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第10回飲茶先生の本について語ろう1

フランケンとの対談
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前回のニュータイプの時代から、ちょっと間隔があきましたね。今回も、予告なく「飲茶先生の本を語ろう」という企画が立ち上がりました。
我々の中で、飲茶本に触れるきっかけは、「哲学的ななにか。あと数学とか」それと「14歳からの哲学入門」でしたね。
そして、最近の飲茶本としては、「正義の教室」です。これも大作でした。過去の飲茶本とは、少しテイストの異なる本でもあります。飲茶先生のすごいところは、「哲学」「数学」「正義」みたいなテーマを軸にして1冊の本を読者に読ませる力量ですね。いままでたくさん本を読んできたけれども、類を見ないタイプの作者。ですから今回は、1冊の本ではなく、飲茶先生について語ろうというテーマになりました。

イントロダクション

1 哲学。。。。?
即物的な思考の人間だったので、哲学って、正直興味なかった。
でも、理系がどんづまった先にはリベラルアーツがあって、最もプリミティブなリベラルアーツの一つというのが哲学。
前回の第9回のニュータイプの時代の中で、STEMとリベラルアーツの話をした。
Science, Technology, Engineering, Mathematicsの頭文字で、科学技術・工学・数学分野の教育を指す。STEM教育は他の教育分野と比べて高い教育投資の収益が見込まれるとして、重点領域になっている。
実際、高額所得者におけるSTEM関連職業の割合は高いが、これには罠がある。STEMは所詮「高額労働者の嗜み」でしかなく、超高額所得者になると、STEMはほとんどおらず、リベラルアーツ系がほとんどである。
お医者さんなんかは、累進課税の餌食ドンピシャ系の糞のような高額所得者の代表格で、中年以降なんか、いくら頑張ったところで4000万くらいまで稼ごうが、税金で持ってかれて、可処分所得なんて研修医の頃と大した変わらない。
便利屋さんとしてのSTEM職には明確な天井がある。ここをリーガルに打ち破るなら、リベラルアーツの要素を自分に取り入れて業界を横断的に渡って行かなきゃ行かなきゃダメですよ、というのが前回のポイントだった。

STEM系を束ねて産業を牽引するようなリーダーたちって、どんな人も独自の深い哲学を持っている。こう言った人は、自分の哲学や美意識に照らして人に対する好き嫌いを決めてしまうことが多い。

そう言ったものを理解して対話するにも、素養というものが必要になる。

わからないものは理解できないし、ルーツがわかれば思考も読むことができるようになるからだ。
僕も、正直、飲茶先生とニュータイプの時代の山口周先生がいなかったら、リベラルアーツ、中でも哲学というテーマに興味を持つことはなかったと思います。我々お医者さんは、みんなSTEMという武器をもってキャリアをスタートする。でも、これからの時代は30〜40代で、リベラルアーツという武器についても習得していく必要があると強く思う。年をとって劣化したSTEMだけで戦うのではなく。リベラルアーツという武器はキャリアを横方向にスライドするときに、とても便利な武器。

2 飲茶先生だから読めるというのはあると思うのよ。
読書にはいろいろな効果効能がある。知識を手に入れる、著者の生き様・哲学などを学ぶとか。それ以外に、「この人の文章を読むと、とっちらかった頭の中が整理される」といった、精神安定剤的な本の読み方もある。飲茶先生の本は、読んでいると心が落ち着く。

心が落ち着くだけでなく、逆に精神の状態がジェットコースターに乗るように揺さぶられることもある。これは、「哲学的な何か、あと数学とか」、だったり「正義の教室」なんかがそう。

これは、本当にそのとおりです。面白い本を読んでいると、現実世界や時間がたつのを忘れて、本の世界を旅することができる。小学校の頃に、学校が終わって友達と遊んでいたらあっという間に夜になってた。そんなイメージと重なります。
正直なところ、一冊を深掘りするような読み方はできない気がする。根っこの深いところを理解してないからね。でも、そういう哲学に素養のない僕らアホの子にわかるように飲茶先生が噛み砕いた本を、どうやって咀嚼したか、どんな味だったか、ということは言えるよね。

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