へそがない!

 俺の「当たり」にまつわる話は田んぼにある祠に供えられていた桃を食ったことから始まる。罰当たりな行いで豊穣の神様を怒らせたから食あたりになったのだとおふくろに叱られた。謎の発熱にまで見舞われて、すっかり天罰を畏れた俺は以来祠におやつを献上するようになった。今でもパチンコ屋で駄菓子をもらったら供えて帰っている。
 しばらくしてから食うぶんには不遜とみなされないようで、お下がりの駄菓子を頂戴しながら家に帰るのは子どもの頃からの習わしである。数日外にあったものを食っているわけだが全然平気だ。あれから食べものにあたったことは一度もない。

 こんな田舎の娯楽といえばパチンコしかない。あれは十七歳の夏のことだった。初めてパチンコをやった時の、こんなに愉快なものがこの町にもあるのかという衝撃を三十七の今でも新鮮なまま思い出せる。砂利と雑草を踏み締めながら畔道を抜けるさなかにパチンコ屋のギラついた看板が見えてくるといつも胸が高鳴る。俺はうるさくて煌びやかなものが大好きだ。

 名古屋の友人なんかに実家が銭湯ですぐそばがスナック街だと言うと、いいなあ、風呂上がりの色っぽい女見放題だろと軽口を叩かれるが、俺は毎度人差し指を振って、何も分かっちゃいねえなとおまえ諭すように語る。
 きゃあきゃあ騒ぎながらスナックの女たちが銭湯へやってきたと思えば、女湯からしっちゃかめっちゃか喧しい鳥の集いみたいな声が聞こえて、またきゃあきゃあ帰って行く。番頭に毎日立っていると、だんだん姦しさへの嫌気がすけべに勝ってくるもんだ。それにここらの「良い女」はこんな寂れた地元の銭湯ではなく、名古屋のほうまで出て岩盤浴がついているようなスーパー銭湯へ行ってしまうので、うちに通ってくる女といえば子どもの頃からの付き合いで家族同然の顔馴染みばかりだ。そういう間柄の女の湯上がり姿は、なんだか赤ん坊とか母親みたいに感じて色っぽい感情にならない。
 だからマユが上目遣いに、躊躇いつつTシャツの裾をまくって蒸気した肌をチラつかせても、おふくろがドレスの後ろについたファスナーを下ろしてくれと頼んできた時と同じような感情にしかならなかった。

「マサミ、ちょっと見てほしいんだけど」
 番台で肘をついていたらマユが突然腹を出して見せた。なんだ急にと思って目をやると、マユの腹にはへそがない!腹は饅頭の表面みたいになだらかだ。のっぺらぼうのような腹を見て、俺は思わずぎょっとした。

「へそはどうした」
「気付いたらなくなっててさ」
「そんな落としてきたみてえに。かゆいとか痛いとか、なんか違和感あったんじゃねえの」
「それがなにも。自然と埋まっていったとかへそが落っこちたっていうより、急に消滅したって感じ」
「ははあ」
 マユの腹にもう一度目をやって今度は感心のため息を吐いた。本当にまったくの平らである。マユは何の凹凸もないことを確かめるように自分の腹をさすっている。俺はなんだか妊婦を問診している気分になったが、落ち着いて考えてみればマユの旦那こそ医者だ。

「つうか、なんで俺に見せるんだ。ヒロトがいるじゃんかよ」
「分かんないからマサミに見せてみたらって。祟りとかに詳しいんでしょ?」
「べつに詳しかねえよ。ヤブ医者め」
 医者にわからない現象が俺に分かるはずがない。無茶を言うヒロトの顔を思い浮かべて毒づいた。
 マユは俺たちより少し歳下だから知らないはずだが、ヒロトとは赤ん坊の頃からの幼馴染だから、俺が罰当たりで食あたりをおこして天罰を畏れていることも当然知っている。それをもっともらしく話したのだろう。

「ねえ、他にこうなってる人見たことない?」
 マユは少し声量を落として、誰かが聞き耳を立てていないか軽くあたりを見廻してから言った。

「リサ姉もへそがなかったんだ」


 リサは最高にマブい女だった。激マブ、つまり光り輝く美しさに目が眩むほどの美女ということだ。その輝きは漆黒の岐阜の夜空に燦然と瞬く一等星のようであった。
 リサは俺が心から愛している女である。付き合えたのも束の間ですぐに振られて、俺は三日三晩泣き暮らしても泣き足りず田舎を出るまで引きずり続け、名古屋で心機一転したつもりが大学生の時分も、栄のキャバクラボーイの時も気付けばリサの面影を探していて、とうとうリサよりもマブい女を見つけられないうちに実家の銭湯を継ぐことになった。この田舎町へ戻ってきた時、俺はもういっそ永遠にリサのことを愛していようと決めた。
 この先の人生でリサ以外の誰かを本気で愛せる気がしない。たとえリサのひと時の気まぐれだったとしても、俺はリサが俺のことを愛してくれたひと時の記憶を生涯の宝としている。
 

「覚えてねえんだよなあ。緊張してたし、部屋は暗くしてたし」
 俺はあごを掻いた。今更であっても照れ臭い気持ちになりながらリサの裸を思い返している。先日マユが言っていたことに心当たりはなく、リサはいたって普通の女の身体をしていたはずだ。
 俺が童貞を捧げた相手はもちろんリサだった。だからド緊張していたとはいえ、尋常でなくリサの身体に意識が集中している状態でもあったわけで、足りない部分があれば抱き合った時になんとなく違和感を覚えそうなものだ。

「へそを確認するどころじゃなかったと」
 煙草を揉み消しながらヒロトが言った。医者のくせにヘビースモーカーで、たまにマユと銭湯に来ても湯船に浸かるより俺と煙草を吸っている時間のほうが長い。

「そうそう......あっ!ほら、リサっていろんなところにピアス開けてただろ、へそにもパチンコ玉みてえなでかいピアスがあったんだよ。だから気がつかなかったのかも」
「それはすごく出臍だったとかじゃなくて?」
「そんなわけあるか。出臍が暗がりで光るかよ」
「光るんじゃない?リサなら」
「おまえ、リサをなんだと思ってるんだ」
 俺が呆れて言うとヒロトはちょっと考えて、岐阜の黒木メイサ、とまた妙なことを言った。リサも凛々しく美しい瞳と艶々した黒髪が印象的な美女で、確かに似ているような気もする。

「リサは不思議な子だったね。嫁に行ったのも突然で、どこに嫁ぐとか誰にも言わなかったみたいだし。東京に行ったって話だけど」
「そんなありがちな話じゃなんにもわかんねえよなあ」
 俺たちは黄昏れに煙草をふかす。秋の夕暮れは目まぐるしくて、さっきまでオレンジだった空にもう紺がかかってきた。
 スナック街の店先のネオンが点りだしている。おふくろの店へ出勤する女が、ときどき俺の姿に気付いて手を振った。

 ここらの男がみんな煙草を吸っているのはリサのせいだ。リサは煙草屋のばあさんの孫娘で、ときどき店番を任されてカウンターに立っていた。パチンコしか娯楽のないような田舎町だから、リサが店番の日は男衆にとって一大イベントだった。みっともなく鼻の下を伸ばした男どもが、偶然を装ってはリサがいる時を狙って煙草を買いに行ったものだ。

 煙草屋のばあさんが高齢者向けマンションだとかに移り住むのに店を閉めて、休業中の貼り紙が出てしばらくするとリサもこの町を出て行った。てっきりリサが煙草屋を継いで、それがずっとは続かなくとも、しばらくはそうなるもんだと思っていたからみんな驚いたそうだ。煙草屋のばあさんは田舎の女らしからぬ寡黙な頑固者で、余計なおしゃべりを嫌ったから誰もリサの行き先を詳しく知らない。おふくろが店で聞いたウワサによると、どうも東京の金持ちのところへ嫁に行ったらしい。

 それは俺が名古屋に出て数年後のことで、ある年の暮れに帰省したら煙草屋が更地になっていた。替わるように置かれたピカピカの煙草の自販機が、空き地の寒空の下虚しく光っていた。
 通りでおやじに煙草を買いに行ってくると言ったらやけに焦って、いつもは在庫が減ると文句を言うくせに番台にあるのを買えばいいだとか、外は寒いから買いに行ってやろうかだとか、妙な態度をとるわけであった。
 その時点ではリサが嫁に行ったことまでは知らなかったが、消滅した煙草屋とおやじの態度を照らし合わせると、リサがこの町から去ったのはすぐに察せられた。俺はなぜだかその足でパチンコ屋に向かって、けたたましい光と音楽を打ち鳴らす台の前で愕然と呆けていた。何を打っていたかは覚えていないが、パチンコ台のへその桃の絵を眺めているうちに正気に帰って、寒さのせいなのか泣きそうなのかよく分からない鼻水を啜りながら畦道を引き返した。


「当たりだ」
「はあ?コンビニ行けよ」
「バカ。うちで買って当たったんだから、うちで貰うのがスジだろう」
「俺のときはくれなかったくせによお」
「マサミ、ついでにあたしのアイスも」
「120円」
「ツケといて」
 おふくろは悪びれもなく片手を挙げた。しぶしぶながら銭湯へ二人分のアイスを取りに向かう。俺が銭湯を継いでもう七年になるが、おやじはかつて家族間でも帳簿付に厳格だったのが嘘のような体たらくで、おふくろなんかはひどいもんで勘定を踏み倒し続けている。俺は牛乳にしてもビールにしても、使い捨てカミソリにまできっちり金を払っているのに。
 住居の居間へ戻るとテレビのローカルニュースは高級フルーツの盗難被害の話題だった。飛騨の山奥の果樹園で大量の桃が盗まれたらしい。なんとなく見ているとおふくろが思い出したかのように、おもしろい話があると急に目を輝かせて言った。

「店の女の子がさ、へそを盗まれたって言うんだよね」
 俺は飲んでいたビールをあやうく吹き出しかけた。へそがないマユの腹をついこのあいだ見たばかりだ。そんな可笑しな話が頻繁にあってたまるか。

「へそ?」おやじも思わず聞き返した。
「そう!冗談だと思って笑ってたら見せてくれて、お腹のね、おへそのところになんにもないのよ」
「腹の肉で埋まってるんじゃなくてか?お相撲さんみたいによぉ」
「あんた、うちの店にそんな大きな子いないよ」
「まあ、そりゃそうか。しかし妙なこともあるもんだなあ」
「常連さんがね、バチあたりでもして神様にとられたんじゃないかって。ここらは雷様の土地だから」おふくろは笑って俺のほうを見た。
「なんだよ。その子もどっかで盗み食いでもしたってか?」
「そんなことするような子じゃないよ。そういう心あたりもなければ、身体の調子も悪くないから本人は気にしてないってさ」
「そうは言ってもへそがなくなるなんて変だろう。念のため、先生のとこで診てもらったほうがいいんじゃないか」
「げえ。スナックの女の子だろ?マユがまた拗ねるぜ」
「あの子のやきもち妬きにも困ったもんだね」
 マユはヒロトがちょっと綺麗な女を診たと知れば俺やおふくろに泣きついてくるのである。新婚の若妻ならまだしも、結婚して十年は経っているし夫婦ともども三十過ぎだ。亭主を信じてどんとかまえていろとおふくろが何遍尻を叩いても、事あるごとにべそをかいている。

「そうだ、そういえばマユにちょっと雰囲気が似ているね、ほらほら、この写真とか」
 おふくろはスマホの写真を拡大して見せた。カウンターでマイクを持って歌う女は、真っ直ぐの黒髪ロングで肌の白い綺麗な感じの上玉だ。確かに昔のマユに似ている気がしないでもない。俺とおやじは口にこそしないものの、こりゃあ良い女だなあと言わんばかりに顔を見合わせた。


 あれは俺が銭湯を継いだ祝いに、おふくろのスナックでしこたま飲んだ夜のことだった。常連の農家のおっさんが山ほど果物をくれて、酔っ払って良い気分になっていた俺は、十数年振りの帰還の挨拶がてら田んぼの祠に桃を供えた。そのまま千鳥足で煙草を買いに向かうと、件の空き地に赤西仁によく似た男が立ち尽くしていた。俺がリサがこの町を去ったことを知った時と同じように、赤西仁も絶望の面持ちで、ぽっかり空いた何もない空間を前に驚きのあまり動けなくなっていた。俺に気がついて無言で空き地を指差したので、とうの昔になくなったよ、と言うと、赤西仁は、そうか、と心から残念そうに呟いて、哀しげに肩を落としてどこかへ消えて行った。ふらふら揺れる背中に月光が美しく降り注いでいて、そのやたら絵になる赤西仁の去り際を、こんな神がかったイケメンもこの町にいるんだなあと、俺は酔っているからかしきりに感心しながらしばらく目で追っていた。

 へそ泥棒の正体が、俺はなぜだかその赤西仁のように思えてならなかった。何の証拠もないが、これは俺と同じ憐れな振られ男のしわざだと勘が告げている。赤西仁とリサがどういう関係だったか知らないが、あの絶望顔からして、リサをとてつもなくマブい女と想い慕っていたという点で俺たちには共通点がある。だから行動心理にピンと来るところがあるのだ。
 へそをとられた女はみんな黒髪ロングの色白でギャル系のなりをしている。マユとスナックの女に加えて、あれからまたへそがなくなったという女が増えたがおしなべてそうなのだ。リサを理想にマブい女を探せばおのずとそうなる。
 俺はリサ以外の女を愛そうとして、何人もの黒髪ロングの色白でギャル系の女に恋のような感情を抱いては、結局はリサの面影を女の中に見出しているだけだと気がついて途方に暮れた。これはリサの影を永遠に追う振られ男が辿る、哀しき運命の路だ。へそのない女たちの容姿が俺の好みなのは、そいつも俺と同じ運命の輪をぐるぐる巡っているからだろう。


 最初にマユのへそがなくなってから一週間も経たないうちにあれよあれよと言う間にへそのない女は増えて、連日のっぺらぼうの腹をさする女が医院を訪ねてくるようになるとついにヤブ医者のヒロトも悠長に構えていられなくなり、医学的な見地からへその行方の手がかりを探し始めた。
 可笑しな事態に加えて、こんな時でさえ美人の腹だから長く診ただのべそをかくマユにも疲れた顔のヒロトが逃げるように銭湯へ来る日が続いている。普段と逆転して、煙草はほとんど吸わずに長風呂すぎて心配なくらい風呂に浸かっている。つくづく物事のバランスが極端にどちらかへ偏っているやつだ。
 そんなこんなで週末になり、ちょうど名古屋で医大の同期との集まりがあるから話題に出してみると言って出掛けて行った。

 女のへそがなくなる他には、ここのところ空模様がなんだか妙ちきりんだ。晴れの昼間も霧雨の夕方も満天の星が広がる真夜中でも、猫がのどを鳴らすような小さな雷鳴がごろごろと四六時中聞こえていて、時折これまた小さい稲妻が天候に関係なく気まぐれに走る。

 俺はパチンコへ行く道中で、祠に差し掛かったところで畦道をやって来るヒロトを見かけて一瞬首を傾げたが片手を上げた。昨日見送ったばかりなのにやけに戻りが早い。それにヒロトの住居を兼ねた病院はスナック街に抜けるこちら側と反対方向だし、銭湯へ来る時もわざわざ舗装されていないこの道を通らない。やはり俺を探して来たらしかった。
 ヒロトは俺に何か言おうとしたが、躊躇して言葉を飲み込んだ。長い付き合いの中で、ヒロトが言い淀むのは初めてのことだった。

「二週間前、リサが亡くなった」
「え?」
「へそのない美人の話をしたら知っているやつがいて、亡くなったことだけ教えてくれたんだ。ごめん、守秘義務があってこれ以上詳しく聞けなかった」
「そうか」
 暗い調子のヒロトとは対照的に、俺の声は呆気からんとしていた。唐突すぎてとても感情が追いかない自分を俯瞰的に見ながら、俺はそのまま何事もなかったかのようにパチンコ屋へ向かった。
 今日もまた積乱雲の影もないのに雷がしきりに鳴っている。真昼の空は冴え渡るように青い秋晴れだ。パチンコ屋の看板が見えてくるまで歩いても、どうしてもまだ涙が出なかった。俺の胸の裡で、永遠に愛しているという誓いが、猛烈な寂しさと悲しみを強く抱き込んで堰き止めている。


 松岡正海、と俺の名前を呼ぶ声にハッとしたら隣の台で赤西仁が打っていた。がら空きなのにわざわざ真横に座るかよ、と言おうと思ったのに、俺の口からはべつの言葉が発された。

「リサのへそもおまえが持っていたんだろ」
「ああ。でもちゃんと返したよ」
 死神はうるさいからな、と溜息混じりに言って赤西仁は煙草に火をつけた。ここも全面禁煙になったんだぜと言うはずが、また俺は思考と裏腹に、気がつくと自分も煙草を吸っていた。

「悪かったな、やけくそだったんだ」
「うん。まあ、みんな分かってくれるだろ」
「これから飛騨のほうにも謝りに行くよ」
「あっちはどうかなあ。テレビ見た?すげえ怒ってたぜ」
「もう散々怒られたからな。たぶん平気だ」
「桃も返せって言われたらどうすんだ」
「へそと違ってそれは無理だから、謝り倒すしかない」
 赤西仁は気だるげに伸びをして、また大きな溜息を吐いた。手元の煙草はいつのまにか消えている。

「そうだ。どうせ謹慎になるし、おまえに礼をしてやろう」
 赤西仁は人差し指で俺の台の端のほうを差すと、へそに向けてすっと指を動かした。あっ!と俺が声をあげた時にはもうすでに見事な「ぶどう」ができていて、連なったパチンコ玉が吸い込まれるようにへそに入っていく。七色に光る盤面の中、カウンターがめちゃくちゃな速度で回転し続けている。

「雷様!」俺は思わず赤西仁に抱きついた。
「電気関係はいじれるんだ」
「じゃあホルコンもちょっとの間止めてくれよ」
「あんまりやると怒られるんだよなあ。まあ、もういいか」
「すげえ!人生で最高の大当たりだ!」
 景気良く雪崩れるパチンコ玉の轟音に負けじと俺は歓声を張り上げて、赤西仁は得意気な顔で俺の肩に回した手で背中を叩いた。

 そうしてパチンコ屋で肩を組んで大笑いしていたはずが、ひとつ瞬きすると俺たちは銭湯で並んで体を洗っていて、次の瞬間にはスーツを着て菓子折りを持った赤西仁と飛騨へ行く電車のボックス席に座っていた。車窓から入り込む日差しがあまりにも心地良くて、俺は次第にまぶたを落としていった。


「ありがとな」


 赤西仁の声が耳元に聞こえて、ふたたび正気を取り戻すと俺は田んぼの祠の前に突っ立っていた。辺りはもう真っ暗で、漆黒の岐阜の夜空には満タンのドル箱のように星が瞬いている。夜露を含んだ空気が重く冷たい。妙な雷の音はもうしない。
 なんだ夢かよ、と溜息を吐いてポケットへ手を突っ込むと、冷えた何かに指先が触れて目を見開いた。恐る恐る取り出してみるとパチンコ玉みたいなへそピアスが、俺の手のひらの中で一等星のように輝いた。


 女たちにへそが戻って、そんな騒動があったことを誰しも忘れかけていた頃、煙草屋の空き地にとうとう買い手がついて工事の仮囲いが立った。どうもおふくろの店の常連のおっさんが果物屋をやるらしいぜ、とパチンコ屋で鉢合わせた赤西仁に教えたら、そりゃあ大当たりだと喜んだ。