1*銀紙*セルフカバーズ*2枚分の物語+5757


  水曜日の朝

 カフェオレを三杯飲んだら眠れなくなって、部屋のかたづけを始めた。自分の部屋は自分の頭の中なんだそうだ。だとしたら、もうちょっとすっきりさせたい。いろんなものをごちゃごちゃと片隅に追いやっているこの部屋が、あたしの頭の中なら。
 いらいらするのは、いらいら脳になっているからだそうで、あたしの頭の中はいらいら脳が真ん中にあって、そのまわりにごちゃごちゃしたものが散らかっているのだ。たぶん。
 部屋のごちゃごちゃの正体を確認していく。おみやげでもらったボールペン(キティちゃんが、夏みかんの『かぶりもの』をしている)、雑誌のふろくの薄いピンクのポーチ。かちかちに固まったマンゴー色のマニキュア。チェブラーシカのタオル。三足で千円の水玉の靴下。プリクラの機械から出てきた付けまつ毛。以下略。
 確認してばかりでは、ちっともかたづかないことに気づく午前三時二十四分。ぜんぜん眠くならない。とりあえず、ごちゃごちゃをカゴに入れていくことに決める。 
 四時をまわると、どっからか夏の朝の匂いがしてきた。ひょろひょろの勇気が生えてきそうで迷惑な、ひんやりと湿った匂い。このまま眠れないのかな。また馬鹿のひとつ覚えみたいに、制服着て自転車乗って学校に行くのかな。また、なにかを我慢するのかな。
 卵焼きの匂いで目が覚めた。いつのまにか寝ていたらしい。めっちゃ汗をかいている。
「みんなー、起きてー」
 おかあさんが台所から大声をあげる。弟がトイレの水を流して、廊下をみしみしと歩いて階段を降りていく。洗面所から水の音と、おとうさんが奥歯をみがいて、おえっとなっている声が聞こえる。あたしは目をつぶったまま、起き上がるかどうか迷っている。

えんぴつを持ったまま眠る 気がつくとノートに線が一センチ五ミリ     杉山理紀


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