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“sweet memories”

あと2時間半で23歳になる。
私の居場所は、東京の端っこの7畳のワンルームのベッドの上だけ。
ううん、本当の居場所なんてどこにもないのかも。
羽毛布団をすっぽり被った即席の居場所で、将来を悲観して泣いてる。

正月休みは今日で明けて、ドアの向こうで単調さが私を見てる。
ハレとケ、クソみたいな概念だ。
みんな当たり前のような顔で出勤しやがって。
20年以上サラリーマンやってたら、あんな風に狂っちゃうんだ。可哀想に!

とっくに病気になった臓器に、食物を注ぎ込まれ続ける、もう、全部終わりにしたいのに。

会社の人はみな善良で、親戚の仲は良い。
会いたいと連絡をくれる友人が数人いて、
週1、2日を一緒に過ごす男の子がいる。
お金にも特段困ってない。
満たされてるはずなのに、救いがないのはどうして?

12月31日は、男の子の家に泊まって、畳の部屋、昼過ぎまで二人で寝てた。
いつの間にか彼の腕の中で安心感を抱く自分に気づいて、最悪だと思った。
彼は、すぐに布団からはみ出す私を、
どうしていつも逃げちゃうの?あったかいとこおいで
と引き寄せる。

大掃除を手伝わされて、
早く帰らせてよ!!と言いつつ、結局夜まで彼の家にいた。
陽が傾いて、外は暖かった。
イオンまで買い物に行って、一緒に出したこたつに収まって一匹150円のエビとすき焼きを頬張った。
大きかったエビは、魚焼きグリルで焼くと縮んで丸くなって、口の中ですぐに溶けてしまった。


夜は群馬の祖母の大きい家に帰り、紅白を横目に、叔母や従兄妹たちとバカみたいに酒を飲んで、
年明けのハグをして、従妹の肩に噛み付いて、寝室に連行された。
何も悪いことがない、2022年で一番好きな日だった。


1月3日、東京の親戚のマンションを出て、最寄りからの暗くなった道で、悲観に襲われた。
池袋で乗り換えた時から兆候はあった。精神的な通り魔。鬱は私の頭に鞭を打って、考えろと言う。麻痺させ続けられると思うなよ、考えろ、って。
あの道、最寄りからの道、もう嫌だな。
夜暗い気持ちで歩くことが多かったから、思い出すと嫌な気持ちになる。
あと1年したら引っ越しちゃおうか。

なぜかうまく生きられないなぁ。
人の多い場所に顔を出すといやでも実感する。
元旦、祖母宅に13人集まった。
昼間からの酒のせいで宙に浮く会話
痩せた?と聞いた途端やつれた顔をして、
「そうなの…今回結構ヤバくて。みんなにはバレないように必死で隠してるのよ…」心配されたがる母
年に数回しか会えない2、3歳児たちの信頼を勝ち取ることに燃やされる競争心、大声で笑うノイズ、ノイズ、ノイズ
一人で二階の部屋に上がって布団を被り、この精神疲労が一時的なものであることを願った。昼の光が差し込み、アイボリーのシーツは懐かしい香りがした。
同時に、この人の多さと無意味さに耐えられない人間が、幸せになれるはずがない。そう思って、どうしようもなく悲しくなった。

ああ、幸せへの方途が見えない。
適当に結婚して、子どもを育てればいいのかな?人が嫌いなのに増やしてどうするの、愛してくれる旦那さんを見つけても、彼が死んだら結局また一人だ。
助けてよ、誰か教えてくれない?

明るく楽しんでいる人と一緒に過ごすと、鬱になっちゃう。
今日は映画に助けを求めようとしたけど、胸がざわついて集中できなかった。ああ、あの人から連絡が来ればいいのに。

久々に文章書いてると、刻々と過ぎていく時間の流れの渦中においては、幸せを幸せと認識できないことに気がつく。
旅行は楽しいけど、それは思い出が美しいからだ。
現実に理想の補正をかけて、”sweet memories”のフォルダに永遠に保管する。たまに取り出して眺めて、より強度な補正を掛ける。それを繰り返し、次第にぼやけていく。
私たちは、「幸せ」だったと想起できる思い出を、少しでも多く脳に刻むために生きているのかな。
脳内の素敵なフォルダは、誰の目に留まることもなく、私が死んだら消えてしまうのに。
過ぎ去ってからでないと何も幸せと認識できない。
幸せがあとから来る限り、救われないのかな。
記憶の中に閉じ込められたら幸せなのかな。

観覧車 回れよ回れ 思い出は 君には一日 我には一生

中学の時、便覧か何かで見かけた短歌をふと思い出す。
刹那の中に永遠を見てしまうのは、この人も同じなのか。

助けてほしい。アルコールでも葉っぱでも、全部飛ばして楽しくなっちゃいたい。

ああ、去年の誕生日は絶賛パニック卒論徹夜地獄だったなぁ。
こんな誕生日、この人と過ごすのも嫌だって不貞寝してたら、元彼がケンタッキーと名入れケーキ買ってきてくれたんだった。今日カメラロール漁るまで忘れてたけど。偉いなぁ

こんな文章書いてたら、もうすぐ誕生日が来る。
よくわかんない焦燥感に胸の中を乱される

小学校の時に流行ったプロフィール帳
何歳で結婚したい?の質問に、いつも23歳って書いてた。

あの頃思っていたような大人にはなりきれていない。
ああ、今年はどんな一年になるかな

22歳ほど、浮き沈みの激しい歳はなかった。
岸辺から遠く離れた大海原、真っ暗な水中を必死で足で蹴って水面に顔を出すと燦々と照る太陽と青い空はフリーズするほど綺麗で、でも溺れてる状況には変わりはない、そんな一年。
ボートが近くにあったかもしれないし、本当は浅瀬だったかもしれない。
状況に踊らされていると思っているときは、大抵自分の選択だ。

1月4日の0時。彼からの連絡は来なかった。ちょっと期待してたのになぁ。

来年の誕生日は、誰か一緒にいてくれる人がいるといいな。どうせ仕事だけどね。

同期の男の子から、ヘーイ愛しのももちゃん誕生日おめでとう🎉ってLINEが来た。誕生日LINEをくれる男の子を増やすかぁ、今年の目標(笑)


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