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第11回(2020/07/13) 経営組織論 組織を取り巻く環境

1.はじめに

 このページは,九州産業大学地域共創学部地域づくり学科・経営学部産業経営学科において2020年度前期に開講されている「経営組織論」の第11回講義でお話ししようと思っていたことを,そのまま文字起こししたものです。

 こんにちは。今日は今後のこの講義の進行についてのアナウンスがありますので,いつものような余談はありません。決して余談を書く余力が尽きたわけではありませんよ。余談のネタは山ほどあります。108くらいあります。いやーそれらを披露できなくて本当に残念です(棒読み)。

 この講義も今回で11回目です。僕としては「ようやくここまで来たか…!」という気持ちでいっぱいです。毎回,15,000〜20,000字くらい書くのは正直しんどい。15,000〜20,000字ってみなさんの卒論と同じくらいの文字数ですからね。僕,毎週,卒論書いてるわけです。「そんなに書かなきゃいいやんけ。アホか。」と思うでしょう。そのとおりです。本当にもう,まったくもってそのとおりなのですが,僕は毎回15,000〜20,000字の講義資料を作成することを自分に課してしまったので仕方ありません。遠隔授業になっても対面授業と遜色ない密度の授業を行うというのが,大学教員としての僕のプライドです。そのプライドによって後には引けない状況をつくり自分を苦しめてきたわけですが,それもそろそろ終わりが見えてきました(後期のことは考えない)。もうちょっとだ!がんばれ僕!!

 さて。今年から九州産業大学の半期の授業回数は14回となっていますが,COVID-19の影響で今学期は13回+代替措置1回に変更になっています。この講義では最終レポートの代替措置1回は最終レポートの中間報告提出で代替することとします。したがって,残りのこの講義は7月20日(月)の第12回と,7月23日(木)の第13回で終了です。7月23日(木)は月曜授業の代替日なんですよ(祝日なのにね!)。間違えないように気をつけてくださいね。

 この最終授業が実施される7月23日(木)の翌日,7月24日(金)が中間レポートに該当する最終レポートの中間報告提出締め切り日です。お伝えしているとおり,中間報告と言えども最後まで書き上げたものしか提出を認めませんので,もうそろそろ最終レポートの構想を練り始めましょう。レポートの書き方に関する資料はK's Lifeを通じて配信済みです。必ず確認してください。また,最終レポートの執筆にあたり,「必ずテーマと関連する書籍を1冊以上読み,その内容を最終レポートに反映させること」というルールが貸されていることを覚えているでしょうか?もう九州産業大学図書館は開館されているので,書籍を借りることができます。Amazonなどの通販サイトでも書籍は購入できます。クレジットカードがなければ代引きで買ってください。「COVID-19の影響で必要な書籍を入手できなかった」という言い訳を聞き入れる気はこれっぽっちもありませんので,最終レポート執筆に向けて早めに動き出してくださいね。

2.前回の振り返り

 前回講義では「組織構造」についてお話ししました。組織メンバーは,リーダーや他のメンバーからの心理的働きかけや定められたルールだけではなく,「組織を構成する分業された役割同士の安定的な関係性のパターン(あり方)」である組織構造によっても,行動を方向づけられるということを確認しました。メンバー間で分業し,それらを適切に組み合わせて協働していくことで,組織は個人よりも大きな成果を上げることができます。したがって,リーダーは適切な組織構造を設計することが求められます。
 
 組織構造を設計する際には,分業・専門家の程度,標準化の程度,公式化の程度,階層の数,集権化・分権化の程度の5つのパラメータを考慮する必要があります。このパラメータを決めていくことで組織構造が決まっていくわけですが,組織構造には基本的ないくつかの「型」があります。
 1つめの型は職能別組織です。これは仕事内容による分業を基本とした組織構造です。扱う製品の幅が狭い企業で採用される傾向があります。
 2つめの型は事業部制組織です。これは事業(製品カテゴリー)ごとに必要な役割をまとめた組織構造であり,1つの事業部があたかも1つの専業企業のように振舞うことに特徴があります。扱う製品の幅が広がり,それらを扱う部門を1つにまとめることが難しくなると,事業部制組織が採用されます。
 3つめの型はマトリクス組織です。たとえば「事業」と「進出国」など,複数の軸で分業している組織構造のことを指します。事業範囲が多岐に渡るようになると,それに対応するためにこの複雑な組織構造が採用されます。

 このように,事業構造には基本的な型がありますが,どの組織構造がもっとも優れているのかという議論には意味がありません。その組織にとってどの組織構造が適しているのかは,その組織の事業範囲や事業内容などに依存します。組織には目標があり,それをより良く実現するために協働を促進する仕組みとして組織構造はあります。この順番を間違えてはいけませんよ。

3.前回課題のフィードバック

 前回は講義内容の要約だけを課題としていたので,フィードバックすることがありません。そのため,今回はこの節を省略しますね。ちょっとした息抜きです。

4.講義内容:組織を取り巻く環境

環境とは何か?
 前回までの講義内容は,基本的に組織の内側に関する内容でした。組織メンバーのモチベーションや組織文化,組織のルールや構造などは,たしかに組織の内側にあるものですね。組織メンバーの協働を促すには,これら組織の内側の要因について考慮していき必要があります。
 しかし,組織がその目的を達成するには,内側だけを考慮すればいいとわけではありません。組織の外側にも目を向ける必要があります。
 第2回講義でお話ししたことを思い出してください。第2回講義では,経営を以下のように定義しました。

その組織に関わる人々すべてを可能な限り幸せにするためのやりくり

 その組織に関わる人々には,もちろん組織メンバーも含まれます。しかし,彼/彼女ら以外にも,組織の外側にいる様々な利害関係者が組織には関わります。組織は組織メンバーだけではなく,利害関係者も考慮した上で経営をしていかなければなりません。
 また,そもそもこの経営組織論の授業がこういった形式で行われるようになったのは,COVID-19の影響であると繰り返し述べてきました。つまり,大学という組織の外側で生じたCOVID-19の影響を強く受けて,大学は授業形式の変更を余儀なくされています。これは企業も同様で,COVID-19の影響によって様々な側面での変化を強いられています。
 
 このように,組織の内側と外側の双方について理解することが経営においては求められます。今回は,これまでの組織の内側の議論ではなく,組織の外側について考えていきます。経営組織論では,組織の外側のことを「環境」(organizational environment)と呼びます。「環境」と聞くと,空や海や山のようないわゆる「自然環境」(natural environment)をイメージする人が多いのではないでしょうか。「環境破壊」という言葉に含まれる「環境」も,自然環境を指しますもんね。
 ですが,経営組織論における環境という概念は,必ずしも自然環境だけを指しません。経営組織論における環境とは,ざっくりと言うと「その組織を取り巻くものすべて」のことを指します。一体何を言っているのかと思うでしょうが,そのようにしか言い表すことができないんですよね。この環境という概念を図で示すと以下のようになります。

環境

 このように,環境という概念は極めて抽象度の高いものとして定義されています。これは致し方ないのですが,ここまで具体性がないと環境について考えることができません。そこで,今回の講義では環境における組織に影響を与える要素のみに着目して,議論を進めていきます。
 もっとも,何が組織に影響を与えるのかを特定することは極めて困難であり,どのような要素であっても可能性だけで言えば組織に影響を与えます。バラフライ・エフェクトみたいなものですね。組織に与える影響の大きさで扱う要素を限定することもできますが,事前に組織に与える影響を予測することも困難です。したがって,組織への影響という視点で環境という概念を規定することはやはり不完全なのですが,不完全でも範囲を限定しないと議論ができないので,これぐらいで勘弁してください。

環境の様々な領域
 それでは,組織に影響を与える環境の要素とは何なのでしょうか?たしかに環境は組織に影響を与える可能性のある要素すべてを指しますが,それらの要素すべてが同じ1つの性質を持つわけではありません。環境の要素,あるいは環境の領域(sector)はいくつかに分類できます。環境をいくつかの領域に分割したのが下の図です。なお,以下では企業組織を想定した記述をしています。

環境2

①業界
 ある企業がビジネスを行っている業界のことです。自動車業界,家電業界,飲料業界,衣料品業界,通信業界などですね。業界には競争相手がおり,それらの動向は組織に大きな影響を与えます。また,関連する業界の動向も,同様に重要です。

②原材料
 ある企業が製品・サービスを生産する際に用いるものと関わる領域です。製品へと加工される原材料の価格は最終的な製品価格や利益に影響を与える可能性が高いため,企業が非常に敏感になる要素です。また,サービス業が店舗を構える際に取得したり借りたりする不動産も,ここに含まれます。不動産の取得価格や賃料も,原材料価格と同様にサービスの価格や利益に影響します。

③人的資源
 労働市場の動向が挙げられます。労働市場とは,働く人々や職を求める人々全体のことだと考えてください。働く人々の数が減少すると,企業は事業を計画通りに進められなくなります。現に,日本では働く人々の数が今後減少し続けることがもはや明らかです。したがって,企業はこれまでとは異なる人材採用や事業計画を考えていかなければなりません。
 また,労働市場における「望ましい働き方」が変化すると,企業は人材の集め方を変えなければならない可能性があります。近年の日本は,仕事に没頭して高い賃金を得ることよりも,自分らしく余裕をもって生きていきたいという考えを持つ人々が増えつつある印象があります。それが当たり前になると,企業は採用活動や勤務体制,福利厚生など各種制度を変更していく必要が生じます。

④財務資源
 事業活動を行うために必要な資金の獲得に関わる領域です。企業は株式を発行することで株式市場から資金を調達したり,銀行から借り入れたりします。銀行から借りるときの金利の高低は支払利息に影響するため,借入額が変わり,その結果として事業活動の規模も変わります。また,金利によっては,借り入れ自体を止めてしまうこともあります。

⑤市場
 顧客・消費者の属性やニーズなどに関わる領域です。COVID-19の流行により,人々は飲食店を利用した外食を控えています。その代わりに,テイクアウトを利用する人々が増えています。一時的なものか,今後も継続するかはわかりませんが,飲食に関する人々のニーズが変わったと言えるでしょう。
 また,もし今後リモートワークが基本的な働き方となると,様々な製品・サービスに関わる人々のニーズが大きく変わっていくでしょう。自宅で快適なリモートワークができるように,人々は少し高価なデスクやオフィスチェアーを求めるようになるかもしれません。住居自体も,狭くても構わないので書斎のようなスペースがある物件が人気になるかもしれませんし,そもそもあまり出勤する必要がなくなるので,都心と離れた土地に住む人々が増える可能性もあります。

⑥技術
 技術の進歩や新技術の開発と関わる領域です。近年,様々なビジネスに大きな影響を与えた技術は,間違いなくインターネットでしょう。インターネットの普及以前と普及後では,まったく異なる世界になったと言っても過言ではありません。ビデオ会議の使用を前提としたリモートワークもインターネットがあって初めて成立するわけですから,インターネットによってもたらされた変化の1つと言えますね。もちろん,あなたが受けている「遠隔授業」も,ほとんどがインターネットがあるから実現しています。

⑦経済状態
 一般的な経済状況に関わる領域です。景気の良し悪しや経済成長の速度は,企業の将来的な投資に関わる意思決定に影響を及ぼします。また,失業率もこの領域に含まれますが,失業率が上がると支出が減るなど,「市場」領域における顧客・消費者の行動に影響を及ぼします。

⑧政府
 法律や規制,税率などです。たとえば,ヨーロッパでは2030-2040年にかけて,ガソリン車の新車販売が禁止されます。このことは,自動車メーカーやそこに部品を提供している部品メーカーに大きな影響を与えます。これまで,自動車メーカーは基本的にはガソリン車の核とも言えるエンジンは自社で開発・生産してきました。しかし,電気自動車はエンジンではなくモーターで走行します。エンジンとモーターの技術は大きく異なります。そのため,自動車メーカーは電気自動車に用いるモーターを,安川電機や日本電産など,エンジンとは無関係だった外部企業から調達しています。このように,法律・規制の変化によって,これまでとは異なる技術が評価されるようになり,それによって特定の業界に関わる企業が変わるなど,1つの領域での変化が連鎖的に他の領域の変化を引き起こすことがあります。

⑨社会文化
 社会の人々の年齢層や,価値観などに関する領域です。日本は高齢化社会の最前線を独走中ですが,社会に高齢者が増加すると企業は定年を引き上げたり,高齢者向けの製品・サービスを新たに開発する必要が生じます。
 また,7月1日からレジ袋が有料となりましたが,これは環境保護に対する意識の高まりの結果であると言えるでしょう。アウトドアブランドのPatagoniaは1990年代から環境保護に取り組んでおり,ゴミからフリースをつくりだした世界初の企業です。近年ではパタゴニアのような環境保護への意識の高い企業が社会的に評価される傾向にあり,環境保護を含む社会的責任を果たしている企業を中心に投資をする社会的責任投資(SRI: Social Responsibility Investment)という投資のあり方が見られるようになりつつあります。
 さらに,LGBT(Lesbian,Gay,Bisexual,Transgender)などのセクシャル・マイノリティへの配慮やポリティカル・コレクトネス(Political Correctness)の推進も,近年の価値観の変化の特徴です。ポリティカル・コレクトネスとは,差別的な意識や偏見を生み出しかねない言語表現や社会制度を,より中立的なものに変えていこうという考え方です。ごく最近,ラグジュアリーブランドのGUCCIがダウン症の女性をモデルとして起用したことで話題になっています。これは,僕たちは「美しい」存在から障害を抱える人々を暗黙のうちに除外してきたことを突きつけていると,僕は感じていています。

⑩国際
 
外国企業の進出や,日本企業の海外進出,為替レートの変動などと関わる領域です。グローバル化の進む近年では,特に重要な領域です。日本は少子高齢化に伴う国内市場の縮小が目前に迫っていますから,企業が成長し続けようとすると必然的に海外進出を余儀なくされます。また,労働力不足を補うために日本が海外からの移民を積極的に受け入れるようになる可能性がありますが,それは大きな変化を日本という国にも,日本企業にももたらします。
 

 ここまで,環境という抽象的な概念を10に分けて説明してきましたが,あくまでこの分類は便宜的なものであると理解してください。これらの領域には重複する部分もありますし,ある領域における変化と別の領域における変化が原因と結果の関係になっていることもあります。環境はそこまで厳密に分類できるものではありません。では,この10の分類に何の意味もないのかというとそういうことではなく,環境には非常に様々な側面があり,それらを見落とすことがないように意識することが重要だということです。

 厳密に分類できなくとも,環境の10の領域は企業経営にとってすべて重要です。しかし,それらがもたらす影響には違いがあり,それによりこの10の領域はタスク環境と一般環境にさらに分けることができます。

 タスク環境とは,組織と直接的に関係する領域のことを指します。タスク環境は組織の活動に影響を与えますが,組織が目標を達成する能力にも直接的に影響を与えます。前述した10の領域の中で典型的なタスク環境と言えるのは①業界,②原材料,③人的資源,⑤市場,⑩国際です。同業他社との競争状況や原材料の価格,労働市場や顧客の思考の変化,国際情勢の変化は,たしかに直接的に組織,特に企業の経営に影響を与えそうですよね。

 これに対して一般環境とは,組織の活動や能力に間接的に影響を与える領域のことを指します。④財務資源,⑥技術,⑦経済状態,⑧政府,⑨社会文化がこれに該当します。これらはタスク環境ほど直接的に組織に影響を及ぼしませんが,⑧政府の節で述べたようにタスク環境に影響を与え,それによって生じたタスク環境の変化が組織に影響を与えます。

 タスク環境と一般環境という分類をしましたが,これについても厳密に分類できるわけではありません。たとえば,大学という組織について考えてみましょう。⑧政府と⑨社会文化は一般環境であるとお話ししましたが,大学にとってはタスク環境であると考えたほうが妥当です。大学は,文部科学省の管轄下にあります。そのため,必ずしも文部科学省の指示をすべてそのまま受け入れなければならないわけではありませんが,程度の差こそあれ,どの大学も文部科学省の意向に左右されます。
 また,少子化が進むと,大学進学者が減ります。これは,授業料を収入の1つの柱とする大学にとっては大きな問題です。また,その状況でそれまでと変わらない数の入学者を確保しようとすると,入学者の学力水準が低下するというか,学力の低い学生を受け入れざるを得なくなります。したがって,どの大学もできるだけ学力水準を低下させることなく,しかし多くの入学者を確保するという難題と格闘しています。このように,組織によって,何がタスク環境で何が一般環境かはことなります。重要なのは,その領域がどのような経路で組織に影響を与えるのかを論理的に理解し,常にアップデートしていくことです。

環境の不確実性
 前節では,環境には10の領域があることをお話ししました。これだけ領域の数があると,それらへの対応は難しそうですよね。そうなんです。環境に適切に対応していくことは,とても難しいんです。第2回講義で以下のようなお話をしたことを覚えていますか?

バーナードは,組織はとても不安定で短命なものだと考えています。その理由は,組織を取り巻く環境が不安定だからです。変化する環境の中で組織は生存していかなければならない。

 絶えず変化する環境に適切に対応しなければ組織は短命に終わってしまうと,バーナードは述べています。では,環境が絶えず変化するものであるならば,環境に適切に対応するにはどうすればよいのでしょうか?どのように環境が変化していくかが予測できれば,それは可能ですよね。でも,本当にそんなことはできるのでしょうか?僕たちは環境がどのように変化していくことを正確に予測できるのでしょうか?

 当然のことながら,予測が可能な環境とそうでない環境があります。この環境の変化についての予測可能性のことを環境の不確実性(environmental uncertainty)と呼びます。環境の不確実性が高い場合は予測が困難で,低い場合は予測可能となります。

 では,この環境の不確実性はどのように決まるのでしょうか?経営組織論では,概ね「環境の複雑性(complexity)」「環境の変化の速度(rate of change)」の2つの変数から,環境の不確実性を考えます。それを示したものが下の図です。

不確実性1

 縦軸である環境の複雑性は,環境において考慮しなければならない要因の数と,その多様性によって測定されます。様々な要因を考慮しなければならず,またそれらの要因のもつバリエーションの幅が広いほど,複雑性は高くなります。たとえば,日本のお菓子メーカーがある国に進出するとしましょう。まず,その国の法律・規制について理解する必要があります。その国では日本企業は直接子会社をつくることができるのか,できないのであればどのような形態であれば進出できるのかなどを調べなけれないけません。また,日本の基準で生産されたお菓子をそのまま流通させられるのかなども,同様に調べなければいけません。
 考慮すべき要因は,法律・規制にとどまりません。その国の人々の経済状況によって,どの程度の価格で売るべきなのかを考えていく必要がありますが,それは一般的な収入の人々をターゲットとするか,それとも富裕層をターゲットとするかによって大きく異なります。ターゲットが変われば,宣伝・広告に用いるメディアも変わってくるので,そちらについても適切なものを選択しなければいけません。
 その他にも,その国の人々の味覚,流通チャネルのあり方,日本とその国の外交上の関係など,考慮すべき要因は数多くあります。海外進出って,とても不確実性が高い,難しいことなんです。

 横軸である環境の変化の速度は,環境において考慮しなければならない要因のすべてが変化する速度によって測定されます。すべての要因の変化速度を捉えるのはなかなか困難ですが,たとえばAI(Artificial Intelligence:人工知能)に関する技術の進歩は目覚しく,したがってAIに関する事業が主力となっている企業を取り巻く環境の変化速度はとても速いと考えられます。僕もAIに関するビジネスは興味があるので追いかけてはいますが,その活用の範囲と精度はともにとてつもない速度で拡大・向上しています。その先端で何が起きているのか,もうよくわかりません。
 これに対して,たとえば孫の手をつくる企業を取り巻く環境は比較的安定していて,あまり変化速度は速くないと言えるのではないでしょうか。孫の手が爆発的に売れることはないでしょうが,しかし一定の需要はありそうです。あまりライバルとなる製品もありません。また,孫の手の原材料はほとんど木か竹です。それほど供給や価格に変化があるようにも思えません。

 このように,その組織の活動内容や活動範囲によって,その組織を取り巻く環境の不確実性は異なります。「組織を取り巻く環境」の不確実性なのですから,組織ごとに異なるのは当たり前とも言えますね。

 この組織を取り巻く環境の不確実性は,事業内容が類似した組織同士,すなわち同じ業界や産業に属する企業同士では同じような程度になると考えられていました。しかし,その後の研究で,必ずしもそうではないということがわかりました。つまり,同じ業界や産業に属する企業であっても,不確実性の程度の捉え方が異なったのです。

 なぜこういったことが起きるのか。それは,環境というものは客観的な実体,すなわち誰にでも等しく経験されるものではなく,人によって感じ方や捉え方が異なるものだからです。環境の変化速度や複雑性は,人によって感じ方が異なるということです。
 では,なぜ人によって環境の感じ方が異なるのでしょうか?これには保有する情報が関係しています。
 その環境に適応するために必要な情報が何であるかを知っており,かつその情報を保有していれば,その環境は適応可能で安定的であると感じるでしょう。つまり,不確実性は低いものとして認知されるでしょう。
 環境の複雑性が高い,もしくは環境が急激に変化していると感じるのは,情報を持ちすぎているとき,もしくは必要な情報が絶えず変化しており,常に情報をアップデートする必要があるときです。情報を過剰に持っていたら「うわ…こんなにいろんなことを考えなきゃいけないのか…大変だな」と感じるでしょう。保有している情報がすぐに陳腐化してしまったら,「うわ…昨日調べたこと,今日になったらもう否定されてる…」と感じるでしょう。これらの状況では,環境の不確実性は中程度として認知されます。
 そして,直面している情報が大量かつ多様で,しかも常にものすごい速度で変化しているとき,認知される不確実性は最大になります。これはつまり,環境に適応するために必要な情報が何であるのかがまったくわからないという状況です。「たくさん情報を持ってるけど,ありすぎてどれが大事なのかわかんないし,全部すぐに古い情報になっちゃう…もうどうしたらいいかわかんないよ…」という状況ですね。
 ここまでの内容を示したものが下の図です。不確実性は環境に客観的に存在するわけではなく,その環境に直面している人や組織がもつ情報によって異なることを注意しましょう。

不確実性2


環境と組織構造の関係性
 
前節では,環境の不確実性の捉え方についてお話ししてきました。では,直面している環境の不確実性の高低によって,いったい組織の何が変わるのでしょうか?環境の不確実性は経営組織論においてはとても重要な概念で,組織の様々な側面との関係が議論されてきましたが,ここでは前回講義のテーマである組織構造との関係についてお話しします。

 組織を取り巻く環境の(認知された)不確実性が低いということは,その環境が安定しているということです。環境が安定しているということは,予測がある程度は可能であるということです。そうしたとき,組織は「機械的(mechanistic)組織」と呼ばれる組織構造になる傾向があります。環境が安定していれば,現場レベルでの柔軟な対応は不要で,トップダウンによる一貫性のある意思決定が可能です。また,環境が安定していれば基本的には同じことをいかに効率的に繰り返していくのかが重要となります。そのためには仕事の進め方を標準化し,規則やルールを設けて組織メンバーの行動に規律を持たせます。機械と同じように,同じ仕事を同じように繰り返していくことに特化したのが機械的組織です。
 この機械的組織,どこかで見たことがありませんか?そうです。官僚制組織です。官僚制組織は,組織に安定をもたらすためのものでした。機械的組織は,官僚制組織の特色を色濃く持った組織構造であると言えるでしょう。

 しかし,組織を取り巻く環境の(認知された)不確実性が高い状況,すなわち未来の予測が困難な状況では,こうはいきません。未来を予測できないわけですからね。同じことを繰り返すことに特化すると,ある日突然,そのそれが通用しなくなる可能性があります。未来の予測が困難なとき,つまり環境の変化が激しいとき,組織はその環境の変化に迅速かつ柔軟に対応できる必要があります。
 この環境の変化への迅速かつ柔軟な対応に特化した組織構造を「有機的(organic)組織」と呼びます。その特徴は,機械的組織とは正反対です。絶えず変化が起きているので,その変化に絶えず直面している現場レベルでの判断が重視されます。規則やルールも最小限で,組織メンバーがそれぞれ自分で意思決定し行動します。

 もしかすると,あなたは機械的組織よりも有機的組織のほうが自由がありそうで好ましいと感じるかもしれません。しかし,ここで重要なのは,状況に応じて有効な組織のあり方は異なる,ということです。有機的組織は組織メンバー個々人が考え行動するため,調整の手間がかかります。環境が安定しているのに有機的組織を採用すると,無駄に手間やコストがかかるだけとも言えます。まず考えるべきことは,今,自分たちはどのような環境に直面しているのかです。その捉え方によって,どのような組織が適切かは異なります。

 このような,状況や条件が変わると適切な組織のあり方や施策が変わるとする理論を,コンティンジェンシー理論(条件適合理論)と呼びます。上述した環境の不確実性と組織構造の関係に関する研究のほかにも,組織が用いる生産技術と組織構造の関係に関する研究や,部下の成熟度とリーダーシップの関係に関する研究などが行われています。経営組織論においては,コンティンジェンシー理論の考え,すなわち何が適切かを状況に分けて考えるという考えは広く観察されます。
 コンティンジェンシー理論は僕たちに「経営には唯一解などない」ということを教えてくれる,重要な考え方です。当たり前のことのように思えますが,僕たちは唯一解を求めがちです。そのほうが楽ですからね。しかし,現実はとても複雑で,唯一解はありません。少なくとも,僕は複雑な問題を一刀両断で解決するような答えを見たことはありません。あったとしても,それはどんなものにも当てはまるが,当たり前すぎて参考にならないものばかりです。何かを考えるとき,状況や条件とセットで考える癖をつけることをオススメします。

5.終わりに

 今回の講義では組織を取り巻く外部環境について考えてきました。かなり抽象度が高く,少し難しかったかもしれません。しかし,それでも僕は今回の内容をぜひ深く理解してほしいと考えています(毎回,そう思ってはいますが)。本日の内容は組織だけではなく個人にも適用できる考えです。僕はそう思っています。
 もしかするとあなたは,就職活動やその先の未来について大きな不安を抱いているかもしれません。それは当たり前です。僕らはいつだって生きることについてはアマチュアです。誰も明日を経験したことはありません。だから,どうしても未来のことは不安です。
 では,なぜ未来のことが不安になるのか。今回の講義内容から考えると,それはあなたを取り巻く現在の環境,そして想像する未来の環境の不確実性が高いと感じてしまうからです。不確実性を削減するための唯一の方法は,情報を集め,整理し,意味づけし続けることです。情報が不足しているから,理解できないから,変化についていけないから,不確実性を感じ,不安になります。講義科目について学ぶだけではなく,社会の動向にも絶えず目を配りましょう。幸い,あなたの手元にはPCやスマートフォンなどの情報機器があります。それらは決して動画を見たりゲームをするためだけのものではありません。いつだって情報は集められます。昨日の自分よりも今日の自分の方が少しだけでも多くのことを知っていられるようにしましょう。その繰り返しが,あなたの不安を軽減します。

6.課題

 環境の不確実性が高い業界と,環境の不確実性が低い業界をそれぞれ1つずつ挙げてください。そして,なぜそう考えたのか,つまりある業界は不確実性が高く,また別の業界は不確実性が低いと考えたのかを,具体的に説明してください(400字程度)。

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