たこ0.08m

足の小指にたこができた。そのうちどうにかなるだろうと思って放っておいたらどんどんデカくなっていって、ついに反対側の小指と比べて倍になったので急いで治療法を検索すると、病院ならメスで、家庭でやるならカッターやヤスリで患部を削り取るらしい。真夏なのに冷や汗が噴き出した。患部といっても硬化した皮膚は爪みたいな何かすごく硬いものと化していて、実際たこを攻撃してみても何の痛みも無いから爪を切る感覚とそう変わらないのではないかという期待が持たれるし、つまり自分でやることにしたのだが、ニッパーを握りしめると久しぶりに手が震えた。

夕方になると小刻みにカタカタと手が震えはじめて、酒を飲むまで震えが止まらない異常にしばらく悩まされていたのだが、もうすぐ誕生日だから引っ越そう、と急に思い立ってすごい速度で引っ越しを敢行して身体を驚かせたら治った。しゃっくりみたいな数ヶ月間だった。職場のある大阪の西区のはずれに引っ越したのだが、寄り道や散歩で踏破していたつもりの地域でも実際に生活圏になると思いがけない発見がある。湊町より向こうへ道頓堀沿いを歩くことが無かったのでこんなに短い感覚でいくつも橋が架かっていると知らなかったし、繁華街から離れているとはいえミナミの夜はうるさいだろうと覚悟していたが時々消防車の出動する音が聞こえるくらいで意外に静かだ。パトカーはむしろ朝方にサイレンを鳴らしながら爆走している。

日陰の多い道を把握するためにあちこち脇道を歩いていたら、どうぶつものさしという看板が一帯にあるのに気付いた。生物のイラストと体長が描かれていて、その体長は当該の場所が災害時にどのくらいの水位になるのか示している。例えばアフリカゾウのイラストと共に3.0mと描かれていればそこまで浸水するということで、人々はゾウを見るとここ死ぬなーと反射的に理解するのだ。漢字にはルビが振ってあるので子どもたちにも啓発する意図があるのだろう。かくして西区の子どもたちは物心のつく前から死ぬ場所・生きるべく向かう場所を学んでいるのだが、わたしは何も考えずに流浪して来たので、道頓堀が氾濫するレベルの水害が起こったらうちのマンションが串カツみたいに洪水に浸かっている中継映像がテレビに映ると思う。

窓を開けると近隣の建物の隙間から川の水面が見えて、時々シンクの排水部から下水の臭いが迫り上がってくる。お金が無さすぎて立地を意識するどころではなかったのだが、かねてより海の近くに住んでみたいと繰り返し唱えてきたから、臭い水源が近くある部屋を無意識に選んだのかもしれない。近所の橋で釣り糸を垂らしている人を見かけたことがあるので多分魚もいるのだろう。わたしは道頓堀には蛸がいると思っている。汚すぎて人間が泳いだら死ぬらしいので誰も見ることができないが、どうぶつものさしが一応川底にも立っていてほしい。