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【『藝人春秋』書評】「名文で活写される『藝人』たちの人生。 これはエンタメと私小説が融合融合した文学的事件だ」 作家・西村賢太

 本書の帯文を一瞥し、俄然熱くなってしまった。
 リリー・フランキー氏の推薦の言葉に〈博士の、私小説としての大傑作〉との一節がある。

 私小説なら読むのも書くのも大好物であり、またこのジャンルに関しては当然自分なりの持論も秘めたる私であれば、まずは「お手並拝見」と云った、内心の危惧を押し隠した極めて居丈高な目線でもって、これを開こうと云うのはごく自然な流れである。

 そして本書の読了後に、再度私は熱くなっていた。
 胸に、はな思いもよらなかった、まこと不思議な熱いものがこみ上げていたのだ。
 その熱いものとは、ただ深き感銘、感服のみを指すものではない。本書で著者が採られた構成に、実に奇蹟的なものを感じたのである。

 全十五章による各篇は、著者が或るときは常識人的視点の語りべとなり、また或るときには筆禍も舌禍も厭わぬ過激な狂言廻しの立場にて、身近に接した「藪人」の姿を活写してゆく。

 仮に一篇だけ読んだとしても、その内容はとてつもなく面白い。
 例えば“三又又三”の章は、捕獲者の冷徹な視点と、同門の後輩に対する口の悪い讃辞の混淆が、結句或る種の感動を喚起させる。まことに王道と云えば王道の、滋味溢れる名文だ。

 だが、これら十五章は、その“まえがき”と“あとがき”をも併せて通読すると、実に緊密な連作が形成されていることに気付かされるのである。
 しかしそれでいながら各章は、決して初出の編年体に並べられてはおらぬ、全く不可思議な構成の仕掛けがなされており、かつ、それが見事に連作長篇としての成功作と云う奇蹟となり得ているのだ。

 無論、それは著者の極めて意識的な作意によるものであろう。

 と、するなら本書の著者が、これらの諸篇に初手からして従来の連作私小説とは、その構成もスタイルもたがえた或る種の挑戦の意図を含んでいたと憶測するのも、あながち的外れな私見ではなかろう。

 ともすれば、個人のどうでもいいような些事を“文学”の美(?)名の下に開陳し、結句すたれた私小説に、エンタメ要素を果敢に融合させた新たな手法による本書が立ち現われたことは、特筆すべき“文学的事件”に違いあるまい。

 『週刊現代』2013年2月2日号より


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