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眠らぬ街の金曜日

普段は美術予備校で学生講師のアルバイトをしているが、単発バイトもたまにしている。


単発バイトは、職場体験のように様々な業種を体験できて面白い。


倉庫の作業や運送会社の仕分けなどの物流系をやることが多かったけれど、こないだは初めて飲食店で働いてみた。


飲食店は未経験可というところがそもそも少ない。

やっとスケジュールと合うところがあったが、それが東京駅近く、金曜日の夜の居酒屋だった。


初めてなのに。



そうして人生で初めての「いらっしゃいませ」を発する事になった。


キッチンの仕事だったが、洗い場はお客さんとの距離が近く、油断すれば水しぶきがお客さんに飛んでしまうくらいの距離だった。


「会計お願いします」

「5人なんですけど、いけますか」

と話しかけられることもあった。不思議な気持ちだった。



目の前のお客さんの目は、私を店員として見ている。

そうか、どんなに初めてとはいえ、ユニフォームを着てお店に立っていれば、お客さんからすると普通に「店員」なのか。そりゃそうだ。などと思う。


「すみません、満席なんです」

という声が何度も聞こえる。

店は話し声で充満し、絶えず食べ終わった食器が運ばれてきては山になった。


グラスを大量に洗う横でベテランの男性従業員の方が大きな焼酎の瓶を
「これ、直しとって」と言った。

故郷の方言だ、と思ったがそんな話をする暇はあるわけがない。


その人はまるで庭の植木鉢に水やりをするかのように、太いホースでジョッキにお酒を噴射している。

(ここでどうでもいい情報。
ちなみに我々、日本画科の人達は予備校で「ジョッキは花器」だと思って育っている。そう言えばジョッキはお酒を注ぐ物だ。ジョッキに花を生ける事は本来不自然なのだ)



賑やかな夜が更けていく。

4時間半にわたって、都心の金曜夜、常に満席ピークの居酒屋の食器を洗い続けた。

「食器が足りない......頑張って」
と言われ、とにかく必死で洗い続けた。


これは間違いなく明日筋肉痛だ。


盛大なやらかしもしてしまった。

それでも美味しそうな料理の匂いに励まされながら頑張った。


小さい頃、祖父が寿司屋をしていた事もあってか、居酒屋の雰囲気はどこか懐かしいような気もした。

長崎の田舎町で暮らしていた頃の自分には想像もつかなかっただろう。
こんな風に東京のど真ん中でバイトをしているなど。
未だに実感が湧かない。


「夜更かししていい金曜日」
そんな歌があった、
懐かしい。


街は眠らない。

自分にとっては非日常の経験、でも誰かにとってはごく普通の日常。

これは取材として、そのうち何かになればいいな、などと思った。

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