令和6年度 京都大学法科大学院再現答案(刑事系)



刑法

第1問(3枚弱)

1, 乙が運転する車をBの乗用車に衝突させたことにつき、過失運転致死傷罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条)が成立しないか。

(1)同罪の構成要件は、①自動車の運転上必要な行為を怠り、②人を死傷させたこと、③①と②の因果関係。

(2)①は自動車の運転に関する過失行為。

過失=予見可能性に基づく結果回避義務違反

行為者に結果回避義務を課すためには、結果回避義務を果たすことで結果を回避することができること(結果回避可能性)も必要

→過失犯が成立する要件は㋐予見可能性、㋑結果回避可能性、㋒結果回避義務違反である。

(3)ア. 乙はハンドルを右に切る際に自分やAが負傷するかもしれないことを認識しており、高速道路という車が高速で行き交う場所ということを考えると、急ハンドルを切ることで周囲の車や物に衝突する危険について予見することができた(㋐充足)

イ. 乙がもしハンドルを切らずに走行していれば、乙はBの車と衝突することはなく、Bが死亡することも、乙やAが重傷を負うこともなかったといえる。したがって、結果回避可能性が認められる(㋑充足)

ウ. 乙は甲を避けるために高速道路で急ハンドルを切っており、これは結果回避義務違反といえる(㋒充足)。

→以上より、①充足。

(4) 乙がハンドルを切ったことでBの車に衝突しており、Bが死亡、乙とAが重傷を負っている(②充足)。乙がハンドルを切らなければBと衝突することもなく、このような結果が起きなかったため、因果関係も認められる(③充足)。

(5)乙が急ハンドルを切ったのは目の前に突如現れた甲を避けるためであるところ、緊急避難(刑法37条1項)が成立しないか。

ア. 緊急避難の要件…ⓐ自己または他人の生命、身体、自由、または財産に対する現在の危難を避けるため、ⓑやむを得ずにした行為であること、ⓒこれによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかったこと

イ. 甲が突如乙車の前方に現れ、甲の生命への危険、また衝突の衝撃により乙やAが負傷する危険が現に存在していたといえ、ⓐ充足。

ウ. 乙がブレーキをかけても間に合わなかったといえ、急ハンドルを切るというのは、甲に衝突しないための唯一の方法であったといえる(ⓑ充足)。

エ. 乙が急ハンドルを切ることで避けようとした害は、甲の生命、乙・Bの軽傷であり、実際に生じた害はBに対する生命の侵害と、乙とBの重症である。したがって、実際に生じた害の方が避けようとした害よりも大きいといえ、ⓒの要件を満たさない。

(6)したがって、緊急避難は成立せず、違法性が阻却されない。以上より、乙の上記行為に過失運転致死傷罪が成立する。


2, 甲が高速道路に立入り、それによって乙がB車に衝突したという事故を引き起こしたことにつき、過失運転致死傷罪の教唆犯(刑法61条1項)が成立しないか。

(1)教唆犯の成立要件…①人を教唆して犯罪を実行させたこと、②教唆意思、③因果関係

(2) 甲は高速道路に立ち入ることで乙の過失行為を惹起しており、①の要件を満たす。しかし、甲は認知症のため事理弁識能力が失われており、高速道路に立ちいることによって事故が起きることを予測することができず、教唆意思がない。よって②不充足。

→甲の行為に過失運転致死傷罪の教唆犯は成立しない。


感想:信頼の原則のことをすっかり忘れていました…。悲しいです。後は緊急避難を要件ⓒで切るなら過剰避難について言及すべきでしたね。あとは、緊急避難の「やむを得ずにした」の判断で事後的な事情を判断しても良いかが少し不安でした。

 甲の罪責は最初幇助にしようとしたけど、そもそも甲の行為がなければ乙は事故を起こさなかったしな…と思い不安になりながら教唆にしました(後で基本刑法を確認したら、過失犯の教唆は認められないとするのが多数説らしいです…)。責任能力の分野がノーマークだったので、「理非善悪を弁識する能力を失っている85歳の甲」が心神喪失なのか心神耗弱なのかわからず(心神喪失と書くべきでしたね、本当に勉強不足です…)、そもそも理非善悪を弁識する能力がなければ高速道路に侵入したことで事故が発生するということの認識がないのでは…?と思い故意が認められないと書きました。全体的に血迷った答案となっています。

第2問(4枚)

第1 甲の罪責

1, 甲が宅地にBのために抵当権を設定したことにつき、Aに対する横領罪(刑法252条1項)が成立しないか。

(1) 構成要件…①自己の占有する他人の物を、②横領したこと、③故意、④不法領得の意思

①の占有については、不動産の場合、法律上の占有(登記等)によって判断される。

(2) 甲がAに宅地を売却しており、宅地はAの所有物であるといえる。しかし、移転登記はなされておらず、登記は甲名義となっている。したがって、甲は宅地につき法律上の占有を有しているといえる(①充足)。甲は宅地に抵当権を設定しているため、②充足。故意、不法領得の意思も認められる(③④充足)。

(3)横領罪が成立する。

2, 甲が宅地にBのために抵当権を設定したことにつき、Bに対する詐欺罪(刑法246条1項)が成立しないか。

(1) 構成要件…①欺罔行為、②それによって相手方が錯誤に陥ったこと、③錯誤に基づく交付行為、④財産上の損害、⑤故意、⑥不法領得の意思

(2)ア. 欺罔行為…財産処分に関する重要な事実を偽ること

 本件では、甲はBに対して宅地がAの所有物であることを秘している。BにとってAは、自ら経営する商店の重要取引先であり、Aの恨みを買って取引を打ち切られると、経営上の困難を招く恐れがあった。そのため、Bは事情を知ったとすればこのような条件での融資に応じなかったといえる。したがって、甲が宅地の所有者を偽ったことは、Bにとって重要な事実であり、甲の行為は欺罔行為に当たる(①充足)。

イ. 甲の欺罔行為によってBは宅地の所有者が甲であるとの錯誤に陥り(②充足)、この錯誤に基づいて1000万円の融資を行っている(③充足)。また、①で述べたように、所有者が誰かというのはBにとって重要であり、Bであると知っていればこのような条件での融資に応じなかったといえるため、財産上の損害も認められる(④充足)。また、甲にはこれらの事実についての認識・認容があり(⑤充足)、不法領得の意思も認められる(⑥充足)。

ウ. 甲の上記行為に詐欺罪が成立。

3, 甲が宅地をAに売却したことにつき、Aに対する横領罪(刑法252条1項)が成立しないか。

(1)同罪の構成要件は1,(1)で述べた通り。

(2) 甲は、宅地の登記を有しておりAは宅地の所有者であることから、甲にとって宅地は、甲の占有するAの物であるといえる(①充足)。そして、甲は宅地を乙に売却するという不法領得の意思を発現する行為を行っている(②充足)。そして、甲はこれらの事実について認識・認容があり(③充足)、不法領得の意思も認められる(④充足)。

(3) 甲は宅地にBのために抵当権を設定した後に乙に売却しており、横領後の横領として不可罰的事後行為とならないか。先に横領行為があるからと言って、後行の横領行為が不可罰となるのは適当でないと考える。したがって、不可罰事後行為とは言えず、甲の上記行為に横領罪が成立する。


第2 乙の罪責

1, 乙が甲に対して宅地を自己に売却するよう働きかけたことにつき、横領罪の教唆犯(刑法61条1項)が成立しないか。

(1)教唆犯の要件

(2) 乙は一連の経緯を熟知した上で、宅地が今後値上がりを期待できることから、甲に対して「登記を完了しないAが悪いのだから気にする必要はない」「法的紛争が生じれば自分の力で解決してやる」と述べ、自己への売却を働きかけている。そして、それにより甲は乙に対して宅地を売却しているため、乙は甲を教唆して犯罪を実行させたといえる(①充足)。そして、教唆意思が認められ(②充足)、甲は宅地を売却するのはまずいと思い渋っていたことから、乙が働きかけを行わなければ横領行為を行わなかったといえる(③充足)。

(3)乙の行為に横領罪の教唆犯が成立。


第3 罪数

甲の行為につき、①横領罪、②詐欺罪、③横領罪が成立し、①~③は併合罪となる。

乙の行為につき、横領罪の教唆犯が成立する。


感想:刑法事例演習教材の27「欲深い店主」に似ていましたね。刑法事例演習教材は夏休みに自主ゼミでやっていたので、ラッキーという気持ちで解いていました。しかし、夏休みにやって以来放置していたので、ところどころ怪しい点はあります(特に横領後の横領、乙の共犯関係など)。罪数もあやしいです。要復習。。。


刑事訴訟法(2枚弱)

1, 本件公訴事実における「単独でまたはYと共謀の上」「甲市…又はその周辺」「手段不明の暴行」「外傷性脳傷害または何らかの障害により死亡させた」などの概括的な記載は刑事訴訟法256条3項に反しないか。

(1)刑事訴訟法256条3項は、公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならないとしている。公訴事実は被告人の防御の手がかりとなるものであるため、できる限り日時、場所、および方法をもって罪となるべき事実を特定する必要がある。

(2)訴因の明示においては、完全にすべての事実を特定する必要はなく、構成要件に該当する事実が示されているなど、少なくとも被告人の防御の対象を明らかにする必要がある。

(3)問題文の事情→本件について公訴事実を詳細に書くことは難しかったといえる。

(4) 公訴事実の記載を見てみると、「Aに対し、頭部等に暴行を加え…傷害を負わせ…何らかの傷害により死亡させた」と記載されているところ、これは傷害致死罪の構成要件を記載しただけであり、構成要件該当事実など被告人の防御に資する情報が記載されていない。したがって、本件公訴事実の記載は刑事訴訟法256条3項に反しているといえる。

2, また、本件においてXの傷害致死による起訴のもととなっている事実が共犯者とされるXの供述のみであるところ、このような共犯者の供述のみに基づいてXを起訴することが許されるか。

(1)共犯者の自白は、一般人の供述と異なり、引っ張り込みの危険が高く、信用性が低いといえる。たしかに、裁判官は共犯者の供述であることを加味して慎重に審理することができるものの、やはり共犯者の供述のみによって被告人を起訴することは適当ではないと考える。


感想:訴因の明示に関する出題でしたね。試験終了間際に、Xの傷害致死を基礎づける事実が共犯者であるYの供述しかないのにそれだけで起訴して良いのかと思い、共犯者の自白の論点を想起しながら書いてみましたが、あっているかわかりません。学部の授業の際に先生が共犯者による「引っ張りこみの危険」という言葉を用いていたのが印象的で、それについて書きましたが、訴因ではなく公判手続きの証拠のところでの話なので、この問題でこれを論じるのは違うような気もしてきています…。

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