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「MEMU EARTH HOTEL」プロデューサーに聞く、地域全体のブランド力をあげる実験的ホテルの役割

ホテルや建築が好きな人で「MEMU EARTH HOTEL(メムアースホテル)」を知らない人はいないでしょう。小山薫堂さんが代表を務めるオレンジ・アンド・パートナーズが企画・運営をする北海道・十勝のホテルで、LIXIL住生活財団が管理している「メムメドウズ」という実験施設を活用したホテルです。北海道の広大な自然と、建築家・隈研吾らが監修した建築的にも国内有数の客室が魅力の実験的なホテルはどのように生まれたのか。そして、十勝という地域にとってどのような意味を持つのか。ホテルのプロデューサーを務める佐藤剛史さんに話を聞きました。

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佐藤剛史「MEMU EARTH HOTEL」プロデューサー(オレンジ・アンド・パートナーズ)/1987年愛知県生まれ。大手印刷会社を経て、2015年オレンジ・アンド・パートナーズに入社。地域ブランディングや企業プロモーションを手がけながら、2016年夏に「MEMU EARTH HOTEL」のトライアルを開始。2017年11月に法人としてMEMU EARTH HOTELを設立し、2018年11月にホテルを本格オープンした。



プリミティブな体験を求めて

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龍崎:本日はお時間をいただきまして、ありがとうございます。私自身はまだ「MEMU EARTH HOTEL」へ伺ったことがないのですが、オウンドメディアでホテルラバーが思い出を語る連載がありまして、知人が「MEMU EARTH HOTEL」での思い出を寄稿してくれました。その記事を読んであらためて素敵だなと感じていたので、お話聞けるのを楽しみにしていました。まずは佐藤さんが「MEMU EARTH HOTEL」に関わるまでの来歴についてお伺いしたいです。

佐藤:よろしくお願いします。僕自身は名古屋の出身で、以前は凸版印刷でクリエイティブ・ディレクターをやっていました。その後、4年半ほど前にオレンジ・アンド・パートナーズという企画・クリエイティブをやっている会社に移ってきたんです。これまでプロモーション畑にいたのですが“水モノ”のクリエイティブに興味がなくなってしまって。PVとか購買点数などの指標にリアリティを感じなくなり、もっと長い目で見るプロジェクトに関わりたいと考えていました。また、昆虫に詳しかったり(笑)、キャンプが好きなこともあって、自然をデザインしたいという思いもありました。そんなタイミングで、「MEMU EARTH HOTEL」のプロジェクトの話が入ってきたんです。

龍崎:御社が「MEMU EARTH HOTEL」を手がけるようになった経緯は?

佐藤:最初はLIXILさんの財団が持っていた「メムメドウズ」という寒冷地における住まいの実験場をどうにか活用したいというお話でした。とてもいい場所であるにもかかわらず、この建築を研究者しか使っていなかった。そこで、一緒に事業をやりましょうという漠然とした話からスタートしました。

はじめて現地に訪れた時には不思議な感覚に陥りました。自然と建築が入り乱れているのに、何かが足りない。違和感があるなと。そこで、2016年の夏にトライアルでホテルをやらせてくださいと提案したんです。そして、僕自身も接客に入ったのですが、3カ月間でポテンシャルを感じて、具体的に事業化しようということになりました。その後、オーナーの方とわれわれで合弁会社を作り、「MEMU EARTH HOTEL」を本格始動するに至りました。

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北海道古来の住宅をモチーフに、光を透過する白い膜材の二重構造で壁と屋根を仕上げた「Même」

龍崎:はじめて現地を訪れた時に感じた違和感とはどんなものですか?

佐藤:何もない牧場に近代的なデザインの建築があるにもからず、なんというかその場所が“死んでいた”んです。ここは寒冷地という過ごしづらい場所で人がどう暮らすのかを実験するための場所なのに、実際には誰も使っていない。どこか地域と分断された感じがしたので、この場所を生きたものにしたいと直感的に感じました。

龍崎:昆虫やキャンプが好きだったということですが、ホテルを作る上で、そういった感性は何か影響していますか?

佐藤:広告やクリエイティブに関わっていると、なんでもストーリー仕立てにするんです。それは大事なことなんですが、最先端を走り続けた先にゴールはないんじゃないかと感じるようになったんです。だんだんと星を見て綺麗だと思ったり、火を見て安心するようなプリミティブな感覚に興味をいただくようになりました。デザインと野生のようなギャップがあるものを表現するにはこの場所が最適だと感じました。幼少期に虫を捕まえてワクワクした体験のように、自分がやりたいことがそこにあったんです。

龍崎:ストーリーを考える頭脳的な部分と、自然的な情動とが共存するようなホテルを実現したいということですね。

佐藤:まだ完璧ではありませんが、それが目指したい世界ですね。


いまだに家具の位置すら定まっていない

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龍崎:最初のトライアル期間で手応えを感じたということでしたが、具体的にはどのような感触がありましたか。

佐藤:ポップアップ的にホテルを運営したのは2016年の8月から10月の3カ月間。東京をはじめ、関東、関西、北海道などからたくさんの方が来てくださいました。ただ、この時は期間限定だったこともあり、事業としての収支は考えていませんでした。そもそも、法律的に建物を宿泊施設として使えず建築を見学してテントに泊まってもらうような形だったので、当然投資分を回収できるほどの儲けもありませんでした。

ただ、定性的なお客様のお声や地域からの反応がとてもよかったんです。十勝はいわゆる観光地ではなく、洗練されたブランディングもされていなかったのですが、「MEMU EARTH HOTEL」ができたことで地域に欠けていたパーツが入ってきたと地域側も感じてくださったようです。僕たちはこれまでも地域のブランディングをやっていたので、地域でにはどんな“ドライブ”があれば活性化するのかということはわかっていました。そして、この場所なら僕たちがその役割を果たせると感じたんです。

龍崎:地域をドライブさせる要素って、どんなものがあるのでしょうか。

佐藤:地域ブランディングをやるときに大事なことは、地域の中にドライブさせてくれるような若い人材がいるかどうかです。僕たちがずっと地域を見続けることはできないので、民間で地域を引っ張る人がいるかどうか。それを探すんです。もう一つは、コンテンツのポテンシャル。今回で言えば、地域に点在している食材や自然とともに建築という象徴的な価値がありました。つまり、これらを総合的に打ち出せば、十勝全体のイメージが上がると感じたんです。

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高さの異なる床、傾きの異なる屋根を持ち、それらによって環境が調整されることで、寒さと季節の移ろいを感じることができる「INVERTED HOUSE」


龍崎:ポップアップを経て本格的に動き出したわけですが、その後はどのように進みましたか?

佐藤:ポップアップの後には会社を作る整理と、法的な許認可などの準備を進めました。それらのベースができた2017年の頭くらいからプロデュースチームと現場のオペレーションチームの2つを起点に事業化を本格化させました。

龍崎:建築の実験場だったということですが、建築という視点でホテルに生かした部分はありますか?

佐藤:実験住宅自体はほとんど“側(がわ)”しかなくて、作品として完結していたんです。それをどうすれば暮らしに落とし込めるか。内装や過ごし方をオープン前から徹底的に検証しました。実はいまだに検証は続いていて、家具の位置すら定まっていないんです。お客様がチェックアウトした後に、一部の家具が移動されていたら、そこから使い方を想像して、次のチェックイン時には配置を変えたりします。基本的には、実験住宅のコンセプトに沿った過ごし方を提案していますが、実験ではやりきれなかった部分を僕たちが埋めていくようなイメージです。建物ごとに過ごし方の提案や食事の提供方法も異なるので、ホテルとしては相当手のかかるオペーレションになっています(笑)。

もう一つの建築としての特徴は「場所の固有性」です。シンプルにいうと、ここでしかできないこと。たとえば、この景色を見るためにここに窓があるんだとか、雪が積もるからこの高さに窓があるとか、建築の要素をきちんとサービスに落とし込む。場所に根ざした部分をきちんと感じとることを大事にしているんです。


ホテルはメインの収益源ではない?

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龍崎:実際の事業化にあたって、最初に感じた違和感を埋めるために、どのようなことを考えましたか。

佐藤:今地域にある光るものをホテルに取り込んで、サービスとして提供していくべきだと考えました。一つは食で、もう一つが体験です。十勝はもともと観光地じゃないので、地域に放り出されてもなかなかやることが見つからないんですが、こちらから押し付けることなく、気持ちのいい体験をしてもらえるようなサービスを作ることが肝になると思いました。

龍崎:ぜひ、具体的なサービスを知りたいです。

佐藤:ホテル全体のコンセプトは「地球に泊まり、風土から学ぶ」というものなのですが、その中でいくつかのコアバリューを考えました。たとえば、食に関しては「資源再読」という言葉を置いています。これは「地産地消」の次のステップを考えたもので、「この産地だから美味い」だけではなく、「この状態だから美味い」みたいな食べ方もふくめた食の提案をしたいというものです。実際近くにトマト農家があるので訪ねてみると「昨日は晴れていたから今生で食うのが一番美味いよ」と教えてくれるんですね。そんな体験をしてほしい。

もう一つ、「サステナビリティ」という観点も重要です。農家さんと話をしていると、最終的には土の話になります。みなさん野菜よりも土を作っているという感覚で、それだけ大事に育てたを食べるのであれば、できるだけホテルでも化学的なものを使わないとか、余ったものを土に返すみたいなマインドを持っていたいと考えています。

龍崎:食分野では、実際に農地ツアーのようなこともされているのですか?

佐藤:農家さんのところにお客様を連れて行くことも多いですね。メインディナーで用いる牛を育てている牧場に一緒に行くことで、美味い不味いではなくて、もっと感情移入ができるようになるとか、それこそが生産地の真ん中でホテルをやっている役割だと思うんです。実際に宿泊後に生産者さんと直接やりとりをして購入する方も出てきて、私たちが両者をつなぐメディアのような役割もあるんだなと実感しています。

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“震災後の新しい時代にふさわしい新しい家”をテーマに行われた第1回「学生のための住宅デザインコンペ」で最優秀賞を受賞した「町まとう家」


龍崎:(冒頭の)知人の記事でも、スタッフの方がガイドをしてくださったとありました。スタッフの方々の役割もとても重要ですよね。

佐藤:そうですね。私たちは、メールのやり取りからサービスが始まっていると考えています。最初から電話とメールで密にやりとりをして、ホテルにお越しいただいた時には「やっと会えましたね」となる。そんなサービスを作ろうということは全員が意識しています。遠く離れている友人の家に泊まりに行くような感覚でありたいと思っています。

龍崎:ただ、きめ細やかなおもてなしを追求すると、採算を合わせるのがとても難しくなりませんか?

佐藤:宿泊業だけで儲けるなら単価を上げないと難しいと思います。ただ、私たちが宿泊業だけで目指すのはトントンくらい。今後は、ファームをどんどん展開したり、生産者とのつながりを拡大したり、ホテルというブランドを中心に別の事業で採算をとっていこうと考えています。

龍崎:それは面白い発想ですね。

佐藤:まずはホテルの土地の中にファームを作ろうとしています。これも利益を生むというよりは、農業をやるという体験を生むための場所で、今後はさらにまわりの場所を使って大学との連携も視野に新しい農業のあり方を探していこうと考えています。もう一つは、馬ですね。もともとこのへんはサラブレッドの生産牧場だったんですが、育てられた競走馬の大部分がレースに出られずに殺処分されているという現実がありました。だから、この場で馬のセカンドキャリアを作りたいなと。最終的にはホテルというよりも未来型農泊のような形につながるのかもしれません。


観光業界とクリエイティブ人材を結びつけるために

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龍崎:スタッフはみなさん現地の方ですか?

佐藤:地域の方とそれ以外の方で半々ですね。オレンジ・アンド・パートナーズから出向している者もいますし、東京から移住してきた料理人もいますが、当然現地の方々も採用しています。

龍崎:十勝ってそれほど人口が多いわけではないと思うのですが、その中から「MEMU EARTH HOTEL」のトンマナにあう方をどうやって見つけたんですか?

佐藤:一本釣りですね(笑)。僕たちの最初のミッションは「地域に馴染むこと」でした。地域のコミュニティに入って、きっかけがありそうな人を見つけ、話をして誘うということを繰り返しました。仲良くなった方から、面白い方を紹介してもらったり、紹介してもらった方とは必ず何かの仕事をご一緒することで、信頼関係を構築してきました。

龍崎:自治体や地域との関わり方で気をつけていることはありますか?

佐藤:僕たちは地域の良さを発信したいという思いでやっているので、僕たちが町を巻き込みたいと思うこともあれば、町側からご提案をいただくこともあります。予算ありきでの関係というわけではなく、フラットに付き合うように心がけています。

龍崎:地域という文脈では、どうしても、新参の発言力が弱くなる傾向があります。その中で、どのようにして「MEMU EARTH HOTEL」のポジションを確立するのでしょうか。

佐藤:僕たちの持ち味で、ホテルのどこを尖らせるのかを考えるようにしています。具体的には、ハイエンドな面と、サステナビリティという観点から十勝をどう紹介するか。十勝の中ではかなり価格帯の高いホテルですので、マス向けではない部分でさまざまなお客様を引き寄せ、地域とつなぐようなメディアとしての役割を担いたいと考えています。

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“RETREAT IN NATURE(日常生活から離れるための隠れ家)”をテーマに、居住空間と牧草風景が生み出す対話を象徴した「HORIZON HOUSE」


龍崎:佐藤さん自身、もともとホテル業界ではないところからきたわけですが、これまでの事業を通じて、ホテル業界に対する気づきはありましたか?

佐藤:かつての業界では、成果に対して直接的なフィードバックがないことに虚無感を感じていました。ホテルで働くようになって、自分がやったことに対して直接フィードバックが帰ってくることが楽しくて、頭だけを使う業態とは全然違うなということを実感し、感動しました。また、ホテルはサービス業の中でもっともお客様の時間を占有できるということにも気がつきました。チェックインしてから翌朝までの時間があるので、世界観を伝えやすいなと感じています。

龍崎:観光業界全体では今、観光人材が足りないという課題があります。佐藤さんのように別の業界から転身してくることは歓迎されるべきだし、クリエイティブの方々でもホテルを作りたい方がたくさんいるように感じます。両者をつなぐために、観光業界としてはどうすればいいと思いますか?

佐藤:地域に入り込むのは時間がかかることなので、地域でクリエイティブをやりたいような人材と、外部の人材をどうつなげるのかが重要だと思います。地域にはまだまだ刺激が少ないので、交流を通じて地域のレベルが上がることもありますし、一緒になってプロジェクトを作ることが大事です。

特に、コロナによって、ホテルという業態は大きく変わりました。インバウンドの需要がなくなった分、ローカルの人々がホテルに仕事をしにくることも増えたそうですが、たとえば、東京のクリエイターが仕事を持ったまま地方のホテルに泊まりにくるとか、「泊まる」と「暮らす」と「働く」の垣根がどんどんなくなり、新しい業態になっていくんだと思います。そこにはクリエイティブな方も入りやすいし、入ることでさらに業界が面白くなるはずだと思います。

龍崎:では、最後に「MEMU EARTH HOTEL」をどんなホテルにしたいと考えているのか、その展望を伺いたいと思います。

佐藤:僕自身もコロナの期間を経て、場所に対する捉え方が変わりました。今でも東京にいながら現地と連絡をとりながら仕事をしていますが、どこでも仕事ができることが証明された時に、はたして人はどこを選ぶのか。「MEMU EARTH HOTEL」はホテルと名乗っているけれども、ここは家であって、暮らしを提案する場所でもあります。ここに泊まることで「十勝で農業やりたい」とか「こんなウィットに富んだ暮らし方があったんだ」ということに気づき、新しい生き方を発見してもらえたら嬉しいなと思います。

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(文:角田貴広、写真:小川遼


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