見出し画像

『週刊藝人春秋』最終話 岡村靖幸

 『文藝春秋』連載最終回2016年より。


「はじめまして、岡村靖幸です」
「あ、どうも……水道橋博士です。いや、なんて言っていいのか……」

2012年4月16日——。

秋葉原で開催された『田原総一朗の遺言』DVD発売記念トークイベントの終演後、客席で観覧していた岡村靖幸がボクの楽屋を訪ねてきた。
「僕、博士のファンなんです。あ、これは社交辞令とかではなくて、いろいろと観ているんですよ」
夢見心地のまま、打ち上げへお誘いすると、その席でもこのDVDシリーズがどれほど有益か、さらには「博士というフィルターを通すことに意義がある」と力説してくれた。

もともとボクは病的に自己評価が低く「自分はしょせんチンケな太鼓持ち」と常に思ってしまう性質だ。 
田原総一朗の半世紀前のドキュメンタリーを発掘し、現代に蘇らせ再評価するという企画は「オレ以外にこれをやれる人はいない」という自負だけが頼りの孤独な作業だった。
なのに、その様子を天から見ていたかのように賞賛してくれる——まるで地上に舞い降りた天使から〝だいすき〟と承認されたようだった。

実物の岡村靖幸を目の前にしたボクは平静を装いつつも、内心では「どぉなっちゃってんだよ!」と叫びたくて仕方がなかった。
酒宴の最後に「また一緒に飲みにいきましょう」と言われ、ボクは戸惑った。岡村靖幸と六本木でカルアミルクを飲むのなら歌詞の世界だ。
ならば〈ぼくが高尾山に誘ったらどんな顔するだろう?〉と閃き、思い切って誘ってみた。
この馬鹿げた提案に岡村靖幸は、あっさり「いいですね!」と答えた。

 岡村靖幸——。1965年生まれのシンガーソングライター、音楽プロデューサー。10代の頃から独学でギター、ピアノ、ダンスをマスターし、わずか19歳で作曲家として頭角を現すと、21歳でソロ・デビュー。その独創的な語感とナルシスティックに踊る姿を初めて見た時にボクは衝撃を受けた。「もしもバカ殿が歌とダンスの大天才だったら……」と喩えたくなるほど、奇異で唯一無二のパフォーマンスに強く惹かれた。
岡村靖幸ほど若くして天才の孤独を知り、波瀾万丈を体現してきたアーティストはいないだろう。そして、彼が生み出した作品群は時代を経ても錆びることがない。その輝きは一度でもライブを観れば明らかだ。

2012年7月2日——。
約束の日は訪れた。高尾山はミシュランの三つ星観光地に選ばれて以来、世界一登山者が多い山である。
そして、初夏のジメジメとした鬱陶しい陽気の中を、黒いTシャツにジーンズ、スニーカー、背中にはリュックという出で立ちで、岡村ちゃん(心の中では彼を愛称で呼んでいる)が飄々と現れた。

「……頂上までどれくらいかかるんですか?」と若干緊張気味な様子。
「大丈夫ですよ。ペース配分すればこの子でも登れますから!」
 ボクは一緒に連れてきた8歳の長男と3歳の末っ子を指差すと、岡村ちゃんが目を丸くして驚いた。
子供たちは山に好奇心を満たされて平気な顔だ。蝶や毛虫、木の枝や切り株などを観察しながら、小休止と駆け足を繰り返している。
一方の大人は、そんな無邪気にはしゃぐ子供の生態に惹きつけられる。

舗装された坂道を1時間半歩いて中腹の展望台に到着。荷を下ろして一時休憩だ。
想像より暑さが応えているようで、「……もう、ここだけでも充分ですよね」とヘロヘロの〝汗まみれのスター〟がようやく口を開く。
「頂上はもっと気持ちイイですよ! ここからボクがお勧めの高尾山の醍醐味を案内しますよ」

 山頂への分かれ道で選んだのは、ジャングルのような3号路だ。全長2・4キロの狭路は、いつ滑落しても不思議ではないほど崖っぷちが続き、周囲には樹齢千年級の巨大杉が鬱蒼と並んでいる。

山の南斜面の原生林に陽光も閉ざされる中を、ボクらは隊列を縦長に組んで、ずんずん坂道を進んでいく。 
しばらくすると、深い森の向こうに都心の風景と青空が垣間見えた。思わず「ヤッホー!!」と子供も大人も声を上げると木霊が返ってくる。
道中、岡村ちゃんが「いやぁ、来てよかったな……」と何度も何度も何度も呟いた。
山頂に近づくにつれ、山道は一直線から、つづら折りへと変化する。
「頂(いただき)って、こうして何度も折り返しで到達するんですねぇ」
岡村ちゃんがしみじみと言う。
そして、ようやく標高599メートルの山頂へ到達。天上の青空に抱きしめられ……最高のゴール。

山のもう一つの醍醐味は語らいだ。
登っている間は、ハァハァと荒い息づかいばかりで話をする余裕はなかったが、山頂の新鮮な空気と景色があれば、それを肴に会話が弾む。
お互いに今興味を持っていることについて熱く語り合った後、ふとした事がきっかけで、話題はそれぞれの〝将来の夢〟に。
「よくインタビューでも聞かれるんだけど、ボク、ないんですよね。ビートたけしの弟子になった時点でもうゴールなんですよ。岡村さんは?」
「僕は……夢も野望もありますね」
「おお、どんな夢ですか? 海外のチャートで1位を取るみたいな?」
「そういうことより、いい作品をコンスタントに出し続けたいんです。 
 野望は……健康でいることですね」
 岡村ちゃんが微笑んだ。

 このとき、ボクの脳内には映画『サウンド・オブ・ミュージック』で歌われた「すべての山に登れ」が響き渡った。

すべての山に登りなさい 高いところも低いところも あなたが知るすべての脇道小道を辿りなさい 山を登り 小川を渡り 虹を追って夢を見つけなさい あなたの愛を託せる夢を あなたの人生を託せる夢を

岡村ちゃんが高尾の頂でぽつりと言った「風が心地いいですね……」という言葉が、今も耳に残る。
我らのアイドル・岡村ちゃんには、ずっと陽のあたる地上の天使として歌い続けて欲しい――。

そしてボクらは、麓の街の灯に向かって、再び歩き出した。

                             (完)


今回をもって『週刊藝人春秋』は約束の50回の頂に到達した。締切がキツいとは聞いていたが週刊誌の連載は想像以上に急坂続きで、また覚悟の上だが、瞬時に読み捨てられてしまうという宿命を儚(はかな)く感じた。
しかし連載を終え、峰から風景を見下ろし、自分の位置を確かめた瞬間、その道程には意味が生じる。
あとは下山あるのみ。つまり一冊の本に綴じ込んでいく作業を通して、この登山は終了する。
そして、文章と挿画という別ルートではあるが同じ山を登ってくれた江口寿史先生。予想に反して一度も落とさず毎回、愉快な道標を打ち立ててくれたのは望外の悦びであった。最後に読者の皆さん、ありがと。


サポートありがとうございます。 執筆活動の糧にして頑張ります!