国の友に見せて誇れり 2014年4月詠 『橄欖』2014年7月号初出

【短歌】孤児院へ|文語の定型短歌を詠む 34

この赤児はスラムの路地に捨てられしと職員の手より受けし子を抱く 寄付を渡し院長と談笑するも職員の一人断じて目を合はせざり 弱き者を顧みざる目 外つ国の民を蔑む目の 日本人 超高層マンション群れ立つダウンタウン マニラは豊か東京よりも デパートに溢るるマニラの若者ら 子連れ夫婦ら 懐かしき景 東京の平日午後のバス車内 五十代の吾 最年少か 2014年3月詠 『橄欖』2014年6月号初出

【短歌】犠牲|文語の定型短歌を詠む 33

雌仔山羊は長じ仔山羊を二頭産む 巡る生命の美しきかな 胎内に消えしひとつの生命あり 骸冷めゆく早さのあはれ 疾く知らば或いは死産を救へしや 解なき問ひを繰りて悩めり 死産の仔抱き不識を悔やみつつ「犠牲」の字義を噛み砕きをり 生と死の境に一条光るもの 山羊の生命に人の生命に 2014年2月詠 『橄欖』2014年5月号初出 ************************ ヤギを育てていたのは当時長坂に住んでいた友人である。 子ヤギのオスとメスを一頭ずつ育て、二頭

【短歌】薪束の|文語の定型短歌を詠む 32

天窓を覆ひし雪の垂れ絹を透かし射し入る朝の光は 昨夜また新たに降りし雪の上に鹿の番ひの足跡のあり 暖炉の火首尾良く熾きて疾く立ちて良きにそのまま眺めて居りぬ 薪束の陰に隠れて眠りゐし越年蜻蛉覚めて飛び上ぐ 陽光に氷柱きらめく昼下がり夫の薪割る音響く森 2014年1月詠 『橄欖』2014年4月号 初出

【短歌】降誕劇|文語の定型短歌を詠む 31

羊飼ひになりたき男子ら数多をり高校生が羊になりぬ 背の高き「羊」一頭幕間に「羊飼ひ」らの世話してをりぬ のっそりと歩む「羊」に目もくれず「牧人」園児ら跳びはね回る 歌ひ終へ感極まりて泣き出せる降誕劇の幼きマリア 泣きじゃくる「マリア」を撫でて慰むる「ヨゼフ」は八歳 利発な少年 台本に無き展開に大人らは泣き笑ひ泣く降誕劇かな 2013年12月 詠 『橄欖』2014年3月号 初出

【短歌】手術|文語の定型短歌を詠む 30

日常の全てが一時停止せり網膜剥離と診断されて 「明日入院、あさって手術」と告げられて浮かぶ当惑 感謝すべきに 放置して失明に至る例ありとの医師の説明ビデオにもあり 院外にて携帯電話で連絡す二週連続休講の旨 病名と入院予定を大学の事務に告げたり夫より先に 2013年10月 詠  『橄欖』2014年1月号 初出