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「里山十帖」「箱根本箱」を手がけた「自遊人」岩佐編集長に聞く“雑誌のような”ホテルの作り方

ホテルをとりまく業界の先輩たちから龍崎翔子が学ばせてもらう対談企画「ニューウェーブホテル概論」。新型コロナにより移動が制限される中、オンライン通話を活用して連載を続けています。

今回対談に応じていただいたのは、「里山十帖」や「箱根本箱」など唯一無二のホテル経営で知られる自遊人代表取締役の岩佐十良(とおる)さん。編集者として雑誌「自遊人」を作ってきた中で、メディアの可能性を拡張するため、ホテル運営に参画した岩佐さん。「ホテルはメディアである」と考える龍崎の憧れでもある岩佐さんから、ホテルの作り方に関する貴重なお話を伺いました。

岩佐十良・自遊人 代表取締役/1967年、東京・池袋生まれ。武蔵野美術大学在学中に、株式会社自遊人の前身となる会社を設立。10年間、リクルートや角川書店が発行する雑誌で編集業務を経験した後、2000年11月に雑誌「自遊人」を創刊。拠点を新潟に移し、出版事業、食品製造などを手掛けながら、2014年には「里山十帖」オープン。2018年夏には取次会社の日本出版販売株式会社とともにブックホテル「箱根本箱」を開業した。今年は長野県の浅間温泉に「松本十帖」をオープン予定



「米一粒がメディアである」

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龍崎:本日はよろしくお願いします。私たちは「ホテルはメディアである」というコンセプトのもとでホテル運営を続けているのですが、もともと雑誌を作っている御社のことを知ってから、私たちがやりたいことのはるか先をいっている会社だと感銘を受け、ずっとお話を伺いたいと思っていました。うしろの景色がとても素敵ですが、今は「里山十帖」にいらっしゃるのですか?

岩佐:そうです。旅館の表におります。うしろの景色はお庭なんですよ。4000坪ほどの敷地があるのですが、まわりに建物がないので、ものすごいスケール感でしょう。

龍崎:とても素敵です・・・!メディアをやってこられた岩佐さんがホテルというリアルなメディアにたどり着くというのは個人的には納得なのですが、業界的に見れば岩佐さんはその先駆者だと思います。どのような流れでホテル運営をやるようになったのですか?

岩佐:僕はもともと雑誌を作っておりまして、編集者歴はもう30年になります。大学在学時代に独立して会社を作りまして、最初はデザイナーとして活動していたのですが、1年後に編集者に転身しました。ここ(新潟県)での生活はもう16年と長くて、編集者人生の半分以上をここで過ごしているわけですね。移住した理由は、自分たちが雑誌でライフスタイル提案をしておきながら、そのライフスタイルを体現していないことに違和感を感じたから。本当に豊かな生活を見つめ直しつつ、お米の勉強がしたいという理由で、この南魚沼市を選んで、ぼくらは移住をしたわけです。

ここに来る2年前の2002年には、お米の販売を開始しました。雑誌でお米について1万字書こうが、綺麗な写真を使おうが、食べてもらったほうがその美味しさは伝わる。つまり「米一粒がメディアである」と考えたんです。当時は雑誌を読んでから何かを体験するという“メディア先行型”が主流だったのですが、ぼくはリアルな体験が先にあって、メディアがそれを補完するという主従関係の逆転をさせたかったんです。

それからずいぶんと経ちまして、食に関してもっと伝える方法がないかとレストラン事業などを考えていた中で、この旅館の譲渡のお話をいただきました。旅館であれば食だけじゃなく総合的なライフスタイル提案ができると思い、2012年の5月にお引き受けをして、2014年の5月にリノベーションを終えてスタートしたという流れです。

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(里山十帖:自遊人提供)

龍崎:なるほど。メディアとしてお客さんとの接点を広げてきた中での最終形態だったわけですね。ホテル運営という点では「里山十帖」がはじめてだったかと思うのですが、ものすごく洗練された世界観を実現されています。どのようにして「里山十帖」を成功に導いたのですか?

岩佐:ホテルのサービス面については、もちろん追いつけない部分がたくさんあります。旅館でいえば、伊豆・修善寺の「あさば旅館」さんや京都の「俵屋旅館」さん、ホテルでも外資系の高級ホテルには絶対に追いつけません。ただ、ぼくたちはそこを目指しているわけではなくて、メディアとしてのホテルを目指してるから、オリジナルを作ればいいわけです。どこかのホテルを模倣する必要はない。だから、そんなに難しいことではなかったんです。たしかに、思い返せば最初は大変だったかな。ぼく自身もスタッフとして入っていて、運営を引き受けた時期が宴会シーズンだったので、「おい、遅いぞ、おっさん」なんてよく言われてましたね(笑)。

龍崎:私は2015年に富良野でペンションの運営を引き継いだのが最初なのですが、当時何もかもがはじめてで、完成してみたら想像と違った部分やオペレーション方法が全然はまらないようなことがたくさん起きました。岩佐さんはなぜ最初からこのクオリティを実現できたのでしょうか。

岩佐:まだ今もオペレーションを毎日変更していますし、できあがった時点で全てが完成しているわけではありませんよ。雑誌と同じように作り続ける世界なので、去年よりも今年の方が良くなればいいなという感じですね。


メディアとして「真の豊かさ」に気がつくきっかけを与えたい

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龍崎:岩佐さんはホテルを通じて「真の豊かさ」を伝えているかと思うのですが、岩佐さんが考える「真の豊かさ」とはどのようなものですか?

岩佐:「真の豊かさ」は人によってさまざまだと思うので、それを定義をするつもりはないんですが、この場所にお越しいただいて、自分にとっての豊かさに気づいていただければいいなと思っています。もちろんぼくにとっての豊かさはありますけれど、それを宿で表現しているかといえばそうではありません。あくまでメディアとしてこの場所が考えるきっかけになればいいんです。よく「里山十帖」は古民家で、「箱根本箱」は鉄筋コンクリートですが、岩佐さんはどちらが好きなんですか、と聞かれます。個人的には古民家の方が性に合っていますけれど、別に感じ方は人それぞれなので、どちらがいいというわけではありません。各施設は必ずしもぼくの主義主張、というわけではないんですね。

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(里山十帖:自遊人提供)

龍崎:ホテルによってテイストが異なるわけですね。案件の依頼をいただいてから完成するまで、どのような流れでコンセプトを決めて、実装をするのですか?

岩佐:これは雑誌でたとえるとわかりやすいのですが、男性誌の編集者が女性誌に行ったり、文芸誌からファッション誌に移ったりすることは日常茶飯事です。すべてに共通しているのは、購入してくれる読者がいて、その人に何を訴えたいのか。ホテルも全く同じで、依頼をいただいてコンサルする際には、オーナーさんが何をしたいのかを聞いて、何をすればいいのかを考えるわけです。当然コンセプトによって内装も建築家も変わりますが、それは雑誌のコンセプトに合わせてデザイナーを変えるのと同じですよね。

龍崎:最初からペルソナは決めていますか?

岩佐:いえ、まずはオーナーさんが何をしたいのか、が先にあります。その人のミッションをきちんとお伺いして、コンセプトを決めた後に、ペルソナを設定します。「20代女性向けの雑誌」と言っても様々な方が読むことを想定して複数のペルソナを作っているように、僕も最低でも5〜6人のペルソナを設定して、宿としての多様性を作るんです。

龍崎:運営形態はさまざまですか?

岩佐:「里山十帖」や「松本十帖」はうちがオーナーで運営も行います。「箱根本箱」はオーナーが日本出版販売さんで、企画・運営が私たち。「山形座 瀧波」のように、企画と設計コンサル、オペレーション指導までやって、実際のオペレーションはオーナーさん、などなど関わり方はなんでもありですね(笑)。


メディアのプロとして、最後の話題作りまで設計

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龍崎:ホテルのプロデュースに関して、もう少し深く知りたいのですが、具体的に依頼をいただいた後の流れを詳しく教えていただけませんか?

岩佐:まず何度か現地へ行きます。社内会議に何度か参加させていただくなど、最初の3カ月くらいは初期コンサルという形で、会社や施設を知る期間にあてます。もちろん依頼内容は最初に聞きますので、3カ月を経て「こんな感じでどうでしょう」という提案をします。つまり、この先に進むかどうかをこの3カ月で判断をいただくんです。

それから建築家を誰にするか、料理監修をつけるか、などの具体的な話に入りつつ、プロジェクトチームを構成します。しっかりコミットメントするとなるとそこから最低でも1年半はかかりますね。最初のご相談から合わせるとおよそ2~3年。でも、休業期間を短くしたいという場合や今すぐなんとかしたいという話も多いので、そうなると特殊なやり方で工期を短縮することもあります。「山形座 瀧波」なんかは1年でリニューアルオープンまで持っていきました。休業期間は8カ月弱くらいでしたね。地域のマーケティングなども含めて最初からやりますので、1年というのは相当厳しいですよ(笑)。

龍崎:「箱根本箱」の場合はいかがでしたか?

岩佐:あれは長かったですね。日販という大きな会社と共同でやりましたので、企画から完成まで丸3年かかっています。「里山十帖」ができてすぐの頃に「本の世界を変えることができないか」というお話をいただいて、「保養所をブックホテルにしましょう」という提案をしたんです。

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(箱根本箱:自遊人提供)

龍崎:オープン後の反響がすごかったような記憶があります。あれは当然計算されていたわけですね?

岩佐:プロとしてメディアをやってきたので、当然仕込みをしますし、ヒットさせられないようなら「メディア本当にやってるの?」と言われちゃいますからね(笑)。もちろんホテルとしての新規性はありましたが、それだけで必ずしもメディアに取り上げてもらえるわけでありません。プロとしていろんな仕込みをしてきたので、想定内といえば想定内でした。

龍崎:そりゃそうですよね・・・。SNSでのバズを作るということも想定されていましたか?

岩佐:当然していますね。どうやってバズを起こすのかということも、専門の部隊と協力をしてやりました。ただ、ベースとして、バズらせることは簡単だけど、ものが良くなければ継続しないと思っています。だから、いいものをちゃんと作って、きちんと仕込んだというイメージでしょうか。たとえば、発信力のある方にお越しいただくことは重要ですが、その方々にこの場所を好きになっていただくことが大切です。まずは好きになってもらう。そのためにいいものを作るとういうことをベースにおいてやっているので、めちゃくちゃお金をかけてマーケティングだけやるというわけではありません。


コンセプト策定時、街をどのレイヤーで捉えるか

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龍崎:長野県の浅間温泉にオープン予定の「松本十帖」(※7月23日に一部施設がプレオープン)がとても楽しみなのですが、この件はどのように決まったのですか?

岩佐:「松本十帖」は地元の銀行さんから物件をご紹介をいただいて、「新しい街おこしの形を作りたい」という話からスタートしたんです。松本という20万人規模の都市にホテルがどんな影響を与えるのかにはすごく興味がありました。

龍崎:街へのインパクトを考えると。

岩佐:そうです。来てくださるお客様への影響はもちろんですが、街に対するインパクトはものすごく考えますね。これまでは南魚沼という小さな街だったり、温泉街、商店街といった規模に対してできることを考えてきましたが、今回の松本はそういう点でも非常に大きなチャレンジです。松本には古い歴史と文化があって、この周辺で完結して経済を回してきた街なので、ここにホテルという一石を投じることでどのような波及効果が生まれるのかを考えています。この街に住むみなさんのプライドをさらに高めて行く場所になったり、外からゲストが来ることで、街の人々が魅力を再発見できるようなことになれば嬉しいですね。

龍崎:街のリサーチはどのようにして行いますか?

岩佐:一番は飲みに行くことでしょうかね(笑)。松本から話をいただいて3年経っていますが、行くたびに飲みに行ったり、買い物に行ったりして、お話を聞いてきました。現場でいろんな声を聞いて、その中で自分たちが何をすべきかを考える。松本の浅間温泉という場所で旅館をやるわけですが、浅間温泉というよりは松本全体の、とくに若い方を中心に話を聞きました。

龍崎:どのレイヤーで街を捉えるかは大事ですよね。その規模感がホテル作りに大きく関わってくるわけですから。どうやってそのレイヤーを決めていますか?

岩佐:もちろんその都度、やることによって変わりますが、今回は都市におけるホテルのあり方を考えているので、松本という街を中心に浅間温泉というレイヤーと長野県というレイヤーを考えました。「里山十帖」では、南魚沼という地域をベースに、さらに新潟へと広げていった感じです。

龍崎:御社のホテルの名前には地名が入りますよね。それがまさにレイヤーなのかなと思うのですが、唯一「里山十帖」だけ地名が入っていませんね。

岩佐:里山十帖を作った時は、単純にそこしかなかったので。「魚沼十帖」でも良かったのですが、魚沼の里山風景、そして里山に暮らす人々の生活の知恵を体感してもらいたいと感じていたので「里山十帖」と名付けたわけです。その後、各地でホテルのプロデュースをするようになるのですが、これは地域名を付けた方がお客様にわかりやすいなぁと。滋賀の大津では商店街のアーケードにフォーカスしたので「大津百町」。今回は松本を中心に考えているので「松本十帖」。そんな感じで、どこに対してアプローチすべきかということを重要視して名前をつけています。


これからもお客様は気にせずにお越しいただきたい

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龍崎:さて、こういった状況下ですが、地方の観光業はこれから少しずつ回復に向かうと感じておられますか?

岩佐:さて、どうでしょう。「週末観光」という言葉がありますが、実際に忙しくなるのは土曜日だけ。7日のうちのたった1日なんです。一方の都市部では平日の宿泊が増えますし、土日もウェディングの需要が復活することも考えられます。ですから宿泊業としては都市部の回復の方が早いのではないでしょうか。お客様と話してみても、「行きたいが、リモートワーク中の遅れがどうしてもあって、これからこれまでのツケがあって仕事が忙しくなるから1年くらいは行けないかもしれない」という声もあったりして、都市間移動は戻ったとしても、地方は厳しい状況が続くと思います。

だから、景気の冷え込みが続き、マーケットも縮小する中で、都会と比べて地方の旅館やホテルはかなり厳しいと思います。いくら需要を喚起しても、これまでの分を取り戻せる気配はまだないですし、この状況が半年以上続いたときにはもうカバーできない状態になってしまいますよね。地方部の旅館はほんとうに深刻です。しかも、打つ手が限られています。

龍崎:そのような状況で、なにか現時点での収益対策を考えていますか?

岩佐:当然、ワーケーション対策や長期滞在の訴求をしています。お弁当を用意してお部屋から出ずにプライベートな時間を楽しんでいただくようなプランを作っているので、コロナ対策も万全です。よく「自分がウイルスを持ち込まないか心配だ」という話がありますが、ぼくたちは来ていただくことはもちろんウェルカムです。感染拡大を防ぐ責任はぼくたちにあって、お客様からすると少し冷たく感じるかもしれませんが、距離をとったり共用部を一部使わないなどの対策を十分にとっていますので、お客様は気にせずにお越しいただきたいと思っています。唯一お願いしているのは、ご本人が感染しないように気をつけているかどうか。正直、気をつけていても感染する時は感染するでしょうから、「気をつけているか」が重要なんです。それだけ約束していただければ、問題ありません。是非、お越しくださいということはお伝えしたいです。

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(箱根本箱:自遊人提供)

龍崎:私も同じ意見です。ほんとうにこの時期をどう乗り切るかが問われているタイミングですよね。

岩佐:ホテルがなければ、都市間移動すらできなくなるわけですからね。日本中のホテルが潰れたらどうするんですかという話です。ホテルは平和産業というくらいだし、経済発展にはなくてはならない存在です。別にお金がほしいわけではなくて、ちゃんと考えていただきたい。それは政治を司っている方にも強く言いたいことです。

龍崎:最後に、これまで雑誌から五感を使った体験、さらには衣食住へとメディアを拡張されてきたわけですが、その後の展開についてどのように考えているかを教えてください。

岩佐:こうした状況ですので、根本的にホテル業とは何なのかを考える必要があると考えています。最初にホテルをはじめた理由が衣食住の総合提案ということでしたので、ホテル以外でもそれはできるんじゃないかと。もちろん、ホテルは好きなので、これからも続けていきたいとは思っています。だけど、一度原点に立ち返って、何をしたかったのかを改めて考えています。まだ、何をするのかは具体的にはないんですが、次にやることはこれまでとは少し変わっているかもしれないですね。


対談を終えてーー
「ホテルとはメディアである」という私の理想のホテル像をどこよりも体現しているのが「里山十帖」だと思います。写真とテキストで伝える雑誌から、五感で伝えていく食のEC、そして衣食住全体を通じて伝えるホテルへと、思想をそのままに媒体を拡張していった結果生まれた宿だからこそ、他では味わうことのできない豊かな時間が流れているのだろうと感じました。

(文:角田貴広、写真:小川遼


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