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「LOG」や「ONOMICHI U2」 尾道という街をデザインするホテルたち

ホテルプロデューサーの龍崎翔子が、第一線で活躍している経営者・クリエイターに会いに行く連載「ニューウェーブ ホテル学概論」。龍崎がモデレーターとして、毎回さまざまな“ゲスト講師”の方からホテルビジネスに関する学びを得るという企画です。

今回登場するのは尾道に新しくできた話題の宿泊施設「LOG(ログ)」を統括するTLBの吉田挙誠さん。「LOG」はもともと「新道アパート」という鉄筋モダン住宅を改装した複合施設で、「ONOMICHI U2」や尾道駅庁舎のリノベーションなどを担当するTLBが手がけています。

近年観光地として特に若者に絶大な人気を誇る尾道ですが、その人気の裏側にはこうした新しいホテルの存在が少なからず影響しています。新しいホテルの誕生によって、尾道という街の雰囲気や人の流れはどう変わったのか。街の雰囲気を変える力を持つホテルの可能性について、吉田さんに話を聞きました。

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吉田 挙誠 (よしだ たかのぶ)
1980年、兵庫県神戸市生まれ。東京マザーズ1部上場企業の外食企業に入社。その後、東京にある外資系ホテルを経て広島県福山市に移り、旧迎賓館をリゾートホテルに再生するビジネスの開業メンバーとして携わる。2012年、事業と雇用の創出を目的に地域と連携してまちづくりをする株式会社ディスカバーリンクせとうちの立ち上げに寄与。2016年12月に株式会社se-ed代表取締役社長に就任。2019年7月1日に株式会社se-edとTLB株式会社が経営統合し、現在にいたる

異国情緒ただよう客室6室のみの贅沢なホテル

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「LOG」の客室(photo-Tetsuya Ito)

龍崎:本日はよろしくお願いします。

吉田:お願いします。まずは館内を案内しながらお話ししましょう。この場所はもともと尾道の豪商のお屋敷があったところにアパートが建てられて、われわれがそのアパートを受け継ぐ形で複合施設を作りました。設計はビジョイ・ジェインさん率いるインドのスタジオ・ムンバイという会社です。

龍崎:アパートを受け継いでいるからか、ホテルというよりも開放的な複合施設という印象を受けます。

吉田:実は客室は6部屋のみなんです。2タイプのお部屋があって、内装の壁や床に手漉きの和紙をつけているんですが、その一部はわたしたちが職人さんに教えてもらいながらつけたんですよ。

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龍崎:そうなんですか!壁の色もすごくいい。

吉田:外壁には漆喰を使っています。壁の塗料は顔料と土に漆喰を練り合わせたもので、現物で色の検証を繰り返しました。ビジョイさんいわく「いい体にはいい洋服を着せないといけない」ということで、ひび割れも色落ちも全て自然のままがいいんだそうです。

龍崎:既製品じゃない感じがして、しかも、日本にはない雰囲気です。お部屋ごとのプレートも素敵ですね。

吉田:斜面地のランドスケープに馴染むように試行錯誤を重ねて、自分たちで経年変化していく素材を選びました。できる限り自分たちが手を動かすことで、10年20年経っても自然に溶け込むような場所を作れると思ったんです。

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坂の上に建つ「LOG」外観(photo-Tetsuya Ito)

龍崎:それにしても、自分たちで作るのはすごいと思います。

吉田:坂道の上にあるという工事のしづらい特殊な立地なので、なんでもポジティブに考えないとやっていけません(笑)。「LOG」まで階段が100段もあって、車も通れなくてビールの樽なんか運べませんから、だったら原材料から作ることができるものをカフェで売ろうということで、シロップやソーダ水を作ったり。ここでは自分たちで循環できるものしか使っていないんですよね。

龍崎:難しい工事環境をポジティブにとらえた結果なわけですね。

吉田:はい。工事にしても、中庭で使うこぶし大の石10トンを運ぶのが大変だったらぼくたちがやりますと。10人くらいが5000往復して、2日間で終わったんですよ(笑)。

龍崎:自分たちが手伝うというのは、工費を抑えるというメリットもあるのでは?

吉田:そうですね。だけど、その一方で家具や室礼なんかにはお金も時間もかけています。

龍崎:家具はオリジナルですか?

吉田:家具もビジョイさんと話してオリジナルで制作をしました。経年変化を楽しむために、カフェの照明なんかは一度綺麗に作ったものを取り付けた後に少し磨いてツヤを消しました。扉の銅も半年ですでに緑青がかりいい雰囲気になっています。


「変わり続けることが自然だ」というビジョイ氏の哲学

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2Fのカフェ&バー アトモスフィア(photo-Tetsuya Ito)

龍崎:宿全体がサステナブルですね。

吉田:ビジョイさんはつねづね「自然に朽ち果てていくのがいい」と話しています。この建物自体が流動的でおおらかな建築であるべきだと考えているので、当初からコンセプトも作りたくないと話していました。実はこのホテルには、表に出すようなコンセプトがありません。まだオープンして半年ですが、すでにいろんなものが変わってしまっていて、それを一緒に楽しんでいるような感じです。ぼくはもともと「ONOMICHI U2」の立ち上げにも関わっていたのですが、あそこはとにかくいろんな要素を詰め込んだために、ほんとうに伝えたかった本質的な部分が少し伝わっていないと反省していて、ここでは新しい表現方法を探っていたんです。なんというか、時代を透過する場所にしたいなと。

龍崎:なるほど。たしかに、この場所はホテルであるというだけでなく、その前のアパートやもっと前の屋敷の面影も残っている気がします。

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吉田:ビジョイさんはこの建物の3階からの景色を見て驚いたそうです。目の前には旧志賀直哉邸があるのですが、この目線から街を見ると、江戸・明治・大正・昭和と続く街並みが残っていて、同じ高さから見るこのフロア自体が貴重な体験になると。だから、一番見晴らしのいい3階の角部屋を客室ではなく、あえてライブラリーにしたんです。1階の角部屋も最初はロビーにしようと思っていたところを、あえて公園のような開かれた空間にしました。商業的に考えると、少しでも客室を増やすことが重要ですが、僕らはそれよりもどうすれば人が集まる場所にできるか、ということを考えました。

龍崎:そういう意味では、中庭もいい空間ですね。

吉田:ここにはもともとアパートの管理棟があったのですが、取り壊しました。今後は屋外シアターを作りたいなと思って、今まさに石を自分たちで敷き詰めているところです(笑)。もともとビジョイさんが(尾道を舞台にした)「東京物語」に感銘を受けたのですが、いつかここで流したいなと。実は3月の尾道映画祭ではすでにイベントに使ってもらったんですよ。


「ONOMICHI U2」が尾道の街の印象を変えた

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「ONOMICHI U2」にある「HOTEL CYCLE」
(photo-Tetsuya Ito / Courtesy of ONOMICHI U2)

龍崎:建物のことや「LOG」という場所に込めた思いをたくさん教えていただき、ありがとうございます。ここからは取材という形でお話を聞きたいなと思います。まず「ONOMICHI U2」ができた後に尾道の印象が変わったと言う人が多くて、私もこうした空間が街の方々の誇りを高めているように感じました。街をデザインするという観点で、どういった取り組みをしているのか、ぜひお聞きしたいです。

吉田:事業計画の数字としてはまだまだですよ。だけど、街が変わったというのは少しずつ実感していて、周りの方からそう言っていただくのがいちばん嬉しいですね。一過性のものを作らないためにはどうすればいいか、ということをずっと議論してきたんです。だから、事業として今ようやくスタートラインに立てたような気がしています。次は街全体を持続可能なものにしていかなければいけません。

龍崎:昔の尾道はどんな場所でしたか。

吉田:当時の尾道といえば尾道ラーメンと千光寺のロープウェイくらいしかないという印象で、ビジネスホテルや旅館だけの滞在人口が少ない、いわゆる日帰りの街だったんです。商店街もみんな晩御飯の準備があるから、夕方には店を閉めてしまう。だから、まずは泊まってもらえる場所を作ろうと考えて「せとうち 湊のやど」という一棟貸しの滞在型宿泊施設を作りました。いい建物を残すためにもリノベーションした古民家に滞在して生活を体験してもらおうと考えたんですね。そして、泊食分離にすることでご飯を食べに街へ出てもらおうと。当初はこれを30棟くらい街中に作ろうと思ったんですが、やってみるとすごい大変で(笑)。そんなタイミングで2013年に「ONOMICHI U2」の話が出て、こちらに取り組むことになりました。ちなみにビジョイさんとは、この頃、「ONOMICHI U2」の設計相談をするために出会いました。

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「せとうち 湊のやど」(photo-Tetsuya Ito)

龍崎:そうだったのですね。ちなみに「ONOMICHI U2」のある駅の西側はどんな地域だったんですか。

吉田:地元の人でさえあまり近寄らない場所でしたね。観光の方も千光寺や商店街がある駅から東側しか歩きませんでしたね。

龍崎:「ONOMICHI U2」ができたことで、人の回遊が生まれ、今となっては“尾道らしさ”がみんなの中で共有されるようになったと思います。

吉田:2キロメートルほどの小さな街ですが、日帰りじゃあもったいないというイメージは5年がかりでできたのかなと思います。スタッフも意外と県外の人が多くて、客観的な目線で見るからこその切り口が生まれているのかなと。少しでもみなさんが尾道に目を向けてもらえるきっかけになれたら嬉しいですね。

龍崎:しかも、訪れる客層が多様化しているように感じます。

吉田:「ONOMICHI U2」も当初は30代後半の女性がターゲットでしたが、最近ではSNSのおかげもあって、ターゲット層は20代にまで広がっています。「ONOMICHI U2」自体がすでにある他のホテルとはバッティングしない存在になることを意識していましたが、新しくできた「LOG」も同じ考えで、持っている機能自体は似ていても、体験はホテルによって異なる。こうしたホテルをいくつか持つことで日帰りの街から1泊、2泊と増えていけば面白いし、周遊効果が生まれるんじゃないかと思います。

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龍崎:多様化する客層が回遊できる街の設計というのは素晴らしいですね。実は昨日「ONOMICHI U2」にお邪魔したのですが、まわりにあるお店も素敵なところばかりでした。「ONOMICHI U2」が街自体にいい影響を与えているのではないでしょうか。

吉田:エリアが賑やかになればいいなという思いはあったので、少しずつそうなっているとすれば嬉しいことですね。「LOG」についても、坂道の途中でもこんなホテルが作れるんだということを示すことで、同じようなことにチャレンジする若者が出てきたら嬉しいなと考えています。

龍崎:私たちのミッションは、行動を起こすきっかけを作るという意味で“Be a Trigger”なのですが、それを実際にできているのがほんとうにすごいと思います。


異業種出身者が中心、世界観のブレない組織づくり

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「ONOMICHI U2」(photo-Tetsuya Ito / Courtesy of ONOMICHI U2)

龍崎:ホテルにいろんな店舗やサービスを取り入れるとなると、コンテンツの水準を維持するのはとても難しいのではないでしょうか。

吉田:そうですね。「ONOMICHI U2」は開業までのスパンが短い中で、話題性ばかりが先行してしまい、人材集めには苦労しました。「ONOMICHI U2」には自転車の「GIANT」さん以外一切テナントを入れないことにしたんですね。テナントを誘致すると、地元には何も残らないと思ったからです。難しいけれど、自社で全部やってみようと。パン屋さんはわたしたちの街に対する思いに共感してくださったプロの方々にご協力いただいて、技術指導などをしていただき、なんとか運営できるようになりました。

龍崎:協力を依頼する方々との接し方で、気をつけたことはありますか。

吉田:「LOG」について言えば、今も建物自体が変わり続けていて、全体の正確な図面はまだ完成していないほどですが(笑)、料理のメニューを決める際には全体像が見えない以上、どんな料理家の方にお願いをすればいいのかがなかなか決められなかったんですね。そんな時に細川亜衣さんならビジョイさんが考えるLOGの空間に一番合うと思って、こっそり彼女の料理教室にぼくが習いに行って、ご相談をさせていただきました。ご快諾いただき、いざ進めてみるといろんな歯車が急に合い始めて。これまで先にいろんなことを決めようと意識していたのですが、「LOG」では“決めすぎないこと”を意識しました。

龍崎:オープンしたばかりの時期は試行錯誤が必要で、人件費もかかると思います。

吉田:たしかに人件費は莫大にかかりました。それは耐えしのぶしかなかったですね(笑)。会社の組織が大きくなると、どうしてもセクショナリズムが生まれて、部署ごとに仕事への意識が縦割りになってしまいます。だから最初は「部署に関係なく、みんなが『せとうち 湊のやど』や『ONOMICHI U2』のスタッフだよね」ということを言い続けていました。

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「ONOMICHI U2」(photo-Tetsuya Ito / Courtesy of ONOMICHI U2)

龍崎:人材育成という観点で何か気をつけていることはありますか?

吉田:「LOG」と「せとうち 湊のやど」を合わせてメンバーは全部で30人くらい。社員はうち10人程度です。今は僕が現場に入ることで、視点を合わせることを意識しています。先ほども話しましたが、一人のスタッフがセクションを超えて対応できるということも、僕自身が実演することでみんな理解してくれるんです。これまではいくつかの施設を掛け持ちしていたので、なかなか現場に目が届かなかったのですが、今は彼らときちんと接するようにしています。

龍崎:採用面で気をつけていることは?

吉田:この会社も最初は10人くらいのメンバーで、しかも全員が異業種。ある意味で個性的なメンバーの塊です。人事においては、尾道に移住してくる方も多いですが、わたし自身サービス業は今の若い方々にとって終身雇用だとは思っていないので、スタッフにはここで今後の新しいことをやるためのヒントを見つけてもらいたいなと思うんです。だから、経験はあまり比重を置いていなくて、むしろ何がしたいのかを大事にしています。


尾道で実現したかったのは「建築で街をつなぐ」こと

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「せとうち 湊のやど」(photo-Tetsuya Ito)

龍崎:尾道でのさまざまな事業に共通する思いや目標はありますか。

吉田:ずばり「建築で街をつなぐ」ことです。ビジョイさんからも今の建築業界では、世界的に同じことが起こっているということを聞きました。同じような図面を出して、見積もりをして、どんどん新しい建物を作っていく。ダメになったら解体するという感じで、こんな状況に対して、わたしたちは建築家が表現できる場を作ることが必要だと感じていたんです。

龍崎:なぜ、建築にフォーカスしたのですか。

吉田:オーナーが建築が好きだったということもありますし、そもそも日本の建築家は世界的にすごく評価が高いんです。岡山はアートで有名になりましたが、世界的に見れば建築は日本が誇るべきカテゴリーであるにもかかわらず、まだまだそこに関心を寄せている日本人が少ない。これはチャンスだと思ったんです。

龍崎:建築観点で、ホテルを作るときに意識したことはありますか?

吉田:「ONOMICHI U2」の時には、倉庫の中に街を作り、それぞれのお部屋(客室)から出るとパン屋さんや洋服屋さんのような街があるという過ごし方をテーマにしています。特殊な建材を使っていないので、不具合もたくさんありましたが、それでも、地域に馴染む材料で作りたかった。地元の人たちが来る場所を考えるということで、毎日食べるものといえばパンだなと考えて、パンとコーヒーのお店を作ったんです。もともとしまなみ海道が自転車で有名ですが、「GIANT」さんからお話をいただいて、フランチャイズで出店していただくことになりました。

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開放的な「LOG」のエントランス(photo-Tetsuya Ito)

龍崎:街と調和するホテルを作る際に気をつけたことはありますか。

吉田:地元の方々に丁寧に説明することです。これまでと違うマーケットを作って、街に還元できて、みなさんからありがとうと言われるのはすごく嬉しいことです。僕たちは街からすれば“よそ者”なので、教えてくださいというスタンスで向き合っています。ときには交渉役に徹するなど、難しい場面もありますが、こうした取り組みのおかげで今の環境があるんだと思います。「LOG」を作る際に地元の方々に受け入れられなければどうしようと思っていましたが、すごく歓迎されて。今では地元の方々がお茶をしにきてくれるのですが、これは「ONOMICHI U2」が先にあったことも大きいと思います。だから、僕としては「LOG」の5年後が楽しみで仕方がないんです。

龍崎:わたしもです。ほんとうにいろんなことを伺えました。ありがとうございました。

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対談を終えてーー
ほんの数年前までは、ラーメンとロープウェイがあるだけの、半日で観終わってしまう街だったと言われている尾道。そんな中で生まれた「ONOMICHI U2」が街の魅力を丁寧に掘り起こし、光を当てたことで、時間をかけて街の景色が変わっていき、新しい旅のあり方が生まれてゆきました。「宿が拠点となって人の流れを生み、街の姿を変えていく」という思想が、決して机上の空論などではなく、これを実際に成し遂げた先人がいるということに、宿泊業の未来への希望を感じました。

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LOG
・住所:広島県尾道市東土堂町11-12
・アクセス:JR尾道駅よりタクシーで5分(700円)、徒歩で15分 / JR新尾道駅(新幹線 新尾道駅)よりタクシーで15分(1,200円)
・TEL:0848-24-6669

(文・写真:角田貴広)

【過去の対談一覧】


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