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第6回複雑系スモールワールド_主題3

フランケンとの対談
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いまだ金時ラジオ 第6回 複雑系スモールワールド
「読まなくてもいい本」の読書案内
主題3 フラクタルとハブアンドスポーク理論。複雑系スモールワールドへようこそ。

マンデルブロが見つけた世界の根本法則とはなんだろう。それはラフネス(複雑さ)にも秩序があるということだ。このラフネスを彼は、「ぎざぎざしたもの」と表現した。ラフネスの典型が、入り組んだリアス式海岸のような図形。こうした海岸線のぎざぎざは、無秩序であるがゆえに、これまで科学の対象外だと考えられてきた。だがマンデルブロは、ラフネスにも秩序があると考えた。
一見なんの秩序もない海岸線のぎざぎざは、じつは不思議な特性をもっている。海岸線の一部を拡大すると、そこには同じような海岸線が現れる。全体と部分はどこまでいっても相似形なのだ。カリフラワーや雪の結晶も同じ。ラフネスという概念を使って、自然界の様々な事象がうまく説明できる。
マンデルブロはこれをフラクタルと名付けた。これこそが巨大な知のパラダイムシフトだ。
フラクタル幾何学を象徴するマンデルブロ集合は、足し算と掛け算のたった2つの規則からできているが、それをひたすら繰り返すとコンピューターは奇怪な図形を描く。全体と部分はどこまでいっても相似形なのだ。

ちょっと脱線するけど、マンデルブロの何がすごかってって、概念をグラフィックに落とし込んだってところ。これが数式や理論だけだったら、フラクタルっていうものは市民権を得ることなく、完全にカオス理論に取って代わられていたと思う。カオス理論はフラクタル理論と全く同じ理論で、いわば宗教戦争の関係にあった。マンデルブロ曲線って、誰もが一度は見たことあるでしょう?この破壊力がグラフィックの力だよね。

最後に、複雑系スモールワールドについて。
「ハブ&スポーク」のお話。自転車のハブとスポーク。もっともわかりやすいイメージは飛行機の路線図だ。世界中にある、ハブ空港からスポークのようにして、様々な空港にむけて飛行機が行き交う。
ハブ&スポーク型のネットワークの特徴は、遠く離れているようにみえても実は結構近いということ。北海道の稚内(わっかない)から沖縄の石垣島への移動は大変そうだが、実は稚内空港から羽田に行き、そこで石垣島行きの直行便に乗り換えればいい。これは飛行機に二回乗るだけだから、二次の関係になる。稚内(わっかない)からアメリカのオーランドに行くとしても、三次の関係だ。このように世界は意外と小さい(スモールワールド)。

ここで重要なのは、稚内と石垣島はどんなに利便が良くなってもダイレクトにつながることはないということ。1つ1つの単位のことをノードというんだけど、腕が一本しかないノードのというのは、この世界の端っこ、どんなにスモールワールドが発達して広がりが大きくなっても、片手しかないノードは、広大な世界の一番端っこにいるっていうことなんだ。これはちょっとしたホラーだよ。
人に置き換えると恐ろしい。ボッチのボッチ度が世界規模に増幅するって意味だから。穴倉に引きこもって妖刀ムラマサを打ってるみたいな引きこもり職人モデルは、相当の価値を示さないと、プロフェッショナルボッチになるってことだ。

実際の世界においても、ハブになれる人材とそうでない人材に分かれる。大きな価値をもつのはハブになれる人材。恐縮ですが、私とフランケンがそれぞれハブになれる人材だと仮定します。二人で話をしていて、新しいビジネスを立ち上げることになりました。そこで必要な人材を集める。僕の知人から、3名、フランケンの知人から3名みたいな形でピックアップしてチームを結成する。いずれも専門性の高い人たちで構成されたチーム。でもこれは、ハブになれる人材2人が話し合ったからできること。僕の知人3人とフランケンの知人3人が、ハブの存在なく、勝手に6人集まってビジネスを立ち上げることはできません。

コレはね、頭で理解してもダメなんですよ。広大エネルギーを持った構造が、自分ごと周りの環境をスケールさせていく濁流みたいなものを感じないと意味がわからない。
なんだろうな、グーグルアースで、自分の自宅を探して見てよ。それが最小のノードとしてのあなた。マウスをくるくるっと拡大すると、スケールが変わって街が見渡せる。いろんな建物があって、ここ知ってる、知り合いの家、職場、学校、とか個人的なネットワークが見える。ここで誰かがあなたのマウスを取り上げて、スケールをドンドン上げていく。市がすっぽり見える、ああ、ここに知っている建物が、店が、駅が、とか思った瞬間に、ドンドンスケールアップされる、県が、国が、とか思っている間にもう世界が見えてくる。これが有機的に繋がっているんだって思い知らされる迫力が実感できると思う。
コレは自分の力じゃない。でも、流れとして存在していて、ある程度のコントロールもできる。
この本の中で橘さんも、リゾームは、
「のたうちまわり 、からみつき 、軟体動物のようにひくひくと動き 、不気味に波打ちながらすべてを飲み込んでいくような生理的な気持ち悪さがある 。こうした生々しさは 、複雑系の科学からはきれいに消去されてしまっている 。」
と言った。
この得体の知れなさを直感しているから、この話をしたがる人間は色々と独自の理論を提唱したがるのだろう。
この章の最後にリゾームの抜粋がある。
「リゾ ームになり根をはるな 、線を作れ 、決して点を作るな !速くあれ 。あなたの裡(うち)に将軍を目覚めさせるな !そしてあなたの愛もまた雀蜂(スズメバチ)と蘭(らん) 、猫と狒狒(ひひ)のごとくであるように 。」
うーん、わからん。でも、迫力があるのはわかる。これがポストモダン。

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