トマム滞在記(Ⅵ)

 北海道山中での服役が始まって明日で1週間ほどになるが、周りの人間の要領良さに圧倒されている。皆タスクの処理が早い。短期間でこうも仕事に最低限必要なコツや感覚を掌握できるものなのか、と客観的になっている僕は少数派で、異常らしい。大抵の人間が仕事ぶりをほめられている中、例えば労働中にリーダーにふと声を掛けられ出向くと、仕事の欠陥を10個ほど指摘される。僕の場合、仕事の中でAの修正を命令されると今度はBがおろそかになり、Bを指摘されるとCが駄目になる。加えて、仕事中に突然「このタスクの進捗は今どういう風になってますか」と訊かれると、思考が一瞬フリーズし、散逸し、回収に人一倍の時間がかかってしまう。僕の脳は例外処理をプログラムに組み込むのが苦手らしい!そうしてあいまいな態度を見せてしまうので、「この人は仕事をしっかりしていないな」という判断をされる。それが相手の表情や言動、行動でわかってしまう瞬間は本当に辛いのだ。せめて露骨に見せつけてくるのを止めてくれ。そもそも髪の毛一本の落ち度も看過されないような職への適性が僕にあるわけがないのだ。と、そう簡単に言うが、齢21になってこうも周りより能力が劣っているということは、これまでの僕の積み重ねてきた人生のどこかに取り返しのつかない欠陥があるのではないか。心当たりは当然ある。過度に労働を毛嫌いしていたこと、社交性がもともとなかったり、タスク管理がうまく出来ない生来の性格を軽視し、放置してきたこと。ご存じだろうか、人々は堕落を嫌うが、いざ堕落すると焦燥感の深奥に快感を携えるようになる。その時、人間は滅びる。この感覚は新型コロナが猛威を振るう中、ニュースやSNSなどを見ておらず状況の深刻さに鈍感だった半年くらい前の僕が、マスクをつけ忘れたまま地下鉄鶴舞線に乗り込んだあの時の緊張感に似ている。たとえ過失にせよ、自分は反社会的行動に移ってしまったのだ、という恐怖や緊張感の奥底に、微々たる快感、得体のしれぬ快楽があった。ひょっとすると、犯罪はこういう感覚を種に起こることもあるのではないか。名駅でノーマスクウォーキングを催していた連中はこの恐るべき種の餌食になってしまったのではないか、とすら思う。こういう感覚に対して今から武装しておく必要がある。社会は獣だ。侮ってかかると食い殺される。それ以前に、よく生きたいというのは人間の根源的な思想であり、目的であるはずだ。僕は性善説を振りかざすわけではないが、孟子の思想は尊重している……。
 いやいや、ノーマスクウォーキングは彼らの馬鹿げた思想によって引き起こされた社会への挑発であって、一方の僕はあくまで誠実な気持ちで仕事を遂行しようとしていることに留意されたい。僕はまだそういう快感に溺れている気はしないし、まずその感覚の存在をちゃんと把握し、心の準備をしているので、まだましだと思いたい。それにしても、釈迦は瞑想の最中に頭をもたげる余計な思考を「悪魔」といって忌み嫌ったというが、釈迦に難しかったことがどうして僕に簡単なはずがあろう。何より不思議なのは、皆それを平気な顔で行っていることだ。彼らは、とうやら労働の最中は労働のことしか考えていないらしい。もっと言えば、清掃の最中は清掃のことしか考えていないし、点検の最中は点検のことしか考えていない。なるほど、こういう人間たちが社会の多数派ならば僕はもう首でもくくるしかない!勝てるわけがないのだ、こういう連中に。例えば、掃除中にふと頭の中にメロディーが流れだすと、しばらくは脳がそのメロディーに酔ってしまう。不可抗力みたいなものだ。いくら集中を自分に言い聞かせても、湧いてくる思考を抑えるのはなかなか難しい。ここにまとめる文章のアイデアだってそうだ!とにかく社会のために自分を統御するのが苦手過ぎる。ここがソビエト連邦だったら、冗談抜きで、本当に僕は今首をくくっているだろう。それも政府の手によって。だから先日も話したが、強制的に頭の中でEverything is Fineを流したり、Youtubeでかつて見たスターリン政権下のソ連大粛清に関するドキュメンタリーを放映したりして、自分を鼓舞している。脳内のメモリが多少占拠されるのに変わりはないが、労働に対する緊張感と義務感が増長するだけまだいいのかもしれない。

 そうはいっても、今の状況を改善するためのヒントらしきものは一応把握している。『死の家の記録』(最近この本ばかり持ち出してくるな、それくらい僕は今この本に飢えているのだ。自分の置かれた状況に照らし合わせても。)の第二の書き手、ゴリャンチコフの人間観察能力には目を見張るものがある。彼は貴族出身である。貴族が罪を犯し、一切の権利を剥奪されて収容所に送られるとなると、凄まじい敵意をもって囚人たちに出迎えられるらしい。これも農奴制という悪魔の仕込んだ一つの運命だ。こういう環境の中で、ゴリャンチコフは完全に孤立することなく、10年間の徒刑のうちに収容所内部の人間の性格を鋭い直感で探る。当然、ゴリャンチコフの背後には収容所に4年間閉じ込められていたドストエフスキーを想像しなくてはならない。「何より辛いのは一人の時間が取れないこと、人間には一人の時間が衣食住と同じくらい書くことのできないものなのだ」みたいな手紙を兄ミハイル宛てに送っていたというが、実際のところここで出会ってきた人間が大きなヒントになり、彼はそれを発酵させ、後期五大作品への準備を着々と進めることができたのではないか。僕はそう考えている。僕は決して作家になりたいわけではないけれど、彼の経験を見ているといくら辛い労働環境でも、社交性は保っておいたほうがいいのかもしれないし、得るものもあるかもしれない、という気になってくる。

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