5月1日(4月30日)のにっき

友達のペットを預かる。最終日。

あっという間だった。
今は独り、彼のいない部屋で日記を書いている。

まだ24時間しか経ってないけど、もう恋しい。
一人暮らしってこんなにも空間を持て余すんだっけ?  部屋が広く感じる。
6畳すら持て余すってことは、将来どれだけお金持ちになっても部屋は狭くて済みそうだから安上がりでいいな私。

本当は昨日、彼を友達に返したらその日のうちに日記を書くつもりだったが、気付いたら寝落ちていた。楽しい時間だったけどやっぱり誰かと一緒に居続けることに疲れていたのかもしれない。

感傷に浸りつつ、昨日を振り返る。

昨日は、最終目標の抱っこのため、彼との距離を詰めるためのおもてなし作戦を決行した。
作戦までの経緯は前回の日記で。


①昆布茶
基本「水だけあげればいい」と言われていたのだが、偶然昆布茶を提供してしまったところ、大変好物だということが判明した。うちにはペット用の容器がないので私が普段使うコップに水を入れてあげていた。私が間違えて自分用の昆布茶をコップに入れてしまい、彼には代わりにお茶碗で水をあげたことがあった。彼は「コップ=自分の飲み物」だったので私の昆布茶を間違えて飲んだ。
表情がほぼないが、あの時は驚いていたのが分かった。飲み込んだ後の顔がフレーメン効果みたいな、口半開きの顔だった。

私が水の入ったお茶碗を差し出してもコップの昆布茶をまたチビチビと飲み出した。気に入ったみたいだった。

今日は、朝に2リットルの昆布茶を用意した。
熱いのより冷めた方が飲みやすそうだったので早めに作っておいて冷蔵庫で冷ましたのを常に提供させてもらった。

②30cmの段差
彼は基本寝ているのだが、起きると何か一つの繰り返し運動をしたがる傾向にあった。
スクワットのような上下運動とか、一定の間隔で壁を擦るとか。試しにプチプチできる梱包材を渡したら3時間くらいやり続けた。3時間は家のストックが尽きた時間で、多分無限にあれば無限にやってたと思う。無限プチプチ。
多分一番気に入ってたのはプチプチだけど音がうるさくて私が嫌なので、今回はダンボールで30cmほどの段差を作った。私が人を待っている時よくやる繰り返し運動の一つで、なんでもない段差を登って降りるを無心でやる。おばあちゃんのスキマ時間筋トレみたいな感じ。きっと彼もこういうの好きだと思って、彼の体重に耐えられる丈夫な段差を用意した。
私が最初に10分ほど「ファミレスの前で待ち合わせをしている人」のエチュードをやると、彼は「段差」の用途を理解し、登り降りを始めた。

自分の作ったものを意図通りに使ってくれる喜びはこの上ない。職人冥利に尽きる。
30分で第1回登り降りが終了し、私は段差の耐久性のメンテナンスと、よりリアルな段差を追求するため雨ざらし感を増させる為のウェザリングを施した。その日だけで第4回登り降りまで開催されたので私はとても嬉しかった。

③友達に電話
結局飼い主には勝てない。
彼は本当の飼い主が今イタリアにいることを理解している。これまでもテレビでイタリアという言葉が聞こえたらすぐに反応したり、緑と白と赤に過剰に反応したりしていた。
友達の名前を口に出すと寝ていようがわざわざ起きてくる。まだ帰ってこないのに「会えるんですか?」とでも言いたい顔で、というか言っていた。
ちなみに一昨日の朝にうちの壁掛け時計をイタリア時間に変えた。私はスマホで時間が見れるので問題はなかった。

「もしもし。イタリアは満喫できた?」
「大満喫よ。うわ。久しぶりに日本語喋ってる。どう? 元気そう?」
「私?」
「違う。うちの子」
「今真横で飼い主を恋しがってるよ」
「えー? そんなことないでしょ。家ではそっけないよ?」
「今めちゃくちゃ聞いてる。何か言ってあげて」
「ふふ笑 今日迎えに行くからねー。ちゃんとあすかにお別れ言っときなよ。一週間泊めていただきありがとうございましたって」
「そうだ、知ってた? この子さ昆布茶めっちゃ好きだよ」
「そうなん? 知らんかった」
「飼い主が知らなかったか。偶然の産物だけど、ちょっと誇らしい」
「昆布茶は私が飲まないからな。あ、」
「なに?」
「あ、いや。なんでもない笑」
「え?」
「じゃあまた後で」
「うん」

18:00
やれるだけのもてなしはやった。
あとは、抱っこしていいか聞くだけだが、それが難しい問題だ。
聞き方次第では今日一日の手厚いもてなしが抱っこのための卑しい作戦だったことが筒抜けになる。彼は察しがいいのだ。

19:00
いつもの夜。互いが互いの空間に干渉しないで過ごす時間。私が少しでも彼を見たり意識するだけで彼はこちらを見る。苦しい時間が過ぎる。

20:00
友達から最寄りの駅まで着いたと連絡があった。
バスでここまで来るのに30分ぐらいだろうか。
もはや、「ここまでしたのに見返りがないのか。私は損するかもしれない」という焦りが募る。そんなつもりはなかったのについつい損得勘定がふつふつ湧き上がる自分が嫌になる。

急に彼が膝に乗ってきた。
そっちから私に近づくのは昆布茶を入れる時と、さっきの友達との電話以外では初めてだった。
私はそっと抱える。
ついに、ついに抱っこの許しが出たのです……。
幸福な時間だった。

抱っこ自体の幸福はもちろんだが、その過程、「飼い主とペット」という上下関係から「対等な同居人」という横の関係に変わってから、再度抱っこに行き着くまでの過程も含めて達成感と幸福でいっぱいだった。
今も思い返すだけでざわざわする。


21:00
友達からのイタリア土産は、うどんセットだった。
電話先の「あ、」というのはお土産を買い忘れたことを思い出した瞬間だったんだろう。
空港に売ってた日本土産。パスタから連想されて同じ麺類のうどんなんだろうか。
日本すぎるけれど、センスに任せたのは私だ。
イタリア旅行に行ったからといって、イタリア土産がもらえるとは限らない。

せっかくなのでこのうどんはパスタっぽく食べることにした。でもまあキューピーのパスタソースなんだけど。

ペットは友達のお腹に潜り込んで帰っていった。
そっけない別れだったけど、彼にとっちゃようやくの帰宅だ。こっちを心遣う必要なんてない。

当分は、彼の代わりに段差を抱えて過ごす。
角張って痛いけどサイズ感はいい感じ。

最初は飼育なんて憂鬱だとか言ってたけど、色々経験できて、今ではよかったと思う。
他人に意識を乗っ取られるなんて経験値なかなか得られないだろうし。

一週間ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?