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袈裟と西日とコカ・コーラ

急にカンボジアに行ったときのことを思い出した。3年ちょっと前くらい。もう俳句やめようかな、とかぼんやり考えていた頃で、とにかくひとりぼっちになりたかったのです。フィリピンから帰国する予定だったところを思い立って、日本に戻らずにシェムリアップに直行することにしたんだった。

閑散期だった上、街の中心からだいぶ離れた野犬だらけのエリアだったのもあってか知らないが、数千円でプール付き、ベッドもキングサイズのブティックホテルに泊まることができた。部屋のベランダから仲秋の名月を眺めながら、深夜だったけれどナイトマーケットに行こうと思い立って、トゥクトゥクの運転手に来てもらう。踊り狂ってる白人しかいないバーを眺めながらめちゃくちゃ安いビールを飲んだり、クメール人の給仕さんに”another glass of beer”の発音がちょっと変だと笑われたり、した。周りに日本人が全然いなくて、とても心地よかったのを覚えてる。ついでにいま思い出したけれど、ビールを飲みながら、高柳克弘の『寒林』を読んでいたんだった。

遺跡群はコウモリが臭かったり、鶉みたいな鳥が茂みをちょこまか歩いていたり、そういうのが面白かった。アンコールワットは確かにスゴイんだけど、教科書を見ているような気分で、まあ、こんなもんかと、暑いなぁ、と歩いているうちに、鐘が鳴った。戸締りの時刻だ。寺院はあまりに広いので、係員の靴音から遠ざかる方向に歩いていったら暫く締め出されることもないのだろうけれど、いくつかの部屋伝いに大回りをしながら、なんとなく出口の方へ向かっていった。すると、大人の僧侶が、10人くらいの幼い僧侶をまとめながら、夕焼の中に立っている。その横をすり抜け、少し名残惜しく後ろを振り返った。西日に染まった仏像の起伏がありありと見える。その横で、子供のひとりが500mlのコカ・コーラ缶を手にしていた。ひとくち飲むと、隣の子へと手渡しに、そうやって皆で回し飲みをしている。アメリカ資本の象徴みたいな飲み物が、神聖(仏だけど)な場所で回し飲みされているのが可笑しかった。あんな麻薬のようなものなのに、コーラは禁忌じゃないんだッ、って。まさか、昭和なキビシい家庭よりユルいんだなんて、考えたことなかったよ。橙色の袈裟と、西日と、コカ・コーラ。燃えるようにうつくしい、と思った。大人の僧が飲み終えた子供から缶を取り上げて自分も口をつけるのを横目に、出口への長い階段を降りはじめたのだった。

だから僕は、コカ・コーラが好きなんだな。毎日2ℓくらい飲むもんね。最近はずっと黒いラベルのゼロカロリーの方にしています。赤いのに比べてちょっと甘みが抑えてあるから、水みたいにグビグビ飲めるんですよ。西日に刺されながらコーラを呷るときの喉の痛み。これが、圧倒的に、気持ちいい。

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