窓から眺める春の光

もどかしい日々が続いている。今この状況で何をすればいいのかよくわからない。するべきことはなるべく家にいること、ただそれだけなのはわかっているけれど。3月のはじめに子供たちの休校がはじまり、いつもの生活が緩やかに崩壊されていった。友人と先の見えない約束を交わし、怯えながらそれでも働けるうちはなるべく働いた。生きる糧にしていたライブの予定は次々と無くなって、4月に入って職場にもついに休業要請が入り、完全なるインドア生活がはじまった。長い子育て期間がひと段落ついてやっと手に入れた自分の為の大事な空間が目の前から忽然と消えていくのをただ見ているだけのような感覚。支援したいところは数えきれないほどあるけれど、同じように家でじっとしている家族のことを考えると自分だけがいつまでも吞気にお金を使うわけにはいかない気がする。未来が不安で何もできずに時間だけがどんどん過ぎていく。家にいるのにどこにも居場所のないこの感じは、まだ子供が小さかった頃の半径1メートル以内でしか行動できなかった時期に味わった閉鎖感と本当によく似ている。

そんな時にラジオの選曲の依頼があった。全国のラジオ番組を制作しているJFNの『Simple Style-オヒルノオト-』という番組の20分程度の音楽コーナーで、昨年12月にも2週にわたり選曲を担当していたので今回が2度目。Simple Styleは地方で放送されている番組で、前回依頼を頂いた時に試しにradikoのプレミアム登録で聴いてみたらジングルに大好きなHOMESHAKEの曲が使われていたり、選曲コーナーやゲストの人選が自分の好みに合っていたのですっかり気に入って、それ以降も休みの日にはよく聴いている。このタイミングで在宅で出来る仕事、しかもコロナの影響で一瞬にして社会的に弱い立場となってしまった音楽のメディアに少しでも関われることが心からありがたかった。

しかし不安にじわじわと蝕まれていく生活の中にいると新しい音楽を自ら探る気にもなかなかなれず、実のところ以前のように心から音楽を楽しめない気分が続いていた。選曲テーマはどうしようかな……と悩んでいた時にたまたま他のラジオ番組で「今こそ聴きたい音楽」というような特集をやっていたので試しに少し流してみたものの、元気出そう!楽しもう!盛り上がろうぜ!と言わんばかりのポジティブで耳にうるさい曲が畳み掛けるように流れてきて、途端に気が滅入ってしまった。世の中が嘘くさく感じて前を向けないのは自分のせいだとわかっている。だったら今の私はどんな曲を聴きたいのだろうか。そこから1週目のテーマを思いついた。


4月10日 選曲テーマ 「憂鬱と向き合う穏やかな昼下がり」

前回の時も感じたことだけれど改めて自分のライブラリを見つめ返すと、なんとまあ長くて暗い曲を好んで集めてきたことか。とてもお昼時の20分程度のコーナー向きではないものばかり。それでも縛りがあるからこそやりがいがあり、いろんなパターンを組み立てる作業はとても楽しい。Eマークを避けながら、新しいものよりも口ずさめるような懐かしい曲のほうが安心するかもなあとか、テンポは緩めの気分かなあなどと延々悩みつつ、曲の流れを考えてスムーズにコメントに入れそうな曲を最後に持ってきたり、全部を男性ボーカルで埋め尽くさないようにという意識を頭の片隅に置いておく程度にはジェンダーバランスにも一応気を付けている。自分の答えを見つけるような作業は捗ると本当に楽しい。先日ひょんなことから出会った寺尾紗穂さんの曲を選びたくて、買ったばかりの素晴らしいアルバム『北へ向かう』からの曲をいくつか合わせてみたけれどなんだかうまくいかず、過去曲から「迷う」をチョイスしてみるとシンプルな音と歌詞の余韻もあってすっきりと纏まってくれた。放送時にパーソナリティの山本真由美さんが選曲の意を汲んだコメントを最後に残してくださったことも、家でじっとしている身としてはいつも以上に嬉しかった。

1週目のテーマがわりとすんなり決まったせいか、2週目はぼんやりしたままなかなか定まらなかった。2月に亡くなったアンディ・ウェザーオール関連の曲をかけたいという気持ちだけは強く、本当はまだ生きていた昨年12月の選曲の時にだって選ぼうとしていたくらいだ(そう、いつも心にウェザーオールはいる)。しかしご存知の通り彼の曲はクラブ・トラックが中心でもちろん昼向きではないし、選曲の目安にしている1曲最長5分のリミットを楽に超えてしまう。携わったリミックス業などでもっと短い曲はないものかと探していると突然、大好きな「Smokebelch Ⅱ(Beatless Mix)」が意外と短いことに気がついた。盲点だった。そこではじめて、本当に好きな曲ほど長さを意外と覚えていないものだとわかった。さらに言えば曲の長さと満足度は必ずしも比例するわけではない、とも。初期の思い入れの強い曲で、お昼に聴いてもきっと心地よいという条件を充分に満たした音をあっさり発見できた興奮のあまり、まるで導かれるように2週目のテーマが沸き上がってきた。ああ、本業の音楽ライターさんはもっと要領がよくて、こんなにあれこれ考えたりせず仕事の合間にさらっと気の利いた選曲をするんだろうな……と暇人特有の無駄なことを一瞬考えて落ち込んだりもしたけど、ええい、こちとら人より要領が悪くても人より時間はあるんだぞ!と躍起になり、様々な曲を繋げては聴き、繋げては聴きを繰り返し、時間をかけて曲順を決めた。


4月17日 選曲テーマ「窓から眺める春の光」

このテーマの最後にスーパーカーの曲を選んだのは「SmokebelchⅡ」の後ろに置いてみて音の雰囲気を壊さなかったことと、それ以外にもうひとつの理由がある。正しいソースが見つからなかったので今回の選曲キャプションには載せなかったけれど「Recreation」という曲は確かバンドの近しいスタッフか誰かに子供が産まれたことを祝って作られたと当時のインタビュー記事で読んだ覚えがある。この曲が収録されている『Answer』というアルバムが発売された2004年のちょうど今頃の私のお腹の中には生まれる前の長男がいて、音の美しさと温かい春の陽射しに未来を重ねながら何度も聴いた季節の記憶が残っていた。そして久しぶりにこの曲を耳にした途端にある人のことを思い出した。前回の選曲の際に私に直接依頼してくれた番組の制作担当の女性の方だった。無名で未熟な私を見つけてくださったうえに、放送直後に「今月いっぱいで産休に入るので後任の方に大久保さんの連絡先を伝えておきたい」とメールを貰い、おかげで今回もまたこのコーナーに関わることができた。今頃どうしているだろう。無事にご出産されただろうか。ただでさえ落ち着かない生活の中で、生まれたばかりの赤ちゃんがいるご家庭は外の景色をどんな気持ちで眺めているのだろうか……と想像したらいたたまれなくなり、どうしてもこの曲を今ラジオで流したくなった。

「SmokebelchⅡ」は「アンディ・ウェザーオールよ永遠に」という記事にも書いたようにセカンド・サマー・オブ・ラブのレクイエムのような捉え方をされた曲なので、いつまでもウェザーオールの死を引きずって落ち込んでいた自分の気持ちに別れを告げるために追悼の意を込めて、そして新しく生まれた命へどうか優しい光が射すようにという小さな願いを込めて「Recreation」へ繋げてみたけれど、そんな思いなどは知らなくてもこの2曲は本当にいつ聴いても素敵な曲なのです。当日はドキドキしながらリアルタイムで放送を聴いていたら「Smokebelch Ⅱ」のあたりでちょうど朝から曇っていた空がぱっと晴れ渡り、窓からリビングに差し込んだ淡い光があまりにも綺麗で、おかげでその日の午後はほんの少しだけ穏やかに一日を過ごせた。テレワーク中の友人達が一緒にラジオを聴いて反応してくれたことも今しかできない特別な時間に思えた。

取るに足らない胸の内を今わざわざ書き綴ろうとした訳は、そもそもラジオの依頼はこのnoteがきっかけだったから。私がいつもの悪い癖でつい自虐的に「なんの役にも立たないことをやってるんですけど……」と説明した時に、担当の方に「そんなことないです!そのおかげで今回私が見つけられたんですから!」と言われた言葉がずっと心に残っていたから。居場所がなければ自分で作ること。まず何かできることを探してやってみること。ミニコミ魂の基本を私は時々忘れてしまう。

既に放送は終了しているけれど、選曲する際に候補に挙がったいくつかの曲などを追加したプレイリストをAppleMusicにて作成しました。なんせ暇なので。心が。
憂鬱はまだ暫く続きそうですが、同じようにお暇な方も、そうでない方も、もし気が向いたら聴いてみてください。

【憂鬱と向き合う穏やかな昼下がり】

https://music.apple.com/jp/playlist/%E6%86%82%E9%AC%B1%E3%81%A8%E5%90%91%E3%81%8D%E5%90%88%E3%81%86%E7%A9%8F%E3%82%84%E3%81%8B%E3%81%AA%E6%98%BC%E4%B8%8B%E3%81%8C%E3%82%8A/pl.u-yZyVVjmuW3L1X2

【窓から眺める春の光】

https://music.apple.com/jp/playlist/%E7%AA%93%E3%81%8B%E3%82%89%E7%9C%BA%E3%82%81%E3%82%8B%E6%98%A5%E3%81%AE%E5%85%89/pl.u-zPyLLJLTdDVq5B







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