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『人間の証明』[各話解説]第四回

今回のオープニングは笠置シヅ子『東京ブギウギ』をバックに始まる。

相変わらず、ちょっとだけのカットなのに
本物の記録映像と見紛う画面の作り込み

少年・棟居が、闇市で粗悪な饅頭のようなものを盗むが、父親に発覚して厳しく叱られる…というミニドラマが展開する。

原作にも饅頭の場面がある。しかしそれは、父親が留守番の褒美に土産として買って来る、という設定だ。本作は、同じモチーフを使いながら、よりシビアに描いている。これは、戦後の厳しい世相を映像としてより鮮烈に描く意図に加えて、人間不信の塊のような棟居が唯一信頼出来る父親の人格が伺える場面であり、さらには、棟居が警察官になる原点とも取ることが出来るかもしれない。

そして場面は現代へ。誰にでも安価で手に入れられるようになった肉まんを、棟居が頬張っている。

本作は、エンディングに顕著なように、終戦直後と現代をダイレクトに比較する表現がしばしば用いられる。
そこには「ここまで復興し、豊かになった日本」と同時に、「まだ終わっていない戦争・戦後」「経済成長によってむしろ失われたもの」を匂わせている。現代社会に対して常に厳しい視線で描く森村文学の精神が、本作でも強く打ち出されている。

◾️お待ちかね、小山田武夫登場!!

郡陽平がちょうど愛人の美波(みわ)のマンションを訪れていたとき、電話が鳴る。

美波が経営するクラブのホステス・ナオミの夫と名乗る人物から「妻が帰宅しない」との問い合わせであった。
電話をかけてきたのは小山田武夫(岸部シロー)である。

原作における小山田は、森村文学お得意の《新しい章の冒頭に新たな人物として唐突に現れるパターン》で登場する。これを本作では、郡陽平が妾宅に立ち寄り、そこで美波が小山田からの電話を受ける…というように、オリジナルの相関図を活用した流れで展開させている。
原作では、「不倫の臭跡」という章の冒頭から15ページにわたって、妻の不倫を疑う様子が詳細に説明されている。(しかも、文枝が避妊リングを装着したことから不倫の確証を得るという、わりとドギツイ内容になっている)
そうした地の文として書かれたことを映像に転化する手法として、すでに視聴者に馴染みのあるクラブのママが問い合わせ電話を受ける、という側から入るのは、ひとつのアイデアだろう。
さらには、生きているナマの文枝(ナオミ)もすでに登場済みだし、恭平のクルマに轢かれる場面も描写されている。原作では小山田が新見とともに捜索を始めた後に轢かれる場面が配置されているが、映像の場合、時系列が混乱することを回避するため、起きた順番に構成し直したのではないだろうか。
小山田が病気のため働けず、文枝がクラブに働きに出ているという事情も、小山田の回想を使って手際よく説明される。
〈小山田・新見ライン〉に関するこの辺りの導入は、実に巧い再構成である。
そして、しょぼくれた表情でよれよれのコートを着た、ひょろっとした長身の岸部シローの演技が、何よりも状況を物語っていて秀逸である。誰がキャスティングしたのか分からないが、岸部シローが演じたことによって〈小山田・新見ライン〉の輪郭が際立つことになったのは間違いない。

小山田は銀座のクラブに赴き、美波ママに直接会って話を聞くことにする。
一方、恭平・路子は、大事にしていたクマのぬいぐるみが車内から消えていることき気づき、事故現場を確認しに行く。
この両者が、川崎・宮前町のバス停前で鉢合わせる。
これまで本作内で起きた偶然事象の数々からすれば、まだ「これなら多少あり得るかもしれない?」という交差ではある(笑)。

小山田はただバスを待っているだけだが、恭平・路子は、犯行発覚に直結する重大な遺留品を懸命に探している。その双方の温度差が楽しい場面でもある。
さらに、小山田が恭平の肩をポンと叩く。後ろめたい恭平がギョッとして振り返る。そのときの北公次と高沢順子の表情が笑える。

「あんな所にクルマ置いたら邪魔になりますよ」
長身で見下ろし気味、やんわり威圧的な感じも
小山田シローで大正解

雑な駐車を注意されただけだが、それによって熊の探索を切り上げることになったのは、恭平たちにとって大きな痛手であった。後日、この付近の草むらから、小山田・新見コンビがぬいぐるみを発見してしまうことになるわけだから。

■小山田、郡邸に現る

小山田の捜索はさらに続く。
なんと、いきなり郡邸に現われるのである。

文枝宛てに来た手紙の差出人住所を見ての訪問だった。小山田にたいした収穫は無かったが、ここはむしろ陽子の描写に比重が置かれている。
そう、第三回での多摩川での接触を思い出すのである。あのとき文枝と一緒にいた人物が夫なら、今訪ねて来ている男は誰なのか?…いや、多摩川の男は文枝の夫では無かったのか? あのとき逃げるように去って行った光景を思い出しながら、陽子は想像を巡らす。陽子のこころにまたひとつ、大人たちの汚れた現実が刻まれた。

小山田をいぶかしげに見る視線の演技は
岸本加世子の真骨頂

ちなみに陽子が文枝に宛てた手紙は、唐突に出てくる設定ではない。
深夜、陽子の寝室を見に来た陽平が、机の上の手紙を手に取る場面があり、その後、陽子がポストに投函するカットもインサートされる。短い描写の積み重ねなので、ぼんやり見ていると見過ごしそうな伏線だが、人物相関図の大改修パズルの整合性のために、細かい配慮を怠らない早坂脚本であった。

・・・その頃、棟居・横渡は、渋谷のビジネスマンホテルで有力な手掛かりを発見する。外国人向けの観光ガイドに載っていないホテルに、どうしてジョニーが宿泊したのか? 棟居は、宿泊記録に「R」の文字を見つける。

「R」とはリザーブ、つまり予約されていたことを示している。それは電話による予約で、声の主は日本人の女性だったという。すでにウィルシャーの墓参りまで目撃している視聴者は、それが八杉恭子であると、すぐにピンと来るだろう。
原作では、ジョニーが宿泊したホテルに郡陽平の後援会事務所があるという設定で、ホテル前で棟居が恭子とすれ違う場面もある。しかしここは、本作の処理の方が優れているような気がする。宿泊記録に糸口を見つけるところなど、元ホテルマンである森村の作品らしくもある。

■第四回まとめ
小山田シロー、初登場にして大活躍の回だった。小山田武夫は、他に長門裕之、國村準らの実力派が演じているが、私個人としてはシローが決定版である。単体としてのキャラクターだけでなく、新見=中丸忠雄との奇妙なバディ感や、恭平・路子の珍コンビとの対決ぶりも、悲壮感だけでない、どこかユーモラスな味わいがあって、私は大好きである。その辺についても、次回以降でしっかりと触れていこうと思う。
(第五回につづく)

今回の監督は黒澤組の助監督経験もある
大森健次郎


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