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水道橋博士の最新作〜『藝人春秋Diary』〜完全書評。完璧版(Blog/「日々の泡」より)

【注意】かなりのネタバレあります。
(Blogの筆者より許可を得て転載しています)


2021年10月18日──。

水道橋博士著「藝人春秋Diary」が発売された。

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本作は『藝人春秋』(2011年・文藝春秋刊)、そして『藝人春秋2』上・下巻(文庫化の際は「2」「3」表記・2016年・文藝春秋刊)に続く、水道橋博士のライフワークでもある『藝人春秋』シリーズの単行本3作目にして最新作だ。

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初出は『週刊文春』に『週刊藝人春秋Diary』として2017年~2018年に連載されたものである。
この連載原稿をベースに現在の時制から「その後のはなし」を書き加え、再構成した作品になる。

そして、レジェンド漫画家である巨匠・江口寿史画伯による60点にも及ぶ挿絵をすべて掲載されている。(連載時に加えての描き直し、描き下ろし6点を含む)ある意味、江口寿史の画集のひとつとも言えるだろう。

出版に関しての、紆余曲折の末、連載していた老舗出版社「文藝春秋」からではなく、名前通りの「スモール出版」から上梓された560ページに及ぶ大著である。

週刊誌連載ということもあり、その時々の時事ネタを交えながら、博士がそれまでに出会った人たち、観てきたもの、触れてきたもの、感じたこと、考えたこと、様々なスターダストメモリーな逸話、そのすべてに日付を記したうえで綴られている。

帯文は高田文夫。

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水道橋博士が「文武両道」と呼ぶ、ビートたけしと並ぶ師匠筋であり、この一文も、後から気がつくことだが大いなる「予告」になっている。

2017年の元旦、家族旅行で訪れた沖縄でのエピソードから本書は始まる。

舞台は賑やかなお正月の空港。

一人の謎の男を巡って、水道橋博士ファミリーが会話を交わすところから、物語はミステリー仕立てで語られ始め、そして壮大なるストーリー及び私的なメモリー及び遠大なるヒストリーへ繋がっていく。

まるで映画のオープニングのような場面が「予告編」となり、沖縄の地で、輝かしい「スター(星)」キングコング「西野亮廣」と偶然のような必然で出会い、「本」や「映画」について語り合った夜が描かれる。

この大著への期待が膨らむ、オープニングにふさわしいエピソードだ。

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そこから、博士が出会った様々な人々とのエピソードが綴られていく。

この章では、博士の幼い娘さんが、さりげなくだが、読者に印象づけるように登場している。

この大著の高田文夫の帯文に続く「伏線=付箋」として重要だ。

ここから一つのエピソードが、膨大な過去の記憶を呼び起こし、また新たなエピソードを生む。

星と星を結び星座を形作るように。

個人的な大好きなエピソードがいくつもある。

例えば「竹下景子」の章。

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博士の中学時代のこと。
一つ上の先輩が同人誌に寄せた──日記の文字がやがて音符になっていく──そんな独創的で先鋭的な小説に魅了され、感激して、博士はその先輩に恋文ともいえるような手紙を送る。

時は過ぎ、先輩は高名な劇作家となり、竹下景子主演の芝居を博士の地元・高円寺で公演する。

そして40年の時を越えて、博士はかって中学時代に恋文を送った先輩・坂手洋二と出会うことになる。

一編の短編小説、タイトルは「奏でる」。
それも中学生が校内の同人誌に寄せただけの小さな小さな作品。

その小さな作品に心奪われた同じく、中学生の一人の読者が、大切にその同人誌を保管し、40年の時を経てその小説のコピーを手に作者と邂逅して、物語を奏でる。

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こんな幸福な再会ってあり得るの?

その「文」と「冊子」を記憶ではなく、大切な宝物として残しているからこそ生まれる物語の尊さ──。

実に素敵な大河ロマンじゃないか。
このエピソードを読むたびに、とっても幸せな気持ちになる。

「小泉今日子」の章も大好き。

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博士が敬愛するキョンキョンと出会った話を、共演者でメイク中の大久保佳代子に語る模様が描かれる。

その言葉の小気味よいリズム、大久保佳代子との会話から生みだされるグルーヴが実に気持ちいい。

大久保佳代子本人の声が頭の中に聞こえてくるし、化粧前でどんどん「顔」が仕上がっていく様のなんともいえない可笑しさ。

まるで講談のようにリズミカルな言葉に乗せられ、そして最後にストンとオチが決まる。

この軽やかで爽やかな読後感は『藝人春秋』シリーズの新境地なのではないか。

日記芸とも呼ぶべきキャッチーでグルーヴィーな一編だ。

三章には、「藝人春秋」シリーズに又、又、又、三度目の登場のあの男、今回も博士を散々な目に合わせるのが「三又又三」だ。

実は、このシリーズでの三又又三にはファンが多い。

高田文夫先生もそのひとりだ。

前作、『藝人春秋2』で披露した三又又三が大晦日に、松本人志軍団の前で人知れず演じていた「キンタマ・ソレイユ」ほど前代未聞の逸話はお笑い史上にもないだろう。

三又又三は、今回もクズ芸人らしい振る舞いで、読者の待ち望むコメディリリーフの役を全うする。

さて、次回作も出演はあるのだろうか?

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そして、本書では「藝人」括りでありながら「アナウンサー」にも力点がおかれている。

そこには「語り部」の役割を博士が投影しているは間違いない。

なぜか「水戸黄門」をキーワードにその天才性を描く、TBSアナウンサー「安住紳一郎」の章には、同じくアナウンサーの先輩・古舘伊知郎が客演し、安住の人間味溢れる一面に触れる。

古舘伊知郎は、この本に前半から、何度も現れるのも伏線であり、趣向だ。

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連載時、世間を賑わせた女性議員による「このハゲーーッ!!」騒動から「カツラKGB」として看過できないとばかりに、その動向をハゲしくチェックする「O倉智昭」も「藝人春秋」シリーズの常連メンバーであり、そして、元アナウンサーだ。

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これらのエピソードでは、「藝人春秋」シリーズのお約束ともいえる、過剰なまでの巧みな言葉遊びが、しっかり披露される。

漫才を書き続けてきた、漫才作者・水道橋博士の「文章芸」が感じられて、これまた楽し。

エピソードはまだまだ続く。

人気を博した倉本聰脚本のドラマ『やすらぎの郷』からは『なんでも鑑定団』で一切喋らないことが話題になった「石坂浩二」が登場。

80年代の人気クイズ番組『世界まるごとHOWマッチ』で共演した師匠・ビートたけしの言葉を引き、その博識で饒舌、魅力的な人物像に迫る。

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さらに、そんな石坂浩二と、かって恋仲だった「加賀まりこ」も続いて取り上げる。

自身の生き様を描いた著作『とんがって本気』の書評を雑誌に寄せた博士を番組の共演者に見つけると、彼女がとった行動は実に江戸っ子らしく、かっこよく、女優・加賀まりこの気高い魅力が溢れている。

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芸能界の大御所「和田アキ子」の章では、50周年記念ライブの初日を見に行った話から、様々な「伝説」を振り返り、番組共演時に和田アキ子が見せた芸能人としての矜持に落涙する。

「その後の話」の和田アキ子からのお礼の電話のくだりにも、大いに笑わされる。

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またユーミン、「松任谷由美」の章では、彼女の壮大なライブ『シャングリ・ラ』を当時4歳の息子と二人鑑賞したエピソードが語られる。

その中には息子・たけし君が絵日記に書き残した文が引用される。

4歳の子の小さな胸に残った大きな世界の光景。

よくぞ、その文章を残していたものだ、と感心してしまう。

ライブ後、楽屋裏で繰り広げられる親子の小さな大冒険も微笑ましい。

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これらのエピソードでは、芸能界で大御所と呼ばれる人たちの、大御所たる所以が芸能界に潜り込んだジャーナリストの視線で活写される。

そして、人物描写は日本の芸能界だけにはとどまらない。

「ウディ・アレン」の章では、博士が敬愛する映画監督ウディ・アレンを紹介しながら、NYでウディ・アレンと知り合った若い女優の卵の話を聞き出し、その都市伝説どおりの現役の「ウディ・アレン」の「ウディ・アレン」ぶりに感嘆する。

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世間を騒がせた時事ネタもどんどんと取り込まれていく。

「中学生へのビンタ」が世間をにぎわせた時に、時事ネタとしてとらえた「日野皓正」の章。

ダウンタウン・松本人志と爆笑問題・太田光のそれぞれの事件に対する見解を比較。

その上に師匠・ビートたけしを置き、重層的に騒動を論じながら、最後は自身の体験した国立競技場「K-1 Dynamite!!」に於けるアントニオ猪木の「闘魂ビンタ」を受けたエピソードでオチをつける。

しかし、こんな10万分の1の確率である稀有な体験は、普通の人には、まずありえないだろう。

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離婚騒動の「松居一代」の章はサスペンス仕立てだ。

著述家・紀田順一郎の著作『蔵書一代』を絡めて「本」への偏愛が綴られるが、最後に鋭い角度のオチで仕上げる。

オチの韻を踏むためだけに名前を使っているのだ。見事だ。

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こんな芸能人の境界線までとりあげるのか?と思わせるのが、人気が爆発した「ポケモンGO」に水を差し、逆に大炎上となったクイズ王にして漫画家「やくみつる」の章。

もともと仲良しでありながら、やくみつるには、はた迷惑でしかない大量の火薬を仕込んで綴っている。

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文化人枠からは「みうらじゅん」
人違いされやすい体質のエピソードは、オープニングの沖縄旅行が舞台。
その後、同趣向のエピソードの数々を本人を含めて“陳”列し、お風呂場での“珍”事件に至る流れは爆笑必至。

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そして博覧強記の人、「荒俣宏」──。

驚くべき書籍蒐集エピソードに博士が目の当たりにした知の巨人ぶりを書き連ねる。
「藝人」という括りながら、こういった異色な人たちまでも目が届いていて、登場させてしまうのが面白い。

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しかし、この章を一読すれば、彼らもまた人間的な面白さを内包した「“藝”人」と呼ぶにふさわしいのだ。

「オフィス北野」お家騒動のさなか共演した「新しい地図」。

このエピソードでは、「SMAP」と「たけし軍団」として芸能界を長く生き抜いてきた、古い地図の二組が交差し、新しい一歩を踏み出すべく、互いにエールを送り合う。

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日本のスーパーアイドルの後には、韓国のスーパーアイドル「BIGBANG」を並べている。

リーダーG-DRAGONと博士の誕生日が、8月18日で同じというわずかな接点すらも星座とみなし、そのスーパーな魅力を熱弁する。

そして、過去には本人すら知れれざる共演もあったのだから驚く。

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さらに愛してやまない音楽家枠──。

若き音楽家であり、芥川賞候補の「尾崎世界観」とは、星の繋がりを感じさせる「文」を通じたエピソードが描かれる。

博士と世界観が、昔から「文」を通して繋がっていたことは、多くの読者は知らない話だろう。

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「浅草キッド」の出囃子「東京ワッショイ」を唄った純音楽家「遠藤賢司」への追悼も。

博士が最後に観た渋谷のエンケンのライブ。

そこには町山智浩が、宮藤官九郎が、園子温が、さらには遠藤ミチロウ、PANTA、あがた森魚そして鈴木慶一が……。何時のまにか、星が一堂に会し、夜空の星座の夜が浮かび上がる。

その奇跡的な一夜に読者は心震える。

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さらに博士が長く愛好する格闘界からは格闘界の未来を背負う男、「那須川天心」を「藝人春秋」のリングにあげている。

『週刊新潮』の文体の精緻なパスティーシュ、古典『平家物語』の那須与一の文章をなぞり、その若き天才ぶりを讃える。

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「浅草キッド」の弟子「東京ダイナマイト」ハチミツ二郎と電流爆破マッチで対戦するのは「Mr・ライアー」こと「大仁田厚」。

その「ファイアー!」な対戦の場には、場末でありながらも、マキタスポーツやプチ鹿島、猫ひろしなど博士チルドレンたちが顔を見せる。

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大物「芸人」たちも、もちろんたっぷり登場する。

「笑点」の司会に就任した「春風亭昇太」──。

「昇天」疑惑が飛び出す、世にも珍妙な艶話が綴られる。

 驚くべきことにこれが実話なのだから……。書かれた本人も、さぞやお困りのことだろう。

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天下人「松本人志」の章では、芸人の敬称についての考察を、松本の往年のベストセラー「遺書」まで辿り、大物「イジり」をあえて書き綴る。

そして、その才能には万感の敬意を込めていることも、書き加えている。

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続く「萩本欽一」の章。
浅草フランス座の先輩にして、テレビ界のレジェンドだ。
笑芸史を紐解きつつ、それぞれが一国一城の主であり、弱肉強食の「野生の王国」であった芸人の世界が変化していくことについて考察している。

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古い人ばかりではなく、新世代の旗手として、THE MANZAI 王者・ウーマンラッシュアワー「村本大輔」の章を通じて、社会における芸人の存在とは?を問いかける。 

博士の若手芸人との交流が垣間見える。

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また「島田洋七」の章は、「師匠」として博士が最も敬愛する昔ながらの愛すべき芸人の理想像を描いている。

MXテレビのレギュラー番組の共演を経て、博士との疑似・師弟関係も微笑ましいかぎりだ。

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盟友・ビートたけしの助言により『佐賀のがばいばあちゃん』を書き、自力で大ベストセラーへと導いた、洋七の、そのバイタリティと「負けない組」の精神は、今の博士の精神にも通じている。

博士が母の死を知った直後に、番組で共演し、声をかけ肩を抱いたのも、また島田洋七師匠その人だった。

それもまた、まるで星の導きのようだ。

前作「藝人春秋2」のラストは『芝浜』と題し、立川談志と泰葉のエピソードが描かれている。

まさにその後日談と言えるのが「春風亭小朝」の章だ。

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新幹線の車内で小朝が語る、談志噺は、美しい芸人論となり、博士の胸に刻まれる。

「大竹まこと」には前作でラストを飾った大瀧詠一との接点があり、こちらも「藝人春秋2」の後日談になっている。

物語は現在進行形で続いている。

星が星を呼び新たな物語へと発展していることがわかる。

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「笑福亭鶴瓶」の章では、博士の母方の実家であるマスキングテープで今や世界的に一世を風靡する「カモ井」が、かつてハエ取り紙のCMタレントとして、若き日の鶴瓶を起用していたという、知れれざる逸話が飛び出す。

しかし、博士本人が語りださなければ、こんなことは誰も知らないままであろう逸話だろう。

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この逸話は、ももいろクローバーとの番組「桃色つるべ」で披露されるのだが、その裏には二つの別れの物語がある。

それは「一期一会」の達人ともいえる笑福亭鶴瓶師匠が呼び込んだ、奇跡のようでもある。

時に起こった出来事や、自身に降りかかった騒動もネタになっていく。

例えば、「爆笑問題・太田光」、「ナインティナイン・岡村隆史」と「水道橋博士」の3すくみの「スリービルボード」ならぬ「スリーボードビリアン」騒動。

深夜ラジオのリスナー以外は誰も知らないであろう話だ。

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「その後のはなし」ではその顛末や真意、拗れ続ける「太田光」との関係についてもしっかり綴られる。

個人的には、水道橋博士と太田光の二人を繋げるのは、やはり「文」しかないと思う。

いつか二人が「たけし」について、「談志」について、「芸」についてを往復書簡でやり取りした本を出してほしい。タイトルは「こじれる二人」で。

なんて、これはまた別の話──。

登場するのはエンタメ界の住人だけではない。この本では政治家たちもその俎上に載せられる。


まるでドミノ倒しのごとく、負の連鎖が続く政治家「石原伸晃」

博士が『藝人春秋2』で描写した石原慎太郎の息子。

そのドミノを最初に倒したのが誰あろう、知る人ぞ知る怪芸人「コラアゲンはいごうまん」だった! という笑激スクープが綴られている。

今年、衆議院選で敗れ去った伸晃だが、4年たった今もなお、現在進行形で「おマヌケ」エピソードを更新しているという奇跡。

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懲りることなく、何度も失言を繰り返す「麻生太郎」。

漫画好きという側面を最初に世に放った博士が、「製造者責任」を感じて、舌下事件の深層を考察する。

ここにも、また古舘伊知郎は登場している。

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超大物中の大物で言えば、マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画『華氏911』を巡って、後に「総理の椅子」に座ることになる「安部晋三」との博士のスリリングな会話が再現されている。

安倍晋三の立場で想像すれば、インタビュー番組で突如、異議を唱えてきた、この小さな芸人は「何をこの猪口才な奴!」でしかないだろう。

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そして政治家と言えば、「片山さつき」のテレビ局での無慈悲なふるまいにも博士は容赦ない。
(江口寿史の挿絵が、若い頃の本人を描いていて実に皮肉めいている)

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「自分のことをエライ」と思っているかのような政治家たちに、芸人・水道橋博士は果敢に容赦なく対峙する。

芸人を描く優しい筆とは一変して、まるで天誅を食らわすかのように、彼らの言葉、振る舞いを注意深く観察し、その本性を炙り出す。

さらにもう一人の政治家「野中広務」を置くことで、彼らの薄っぺらさが相対化されより鮮明になる。

常に弱者の側に立ち、「勝ち組・負け組」には入らない、「負けない組」を自認する水道橋博士の信念が垣間見られる。

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全てのエピソードに添えられる江口寿史による挿絵もまた素晴らしい。

美人画の名手、江口寿史が博士の出すお題に「絵」で応えていく。

3枚収められた「ビートたけし」の肖像は、どれも額装したいほどだ。
師匠・ビートたけしの話は、博士の著書に共通する通奏低音である。
この連載では圧倒的父性の象徴的なイニシエの師弟関係の現在進行系が常に描かれているのと同時に稀代の天才論が綴られていく。

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そして「笑福亭鶴瓶」「高田文夫」「荒俣宏」といったおじさん画も素晴らしいのだが、特に似顔絵において傑作なのが「太田光」──。

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その目線、への字に曲げた口、いたずらっ子のようでもあり、狡猾な老人のようでもあり、芸人・太田光の芯を捉えたなんとも魅力的な絵である。

この絵を受けて、爆笑問題は江口寿史をTBSの日曜日のラジオのゲストに招く。

ここでリスナーからの「描きたいタレントは?」の問いに、「吉岡里帆」と答えた江口寿史。

早速、翌週に、そのリクエストに応えて、彼女とのエピソードを綴る博士。

この週刊誌ならではのアドリブ的展開に、本当に逸話があることに驚く。

そして江口寿史は博士の文に、挿絵で絶品の美人画を仕上げて応える。

そんな文と絵で交わされる、書き手と絵師の「あうん」の呼吸の会話も、本書の見どころ、読みどころ。

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美人画と言えば、島田洋七のオスカー事務所に於けるお姉さんであり、ビートたけしもその美しさに驚いた「剛力彩芽」のサイドストーリーも語られている。

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ここでは博士が、かの宇宙飛行士「前澤友作」からZOZOTOWNへの入社を口説かれた!?珍エピソードが披露されている。

さらにエピソードは続く。

変わり種で面白いのが「太川陽介」の章──。

妻・藤吉久美子に放たれた文春砲から「バス」をキーワードに「ぶっちゃあ」「蛭子能収」にバスを乗り継ぎ、語られるエピソード。

そこには「たけし軍団」の結成秘話、「たけし軍団のファミリーヒストリー」と呼ぶべき話が、3週連続のバスにちなんだ見事すぎる連作で語られる。

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続く「浅野忠信」の章では、彼の本当の「ファミリーヒストリー」が取り上げられ、「たけし軍団」との接点が浮かび上がる。

これもまた連作のひとつだろう。

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そんな中、勃発した「ビートたけし独立」という衝撃の「オフィス北野」お家騒動。

この騒動は、連載時に起きた最大の事件だろう。

「たけし独立」のスクープが放たれた日、その同日の二つのニュース「ホーキング博士死去」「オウム死刑囚移送」を絡めて、博士の師匠への想いが綴られる。

どんな状況になろうとその師弟関係は揺るがない。

博士にとって変わらぬ北極星であり続ける、師匠・ビートたけし。

その想いは、本書のみならず博士の全ての言動に通底している。

今、Netflixで配信が開始された「浅草キッド」が話題だ。

若き日のビートたけしと師匠・深見千三郎の物語。

そしてこの「藝人春秋」シリーズは、もう一つの「浅草キッド」の物語と言えるだろう。

そこには、常に師匠であるビートたけしへ深い愛情と憧憬がある。

ビートたけしが深見千三郎を想うように、水道橋博士はビートたけしを想う。

父から子へ、子から父へ。

想いは交差し、何物にも代えられない深い絆を生む。

余人の想像に及ばぬ、親子の関係を越えた師弟の関係。

揺るぐことなど、あろうはずがない。

博士は自分自身も関わる歴史の渦中で日記を綴りながら、やがて自身のファミリーヒストリーに踏み込んでいく。

倉敷出身の俳優「前野朋哉」のポスターを臨み、博士は青春時代を過ごした倉敷での日々を想う。

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悶々とした日々を過ごしながら、思春期に夢見た「映画」や「文」の世界。

青年「小野正芳」が憧れたルポライター「竹中労」が伏線となり、女優・「樹木希林」との出会いにつながっていく。

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その前には、まず稀代のロッケンローラー「内田裕也」との危険な邂逅にがある。

そして、今そこにある危機とばかりに「樹木希林」が博士の前に突如、降臨する。

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「樹木希林」とのエピソードを読むと、人生の巡りあわせとは、なんて不思議で素敵なものなんだと思ってしまう。

反骨のルポライター「竹中労」に憧れた青年は、やがて漫才師となり、ルポライターの目で、芸能界を観察し「文」を書き始める。

その「文」がきっかけとなり、憧れたルポライターとも親交が深かった反骨の女優と出会う。

そして女優は言うのだ。の

「あなたは私の同志なんだから!」と。

二人が顔を合わせた時間は決して長くはない。

されど、「女優」と「漫才師」という肩書を越えて、人として心の奥の深いところで二人が通じ合ったことがわかる。

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終盤に来て、いやはやなんとも凄い話があったもんだと驚いていると、間髪入れずにさらに上を行くエピソードが披露される。

「人生の予告編」で、真打「古舘伊知郎」の登場である。

しかし、最後の最後に古舘伊知郎が登場することは、この本の前の章で、何度も「予告」されているのだ。

天才・語り部、古舘伊知郎による「人生には予告編がある」という驚愕のエピソードの数々。それを受け、水道橋博士は、この芸能界最強の語り部に対し、自らの「人生の予告編」エピソードを語りだす。

「語り部」が、最後は「聞き手」に変換する構成の妙。

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古舘をも仰天させるのは、それは博士の妻との出会いの物語だ。

博士の奥様は、本書で「歌う女 歌わない女」の映画のタイトルを引いて、「歌わない女」として紹介される。

しかし、赤い糸ならぬ「文」という蜘蛛の糸で結ばれた、二人の驚くべきエピソードは、ぜひ本書を手に取って読んでいただきたい。

江口寿史画伯によるキュートでまぶい博士の奥様のイラストも必見。

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しかし話は二人だけの物語にはとどまらない。

最終章は「死」と「喪」を描く。

まず、博士の母の死を、水道橋博士発祥の地、ニッポン放送のANNの生放送終了直後に師匠・ビートたけしに伝える場面から始まる。

お通夜から葬儀での出来事が母への想いとともに綴られる。

葬儀の際に博士は兄から生前、母が語っていた言葉を聞かされる。

なんと、その言葉もまた「人生の予告編」だったのだ!!

母は、「文」こそが我が息子を救う大切なものだ。
──ということをわかっていたのだ。

そしてその2日後、今度は妻の祖母の訃報が届く。

この「妻の祖母」の存在が、博士と奥様の物語を師匠・ビートたけしにまで繋げることになる。

2016年12月、NHKで放送された『ファミリーヒストリー・北野武』編。

ここで発掘された歴史的な事実は驚きに満ちたものだった。

この番組で亡くなった「妻の祖母」が、北野家と密接な関係にあった事実の全貌が判明するのだ。

博士と奥様、二人を結んだ蜘蛛の糸のさらに奥には師匠・北野武とのつながりがあった。

二人を結ぶ糸は、蜘蛛の巣のごとく張り巡らされた歴史の中の一本であり、その糸の向こうには無限の広がりと不思議な縁が隠されている。

注意深く糸を辿ればそこに宿命すら見えてくる。

話は変わるが、筆者は、この本の出版後、17万字、新聞紙大12頁に及ぶ、博士が自分の人生を編年体で振り返った「1962-2021水道橋博士Life年表」をWebショップ「はかせのみせ」から購入した。

年表作りも博士のライフワークだ。

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この年表を読み、『週刊文春』の連載からこの『藝人春秋Diary』が生まれるまでの3年強が、どれだけ険しく長い道のりだったのかを知った。

2018年、博士はのっぴきならない理由で、幻冬舎の編集者・箕輪厚介と素人による格闘技戦『HATASHIAI』で実際にリングにあがる。

25歳以上の年齢差、30キロ近い体重差がありながら真剣に殴り合い、瞬殺KOされた。

その代償に、前歯を失い、満足に喋ることができなくなってしまう。

漫才師としては、致命的ともいえる状態となる。

やがて1997年から1日も欠かすこと無く、更新され続けてきた日記は更新がストップ。

博士は事務所発表の「体調不良」による、長い休養生活に入っていく。

年表では、博士の日記が途絶えたその期間を、博士のそばに寄り添った奥様の日記が引用されている。

それは、想像をはるかに超える過酷なドキュメントであった。

その中には衝撃的な一文がある。

「もう日記も書かないし、本も書かない」

博士は、病床からそんな言葉を口にするまでに至っていた。

だが博士の日記の空白を、奥様の日記が埋めた。

博士が「文」を手放そうとしたとき。
妻が寄り添い、見つめて、「文」で「文」を繋いだのだ。

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日々を克明に記した「ダイアリー」を通して、「小野正芳」のファミリーヒストリーと「水道橋博士」のファミリーヒストリーが重なり、混ざり合っていく。

ダイアリーの積み重ねがヒストリーを生む。

日記を書くということは自分を見つめることだと思う。

誰かが見ているんじゃない。

自分が見ているのだ。

だからこそ、人は自分に恥じない毎日を送ろうとするし、懸命に生きる。

そうして積み重ねた日々はやがて歴史になる。

歴史はより良く生きた証なのだ。

そこに都合のいい改竄なんてありえない。

だって自分が見ているんだから。

「日記は俺の情熱、そして業」──。

本の冒頭に、古川ロッパの言葉を引き博士は「日記芸人」宣言する。

2020年12月、博士の日記はついに再開する。

再開された日記には、毎日の食事や散歩、出会った人、感じたこと、観たもの、聴いたものが克明に記される。

博士は、日記再開を皮切りに、芸能界にも本格復帰。

「30年ぶりに地上波のレギュラーがゼロになる」という非常事態に、ライブイベント「阿佐ヶ谷ヤング洋品店」こと「アサヤン」を旗揚げ、驚異の「週イチ」のペースで敢行する。

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再開されたYouTubeでは「博士の異常な対談」をスタート。

博士らしい、濃厚な人選のインタビューが続く。

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連日行われるツイキャスでは、長年のファンと語らい、最後には「イヤァーオ!」と歌い、時に酩酊し、寝落ちする姿すら見せる。

もはや、うんことちんこ以外は全て丸見えの「リアル・トゥルーマン・ショー」だ。

人生を全録するかのように、自分自身を晒け出している。

相変わらず徹底して過剰である。

以前には、その過剰さが、危うく感じられることもあったが、復帰後の今は、別の印象がある。

不思議な多幸感、生の喜びがそこに感じられる。

食事や散歩、人との出会い、語らい、学び、発信することすべてがより良く生きることに直結している。

Life goes onであり、Life is Beautifulがそこにはある。

「藝人春秋Diary」に戻ろう。

表紙には江口寿史画伯の手による、まっすぐに前を見る水道橋博士の肖像が描かれている。

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その目は、今までに出会った人々を見つめ、自分自身を見つめ、過去を見つめ、未来を見つめている。

帯文を担当するのは、浅草キッドの育ての親であり「ボクを"文"の世界へいざなった師匠の一人」である「高田文夫」──。

この人選には、この本を構成する、深い深い意味と伏線・予告編が仕掛けられている。

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心肺停止から生還し、今またラジオでは今が黄金時代では?
と囁かれる高田先生による帯をめくれば、「TAKESHI」の文字が胸に刻まれている。

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そして高田文夫は、博士の娘「文」の名付け親であり、今も「文」を通じ合っている。

そして彼女は幼いながら小説を書くひとだ。
「歌う女 歌わない女」に例えて言えば「歌う女」なのだ。

明らかに博士の「書く」運命を託されている。

そして本書の最後に置かれたのは 、江口寿史画伯によるコマーシャルな絵ではない、江口自身がまったく書いたことすら気がついていない、ある女性の似顔絵が……。

その絵は、どの挿絵より愛らしく輝いていて、希望の匂いがする──。


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日記は歴史になり、「文」は未来につながっていくのだ。

画像32

本書が発売された後のイベント「アサヤン 藝人春秋Diary大読書会」で、出演者の元「浅ヤン」ディレクターの高須氏は……。

「読んだ後、家族の話がしたくなる」と言っていた。

同感である。

筆者が読み終わった時、浮かんだのは、母の顔であり、妻の顔であり、娘の顔だった。

もちろん、恋人や親友の顔を思い浮かべる人もいるだろう。

本書を読むと大切な人たちの顔が浮かぶはずだ。

そして今日を、明日を、未来を「より良く生きよう」と思うだろう。

もしかしたら、この本を読んで感じたことが「人生の予告編」になるかもしれない。

いつか過去が未来を照らすのだ。

日記がその証明となる──。

水道橋博士は今日も日記を綴っている。

「芸人は自身を晒すことで他人を照らす」

とは博士の常套句だ。

きっと明日も綴るだろう。

古川ロッパのエピローグと同じく、

「水道橋博士は日記をつけるために生きているのだ」。

ということで、水道橋博士著「藝人春秋Diary」おすすめです!

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書評引用以上ですが、
今年こそ正月から日記を書こうとしている人へ。

WEB連載 水道橋博士の「日記のススメ」


https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/column/nikkinosusume/14286















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