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『人間の証明』[各話解説]第六回

今回のオープニング戦後ミニ・エピソードは、1948年岡晴夫のヒット曲『憧れのハワイ航路』をバックに、アメリカ兵といちゃつく日本人娼婦が登場。

そうした風景を目にしたことが、女性への不信感の原因のひとつかもしれない…と、棟居のナレーション。
そのまま現代の張込み中の棟居にカットが移り、棟居の視線の先に八杉恭子が現われる。
あたかも女性不信で恭子を追っているようにも思える編集だが、実際、恭子が犯人と推定される明確な証拠があるわけではなく、棟居自身も那須警部から恭子周辺を調べる理由を聞かれて「勘です」と答えている。
とは言え、女性不信だけで追っているわけでもなく、事件当日にホテルに居たこと、香水の質問に反応したこと、犯行現場付近の目撃証言など、ふわっとした要素が、一応あるにはある。しかし、それらを上回って、やはり棟居の女性不信は強い。この辺りは、昨今のジェンダー論に抵触しそうな気もするが、後半における棟居の感情回復と、それに尽力した典子に免じて、ここは見逃して欲しい。

颯爽とクルマに乗り込む八杉恭子。サングラスをかけたところでストップモーション。このメイン・タイトルはカッコいい。(ヘッダー画像)

・・・さて今回は、とてもシンプルな構成で進行する。
小山田武夫による妻失踪の捜索
棟居&横渡による捜査
ほぼその2ラインが並行して描かれる。

小山田ラインは「亀マークのハイヤー」を手掛かりに、文枝の不倫相手に行きつくまでが丹念に描かれていく。
●文枝がハイヤーに乗車した雑司ヶ谷へ
  ↓
●雑司ヶ谷で連れ込み旅館「水明荘」を発見
  ↓
●文枝の情婦が置き忘れたビジネス本を入手
  ↓
●本に挟まっていた名刺から東邦企業・森戸を訪問
  ↓
●本の持ち主=新日本技研・新見を訪問

こうして遂に文枝の不倫相手を突き止めるわけだが、この一連の展開は、細部の会話のやり取りも含めて、わりと原作に忠実に描かれている。
一方、棟居&横渡の捜査は、完全に本作オリジナルである。
この2つが最後の場面で一気に合流する、という構成だ。

■原作の手順を丁寧に踏む〈小山田・新見〉ライン

配偶者の失踪を自力で捜索する・・・という展開と言えば、『ゼロの焦点』などの松本清張作品を思い出す。探偵や刑事ではない、ごく平凡な民間人が独自に捜索を進めて行くスタイルは、清張が定着させたと言っていいだろう。前回登場した言語学モチーフ同様、清張フォーマットを森村流に応用したストーリーラインだ。

まずは皮切りとなる「亀マークのハイヤー会社」で、文枝がいつも乗車していた場所が、雑司ヶ谷であったことを聞き出すことに成功する。この段階から、聞き込みの会話描写が、とても丁寧に描かれる。

雑司ヶ谷に到着してからも、通り掛かりの出前の青年を捕まえて「水明荘」の場所を教えてもらう(原作にもある細かい描写)など、一歩一歩進んでいく地道な聞き込みの末、遂に妻の逢引の場所「水明荘」に辿り着く。
小山田がつぶやく。
「とうとう見つけたぞ」
『ゼロの焦点』において、主人公・禎子が、写真に写った謎の民家を北陸の寒村で発見したときの、あの感じだ。

まさに原作のイメージ通り!!
渋る女中を小山田が押しまくる

「水明荘」の女中は、客の情報は漏らしたくないということもあるが、宿帳など無い連れ込み旅館では、そもそも客の本名も素性も分からない。それまでも粘りに粘って聞き込んで来た小山田は、渋る女中にグイグイ食い込む。
「小さい子どもが泣いてるんです」
そんな嘘八百も並べ立てて泣き落とす岸部シローの粘着っぽい演技が秀逸だ。そして、しつこい追求の結果、女中は男が忘れていった本(ドラッカー『経営者の条件』)があったことを思い出す。本自体には手掛かりは無かったが、ページに挟まれた一枚の名刺が、次の捜索の糸口となった。
東邦企業株式会社の森戸。会社の住所も刷り込まれている。

事情を知らずに新見の個人情報を
楽しそうにベラベラ喋りまくる森戸

東邦企業応接室に現われた森戸を演じるのは辻萬長(つじ・かずなが)。この時期、市川崑監督の横溝正史映画に刑事役としてレギュラー出演していたので、馴染みのある人も多いだろう。辻の飄々とした個性と、岸部の鬱々悶々とした小山田との温度差のあるやり取りが、けっこう楽しい。目的に到達するまでにあちこち振り回されるプロセスは、ともすると段取りっぽくなりそうだが、森戸の軽妙な語り口が飽きさせないのだ。
こうして、新見の基本的人物像が視聴者にも共有され、新見登場のためのお膳立ては固められた。

そしていよいよ新見が勤務する日本技研に突入するのだが、東邦企業といい、日本技研といい、いとも簡単に受付を突破してしまうところは、当時だから通用する場面だろう。
・・・それはともかく、小山田は、次々と現われる関門を「勧進帳」さながらに言葉巧みに通り抜け、新見雅弘との直接対決を実現する。

小山田と新見の初対面時のやり取りは、原作でも読み進めるのが楽しい場面だったが、本作でもそれは十二分に再現されている。
詰め寄る小山田。白を切る新見。証拠品(本)を突き付ける小山田。密会を認める新見。文枝を返せと迫る小山田。「ナオミとは1週間連絡が取れていない」という新見。互いの言い分を重ねていくうちに、文枝(ナオミ)が何かに巻き込まれて失踪しているのではないか?という疑惑を浮上させ、皮肉にも、小山田と新見の心理的距離感が急速に縮まっていく。

距離感が変化していく2人のやり取りは名場面

・・・ここでの脚本、演出、演技は、ほとんど完璧と言っていいだろう。原作の読者にとっては、まさに「原作のイメージ通り」である。
こうして、寝取られた男と寝取った男との、文枝(ナオミ)捜索を目的とした奇妙なバディ・ストーリーが展開し、本線(ジョニー事件)を食いそうな勢いで、シリーズ後半を盛り上げていく。

■棟居捜査ラインを動かす怪優・内田朝雄

本作における郡陽平周辺描写は、ほとんど早坂脚本のオリジナルである。
そして、そこに配置されたオリジナル人物たちは、愛人・美波(みわ)やダン安川に加えて、ここで登場する政治ゴロ・金沢もまた、強い印象を与えるキャラクターである。

内田朝雄は、本作のあとに同枠で放送された
『八つ墓村』でも癖のある弁護士を好演した

横渡が「大手新聞社が持ってない情報も持っている」と説明する金沢は、政界の裏情報に精通している人物だ。内田朝雄の存在風情そのものが、そうした設定を如実に体現していて、絶妙なキャスティングだ。
八杉恭子と郡陽平には、それぞれ戦後の同時期に謎の空白期間があり、そこに当時GIだったダン安川も関与していたらしい。現在、アメリカで大きな疑獄事件が浮上しており、その関係での助けを陽平に求めるために、ダン安川は来日した。ジョニーと同じ日(同じ便)で。
・・・という事実が、金沢から語られる。
その流れで「ダン安川に会おう」ということでクラブ美波に向かうのだが、そこで、これまでで最大の接触ラッシュが発生する!!

小山田と新見が
ナオミに接近していたダン安川を確認しに来店
ダン安川を観察しに来た棟居と金沢
客として遊びに来ているダン安川

・・・そして、美波ママを訪れた八杉恭子登場!!

全13話連続ドラマの折り返し地点に来た第六回、あらゆるラインの主要人物たちが一堂に集まる異常事態の顛末は、第七回に「つづく」となる。

■第六話まとめ

上記2ライン以外に、棟居がクラブ美波に潜入するための費用を立花典子に借りる場面もあった。午後3時になると銀行預金を引き出せないくだりや、「給料の半分は吹っ飛ぶ」という金額が5万円というところに、当時の世相が現われている。人事院の資料によると、1978年の公務員初任給は77,600円とあるから、棟居くらいだとそんなものだろうか。
郡・八杉夫妻を調べるにあたっては、当初、那須警部が制止したが、聞き入れようとしない棟居に折れ、慎重に行動するよう釘を刺す。そして、ベテランの横渡に、棟居が暴走しないよう監視役を頼み、微笑みながらこんなセリフを言う。

「俺も棟居も、刑事くらいしか能が無さそうだからね」

いつも合理的にテキパキと捜査本部を指揮してきた那須警部が、ちょっと違う一面を見せた場面であった。
(第七回につづく)

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