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ANCHOR HOTEL 細羽雅之さん|立教大学ホテル運営論ゲストスピーカー紹介

立教大学観光学部で開講される「ホテル運営論」では、さまざまなゲストスピーカーをお呼びして、講義を展開しています。今回はANCHOR HOTELを運営する株式会社サン・クレアCEOの細羽雅之さんへのインタビューをお届けします。

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PROFILE:岡山県出身。慶応義塾大学卒業後、日本IBM社のエンジニアを経て、経営破綻した実家のホテル事業の再生に取り組む。国内外の多くのホテルを渡り歩き、日本のホテルカルチャーを革新するべく、2015年株式会社サン・クレアを創業。同社CEOに就任。2020年3月、100%インバウンドターゲットのコンセプチャルホテル「NAGI」、リラクゼーション森林リゾート「水際のロッジ」をOPENするも直後に新型コロナの影響で全館クローズ。事業ドメインをホテル経営から、「限界集落より始める地方創生」に切り替え、新しい時代のホテルミッションを創出中。経営学修士(MBA)


IT業界からホテル再生事業の道へ

——新卒でIBMで働いていた際は、どのようなことを考えながら働いていましたか?

新卒の頃は、目の前の仕事で精一杯で、自分のできることを一生懸命やってたという感じですね。

——今のサン・クレア社の理念の「Think, Hotel Think Heart」というのは、IBMのTHINK(考えよ)という文化の影響があるのかなと思ったんですけども。

ああ、それはあるかもしれないですね。

——システムエンジニアからホテル経営者へと、違う業種への転換を行ったと思いますが、どのようにホテル運営の知識やスキルを身につけていきましたか?

そういう意味で言うと、私は「どうしてもホテル業がしたかった」とか「観光業が命」というわけではなく、流れ着いて入ってしまった道みたいなところはあるんですが、それが生業にならざるを得なかったという流れの中で「どうすれば事業を発展させていくことができるのか」と考え始めたのがきっかけですね。

もともと父が経営していた会社が破綻をいたしまして、巨額の負債と赤字のホテルが残ってしまいました。それをどうやって再生させていくかというところから始まったんです。できることは最初は限られてるわけで、見様見真似でやっていました。

今のようにインターネットもほとんどない状態だったので、情報もなかった。たとえば「どうやってプロモーションするか」あるいは「ホテルサービスを向上させるというのは具体的にどうしたらいいのか」を調べようと本屋さんで「ホテルマナーアップ」みたいな本を買って(笑)、というその程度しかできない時代でしたね。そのなかでできることをやっていくという感じでした。

——なるほど。

ただ契機になったのは、楽天トラベルの前身である「旅の窓口」の導入です。当時インターネット予約がちょうど黎明期で、私はIT出身だったので、いち早く導入しました。

周りの人たちは半信半疑でした。「こんなので予約入ってくるのか」って(笑)。でも、ひと月目に3件、ふた月目に10件、3カ月後には50件、みたいに入ってくるので、みんなびっくりしてですね。「インターネットってすごいですね」という感じで(笑)。

口コミもちょうど始まった頃で、ボロボロに書かれてですね、「ここのホテルは全然愛がないです」などど書かれて、みんなでショックを受けました。「それじゃあホテルに愛があるってどういうことだろうね」と話し合いながら、やり始めましたね。そうやって10年15年やっているうちに、ホテルの再生ノウハウを確立できました。

今、第2フェーズとして、改めて私が自分の会社を立ち上げまして、宿泊特化型のホテルではなく「アンカリング」する(錨を下ろす)というテーマで、ANCHOR HOTEL(アンカーホテル)というんですけれども、金太郎飴のようなホテル——どこに行っても同じようなホテル——ではなくて、もっと土地によって味のあるホテルとか、土地の歴史や文化を感じられるホテル、街の人と交流できるホテル、ということで作ったのがANCHOR HOTELですね。

——構想に至るまで具体的なきっかけはございましたか?

やっぱり旅が好きで、1年間で100泊しようと決めたんですね。100泊、国内外のホテルを泊まり歩いて。超ラグジュアリーホテルからカプセルホテル、ゲストハウスまで、アコモデーション(宿泊施設)というカテゴリーに入る場所に行けるだけ行きました。同じホテルには絶対泊まらないというルールを作って。

エースホテルの衝撃

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——それはすごい。

そういうのを2、3年やって日本のホテルカルチャーを理解していきました。また、海外にも行って、全然違うんだなと分かりました。

特にアメリカとかヨーロッパへ行くと、ホテルにすごくオリジナリティがある。場所・地域によっていろんなタイプのホテルがあって、おしゃれだったり、おもしろかったり、かわいかったりするんです。「あそこに行ったときにあのホテルに泊まったな」というのが思い出せるんですよね。「あそこでこんな人に出会ったな」みたいな。そこからストーリーというか記憶が戻ってくる。

「これ、日本で欠けてるなあ」と思って。旅館とかはあって、女将さんと話したりとかはあるかもしれないですが、そこの場所に行って、宿泊施設の人と深く話し合うみたいなのはあんまりないな、と。その意味で日本のホテルってどこも似てるっていうか、温泉があって、料理があって、という。古い旅館だとカチカチっとライターで火をつけるような料理が出てくる(笑)。日本の伝統的な旅館のスタイルとしていいんですけれども、「もっとバラエティに富んでてもいいんじゃないかな、日本のホテルカルチャーも、もっと幅があっていいんじゃないか」と思ったんです。

——なにか契機となったホテルはありましたか?

それで、マンハッタンのエースホテルに泊まったとき衝撃が走ってですね、当時有名になりかけてたので、ぼくも行ってみようと思って予約したんですけど。建物のドアを開けると、一階がクラブ状態だったんですよね。みんな、飲んで騒いで踊ってたんです。

「あれ? 間違えたな」と思ってドアを閉めて、もう一回見たらエースホテルって書いてあるんで、もう一回開けたらやっぱり踊ってる。

「あれ、これがエースホテルかあ」と思って、だけどフロントがどこにあるか分からない。すごく迷ってたら、小さいデスクがあって、すごい背が高い黒人の、ドレッドヘアで鼻ピアスして、毛皮のファーのコートを着たお兄さんがいて、「Hi!(ハーイ!)」って言ってくれたんです。

「あ、こんなフロントもあるんだな」というのが、ぼくにとってはカルチャーショックでした。「ホテルの世界観ってもっと遊んで楽しめるんだな、そういうの輸入できたらいいな」と思いました。ANCHOR HOTELはそういう視点も入れて考えました。

やっぱり、日本のホテルを泊まり歩いていくなかで、似てるホテルが多くて、どんな人に会ったんだっけというのを思い出せない。泊まる方も泊まっていただく方も、そういうのはもったいないな、と思って、どうやって心を「アンカリング」してもらえるか、錨をおろしてもらえるかという思いでやっています。


地方はまだ5割経済

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——今年の状況についてお聞きしたいです。

コロナ禍になり、ちょうど地元の衆議院議員の小林史明代議士に、経済の状況をご報告したんですが、それで資料をまとめていたんですけれども。ちょっと福山に特化して調べたのですが、いち地方都市として、話してみます。ビジネスホテルっていうのは地方の縮図と言えるんじゃないか。今コロナになって地方はどう動いているのか。

ちなみにうちの会社ですが、すごいタイミングでした。3月に2件、(岡山県)倉敷市と愛媛県とでオープンして、あと広島で今年2件オープンする予定だったんですね。しかもこれがインバウンド向けのホテルです。なかなかショッキングな状況で。

来年になると「森の国ホテル」という新しいホテルを本格オープンする予定でした。新規オープンのスケジュールを全部リスケしなければいけない。
ブランドラインとしては「宿泊特化型のホテルから脱却しよう」ということでANCHOR HOTELを作って、それから、インバウンド向けのセミラグジュアリーホテルもやろうとしてました。積水ハウスと共同でやり始めてたんですが、これちょっと完全に止まりかけてます。

これらとは別にやってるのは森林リゾートですね。こちらはもともと行政がやってたホテルで、松野町っていう町が運営してました。第三セクターと言われるんですが、うまく行ってないところが多いんですね。そこに2年前に西日本豪雨の土砂崩れが起こって、ここにアプローチできる唯一の道が閉ざされて陸の孤島になっちゃったんですね。それで閉館せざるを得なくなって、民間に売却するということで、われわれのところに来ました。

——なめとこ渓谷ですか?

そうです、ご存知ですか。ありがとうございます。すごいいいところです。四万十川の源流で、ほんとに水がきれいでいいところですね。

で、これらの稼働率は90パーセントはあったんですが、2月からドーンと落ちて、3月、4月もドーンと。緊急事態宣言もあって全部クローズした期間もありました。現状はどうかというと、だんだん持ち直してはいるのですが不十分でして、稼働で言うと4〜6割しか戻ってきてないんですね。客室単価が下がっているので売上は50パーセントくらいにしか戻ってません。

だから「決して安心できる状況じゃないですよ」と代議士にもお伝えしたかったんですけれども、このような地方経済の状況を鑑みると、全体的にはまだ「5割経済」であると考えられます。出張される人も現場仕事のブルーカラーの方が多い。工場の現場はプロジェクトが決まって動いているので、まだ仕事があると思うんですけど、10月以降の新規投資案件などはたぶんほぼなくなってると思うので厳しくなってきますね。

弊社では一億円赤字を出しちゃいました。なかなか厳しいです。あとは、倒産ではなくて廃業をしているお店も多くて、これは経済上のデータに出てこないんですね。ある日ひっそり消えてしまう。そういうのも非常に増えている。

先週、京都にも行ってきたんですけど、「やばい」です。人がガラガラで、無期限休業のホテルや着工中断とかですね。繁華街のコンビニすら廃業している店舗がありました。

ちなみに反面、水際のロッジは結構お客様が増えています。夏休みだったのでファミリーが多いですけれども、学生さんや若い方も多いです。

——水際のロッジには東京からも来るんですか?地元の方が多いですか?

地元の方が多いですね。東京からは「行っても大丈夫ですか」と問い合わせが多いです。基本的には対策はできているので大丈夫です。地元側からの目も気になるかもしれませんが、ここは本当に田舎でそんなに人が多くなくて、そこも気にならないです。もともとは海外旅行に行こうと思ってた方にも連泊で来ていただいています。

——「都市よりも自然のほうが観光的な魅力を感じる」というように変化をしてきたのでしょうか。

「密を避けたい」というのもあるでしょうし、「マスク外したいよね」という気持ちもあるんじゃないでしょうか。京都も今は行こうと思わないかもしれないですね。たぶんホテル業界で言うと、沖縄も北海道も、そして東京も大変だと言われますが、京都が一番大打撃を受けてるかな、と思います。東京はビジネスの動きが残っていて、ホテルもまだ需要があるんですが、京都の場合は、日本の「観光業、インバウンドの本丸」としてたくさん作っていましたから、桁違いに部屋数が多いんですよね。一部屋2000円、3000円でもガラガラって感じですよね。

——昨今の状況をみて「観光業を目指して観光学部に来たけどコロナだしやめようかな」と考える学生もいるようです。観光産業に関心のある学生に伝えたいメッセージはありますか?

観光というものを、もう一回考え直さなきゃいけないと思います。「人はなぜ旅をするのか」とか「これからの旅のスタイルってどんなかたちなんだろう」ということがすごくポイントになってくると思います。

これまでの観光っていうのは、主なターゲットは、いわゆる年配の方で、団塊の世代の方がお金もあって時間もあって、「みんなでバスに乗って温泉旅行でも行こうか」というのが、結構太かったりする。こちらは先ほども言ったように、カチカチっとライターで火を付けて料理をいただく、みたいな旅館のスタイルが好かれるんですよね、年配の方には。でも最近はそこも変わってきてるので、じゃあどういう旅のスタイルになるかな、と考えなくてはいけない。逆に大学生のみなさんから見るとどう感じてますか。

——そこでしか感じられない体験ができる、みたいに体験ベースで宿を探したりするので、新しいものが若者は好きかもしれないですね。

カチカチっと火を付ける料理もいいんですけどね(笑)。いずれにしても何かを体験したいというのがあって、ラグジュアリーと言っても、高級な調度品とか「キャビア・フォアグラ」とかではなくて、時間の流れが感じられるとか、人との触れ合いの時間があるとか、そういうところに贅沢を感じる方が増えているように感じます。

水際のロッジには、レセプションに時計がひとつあって、それ以外は建物の中には時計が一切ないんです。壁際にはブックセレクターの方が選書をして作ってくださった本棚があって、地元のなめとこ渓谷にマッチするようないろいろな本が置いてある。窓を開けると絶え間なく川の流れが感じられて、川の風を感じられる。そんな場所でゆっくりと読書にふけって「こういう時間過ごすの久しぶりだな」みたいな。

——そのような田舎の地域でどうやって文化を探していくんでしょうか?

外から来た人の目で見るとすごくおもしろいです。外部からの視点ですよね。

たとえば、ホテル森の国の周りでは、四万十川の源流なので、わさびが生えてたけど、最近は少ないと。なぜかといえば「鹿に食われた」みたいな。それも驚きなんですけど、わさびが生えているってとてもいいなと思って「森の国のロッジの全体のブランディングにもつながるな」ということで、今わさびを植えてるんです。そういうのも実は地元の人からすると全然ピンとこないんですよね。

他にも水がとてもきれいなので、クレソンがその辺にいっぱい生えてます(笑)。東京だと手のひらくらいの量で2000〜3000円してしまう。それを直接売るということではなく、うちのイタリアンレストランで出そうと。こういうの自生してるんですよというのもストーリーになるな、と。そういうのいっぱいあるんですよ。

あちこち練り歩くんです。スーパーカブっていう昔ながらのバイクを買って、おじいちゃんやおばあちゃんに話を聞いています。面白いストーリーが立ち上がってきますね。どんな土地にも歴史が絶対にあります。どんな人が出てきて、どんなことがあったか。そこをいかに表出させるかっていうことだと思ってます。

宿泊体験が移住のきっかけになる

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——そういう外部からの視線を東京の人たちも持つと、ひとつの町としてフラットに東京の魅力を見つけられるかもしれませんね。

最近はワーケーションとかリモートワークというワードが結構出ますけど、うちでも、最初は1泊とか2泊で泊まりに来られるんですけど、その次は5泊、1週間となって、そうなるとホテルでは滞在コストがかさみますから、「住めるような場所があればいいね」という話になるんです。

それで、今やろうとしてるのは、限界集落で、空き家問題にもつながるんですが、空き家をきれいにリノベして「ここだとWi-Fi環境もあるし仕事もできます」というふうにするという事業です。「ここで1週間仕事してみよう」から「今度は1ヶ月ぐらいいてもいいかな」となり、3カ月とか半年とか、場合によっては1年、2年住んでもいいかなという人が出てくる。そういう人の受け皿を作りたいんです。

——移住につながっていくんですね。

宿泊施設はきっかけとしては親和性が高いんですよ。インターンでうちに来ている人がいて、筑波大学とAPU(立命館アジア太平洋大学)の学生さんですね。みなさんと話してるとオンラインで授業してるから来れるんですよね。こちらは「おいで、おいでよ」と(笑)。そのうちのひとりは最初は2週間って言ってたんですけど、もう2ヶ月くらいいますね。おもしろいみたいです。われわれのビジネスも間近で見れるので。

——講義でもお知らせください(笑)。

こういう枠で、とかカチッと決まってはいないんですけど(笑)。リノベ前のホテルが一棟あって、私もそこに住んでるんですけど、「学生さんなので行き帰りの交通費はこちらで負担します」という感じで。どうですか?

——行きたい人、いると思います。フリーランスでライターをやっている方、ウェブデザイナーの方など、どこでも仕事ができる方は移住しやすいですよね。

そうですよね。今チャンスだから移住しないともったいないですよ。

——観光産業は、今は大変なところも多いと思いますが、チャンスと捉えている方も多いみたいですね。本日は長い時間ありがとうございました。


立教大学の『ホテル運営論』では、10月9日(金)に細羽さんにさらに詳しい事業のお話などを伺います。Tourism Academy SOMEWHEREは今後、大学の授業設計に参画していくだけでなく、その他の多くの方々にも観光事業に関心のある方々へ学習コンテンツを提供していきます。


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