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アデュカヌマブから学ぶFDAの承認プロセスと投資タイミング

先日、FDAへの申請資料でFDAがアデュカヌマブについて好意的な文章があったことから、Biogenの株価が約40%、エーザイも20%ぐらい急騰しました。ただ、ルールを知っている人であれば、このタイミングで入ることはとても怖いことも理解しています。今回の記事では、FDAの承認プロセスについても振り返ってみたいと思います。

アドコムとは

先日アデュカヌマブについて議論されたのはAdvisory Committee(アドコム)は医薬品の開発・評価に関する科学的・技術的な事項について、
FDA に対して助言や勧告を行う独立した組織です。分野によっていくつかあり、アデュカヌマブの場合はPeripheral and Central Nervous System Drugs Advisory Committeeということで末梢および中枢神経系の疾患を扱うところでした。メンバーは医師のみならず、統計家や患者を含めた一般の人も含まれます。FDA 内の医系審査官がしばらく臨床から離れていることから、専門領域の臨床医の最新の意見を聞くといった目的もあります。また重要なことですが、アドコムでは助言や勧告が行われるものの、最終判断・決定
は FDA が行う
ことになっています。

つまり、アドコムの結果が微妙な場合は最終判断がひっくり返ることもあるんです。ですので、少なくともアドコムで圧倒的に勝てるような判定が出てから投資するのが、特に今回のような微妙な結果の薬剤を扱っている会社へ投資する時の基本姿勢と考えています。

ぼくの会社でもアドコムで賛成多数で承認勧告がだされたものの、FDAからはCRL (complete response letter, 承認しないときに出すもの)を会社が受け取ったと発表し、びっくりした経験があります。

ちなみにこのアドコムには会社側が提出する資料とFDA側が提出する資料があります。日本の当局(PMDA)とFDAの大きな大きな違いとしては、FDAはデータを会社に提出させるのみならず、FDAが独自にデータの解析および解釈を実施します。ここは日本ではマンパワー的にも能力的にも不可能ですね。面白いことに同じ臨床試験でも会社側とFDA側で解析方法が異なり、少しだけデータの値が異なることなんかもあります。

アデュカヌマブのアドコムの結果

Biogen/エーザイが開発していたアルツハイマー治療薬アデュカヌマブ(aducanumab)のAdvisory Committee(アドコム)が終了しましたね。

結果はニュースの通りで、 10–0 (10 no; 0 yes; 1 uncertain)と惨敗でした。

先ほど、最終判断・決定はFDAが行うことを書きましたが、ここまで一方的な結果ですと、FDAが判定をひっくり返す可能性はゼロに近いと思います。

このアデュカヌマブはやや複雑な経緯でFDAの承認申請がされていますので、その経緯から振り返ってみたいと思います。

アデュカヌマブの開発経緯

アデュカヌマブはNeurimmuneという会社で発見され、Biogenが開発をしていたβ-アミロイド(Aβ)を標的とした抗体医薬です。ご存じの方も多いかと思いますが、アルツハイマー型認知症の患者さんの脳にはAβが蓄積しており、これがアルツハイマー型認知症の原因という仮説があります(Aβ仮説)。ポイントは仮説段階ということで、確かにAβは脳内に蓄積しているが、これが認知症の原因なのか、またはこれを取り除けば認知症が改善するのか、またどの段階(初期、後期)でAβを除くことができれば有効性を示すのか、ということがわかっていませんでした。

アデュカヌマブは他のAβに対する抗体やBACE阻害薬という低分子薬と比べて脳内からAβの重合化を抑制する作用が強く、Aβ仮説を証明するための期待の星でした。臨床試験の最終段階Phase3試験では、2つのプログラム(ENGAGE, EMERGE)が実施されました。結果としては、2019年の3月にBiogenはアデュカヌマブの開発を中止すると発表しました。有効性を示すことができなかったからです。

その後、追加解析をしてみると、EMERGE試験の高用量群でのみ解析すると、プラセボ群と比べて、有意な認知機能の低下抑制が認められた!という発表があり、なんとFDAに申請することになりました。

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ぼくは今までEMERGEとENGAGEでは患者背景が違うから特定の患者背景を用いたEMERGEでかつ高用量なら効いたという論理展開と思っていたのですが、面白いことにEMERGEとENGAGEでは患者の選択基準が全く一緒でした。

ニュースでは、FDAは好意的な見解をアドコムの資料に記載したと書いていますが、FDAの提示スライドでは、以下のような記載もあります。ニュースを鵜呑みにしないで1次情報も取りに行くべきですね。

It's not like we have one strong study in isolation (私たちは独立した一つのエビデンスの強い試験だけを見てるわけじゃないよ)
We have an equally-sized and identically designed study 301 that directly contradicts 302, 301 high dose is numerically worse than placebo, p=.825(私たちは301(ENGAGE)試験を見ると、同じサイズで同じデザインの試験だが、数値的にはプラセボよりも悪くなっているp=.825)

Aβ仮説はまだ続く

実は、BiogenはまだAβ仮説を捨てていません。今回のアデュカヌマブは残念な結果となりそうですが、バックアップの抗アミロイド抗体としてBAN2401という抗体を持っています。Phase2試験の結果では、有意差をもって臨床症状の悪化抑制と脳内アミロイドベータ蓄積の減少が認められたとのプレスリリースがエーザイからも出ています。Biogen/エーザイ連合はまだまだ諦めていないと思います。

なお、PfizerやLillyなどのメガファーマはこのアルツハイマー型認知症の分野ではすでに開発を完全に終了しています。一般的にはハイリスクで成功確率が低いため、もっと他のtherapeutic area(癌など)へ投資をした方が一般的にはリターンが大きいと考えられます。Biogen/エーザイはハイリスク、ハイリターンのこの分野へ積極的に投資をしている唯一の企業と思って良いと思います。

他のアルツハイマー型認知症治療薬は?

では、最後にアルツハイマー型認知症でAβ仮説以外にもないのか、ということについて少しふれさせていただきたいと思います。

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