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第3回(2020/05/18) 経営組織論 人間ってどんな存在だと思いますか?

1.はじめに

 このページは,九州産業大学地域共創学部地域づくり学科・経営学部産業経営学科において2020年度前期に開講されている「経営組織論」の第3回講義でお話ししようと思っていたことを,そのまま文字起こししたものです。

 こんにちは。5月14日に,福岡県を含む39県でCOVID-19の拡大を防ぐことを目的として発令されていた非常事態宣言が解除されました。ですが,まだまだ安心しないでください。非常事態宣言が解除されたからといって,COVID-19の感染リスクがゼロになったわけではまったくありません。症状の出ない感染者はまだいる可能性もあります。第2次感染拡大を起こさないためにも,まだまだ注意しながら日常を過ごしていきましょう。感染拡大を防ぐためのここまでの努力,無駄にしたくないですよね?ということで,まだ遠隔講義は続きます。今日もゆるゆる始めていきましょう。

 さて。今日も余談から入りましょう。今,あなたは遠隔講義を受けていますね。毎日ご苦労様です。それと同様に,企業で働く人々も出社ができないので「リモートワーク」や「テレワーク」と呼ばれる形で働いています(もちろん業種にもよりますが)。「リモート(remote)」や「テレ(tele)」は,「距離が離れている」という意味です。それまではひとつの場所に集合していた人々が物理的に離れて働くことを,リモートワークやテレワークと呼ぶわけですね(以降,この講義noteではこれらのことを「リモートワーク」と呼びます)。

 最近,リモートワークを含めたCOVID-19への対応が,働く人々にどのような影響を与えているのかについての調査報告の結果が発表されました。

 調査設計から調査実施,そして調査結果の解析まで,とても早くて驚きます。かなりページ数があるのですべてに目を通すのはなかなか難しかもしれませんが,今,世界中を席巻しているCOVID-19という現象が人々にどのような影響を与えているのかを考える,とても重要な資料です。遠隔講義の課題が多く大変かと思いますが,時間があるときに少しずつ目を通してみましょう。

 このリモートワークに関係する以下のような記事がありました。それほど長い記事ではないので読んでみましょう。

 当たり前のことですが,リモートワークだと上司は部下の働きぶりを直接自分の目で見て確認することができません。同じオフィスにいるのであれば,きちんとデスクにいて真剣な顔をしてPCに向かっていれば,仕事をしているように見えて上司は安心します。ですが,リモートワークではこれが難しいわけです。そうすると,上司は「部下はきちんと仕事をしているかな…?」と不安になります。上司の仕事は,部下がきちんと仕事をできる環境を整備し,組織として成果を出すことですから,この不安はある意味では真っ当であると言えます。その不安を解消するために,既出のリンク先にある「Sneek」のようなサービスが使われるわけです。もっともSneekの使われ方は,もともとのねらいとは異なるようですが。
 
 では,こういったツールを用いてリモートワークをしている部下の姿を監視したいという上司の考えは,どこからくるものなのでしょうか?様々な考えがありますが,1つ考えられるのは「監視をしていないと部下がサボってしまう」という意識です。部下に対する不信と言えるかもしれません。成熟した大人に対してなんとも失礼だと思いますが,一概にそうとは言えません。その組織では歴史的にサボってしまう従業員が多かったのかもしれません。もちろん,そういった行動を従業員がとらないようにするのも上司の仕事です。しかし,どうやっても積極的には仕事をしない従業員がいて,その組織はそういった従業員の扱いに難儀してきたのかもしれません。そして,その積み重ねの結果,様子をこまめに確認するということがその組織では当たり前になっている可能性があります。

 他方で,監視が目的としているのではなく,同じ職場で働く同僚であればお互いの様子を知っておいた方がいいという考えもあります。「お互いの様子」とは,仕事の進捗もそうですが,単純に「同僚が今日はどんな顔で仕事をしているのか」といったことも含まれます。後者は些細なことのように思えますが,前回講義でもお話しした通り,組織には公式組織と非公式組織の2つの側面があります。「同僚の顔を見たい」というのは非公式組織で行われるコミュニケーションへの欲求ですが,非公式組織は公式組織での活動を活発化させてくれます。リモートワークをとても孤独に感じる従業員もいるでしょう。そういた人々のために,顔の見えるコミュニケーションを目的としてこういったツールを導入しているのかもしれません。

 COVID-19は様々なことに影響を与えており,それは働き方についても例外ではありません。COVID-19の流行が終息した後に,どの程度の組織がリモートワークの割合を増やすかはわかりません。リモートワークを増やそうがそうでなかろうが,その行動の背後にある考えやねらいを理解するように努める必要があるでしょう。その組織の基本的な考えを理解する糸口となるかもしれません。部下を監視するためなのか,それとも従業員同士のつながりを維持するためなのか。あまりねらいがないままにリモートワークを導入した組織は単純に流行に乗っているだけの可能性がありますが,それはそれで「流行をとにかく取り入れる」という姿勢の現れかもしれません。いずれにせよ,組織の具体的な行動からその組織が持つ前提や価値観について考えてみてもいいかもしれませんね。

2.前回の振り返り

 ここからは,前回の講義内容を振り返っていきましょう。前回は「この経営組織論という講義では何を学ぶのか?」をテーマとして,そもそも経営とは何か,そして組織とは何かについてお話ししました。

 まず,経営については,「その組織に関わる人々すべてを可能な限り幸せにするためのやりくり」であるとお話ししました。企業組織は従業員や顧客,株主,地域住民など,様々な利害関係者と関わりを持っています。利害関係者の存在があり,その支えがあって初めて,企業は存続が可能となります。もちろん,利害関係者も企業によって支えられています。この支え合いを維持し,より良いものとしていくためにできる限りのことをするのが経営であると学びました。

 組織については,チェスター・アーヴィング・バーナード(Chester Irving Barnard)の『経営者の役割』の内容を用いてお話ししました。そこでは,人々が協力して何かを成し遂げるための集まりを「協働体系」と呼び,それぞれの協働体系が持つ個別の要素を除外して,それでも残る共通した側面でを「組織」と呼んでいました。では,その組織はどのように定義されるのかというと,「2人以上からなる,意識的に調整された諸力の体系」として定義されていました。組織とただの人の集まりを区別するポイントは2つあって,1つは共通目的に向かって人々の活動が意識的に調整されていることです。組織ではそのメンバーの活動は目的達成に向かって計画されたり,役割分担がされている必要があります。もう1つは組織のメンバーを特定の個人として捉えるのではなく,彼らが果たす機能として捉える,ということでした。バーナードの言う組織とは公式組織のことであり,それは特定の目的を達成するためのものですから,それに大きく貢献する人々の活動を中心に据えていました。
 こうした特徴を持つ組織が成立し,機能していくために必要なこととして,バーナードは3つの要件を挙げていました。それは①コミュニケーション,②貢献意欲,③共通目的です。この3要素と組織を取り巻く環境を合致させることで,組織は長期的に存続していくことができると考えられます。

 これらを踏まえて,この経営組織論が学んでいく範囲はおおよそ以下となります。

<人々の心的な側面>
・人間観:人間とはどのような存在なのか?
・モチベーション:人間はどのように動機づけられるのか?
・組織社会化:人々は組織でどのような影響を受けるのか?
・組織文化:人々は組織でどのように生きているのか?

<組織のあり方>
・組織における分業:分業することの意義は何か?
・官僚制組織:現代の組織にはどのような特徴があるのか?
・社会的企業:新しい組織のあり方とはどのようなものか?

 以上が,前回の振り返りです。多少の補足もありましたが,なんとなく思い出しましたか?

3.前回の課題へのフィードバック

 ここからは前回の課題へのフィードバックをしましょう。あなたの考えと関わる課題2を中心にフィードバックしていきます。
 前回の課題2のテーマは以下のものでした。今回は3つの回答を取り上げていますが,まずはそれらをご覧ください。その後に,回答のポイントをお話しします。

<課題2>
 あなたがこれまで所属した経験のある組織,あるいは現在所属している組織は,「組織成立の3要件」を十分に満たしていたでしょうか?組織について具体的に書きながら評価をしてください(400字程度)。

 私は、高校の時、運動系部活動に所属していた。チーム競技であったため、「大会でどこまで勝ち上がる」や「ベスト○○!」などの共通目的は達成していた。貢献意欲も高かったと思う。練習量も他の部活と比べて多く、休みも少なかった。チームが新しくなってすぐにメンバーで決めた目標を達成するため、自分の休みを削ってまで部活動に取り組んでいた。また、休む人もほとんどいず、毎日顔を合わせ、目標達成に向けて日々練習した。目標達成に近づくには個人の能力とチーム全体の能力が必要だった。個々人に能力や才能の限界があるので誰かの失敗を誰かがカバーする、一人の得意分野をその他のメンバーがさらにサポートし、強化に繋げる、自分の短所は努力して克服する、などチームにとって個人で貢献できることもたくさんあった。決して人数の多いチームではなかったし、強いチームではなかったが、少ないからこそお互いのことを深く知り、カバーし合いアドバイスし合えたんだと思う。だから、目標達成のための貢献意欲も十分にあったと考える。
 最後にコミュニケーションは一番できていたと思う。チーム競技であったため、どうすれば上手くいくかなどの作戦や、試合中の掛け声は必須であったし、メンバー同士だけではなくて、監督とのコミュニケーションも欠かせなかった。また、他校との合同練習もあったため、普段とは違う環境や人たちと共に練習に取り組むのは難しかったが、その経験を重ねたことでコミュニケーション能力は確実に高くなった
 よって「組織成立の3要素」を十分に満たすことができていたと考える。

 私は、中学生の時の部活について述べる。私は中学時代バレー部に所属していた。部員は20人ほどで、顧問のほかにコーチが3人いた。組織成立の3要件の1つ目、コミュニケーションから。私たちのチームは、楽しくわいわいとするバレーよりきちんと話し合って勝ちにいくバレーを目指していたためプレーに関するコミュニケーションは取れていたと思う。しかし,練習前や後、プライベートではお互いがピリピリしてあまり話さない、そんな時期もあった。
 2つ目の貢献意欲について。私の代は同級生が12人もいて、下級生にも部員がもちろんいるためレギュラー・ベンチにも入れない子がギャラリーに回ってしまうことがある。レギュラーの子たちは主力メンバーなため、このプレーはどうすればいいのかを考え積極的にしていたと思うが、ギャラリーに回るような子たちは自分はもうだめだと、コーチが見ていないところで練習やトレーニングをおろそかにし、あまり意欲が見られないと感じた。
 最後に3つ目、共通目的について。私たちは今考えれば、県選・県総体出場がチームの目標で、実際の成績は県3位だった。最初に立てた目標が低レベルすぎて、今考えたら何を考えてたのかと思う。しかし、月に一度細かい目標設定はしていたため、そこに関しては十分で、それを達成するためにも毎日遅い時間まで頑張っていたと思う。以上のことから、私が所属していたチームは、組織成立の3要件を十分には満たしていなかったのだと感じた。

 私がこれまで所属した経験のある組織は中学生の時に所属していた部活動のテニス部です。私の所属していたテニス部を組織成立の三要素と照らし合わせると、コミュニケーションの部分では、顧問の先生は週に1回程度しか来ず先生とのコミュニケーションは取りづらいものでした。先輩とのコミュニケーションでは後輩に対して冷たく練習してる際もアドバイスではなく飛んでくるのはボールのみでした。
 貢献意欲の部分では、先輩たちの雑用などとても貢献意欲が湧く環境ではなく組織としては最悪の環境でした。例えばボールを渡す際に先輩がボールを欲しいタイミングに渡せないと罵声を浴びせられたり、ひどい時には暴力が飛んでくることもありました。しかし、私たちが先輩になるとそういうこともなくなり、後輩達に感謝することで貢献意欲は少し改善されました。
 共通目的の部分では、強豪校を倒し、県大会優勝をするという目的で一致していましたが、上の二つのの部分が最悪で組織成立の三要件を十分に満たせていないと思います。

 今回の回答のポイントは2点あります。1つは組織成立の3要件に関する理解が十分か否か。もう1つは自身の経験を振り返り,その経験をきちんと自分なりに評価できているか否かです。したがって,かつて所属していた組織が組織成立の3要件を満たしていたか否かはどうでもいいことです。取り上げた3つの回答は,このポイントと照らし合わせるととてもよく書けています。前回もお話ししましたが,「何を問われているのか」を考えてから書きましょう。
 
 加えて,あまり言いたくはないのですが,よくない回答についてもお伝えしておきます。400字程度と指定されていたら,それに近しい文字数で書く努力をしてください。400字程度とは400字の90%(360字)〜110%(440字)を指します。それにも関わらず200字程度しか書いていないものについては,未提出として処理をしています。それは今回だけではなく,これまでも,そしてこれからも同様です。

 400字程度というのは適当に設定しているのではなく,課題に適切に答えようとするとそれくらいの文字数になると考えた結果です。もちろん,400字に及ばなくても内容が伴っていればそれで構わないという考えもあります。しかし,現状として400字に遠く及ばないものは内容がありません。講義資料をほとんど読まずに課題に答えていると言っても差し支えないレベルです。遠隔講義期間は,実際にあなたが講義資料を確認したかのチェックが困難です。やってやれないことはないですが,それは監視にあたるのでしたくありませんし,そもそも僕は出席よりも講義の目標に到達したかを重視しています。したがって,講義資料を確認しただけではなく,課題に十分に答えて初めて,僕の講義は出席したことになります。「とりあえず課題を提出すれば出席になる」ということは絶対にありませんので注意してください。

ちょっとブレイク

 ここでちょっと休憩しましょう。また元気が出る動画を紹介します。今回紹介するのは,前回紹介した動画の別バージョンです。まるで僕がダヴ大好きみたいな感じになっていますが,特にそういうわけでもありません。あ!そう言えば僕の実家はダヴの石鹸を使ってましたよ!(唐突なフォロー)
 
 動画の内容ですが,学生証の写真がイケてないというのは確かにありがちです。こういった動画で元気が出るのは,きっと僕が自分自身を大変ネガティブに評価しているからでしょうね。いい加減,そんな悩みから解放されたいものです。

 僕はこの動画の存在を知りませんでしたが,前回の講義noteへのリンクをSNSで公開したら,それを読んでくれた知人がものの数分で教えてくれました。その方とはここ数年はSNSでしか連絡していないのですが,その細いつながりを維持できることがSNSの強みだなと実感しました。畠山先生,ありがとうございます!

4.講義内容:人間ってどんな存在なの?

 長い前置きも終わり,ようやく講義内容の節となりました。今日は「人間とはどんな存在なのか?」について考えていきます。「それは経営学が考えることなのか?」と思うかもしれませんね。たしかに,こういった問いは哲学や心理学などで主に取り扱われている印象があります。

 でも,僕は考えなければならないテーマであると考えています。人間がどのような存在であるのかを考えておかないと,組織のメンバーを率いて共通目的を達成するのが困難だからです。前回,共通目的について紹介しましたが,ここではその考え方についてもう少し深くお話しします。バーナードの考えのすべてを一回で伝えるのは困難なので,またちょくちょく出てくると思っておいてください。

 まず,バーナードは,組織のメンバーは「組織人格」と「個人人格」の2つを持つとしています。組織人格とは,そのメンバーが組織に関わるときにのみ現れる人格です。これに対して個人人格とは,組織に関わらないときに現れる人格です。

 たとえばあなたが飲食店で接客のアルバイトをしているとしましょう。ある1組のお客さんがお店に入ってきたので接客しようとしたら,それはあなたのご両親や学校の先生,友達などといった,「あなたがアルバイトをしているところを一度も見せたことのない人たち」でした。これ,すごく恥ずかしくないですか?しかも「いらっしゃいませご注文はお決まりですか?」と普段のあなたよりも高めの声とテンションで接客なんてしてしまった後に気づいたりした日には,「えーもう何しに来てるの信じられない早く帰って帰ったら覚えておけよ万死に値する」とかなりませんか?僕だったら間違いなくなります。万死に値するというか,むしろ僕が死んでしまいたくなる。テンション高めで接客しているのが組織人格,さっさと帰れと思っているのが個人人格です。僕は自分が講義をしている姿を,両親や妻には絶対に見せたくありません。僕は講義だとわりときっちりしていると自分を評価しているのですが,自宅だとまるでダンゴムシなので,そのギャップを見せたくないのです。この恥ずかしさは,組織人格と個人人格が別であるということに起因しているように思います。

 組織人格と個人人格とでは人格が異なるわけですから,当然のことながらそれぞれの人格が持つ目的も異なります。組織人格では組織目的に貢献するように活動します。しかし,なぜその組織目的に貢献するのかと言えば,それはその過程で個人目的が達成されるからです。あなたが飲食店でアルバイトをするとき,そのお店が掲げる組織目的を理解し,それが達成されるように努力するでしょう。そのように教育もされるはずです。でも,そもそもあなたがなぜアルバイトをするのかと言えば,それはもちろんお金を稼ぐためという個人目的を達成したいからで,そのために組織目的に貢献していると考えるのが妥当です。もちろん組織目的と個人目的が一致している場合があり,それは一見するとよいことのように思えますが,バーナードは必ずしもそう捉えてはいません。組織目的と個人目的が過剰に一致してしまった場合,組織としての柔軟性が損なわれるからです。この点については,今後の講義で改めて詳しくお話しします。

 このように,同じ組織のメンバーであっても,根底にある個人目的は様々です。その様々な目的を持つメンバーをまとめあげて組織目的を達成していくことがリーダーには求められますが,個々人で異なる目的をすべて把握し適切に対応することは困難です。もちろん,それができればベストであるのはそのとおりなのですが,やはりとても難しい。そのときに考えるべきなのは,「可能な限り多くのメンバーに共通する目的や動機は何なのか?」ということです。要するに「目的や動機のおおよその傾向を考える」ということです。それは必ずしもメンバー1人ひとりの目的や動機にピッタリとはまるわけではありませんが,多くのメンバーにある程度は当てはまります。また,組織はメンバーが定期的に入れ替わります。メンバーが入れ替わるごとに異なる対応をしていたらきりがありません。ある程度の期間において継続する組織全体としてのメンバーの扱いを決めて実行していくためには,「この組織では,人間とはどのような存在であると考えているのか?」について自覚的である必要があります。このような理由から,経営学,そして経営組織論においても人間という存在について考えることは重要であると言えるでしょう。この「人間とはどのような存在であるのか?」を示す簡略化されたモデルを,ここでは「人間モデル」と呼ぶこととします。

 さて,今日は人間モデルについて考えていくわけですが,初めにあなた自身がどのような存在であるのかについて考えてみましょう。以下のワーク①に取り組んでください。時間は5分程度とします。

図1

 勉強,部活,アルバイト,趣味,人間関係など,きっとあなたはいろんな経験をしてきているでしょう。その中で一番頑張ることができたことは何ですか?そして,どうして頑張ることができたのですか?深く考えてみましょう。深く考えるとは,「なぜ?」を繰り返すことです。たとえばあなたは部活をもっとも頑張り,その理由は「試合に勝ちたかったから」だとしましょう。なぜ,あなたは試合に勝ちたかったのでしょうか?もちろん,試合に勝つことそれ自体が強い動機になる場合もあります。でも,頑張った理由は本当にそれだけでしょうか?何か答えを導き出されたとしても,そこで手を抜かずに「なぜ?」を繰り返していきましょう。

 あなたが頑張ることができた理由を頭に置きつつ,ここからのお話を聞いてください。ここからは,これまでの経営組織論における人間モデルの変遷を,歴史に沿って見ていきます。以下の書籍にしたがって「経済人モデル」,「社会人モデル」,「自己実現人モデル」,「複雑人モデル」の4つを見ていきましょう。

 ずいぶんと古い書籍ですが,著者であるエドガー・ヘンリー・シャイン(Edgar Henry Schein)は組織における人々の心理や組織が持つ文化などに関する世界的な研究者です。翻訳されている著作も多いので,関心があればぜひご一読ください。

経済人モデル
 初めに紹介するのは「経済人モデル」です。このモデルは,「経済的報酬によって人々の行動が変わる」というものです。このモデルは2つの流れを汲んでいます。1つは経済学です。経済学の中でも,特にミクロ経済学は経済活動の文脈において人々がどのように意思決定をし,どのように行動するのかについて扱う領域です。この「人々」とは,特定の個人を指すのではなく,一般的な人々全体を指します。そういった広範な存在を取り扱うためには,それらがどういう存在であるのかをあらかじめ定めておく必要があります。そうしないと議論ができません。そこで考えられたのが,「自身の経済的利潤を最大化するために,完全合理性に基づき利己的に振舞う」という人間モデルです。少し難しいので補足しますね。

 「自身の経済的利潤を最大化する」というのは,自分が手にすることができる金銭を最大化するという意味です。これには入ってくる収入や手にする報酬を最大化するという側面と,支出する費用を最小化するという側面があります。「完全合理性に基づき」とは,意思決定に必要な情報をすべて入手可能で,しかもすべての情報を正しく評価できる,という意味です。「めっちゃ賢い」ってことです。「利己的に振舞う」とは自分のことを最優先に考える,という意味です。これらすべてを完璧に満たす人間がいるのかというと,いないでしょう。他方で,これらのすべてをまったく持ち合わせていない人間もいないでしょう。この経済人モデルは人々すべてにピッタリ当てはまらないが,ある程度は当てはまるものであると言えます。

 経済人モデルが提示されたもう1つの流れは,20世紀初頭に提唱された「科学的管理法」に遡ります。この科学的管理法は簡単に言うと「きちんと人々の仕事を計測し,標準化し,適切に管理していくこと」です。この科学的管理法を提唱したのはフレデリック・ウィンズロー・テイラー(Frederick Winslow Taylor)という人です。20世紀初頭,アメリカの工場では組織的怠業が問題となっていました。怠業とはサボタージュ,つまりサボりです。工場労働者がみんなで足並みを揃えて仕事をさぼったり手を抜いていたんです。
 
 これだけ聞くと,「労働者め,けしからん!」と思うでしょうが,ことはそう簡単ではありません。労働者には労働者なりの「働く気にならない理由」があったんです。この時期のアメリカの工場では,「成り行き管理」という,これまでの慣習に則った労働者管理が行われていました。管理と言えば聞こえはいいですが,かなり適当なものです。その中でももっとも問題だったのが,労働者への賃金の支払いです。労働者は作業量に応じて賃金が決まる出来高制で働いていました。しかし,一度ある水準を満たして賃金が支払われると,経営者側は同じ作業水準に対する賃金を下げ始めました。「この水準をクリアできるのであれば,もっと働くことができるだろう」と考えたからです。頑張れば頑張るだけ賃金が下がる,無茶苦茶な状況となっていました。このような状況であれば,労働者が働く気を持たなくても仕方がありませんよね。

 テイラーはこのような状況を改善するために,労働者の頑張りを適切に評価する必要があると考えました。適切に評価された労働者は望ましい賃金を手にすることができるので満足しますし,さらに高い賃金が欲しい労働者はさらに頑張る意欲が生まれるからです。

 これを実現するために,テイラーは工場に次の3つを導入しました。1つめは課業管理です。「課業」は「労働者が工場で従事する仕事」と読み替えてください。これまでの成り行き任せの管理ではなく,きちんと1つひとつ仕事に関することを決めて進めていく,ということです。この課業管理では,1日のノルマや作業条件の標準化,賃金体系などが決められました。ノルマや作業条件の標準化は,次に述べる作業研究を通じて行われました。賃金体系については,一定のノルマを上回ったら割増賃金が支払われ,下回ったら減額される,というものです。たくさん賃金をもらえれば嬉しいし,減ってしまったら嫌なので,労働者は頑張るとテイラーは考えたわけですね。
 2つめは作業研究です。この作業研究は動作研究と作業研究の2つから構成されています。動作研究とは,生産工程をいくつかの細かい要素動作に分解することです。作業研究は,要素動作1つひとつにかかる時間を測定し,それらを組み合わせることで標準となる作業時間を設定し,それに基づいて1日の仕事量を決めることです。「これくらいが標準の仕事量だよ」と決めないと,労働者が頑張ったか否かが評価できないからです。作業研究を通じて作られた標準を用いて,課業は管理されました。
 3つめは,課業管理のための組織の整備です。ここまで述べた2つの事柄を実行するには,それに合った適切な仕事の進め方や組織のあり方が必要です。課業管理を専門とする部署を作るなどがこれに該当します。

 ここまで科学的管理法について簡単述べてきましたが,重要なのは科学的管理法の背後にあるテイラーの人間観に迫ることです。頑張りによって賃金が変動する出来高制を導入したということは,テイラーは「経済的報酬によって人々の行動は変わる」,すなわち経済人モデルを前提としていたと考えられます。テイラー自身は人間をどのように考えているのかについては明言していません。ただ,少なくとも経済的報酬が人々の行動に影響を与えると考えていたことは,科学的管理法の内容から推測されます。「人を金で動かそうなんてけしからん!」と思うかもしれませんが,前述したような20世紀初頭のアメリカの工場が直面していた問題を考えると,まずは賃金問題を解決するというのは当たり前であったように思えます。

 このように,経済学と科学的管理法の2つの流れがあり,それらを受けて経済人モデルが人々の考えの基礎となっていました。

社会人モデル
 この経済人モデルに対するカウンターのようなものとして出現したのが「社会人モデル」です。ここでの「社会人」という言葉は,いわゆる「働いている人」を意味する社会人ではありません。社会人モデルとは,「人々は所属している集団における社会的な交流によって行動が変わる」というものです。要するに,人々はお金だけではなく職場における人間関係からも影響を受ける,ということです。何を当たり前のことを言っているのかと思うかもしれませんが,何にだって当たり前になる前は当たり前ではない時代があります。

 この社会人モデルが発見されたのは,1924年から1932年にかけて実施されたホーソン実験という有名な実験を通じてでした。この実験は,最初から人間関係が人々の行動に与える影響を調査することを目的とはしていませんでした。何を目的としていたのかというと,科学的管理法に基づいてもっとも作業効率が高くなる条件を明らかにすることを目的としていました。ある意味では,発見されたこととはまったく逆のことが当初の目的だったわけですね。

 このホーソン実験ではいくつかの実験が実施されましたが,その中でも代表的なものとして取り扱われることが多い継電器組立実験について簡単にお話しします。この実験には,5名の工員の女性が選抜されました。まず2名が選抜され,それぞれが仲の良い同僚を1人選び,最後に全員で残る1名を選ぶ,というプロセスを経てメンバーが決まりました。

 実験では,たとえば椅子・机の高さや照明の明るさ,休憩の時間や回数,はたまた軽食やおやつの提供まで,相当に様々な要因と作業効率との関係が検証されました。その結果,奇妙なことがわかりました。たとえば手元がおぼつかないほど照明を暗くするなど,どう考えても作業しづらいような作業条件になっても,作業効率が向上し続けたのです。こういったことは度々確認されました。極めつけは,作業効率を向上させた(と思われていた)条件をすべて最初の状態に戻しても,さらに作業効率は向上したのです!

 なぜこのようなことが起きたのか。当初の目的を達成できなかったので,見ようによってはホーソン実験は失敗であったとも言えます。しかし,実験を実施した研究者たちはそう考えませんでした。「自分たちが検証したかったことは検証できなかったが,いったい何が作業効率を向上させたのか?」という姿勢が,新たな発見をしたと言えます。ねばりってとても大事。

 ホーソン実験の結果を検証していくと,被験者である5名の工員は,とても人間的な側面から動機づけられていたということがわかりました。たとえば,自分たちは工場の中から選ばれた存在だという自信が,作業への取り組みをより真摯なものにしました。実際には選抜された理由は特にはなかったようですけれども。また,実験中でもたくさんの人が自分たちに注目してくれているという意識も,さらなる頑張りを生みました。さらに,そういった意識や頑張る姿勢を共有するメンバー同士で繰り返し実験をしていく中で,良好な人間関係が築かれ,それが作業効率を向上させたこともわかりました。この最後の発見事実,すなわち「良好な人間関係が作業への取り組みをより真摯なものにする」ということを踏まえて,「社会人モデル」は提唱されました。正確には,人間関係を重視する「人間関係論」が提唱され,その内容として社会人モデルが含まれる,といった形です。

 経済人モデルと同様,社会人モデルも言われてみれば当たり前です。しかし,良好な人間関係の重要性を理解し,それを築くための工夫をするという当たり前のことを実践できている企業はどれほどあるでしょうか?あなたのアルバイト先はどうでしょうか?部活はどうでしょうか?たしかに社会人モデルが提唱されたのはずいぶんと昔のことですし,内容も今となっては当たり前ですが,だからと言って価値がないわけではありません。むしろ,古くから言われている当たり前のことを実践できているかをチェックするのはとても大事なことのように思えます。冒頭でリモートワークについて述べました。Sneekのようなツールを導入することは,監視ではなくて,上司が部下の顔を確認できたり,同僚同士が様子を確認できることが,実は良好な人間関係を築くことに貢献すると,その組織では信じられているからかもしれませんね。新しいことを知ると物の見え方が変わることを実感してもらえると幸いです。

自己実現人モデル
 この節で述べる内容の大半は次回講義でお話ししたほうがいいので短めにしておきます。

 前節で述べた社会人モデルは至極真っ当のように思えますが,これにも批判はあります。社会人モデルにおいては,人は集団に所属し,そこにおける他者との関係性によって動機づけられる,とされています。これを他者依存的であると批判する人々がいます。人間は他者によって動機づけられたり満たされるだけではなく,自分自身でやりがいや生きがいを見つけてそれを追求するという側面もあるのではないか。望ましい自分になるために,それに向かって努力するという側面もあるのではないか。こういった人間のあり方を「自己実現人モデル」と呼びます。

 
「自己実現」という言葉の初出はわかりませんが,心理学者であるエイブラハム・ハロルド・マズロー(Abraham Harold Maslow)がこの言葉の普及に一役買っていることは間違いありません。マズローの考えた自己実現に関する枠組みは次回講義でお伝えしますが,彼は人間は様々な欲求を満たしていき,最終的には自己実現(への欲求を持つ)に至るとしています。彼の枠組みをここで詳述しないのは,彼が著作で述べている自己実現の捉え方と,経営組織論の様々なテキストでの彼の枠組みの取り上げられ方にズレがあるように思えて仕方がないからです。この講義noteでそれを説明すると今回の本筋とは外れてしまうので,次回の講義noteで取り上げます。

(2020年5月24日追記)ここで述べた自己実現についての理解のズレは,第4回講義資料ではなく,別の補足資料で説明します。

複雑人モデル
 
最後の人間モデルは「複雑人モデル」です。ここに至るまで,経済人モデル,社会人モデル,自己実現人モデルと人間モデルの変遷を辿ってきました。往々にして僕たちは「後の時代に出現したもののほうが優れている」と考えがちです。たしかに僕たちは過去を踏まえて新しいものを生み出しています。その意味で,たしかに古いものよりも新しいもののほうが優れているものもあるでしょう。そうした場合,古いものが新しいものに置き換わっていきます。

 しかし,人間モデルについては,新しいもののほうが優れていると一概には言えません。僕たちには,様々な側面があります。経済的動機に突き動かされることもあれば,他者との交流によって励まされることもある。自分は人生において何を成し遂げたいのかを真剣に考え,それを実現していくことに人生を懸けるようになるかもしれない。僕たちはこれまで挙げた経済人モデル,社会人モデル,自己実現人モデルのどれか1つしか当てはまらないのではなく,そのすべてを兼ね備えた存在と考えることができます。これが「複雑人モデル」です。実際のところ,現代社会において経済的動機が皆無の人はいないでしょう。程度の差こそあれど,他者との関係性を完全に無視する人もほとんどいません。そして,漠然としていたとしても,どのようなことをして生きていきたいのかを考えているでしょう。複雑人モデルはその他の3つのモデルよりも曖昧な点は確かにありますが,僕個人としては納得がいくモデルです。

 ここで,またワークをしてみましょう。ワーク②のお題は次のものです。

図2

 ワーク①では,もしかするとあなた自身について単純化して考えたかもしれません。ここではそうではなく,あなた自身が持つ複雑さを受け止めましょう。あなた自身を過度に単純化せず,その複雑さをそのまま理解してあげることがとても重要であるように思います。

 では,複雑人モデルを前提とすると組織はどのようにしてメンバーを共有目的に向かってまとめ上げていくのでしょうか。他の3つのモデルであれば話は簡単です。そのモデルに基づいてメンバーに働きかければいいだけです。経済人モデルであれば,金銭的報酬をちらつかせればいいということになります。

 しかし,複雑人モデルに基づくと,そうはいきません。メンバーは3つのモデルの側面を持ち,しかもそのどの側面に強く突き動かされるかは,メンバーによって異なります。さらには,置かれている状況によって,異なる側面が主張してくることもあるでしょう。こうなると,一律対応は不可能です。したとしても,効果を発揮しません。

 結局のところ,複雑人モデルを受け入れるということは,人間の複雑さや内的な多様性を受け入れることと同じです。部下のありようを決めつけて一刀両断するするのではなく,個人の特性や状況を踏まえて対応していかざるを得ない,ということです。とても大変ですね。でも,その複雑さを受け入れてもらえることは,きっと複雑さを内包する人々にとってはとても喜ばしいことでしょう。喜ばしいということは,高い意欲を持って働いてくれることにつながる可能性があります。複雑人モデルを知ったあなたには,ぜひとも他者の複雑性を受け入れられるようになったほしいと思います。 

5.終わりに

 今回の講義では,「経済人モデル」,「社会人モデル」,「自己実現人モデル」,「複雑人モデル」の4つを説明ししました。これらはかなり古いモデルですが,それでも納得感はあったのではないでしょうか?

 今回の講義で特にお伝えしたかったことは2つあります。1つは,4つの人間モデルの内容です。そしてもう1つは,経営において人間がどういう存在であるのかを考えることの重要性です。どちらかと言えば2つめの方が重要だと考えています。AI(人工知能)の発達がめざましく,将来的にどうなるか僕にはわかりませんが,少なくとも現時点において経営は人間による行為であり,利害関係者も人間です。経営は人間という存在を無視してできることではないのです。そうであるならば,人間という存在について考えることはごくごく自然なことだと思えませんか?

 人間という存在について考えるということは,必ずしも人間の本性を暴くということを意味してはいません。僕はそれはとても困難だと思っています。今回紹介した4つの人間モデルも,あくまで行動から推測したものに過ぎません。

 では,本当のところがわからないからといって考えなくていいのかというと,そんなことはまったくありません。むしろ,わからないからこそ考える必要があります。人間とはどういう存在かを考えに考えて,それを組織で共有していくことで,一貫性があり,信じることができる経営ができるようになるのではないでしょうか。自分たちなりの人間モデルをつくり,そこから経営を考えていくこと,これが重要であるように思います。

 次回講義では人々は何に,そしてどのようにして動機づけられるのかについてお話しします。今回の内容と重複する箇所もありますが,それだけ重要なことを説明していると思ってもらえると幸いです。ということで,次回講義にご期待ください。

ではでは。

6.課題

<課題1>
 この講義noteの「4.講義内容:人間ってどんな存在なの?」に書かれている内容を要約しましょう(400字程度)。

<課題2>
 「4.講義内容:人間ってどんな存在なの?」で説明した人間モデルはとても重要ですが,『組織心理学』でまとめられたのが1966年と少し古めです。この1966年から2020年までの間に,社会や技術などにおいて様々な変化が生じました。そういった変化は僕たちのあり方に影響を与えている可能性があります。それを踏まえて,あなたが考える現代的な人間モデルについて,特に「人々が何に動機づけられるのか?」という観点から述べてください。その上で,あなたが組織のリーダーだとして,その人々をどのように動機づければいいかについても述べてください(400字程度)。


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