SHINJUKU Morning

夏。真夏。7月か8月の、夜明け前。10年前か15年か20年前の。
蘇る、リキッドルームのスモークの匂い。

真夜中に汗をかいた肌は明け方の効きすぎた冷房で冷やされ、
足元に落ちたフライヤーを踏みつけながら長い長い階段を降りていくあいだに、また表面のベタつきを取り戻す。
なのに末端は冷えたまま。
夏の朝の容赦ない日差しに照らされて気だるい体を引きずるように歩く。

無言で店じまいの支度をする男。朝がきたことに気づいていないみたいにいつまでも明るさを振りまく店。反対方向へ開店準備の為に急ぐ足。

少し前を歩くTシャツの見覚えのあるロゴ。誰かの友達。いや、さっきのトイレの列で目の前にあった背中だったかもしれない。

地べたに座り込んでいる派手なシャツの丸い体。道の端のほうで静かにゴミをつついているカラス。気にしないふりをして足元に目をやると、夜のあいだにいつの間にか汚れている靴。

今日は帰る、と車道を横切って駅まで向かう人に大げさに手を振って、
本当は眠いのに、よせばいいのに、決して美しいとは言えない列を作って左へ曲がる、およそ10本位の男女の足。
ぼんやりと帰り道を嫌う足。

他人の気配で賑わう夜の街にはいつまでも馴染めないけれど、無口なこの東京の朝の瞬間は私達のものかもしれない。酔いは醒めている。

一同はこのあと朝食と共にくだらないお喋りを繰り返し、3時間後に再びこの通りを、大勢の人と車が行き交う賑やかな通りを歩くとき、また世界に排除されるだろう。

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