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2020年3月3日メシヤ降誕本祝典記念大祭

当初の予定は、2020年3月2日から3日にかけて京都へ御参拝するはずだった。
いくつか神社や寺院を訪れる予定だった。

2月12日、突如始まった介護に、今回は京都の御参拝をあきらめた。
その途端、メッセージを受け、日帰りに予定を変更して3月3日、京都へ御参拝することとなった。

(詳細は「20200220のメッセージご参照 https://note.com/sui3310/n/n9f3a5269ca7a」)

新幹線の予約を変更した。
行きは変更なし。十時十分、のぞみ二十号(天と地を結ぶ働きの重要性と思った)
帰りは変更した。のぞみ39号(サンキュー、感謝の思いを受けずにはいられなかった)

3月2日、自宅での「メシヤ降誕本祝記念大祭」は家族へお願いした。
式次第を用意し、子へ引き継いだ。
引継ぎが終わり、子が訊ねてきた。

子「メシヤ教はいつからなの?」
sui「昭和25年に立教されたんだよ」
子「西暦だと?」
sui「1950年だね」
子「70年になるんだ」

その言葉を聞いて、3月3日に京都へ御参拝する意味がひとつ氷解した。

七十年
五(箱根)六(熱海)七(京都)、十は結ぶ。

今回で三回目となるメシヤ降誕本祝典記念大祭。
一回目、二回目は箱根と熱海で御参拝させて頂いた。三回目は京都の平安郷で、メシヤ様でもあられる大彌勒大御神様の御前に、結ぶ働きの御参拝となるのでは、と思った。 

子を通して気づかせて頂いたことに感謝申し上げた。

3月3日出発の朝、ずいぶん冷え込み窓に主之御文字が現れた。

御守護願いの御参拝した後に、窓の主之御文字を撮影。
撮影時刻は6時5分だった。

メシヤ降誕宣言があった日は6月5日。
心して出発した。

京都は晴天だった。
花園駅から徒歩で向かった。

平安郷はご奉仕の方が数人おられるだけだった。

ありったけの想念で大彌勒大御神様の御前で御参拝させて頂いた。

写真で光を見せて頂けた。

岡田茂吉記念館で拝観した御文字等は以下のとおり
・「神音佛声」
・「春山秋水」落款印は彌勒聖代、地上天國
・「天国境」
・「東方光」(とうほうこう)
・「座御観音」
・「玉持観音」
・「青々」(せいせい)

大彌勒大御神様をお迎えして三年目の佳き日に、七の地上天国、京都 平安郷に御参拝を許されたこと、深く感謝申し上げた。

世界統一、和合統一に向けて、一人一人がメシヤ様と直に繋がり、お役目を全うする。
人のもとではなく、メシヤ様のもとで。

#世界メシヤ教復興
#メシヤ様
#大彌勒大御神様
#和合統一

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