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『人間の証明』[各話解説]第七回

♪啼くな小鳩よ〜 心の妻よ〜
1947年のヒット曲「啼くな小鳩よ」。歌うのは前回の「憧れのハワイ航路」と同じ岡晴夫。終戦直後、近江俊郎、田端義男とともに「戦後三羽烏」と呼ばれた人気歌手である。メロディと歌声、ノイズ感のあるレコード音質が、当時を知らない私たちにも、戦後の空気を伝えてくる。
「啼くな小鳩よ」の歌詞の意味は明確には分からないが、戦争未亡人や、徴兵によって生き別れてしまった夫婦などをイメージしているのだろうか。いずれにしても、蒸発した妻の着物を食料と交換する棟居父子の場面にこの曲は、一層切なさが増す。

交換レートの渋い農夫を演じるのは橋本功

・・・さて。
今回は当然、第六回のラストに発生した交差ラッシュの続きからだ。
ダン安川と再会の挨拶を交わした恭子は、店内の棟居に気づき、軽い会話を交わす。

「僕らがこういうところで
酒飲んじゃダメですか?」
・・・安定の棟居(笑)

「ごゆっくり」とニコニコして引き下がる恭子だが、すぐに形相が変わる。

「刑事です。余計なことは喋らないで」
美波に釘を刺す

ふたたび目の前に現われた棟居が、恭子にどれだけの衝撃を与えたか、それは後の場面で分かることになる。
・・・そしてこの後、さらに混戦がエスカレートする!
小山田&新見が、ナオミ(文枝)にまとわりついていたというダン安川を、路地裏に連れ込んで問い詰めるのだ。そこそこ乱暴に。

文枝(ナオミ)捜索隊に捕えられるダン安川

もちろん濡れ衣なので、文枝捜索の手掛かりは一切得られないわけだが、実はこの場面、次の展開のためのステップであることがすぐに判明する。
さらに棟居までもが現れて、揉める3人を制止するのだ。

身に覚えのないことで
もみくちゃにされるダン安川

棟居は、警察手帳を見せて小山田&新見を退散させた後、ダン安川を喫茶店に連れ込んで尋問・・・と、どんどん話が予想外の方向へ転がっていく。
そして、ようやくここで、第一回の冒頭、来日する飛行機でジョニー・ヘイワードと隣席になった場面が回収される。
ダン安川が、ジョニーと同じ日に来日したことをすでに掴んでいる棟居は、ジョニーの写真を見せて「知らないか?」と聞く。

するとダン安川は、抜群の記憶力を発揮して、あっさり答える。
「Oh!覚えてます、この人」
そして、ジョニー来日当日の貴重な情報を思い出す。空港の公衆電話の前で、日本人女性たちに電話番号を調べて貰っているジョニーを見たというのだ。その女性たちは、布を巻いた棒のようなものを持っていたという。
ダン安川「ダイナマイト…」
棟居「ダイナマイト?!」
ダン安川「オホホ、ジョークです(笑)」
棟居には全くウケないダン安川のジョークであった。

■追いつめられる恭子
クラブ美波に棟居が現われたことにヤバさを感じた恭子は、半狂乱寸前の挙動で「もう美波とは切れて欲しい」「家族を守って欲しい」と陽平に懇願する。棟居という刑事が嗅ぎまわっていることも伝える。
もちろん、陽平は恭子の焦燥の本当の理由を知らない。「美波への嫉妬がちょっと爆発しちゃったかな?」くらいの認識だろう。恭子を夜の寝室に誘うことでなだめようとする陽平だったが、警察への圧力もお手の物であった。

■そしてジョニー事件捜査本部は・・・
棟居たちの捜査に、ダン安川の証言以外に2つの進展が発生する。
ひとつは、ニューヨーク市警から「ジョニーは日本のキスミーへ行くと言っていたらしい」という報告が入る。
キスミーは地名か?人名か?
そう、これもまた『砂の器』の“カメダ(亀嵩)”をすぐに思い出す。
『砂の器』の場合は、「山陰でもズーズー弁が使われている」→「山陰地方の地図で亀嵩を発見」→「被害者は島根県で巡査をしていた」というように展開していく。『人間の証明』では、西条八十の詩集、麦わら帽子の詩をきっかけに“霧積”に到達するわけだが、それはまだ先の回の話である。
ちなみに原作では、わりとあっさりと霧積に行き着いてしまう。ジョニーを羽田からビジネスホテルへ運んだタクシー運転手が名乗り出て、その車中に忘れていった詩集が手に入る。棟居はその中身をすぐにチェックして、あっという間に麦わら帽子と霧積を見つけてしまう。本作では、連続ドラマの長尺を利用して、霧積発見までのプロセスを丁寧に見せていく。

「キスミー」を探す棟居と横渡
…そう言えば稲葉義男は
『砂の器』でも刑事だった

そしてもうひとつの進展は、郡陽平サイドからの圧力だ。恭子の涙ながらの訴えが陽平を動かした。
棟居は那須警部に呼び出され、政治ゴロまで利用して郡・八杉周辺を調べるとは何事か、と強く注意される。
しかし棟居は、その政治的圧力を、「ちょっと突いただけで反応してきたな」と、むしろ喜ぶ。那須の警告は、棟居には全くの逆効果だった。
…それにしてもこの辺、陽平・恭子・安川周辺を交差させまくった結果、捜査の焦点がやや混乱気味な感じがしなくもない。

「ハッキリ言ってくれませんか」
「ハッキリ言っても始まらん」
「ボンヤリじゃ、もっと始まりませんよ」
「だから言ってるだろ、注意して洗えって」

■小山田&新見バディ、一夜を共にする

小山田と新見が、夜の東京をさまよう。
敵対する立場にありながら共闘することになった奇妙な関係の2人。糸口かと思われたダン安川のラインはたちまち絶たれ、文枝(ナオミ)が生きているのかどうかも分からず、先行きの見えない状況に途方に暮れる。哀感が漂う素晴らしい場面だ。

そして小山田は、新見を自宅に誘う。新見もそれを快く受ける。もうこの辺りになってくると、2人に対する視聴者の感情移入はかなり高まってくる。

「あなたと私がいて、肝心の文枝がいないなんて…」
文枝の服とタンス越しのアングルが良い

・・・そして翌朝。
そんな2人に思わぬ展開が待ち受けていた。
新見が、執念の現場捜索によって、血痕が付着したぬいぐるみを発見する。
このぬいぐるみ、原作では、小山田と初対面する前に、すでに新見が現場から収拾している設定になっている。それを小山田との共同作業に変更したのは、2人の共闘感がより深まる早坂暁のナイス・アイデアだ。

さあ、ここからは恭平到達まで一直線だ!

様々な展開要素が出揃って、物語は後半の追い詰めモードに向かって進んでいく。

■第七回まとめ
今回もオリジナル展開のオンパレードだった。
よく考えてみると、キスミーと血痕付きぬいぐるみ確保以外は、ほぼ原作に無い展開ばかりである。しかし、それが気にならないくらいオリジナル・ストーリーが面白く、あっという間に観終わってしまう。しかも、原作から大幅に変えてあるにも関わらず、登場人物たちのキャラクターが原作をしっかりと踏まえられているため、『人間の証明』を観ているという感覚は薄まらない。むしろ「原作もそうだったっけ?」と錯覚するくらいだ。原作を読み返すとき、どうしても本作のキャストのイメージで読んでしまうくらいだし、本作は、ある意味において原作以上の『人間の証明』なのだ。
(第八回につづく)

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