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大規模リニューアルした白浜の「HOTEL SEAMORE」が描く、これからの地方観光ホテルの未来

関西有数のリゾート地・白浜で、20〜30代を中心に人気を集めるホテルがあります。「SHIRAHAMA KEY TERRACE HOTEL SEAMORE(下記、HOTEL SEAMORE)」。たくさんのホテルや旅館が立ち並ぶ日本有数の温泉地・白浜において、老舗旅館でもなく、高級ホテルでもない。誰もが親しみやすいけれども、高いデザインセンスとコンテンツを兼ね備えた、新たなタイプのホテルなのです。

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生まれ変わった「HOTEL SEAMORE」のエントランス

運営するのは白浜を中心に複数のホテルを持つ白浜館という会社。旧「南紀白浜梅樽温泉ホテルシーモア」から大規模なリニューアルを経て、2018年3月に生まれ変わったこのホテルですが、どのような経緯でリニューアルに挑み、何がその成功要因だったのか。今回の「ニューウェーブ ホテル学概論」では、これからのリゾート地におけるリブランディングの一つの成功事例と言える「HOTEL SEAMORE」リニューアルの真相を探るべく、白浜館 代表取締役社長の中田力文さんに話を聞きました。

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中田力文/白浜館 代表取締役社長


耐震補強のため、大規模リニューアルを決意

龍崎:本日はよろしくお願いします。リニューアルを経て大きな注目を集めていますが、以前はどのようなホテルだったのでしょうか。

中田:もともと祖父が白浜でいくつかの事業を始めて、このホテルは昭和42年(1967年)に完成しました。僕が小学生の頃には、ホテルから小学校に登校して、ホテルに下校するような日々でした。あの頃は毎日のように催しや漫才ショーなんかも開催されていて、観光客だけじゃなくて地元の人たちも集まる場所だったんです。その後平成元年にリニューアルをして、レストランなんかも予約しないと入れないような、高級路線のホテルになりました。ただ、もともと地元にも開かれる前提で設計がされているので、合わない部分も出て来たんですね。だから、今回のリニューアルでは再び地元に人にも来てもらえるような、オープンなホテルを目指しました。

龍崎:原点回帰と言えますね。そもそも、なぜリニューアルをすることになったのですか。

中田:きっかけは耐震工事をしなければいけないからでした。リノベーションといえば、普通は表層部分に変更を加える程度なんですが、耐震工事は構造を変えなければいけません。ただ、今回は補助金が出たこともあり、リニューアルするからには耐震だけではなく、コンセプトからオペレーションまで全てを考え直そうと思ったんです。

龍崎:耐震工事が大規模リニューアルのチャンスだと考えたわけですね。

中田:こんなチャンスはないと。今やるしかないと思いました。普通リニューアルをしようと思っても、構造をさわることなんてありえないですから。バックヤードも大幅に変更したので、従業員のオペレーションは見違えるほど便利になりました。実際に歩数計で測ったら、従業員の1日の歩数はリニューアル前の半分になったんです。

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龍崎:大規模な改修となりましたが、不安はありませんでしたか?

中田:怖くはないです。リニューアル前のホテルではこれ以上ないくらいのことをやり尽くしていましたから。今より建物も働き方もよくなるなら、売り上げもよくなるしかないと思いました。プラス思考しかなかったんです。そもそも、それまでマイナスな経験は山ほどしてきましたから、全然大丈夫やろうと。とにかく、信じて、諦めないことでしたね。

龍崎:もちろん、リニューアルにかかるコストを回収できる見込みはあったわけですよね?

中田:過去のデータに基づいて、何度もシュミレーションしました。その結果、リニューアル前の稼働率でも問題なく運営ができるという計算でした。これは融資の時の説得材料にもなりました。


リニューアルで絶対に実現したかったのは「ベーカリー」だった!

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龍崎:リニューアルの流れについて詳しくお聞きしたいのですが、耐震の問題でリニューアルをすると決まった段階で、先にシュミレーションをしたのですか?

中田:最初に「ターミナルホテル」というリニューアルコンセプトを決めました。ターゲットは25〜35歳。お金にも余裕ができたんやけど、落ち着ける場所がない人が集まれる場所にしたいと思いました。その上で、どのくらい費用がかかるとか、一室いくらで売れるとか計算をしました。先に数字を出すと思い切ったコンセプトとかないようにできないじゃないですか。まずコンセプトを決めて、そこに数字を合わせにいく。やりたいこと全部出したらもちろん予算オーバーするから、どこを落としていくか考えることになりますね。

龍崎:コンセプトが一番大事だと。

中田:そうです。アイデアを出す時点で一緒に計算してしまうと、ワクワクするものは作られへん。それでほんとうに楽しいですか、ということを常に考えないといけないんです。たとえば、テラスにある“インフィニティ足湯”ではタオルを無料貸し出ししてるんですが、経費がかかるということが議題になりました。だけど、コンセプトがある以上、ここはお金かけてもケチられへんところやと。話題になれば費用対効果も上がるからと押し切ったんです。

龍崎:実際にたくさんの方が利用されていますし、“インフィニティ足湯”の体験はすごく印象に残っています。

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海に向かって足湯を楽しむ“インフィニティ足湯”は大人気

中田:実はあれ、当初の予定ではなかったんですよ。テラスができた時に、あまりに寂しいということで「温泉利用して足湯作っちゃう?」とアイデアを出して。もちろん予算も増えるし、建設会社は泣いてましたが(笑)。

龍崎:そうだったんですか!だけど、その結果、インスタグラムにも足湯の写真がたくさん上がっていますし、大成功ですね。ちなみに、リニューアルを通じて中田社長が絶対にやりたいと思っていたことはありましたか?

中田:一番はベーカリーなんです。

龍崎:このホテルに着くと、外からまずベーカリーが見えますよね。あれはすごく印象的なのですが、どうしてベーカリーを入れようと?

中田:空間が豊かになるからです。25〜35歳のターゲットに向けては絶対に必要だと思いました。ただ、職人もいなかったので、コンサルタントと相談して、プロのもとへベーカリーの研修に行きました。素地がない部分は外部の人に協力してもらおうと。

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エントランスのすぐ隣にあるベーカリー

龍崎:なるほど。リニューアル自体に外部の方が多く関わっているのでしょうか?

中田:デザイナーや設計士の先生とそのメンバー、コンサルタント、弁護士。あとはパンフレットの制作などのクリエイティブ面をメディア運営や企業ブランディングに強いラカンという会社にお手伝いしてもらいました。昔はホテルといえばワンマン経営やったわけですが、今はチーム経営の時代やと思うんです。わからんもんはわかる人に頼む。一人でやると限界がありますからね。

龍崎:たくさんの人が関わると、ディレクションというか、全体の意思統一が必要になると思います。そこは中田社長が?

中田:そうですね。ただ、クリエイティブの人とまとめる人、リードする人は違うと思うんです。クリエイティブに関しては、きちんとフィルターを作らないとあかんわけですけど、それは僕じゃない。結局、設計士の先生にそのフィルター役をお願いしました。一方で、この部屋がいくらで売れるかとか、そういう肌感覚は僕にしかないから、一つ一つそれぞれの視点から話し合いを続けたんです。結果としてコンセプト策定に1年、設計に1年、営業しながらの工事に丸1年かかりました。寝られへん日もたくさんありましたが、みんなで作り上げるのが楽しかったんです。

龍崎:クリエイティブが本当に素敵だと思っていて、お部屋に置いてある季刊誌なんかもめちゃくちゃクオリティー高くて読みたくなりました。

中田:あれは(ラカン代表の)朱さんのおかげです。作りたいということをお願いして、僕からはなんの意見も言わずに作ってもらいました。会話のきっかけにもなるし、そのまま営業にも使えるし、重宝しています。

龍崎:信頼して任せきるという決断ができるのはすごいと思います。

中田:信頼できるメンバーを集めましたから。地元の若手の人々にも来てもらいたいと思ったので、メンバーにはなるべく25~35歳の人たちを巻き込むようにしました。唯一失敗したのが、メンバーに女性が少なかったことですね。オープンしてから「シャンプーバーはあるのに、コンディショナーバーはないんか」と言われて、それは男性の僕には思いつかんかったなあと(笑)。


リニューアルを経て、地元の人々の“溜まり場”になった

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共用部にあるオーシャンビューのラウンジ

龍崎:営業しながらのリニューアル工事ということですが、共用部の工事は大変じゃなかったですか?

中田:いやあ、悲惨でしたね。オススメしません(笑)。お客様を優先するのが当たり前やから工事業者に無理言って工事を止めてもらったり、一方でお客様に謝り続けたり。毎日進捗を聞いて、工期は動かさずに妥協する部分は妥協して、なんとか完成しました。途中何度か事故というか問題も起きて、地元の方々にも迷惑かけたことがあったんですけど、地元とのつながりは強いですし、すぐに対処することで、大きな問題にならずに進めることができました。

龍崎:さすが、中田社長のコミュニケーション力あってこそ乗り越えられた部分もあるわけですね。実際にリニューアルを終えて、すごく反響があったかと思います。中田社長としては、今どのようなお気持ちですか。

中田:いざ蓋を開けると、ホテルのロビーで保険会社の人がお客さんと待ち合わせしている時があったり、雨の日にはママが集まってビュッフェ会をしつつフリースペースで子供を遊ばせたりしていて。当初の目的とは少し違う使われ方もしていますが、地元の人が集まるという点ではすでに目標を叶えることができて良かったです。実際サイトからのアクセス解析をすると、以前は40~50代が多かったのに、今は20~30代女性圧倒的に多い。

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龍崎:想定通りの客層に届いているわけですね。その人気の理由はズバリなんだと思いますか。

中田:その要因はパンですね。ベーカリーの利用者は9割が地元の方なんです。実は入り口の外に換気口をつけていて、焼き上がりのパンの香りが外にもれるようにしてるんです(笑)。ベーカリーが一番外にあるということもあって、ここに人がいると「私も入っていいんや」という安心感が生まれるんですよね。エントランスに誰もいなかったら入りにくいでしょう。

龍崎:たしかに。そういう点では、ビュッフェ形式のレストランもカジュアルな印象があって、いいですよね。食事面はリニューアルで変わりましたか?

中田:構造を変えたことで、調理場やスタッフルームを集約したんですが、そうなるとお部屋への配膳はコスト的にも構造的にも難しくて。だけど、サービスとしては出来立てをその場で食べられるビュッフェの方がいいわけです。それなら、調理場のすぐ隣にビュッフェ形式のレストランを作ろうということになったんです。リニューアル後にスタッフが増えたと言われることがあるんですが、そんなことはなくて、これまで別のフロアの見えないところで働いていたスタッフがお客様と対面するようになっただけで、実は従業員数は減ったんです。まさに、働き方改革ですよ。

龍崎:リニューアルを経て、従業員の顔ぶれは変わりましたか?

中田:全く変わりました。最近は和歌山県内の人が増えましたね。外国人の従業員も増えましたし、平均年齢は極端に下がりました。リニューアルの時に従業員食堂をビュッフェ形式にしたり、シャワールームをつけたりしたことも大きかったかなと。この前大阪で外国人向けの就職説明会をしたら、今まで見向きもされなかったのに、100人くらい列ができたんです。驚きました。


ワーケーションを起点に仕掛けていくリゾート地の新しい戦略

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「HOTEL SEAMORE」外観

龍崎:いいクリエイティブを作る上で、どんな人に任せるかという部分で中田社長の目利き力が非常に高いと感じました。どのような目線で見ていらっしゃいますか?

中田:そりゃあ、いろいろ失敗してますから(笑)。これまで1億くらいは損してます。痛い勉強ですね。あとは、大学生時代にアメリカに留学してたんですが、ホームステイ先のママがすごい人で。20代で銀行の頭取になってその銀行をV字回復させた人やったんですよ。彼女がいろいろと考え方を教えてくれたことが、今のベースにあるんです。

龍崎:そんな偶然が今につながっているとは。経営のアイデアという点では、今年7月にすぐ隣に2棟のレジデンスを作ったじゃないですか。コンパクトな部屋で価格帯を少し抑えつつ、「HOTEL SEAMORE」と同じ共用部分を利用できるというのがゲストにとっても魅力だし、運用面でも無駄がないという点で画期的なビジネスモデルだと思いました。

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「HOTEL SEAMORE」の隣にできたレジデンスの共用部分

中田:あれはいけると思います。しかも、(レジデンスが本館の)隣にあるからいけるんです。オペレーションコストがほとんどかからないですから。レジデンスでは、サイクリストやビジネスマンによるワーケーション(仕事と休暇を組み合わせた造語)の利用を狙っています。すでに企業と組んでワーケーション利用の年間契約も始めていて、観光客の少ない平日に彼らが仕事利用で来てくれるんですね。

龍崎:“ワーケーション”は和歌山県が先進的に提案している働き方ですね。たしかに観光客とビジネスマンの両方に響くと稼働率は一気に上がりますもんね。

中田:稼働率のいいホテルは観光客とビジネスマンの両方をとれてるんです。しかも、レジデンス利用客は素泊まりやから街へ出て行くんです。お部屋でのご飯付きプランしかなかったら、このビジネスモデルは成り立ちませんからね。僕としたらそれでいいんです。どんどん街へ出てほしい。地方では、3つの産業があれば経済が安定すると言われています。観光ビジネスとIT企業によるワーケーション利用。もう一つ産業があると安定するわけです。これは地方ごとになんでもいいんですが、僕もすでに白浜でのこの3つ目の産業を考えています。まだ内緒なんですが、何もしなければ人は来ないので、いろいろと仕掛けて行く計画です。

龍崎:これから、白浜が大きく変わりそうですね。

中田:白浜は変わりますよ。変えていくつもりです。そもそも、白浜だけじゃなくて、串本やら熊野古道やらも含めて、和歌山県自体がこれからの可能性を秘めています。どんどんリゾート地の新陳代謝も進んでいますし、僕らは置いてけぼりを食らわないように、戦っていくのみです。

龍崎:楽しみです。お忙しいなか、本当にありがとうございました!

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対談を終えてーー
日本の地方の観光都市が地盤沈下して、古き良き観光旅館が苦戦している、そんな話を今まで何度聞いて来たでしょう。高級路線を目指すべきか、若者やインバウンドの集客に力を入れるべきか、何を取って何を捨てるか、そんな議論を置いてけぼりにするかのように、「HOTEL SEAMORE」は鮮やかに高いデザイン性と豊富なコンテンツ、そしてリーズナブルで全ての人へ門戸を開く全世代型リゾートへと生まれ変わりました。日本の地方の観光業の未来は白浜にあるのかもしれません。

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SHIRAHAMA KEY TERRACE HOTEL SEAMORE
・住所:和歌山県西牟婁郡白浜町 1821
・アクセス:JR白浜駅からタクシーで約10分 / 路線バスで約20分(停留所「新湯崎」徒歩1分) / 無料送迎バスで約30分
・TEL:0739-43-1000

(文・写真:角田貴広)


【過去の対談一覧】



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