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『人間の証明』[各話解説]第五回

シープに乗ったアメリカ兵が、日本人の子どもにチョコレートを撒いている。バックに流れているのは、終戦後BGMの定番、並木路子の『リンゴの唄』。

ほんの数秒のためにこのロケ

そして場面は、棟居の住むバラックに転換するが、そこで少年棟居は、母親と間男の性行為を見てしまう。すぐにその場から離れ、米兵に貰ったと思われるチューインガムを黙ってしゃぶる姿が、何とも切ない。少年は、母親がこしらえた(おそらく男と寝ることで手に入れた)晩飯を蹴飛ばして、バラックを去る。

カットが変わって、横渡刑事と食事をする場面へ。
ここでの横渡との会話が印象的だ。

横渡「飯の食い方で分かるよ」
棟居「何が?」
横渡「年がさ。戦後のひもじい頃を知ってるかどうかがさ。はははは」

・・・さて。今回の目玉は3つある。
①銀座でスペシャル交差!
②「ゲランのミツコ」
③棟居VS恭子・初バトル

これらは全て早坂脚本オリジナル展開である。
では、ひとつずつ見ていこう。

◾️「ゲランのミツコ」

新たな目撃者(大和田獏)が現れる。
ジョニーが刺殺された時刻、現場付近を彼女とデート中、走り去る女性の人影を見たというのだ。

そこまでは原作通りだが、さらに本作オリジナルの要素がプラスされている。大和田獏と一緒にいた女性が、走り去った女性が付けていたと思われる香水の匂いを嗅ぎとっていた。
フランスの高級ブランドで、品名は「ミツコ」
なぜ早川脚本は、そんな小道具を登場させたのか? 最初は、単に犯人特定の手掛かりかと思っていたのだが、だいぶ後の回になって、そこに仕掛けられたある意味が分かることになる。(それはまた後述)

◾️銀座でスペシャル交差!!

ここまで、さまざまなオリジナル展開に慣れてきた視聴者の眠気を吹き飛ばす、スペシャルな交差が発生する。
まず準備段階として、銀座の2カ所に登場人物たちが集まる。
ひとつは、棟居と典子がデートの待ち合わせをする喫茶店。
今回は、なかなか良い雰囲気である。

・・・ところが。
棟居がその甘いムードを瞬時にぶち壊す。「香水の店に行きたい」と言い出し、注文したコーヒーをキャンセルして、慌ただしく店を出るのだ。
香水店では、典子へのプレゼントかのように装って、ゲランのミツコの匂いを嗅ぐ。

「私、ダシに使われたのね(笑)」
と笑う典子の心の広さよ

もうひとつはクラブ美波(みわ)。
小山田が再度聞き込みに来ているところに、恭平に偵察を頼まれた路子が現れる。

「ナオミさんに誘われて来た」と言ってるのを聞いた小山田が、路子を問い詰める。もちろんナオミの知り合いなんて出まかせだから、路子は追究を回避するためにクラブを飛び出す。追う小山田。そしてその2人が、追っかけっこの末、棟居たちのいる香水店に乱入して来るのである。

どこか取って付けたような香水店…
何が起きているのか…?
「交差の交差」に混乱しそうになる

棟居が刑事根性を発揮して小山田を押さえつけている隙に、路子は逃げ去ってしまう。
スペシャルな大集合状態は、現地集合・即現地解散的にすぐ終わってしまうが、もちろんこれは、ずっと後の展開のための仕込みである。

◾️棟居VS恭子・初バトル

第五回にして、ようやく棟居と恭子が直接対話をする。
しかし、棟居が言うように「初対面」ではない。ジョニー事件当日、ホテルで開催されていた恭子のデモンストレーション会場のドアを棟居が開けてしまい、その時、恭子と一瞬目が合っていたのである。

前年に公開された角川映画版も、似たような展開になっている。岡田茉莉子演じる八杉恭子はファッションデザイナーであり、事件の日、ロイヤルホテルの大会場で(長すぎると評判の笑)ファッションショーを開催していた。事件後には、刑事の尋問を受るカットが挿入される。
そして本作では、恭子は華道家に設定されており、やはり事件当日、ロイヤルホテルで生花のデモンストレーションを行なっている。
しかし、この「事件当日、恭子もロイヤルホテルにいた」という設定は、原作には無い。映画版やドラマ版の印象から、そういうものだと思いがちだが、全くのオリジナルなのである。
それにしても、映画とドラマ、どちらも同じような改変を行ってるのは、偶然なのだろうか? 早坂暁ほどの脚本の名手が、わりと目立つ改変を映画版から拝借したりするだろうか?
この符合、私は両者に関連性は無いと考える。
なぜか?

まず、以前にも書いたように、原作通りの展開だと、単純に八杉恭子の登場が遅くなるという点。
時間的余裕のある本作では、事件当日にホテルに居た約2000人から「アメリカに関係している日本人の中年女性」をあたるという手順を踏んで、八杉恭子との面会に辿り着く。
それから、原作における棟居と恭子の最初の接点は、ロイヤルホテルではなく、郡陽平後援会事務所があり、ジョニーが宿泊したホテル(東京ビジネスマンホテル、本作におけるニュー・ワシントンホテル)であるが、「ビジネスホテルより、ロイヤルホテルの方が華やかでいいだろう」という連想が湧いてもおかしくない。

さらに、映画版ではファッションデザイナーという設定を活かしたド派手なショーを見せられるし、本作では「オリジナル交差の場」として活用することが出来る。現に、陽子も現場に居合わせているくらいである。

ともあれ、棟居と恭子の初バトルは、恭子が知らぬ存ぜぬで押し通した形だが、「アメリカ人の黒人」「ゲランのミツコ」といったキーワードに微妙に反応しているのを、棟居は見逃さなかった。
恭子がタバコに火をつける場面があるが、ライターを扱う手元がふらふらしていて、明らかに動揺を抑えている。その辺の細かい演技も抜かりのない、名優・高峰三枝子であった。

◾️地味に原作に忠実な文枝捜索

以上のように、今回もまた、いつも以上に派手なオリジナル展開が炸裂したわけだが、逆に原作の展開やイメージに忠実な場面もある。
路子を逃して終電で地元に着いた小山田は、夕方には見掛けなかった深夜の道路工事に遭遇する。その作業員から、文枝らしき人物を降ろしたという、亀マークのハイヤーの存在を聞き出す。

以降、不倫相手の新見に行きつくまでのプロセスは、かなり原作に近い。大胆に再構成された早坂脚本ではあるが、要所要所で、原作を読んだときに想像した場面が、かなり忠実に再現されている。ずっと後半に出て来る、霧積温泉の場面などもそうだ。ストーリーの肝になる部分、特に改変の必要がない(あるいは改変が困難な)場面は、ちょっとしたセリフの変更などの最小限の微調整に留めている。結果、複雑怪奇な構成改造が行われているにも関わらず、私たちは、ちゃんと「森村誠一の人間の証明」を観ているという感覚から、決して逸れていくことが無いのだ。

◾️第五回まとめ

上記では触れなかったが、今回、小山田が2度目の郡邸訪問をし、恭子とも面会している。そんな具合に、小山田の文枝捜索は、オリジナル交差による手間ばかり掛かったわりに、何ひとつ収穫は得られなかったが、遂に本線である「亀マークのハイヤー」に到達した。と言うことは、次回には、もみ上げがキュートなあの紳士に会えるということだ。
反面、ジョニー事件の捜査はあまり進展がなく、〈小山田・新見ライン〉の影に隠れてしまってる感がある。原作では「西条八十詩集」の中にストウハ(麦わら帽子)とキスミー(霧積)を発見し、長野県霧積温泉へと向かうわけだが、まだまだ全13話の半分にも到達してないわけだから、引き続きオリジナル展開が詰め込まれていく予感しかしない。
(第六回につづく)

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