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追悼・森村誠一/初めて知った大人の世界

ぼくが森村誠一の推理小説に出会ったのは、小学6年生のときでした。そう、世は角川ブームの真っ最中であり、まずは横溝正史の世界に誘われました。毎週土曜夜、『横溝正史シリーズ』を食い入るように観ていましたが、そこから半年後にスタートした『森村誠一シリーズ』に自動的に流れていくのは、極めて自然な流れでした。

シリーズ第一弾は、日本推理作家協会賞受賞作『腐蝕の構造』。原作を読んで第一話を待機しました。権力、謀略、愛憎。小学生には衝撃的な、ろくでもない大人たちが容赦ない生存バトルを繰り広げる、とんでもない世界でした(笑)ドラマのエンディングは、モノクロで撮られた空撮の国会議事堂で、そこに小椋佳の「心の襞」が流れるのですが、それがめちゃくちゃ「大人の世界」に見えて、そんなドラマを自発的に見ている自分自身の状態にドキドキしたものです。

しかも森村ミステリーは、現代社会をえぐる練り込まれたドラマでありながら、本格謎解きミステリーとしても読める。それは松本清張の社会派推理の正統な後継でありつつ、森村誠一独自のアップデートを施した、明らかに新しいミステリーの登場でした。(ということは後年知ったわけですが)
新しいトリックの創造にも情熱的で、乱歩賞受賞『高層の死角』の密室トリックや、まあよく考えたもんだと感心する『新幹線殺人事件』のアリバイトリックなど、当時としては最も本格推理を受け継いだ作家だったのではないでしょうか。叙述トリックの名作『捜査線上のアリア』にも、その文章・構成の巧さにびっくりしました。

逆に、本格としてはルール違反と言われかねない解決法を大胆に導入したのが『人間の証明』です。これは「本格推理は人間を描けるか?」という命題への、森村誠一のひとつの答えであり、挑戦状でもありました。そして「キスミー」は『砂の器』の「カメダケ」へのアンサーでもありますよね。
『人間の証明』の映像化作品としては、圧倒的に『森村誠一シリーズ』のテレビ版を支持します。原作に散りばめられたさまざまなテーマやモチーフが、全13話という長丁場を得て、早坂暁が原作を徹底的に掘り下げた大傑作です。詳しくは、全話解説等を書きましたので、そちらをご覧ください。

シリーズ第二弾の『暗黒流砂』は、ベッドシーンが多いという理由で親から視聴許可がおりなかったのですが(笑)、小6の子どもが闇多めの大人世界を覗くには、2作で十分すぎました。
しかし、殺伐とした大人の欲望世界だけではないのが森村ミステリーの魅力です。社会は悪と欲に満ちているが、良心や正義もまた存在することを信じて疑ってはいない。そんな読後感を必ず残してくれた(そうでない短編などもありますが笑)、それが森村文学だったと思います。森村ミステリーは、いろんな要素を詰め込んだ、極めて立体的で贅沢な小説なんですよね。

80年代以降は、時代の変化とともに作風も変わり、あまり読まなくなってしまったのですが、当時、角川文庫に収録されていた作品はほとんど読んでいましたし、何より強烈鮮烈な衝撃を与えられた文学として、現在もこれからも、私の脳細胞の一部として残る文学だと思います。
森村誠一氏、ありがとう。
もう、それしかありません。

今でも『腐蝕の構造』のエンディング曲「心の襞」、『人間の証明』の「さわがしい楽園」は、iPhoneに入れてときどき聴いています。

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