無題のプレゼンテーション__1_

ウサギになりたい亀、あるいは僕たちの夜明けの話

 本気のウサギに亀は追いつけない。亀はどんなにがんばってもウサギが寝るのを待ってることしか出来ないし、ウサギが本気で、そして真剣ならそれも無駄な話。だから亀はウサギになろうと足掻くしかない。そんな話を今回はちょっと感傷的に、そして遠くを見ながらしていきたいと思う。

『ウサギと亀』の世界は待てど暮らせどやってこない。

熱気球競技の世界は究極的に煮詰まってきた全速力で未来へ向かって走っている。それは祭の前のあわただしい夜のようだ。

 2世パイロットが世界の舞台に登場してもう10年が経った。世代交代の波が押し寄せているだけのように見えるが、その流れはとても複雑だ。アメリカのシンプルな‘’個人的’’組織戦が一定の成果を残した前半に対して後半の流れはとにかく激しい。藤田雄大やレット=ハートシル、ドミニク=ベアフォードといった2世パイロットが続けて優勝したという事実だけでは表現しきれないと僕は思う。

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 CIAロガーが始めて導入されたブラジルで藤田が個人の圧倒的なポテンシャルだけで押し切った2年後、ハートシルがデータ活用やオペレーションを徹底した結果、Ave800ptsを超えて佐賀の地で優勝。親子という絶対的な信頼関係を基礎に、ニック=ドナーやジョニー=ペトレンが築き上げたアメリカの ’’個人的’’組織戦を完成させた。ここで’’個人的’’と書いたのには訳があるのだけれども、それはあとで書くことにする。そしてそこから2年の間で、「地上に安全に降りる技術を競う」という従来の競技的本質を守ってきた世界選手権は、舞台が欧州に移ったことでそのあり方が一変した。ロガータスクの解釈が一定の集積を見せ、ロガータスクの組み合わせが複雑になり、競技の中で戦略性(飛ぶ前のプランニング)が従来より大きく問われることになったんだ。17年プレワールドでそれは顕著に現れた。翌年のパイロットアンケートで大きな反発が出たため18年世界選手権ではフィジカルマークが多用される結果にはなったものの、このフィジカルマークを使いつつも戦略面を大きく問う傾向は世界選手権でも欧州の競技会でも未だ支配的だ。
 
 その大きなうねりの中で世界を驚かせたのがスイスナショナルチームだった。スイスはエース、シュテファン=ゼベリを中心にゾンデを活用し、徹底した組織戦を展開したことで大きな結果を残し、現在に至っては世界の舞台でアメリカ勢よりスイス勢の方が存在感が強い。ではなぜ同じ組織戦でもアメリカよりスイスなのか?それはたしかに、シュテファン=ゼベリやロマン=フギといった名パイロットがいることが重要ではあるのだが、何よりもフライトに関与する役割をもった人材が地上にいることの方がより大きなポイントとして挙げられる。アメリカのような個人的な能力や経験に頼った判断ではなく、徹底したデータと戦略性に裏打ちされた判断がそうした人とパイロットとの間で組織的になされ、全員が完璧にその判断に従うことでこの結果を残した。(と僕は推測している)

 このスイスの挑戦は世界選手権を地上から眺めていた僕に大きな衝撃を与えた。フライトだけじゃない。スイスは毎フライトごとに会場で地上責任者(と思しき人)を中心に全体でミーティングをしていた。その徹底した組織としての姿は、組織戦といえるはずもない共通無線をしていた日本チームにどう映っただろうか…。

組織戦はここに収斂した。個人を超えた。凡人がたどり着ける終着地点は間違いなくそこにある。そう確信した瞬間だった。

 と、ここまで一人の2世パイロットを除いて日本人のポジティブな話は全く出てこない。オーストリアでの日本の惨敗ぶりは見ての通りなのだが、それはまるでいつまで経ってもウサギに追いついた幻想を抱いているだけでウサギに追いつけずにいる亀のようで、現実では組織の完成したスイスだけじゃなく組織の曲がり角に来ているはずのアメリカにすら置いてけぼりにされてしまっている。真剣なウサギは随分先に行ってしまった。そんな組織としての危機感を彼らは僕たちのなかに植え付けた。それくらい18年世界選手権はショッキングな大会だった。

 その18年世界選手権でのスイスの夢はドミニク=ベアフォードというたった一人の天才のどうしようもない才能によって打ち砕かれてしまうのだが、だからといって僕たちはどう努力してもあの天才にはなれない。かといって指をくわえて眺めているわけにもいかない。それくらい危機感はある。

 だから真剣なウサギ、スイスのフレームワークをやってみる。凡人なら凡人なりにまずは組織戦の真似事を始めてみるしかない。天才にはなれないけど、頑張れば真剣なウサギにはなれるし、ずっと先を行く本気で走っている真剣なウサギに追いつける。そう信じている。いつまで経っても亀の自覚がない亀をやってたらいよいよ終わりだ。ウサギと亀の世界は待てど暮らせど、いつまで経ってもやってこないんだから。

だから僕らは前へ進む。ウサギになるんだ。

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ウサギになりたい亀、ウサギと自分を見つめる。

 スイスがやってきたこと、それはとても明確だ。具体的には前述した通りなのだが、あえて抽象的に語ることにする。それは「組織としての普遍性」の追求。「いつでも」「誰でも」できること。組織で一番重要なことだ。普遍的な作業、フレームワークで結果を得られるチームは強い。ニックやジョニーじゃなくても、シュテファンやロマンじゃなくても勝てるチームがつまるところ最強だ。もちろんそのチームには気象を見る力や戦略を作る力が求められるが、それはパイロットの能力だけに拠らないフレームワークとしての力だ。だから僕たちもとりあえずやってみた。ジュニアチームで。
 
 若い世代なんて経験も知見も浅いんだから、人材はもちろん不足している。だけれど気象を日本で一番見れる(と信じている)サカエダはいるし、一緒に戦略を考えてくれるしんぺーだっているし、鉄砲玉の(つまるところよくやらかす)かなたもいる。地上には競技を楽しいと思ってくれているまことふるかわのパイロット二人がいるしそれぞれチェイスには信頼の置けるチーフがいるので実験ウサギになるにはいいチームだ。
 
 亀の甲羅を持ったまさに鵺状態のチームではあるが、すこしだけウサギってなんなのかが見えた僕たちの実験は始まった。少しだけでもウサギが見えたら僕たちはやるしかないんだし、結局のところ結果が出なくてもシステムを信じて辛抱し続けるしかない。

 ウサギになれると信じている亀が果たしてウサギになれるかは別にして、ウサギになれると信じt亀だけがウサギになれるんだから、僕たちは信じてやるしかない。

ウサギへのイメージがつかめた亀、やってみる。

 大会前、僕はとりあえずチームを組んだ。メンツを揃えた。そしてウサギって何かを考えた。考えた結果できたものを試すことにした。そして本番、僕たちはウサギの真似事を必死でやった。徹底してやった。大会中、一部できなかったフレームワークやパイロット個人の技術的な改善点はあったけど、概ねみんなよくルールを守ってよく戦った。結果として僕と河田は別にチームを組んでた藤田・上田ペアの後ろには食い込めた。うん百時間飛んでいるパイロットたちの前に並べたんだ。技術は間違いなく僕や河田の方が劣っているにもかかわらず、だ。

 初めてグランプリに出たサカエダも1000ptsとれたし(3日目ちゃんとフレームワークをこなしていたらもっと上にいけただろうに…)、かなただってえっと…その…うん、技術的な反省点はいっぱい出てきた。つまるところ藤田・上田ペアもしかり、僕たちの突きつけたこの結果が示しているように、’’これらのパイロット’’が勝ったのではなく、’’このチーム’’が勝ったんだ。それくらい気持ちのいい勝ちっぷりだし、それでも個人戦にこだわる意味は全くといっていいほど見出せない。だから「優勝してないから’’勝った’’っていう表現はおかしい」とか言う戯言を受け付けるつもりは毛頭ない。
 
 ただ、今回は競技設定がチームで補えるレベルの戦略性が勝負を分ける構成だったからこそここまで来れたことを僕たちは覚えておかないといけないし、ここが気象条件の違うヨーロッパで、そしてもっと技術勝負の展開になっていたら結果は違っていたと思う。戦略的補強のできるチームを少しは作れたが、技術的補強のできるチームは全くといっていいほど出来ていない。だから早いうちに技術的惨敗を僕たち若手チームは経験しなければいけない。

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本気のウサギは随分遠い。走ろう。

 フライトの中での具体的な判断やタスクごとの理解は次回に回すとして、今回はフレームワークのお話までにしておこうと思う。ウサギがなにをしているのかは見えた。後はウサギになる努力を真剣にするだけ。追いつく試行錯誤を全力でするだけ。僕たち亀は、甲羅すら無くなってない段階だけどね。でも目指すのはだいぶ先を行くウサギに出来るだけ早く追いつくことだし、そしてジュニアだけじゃない日本人全員が世界の舞台でトップ10に入ることだ。そのためにやはり大事なことは

「お互いを信じ抜くこと」
「上手くいかなくてもやり切ること」
「徹底的に反省すること」


この三つに他ならない。これはひとつのフライト、ひとつの大会に限った話ではない。5年10年のスパンで信じて我慢してやり切るんだ。目先の結果だけにとらわれては亀もウサギにはなれない。スロベニアでも、トルコでもきっとまだウサギの尻尾はつかめてないだろうしウサギはウサギでこれからも真剣に走り続けるだろう。世界も常に未来に向かって走っていくだろう。だから僕たち亀はまずウサギになってそして全速力で進んでいく世界に向かって本気で走っていかなければいけない。

 もっと飛ぼう。もっと考えよう。もっと歩み寄ろう。もっと信じよう。

そこにはとんでもない真剣さが必要だけど、やったヤツだけが本気のウサギになれる。やったヤツだけが世界の先っちょを見ることができる。
 
だからなろう、ウサギに。僕たちの夜明けは重くて明るい。




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