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RNAiのメインプレイヤー Alnylamとはどんな会社か

はじめに

先日、RNAi (RNA interference; RNA干渉)の概要についてnoteを投稿させていただきました。

今回は、そのRNAi技術を用いる会社の中でもメインプレイヤーとして知られているAlnylam(アルナイラム)について書きたいと思います。

まずは、簡単にRNAiについて復習しましょう。

RNAiとは標的遺伝子と同じ配列を持つ2本鎖RNA (siRNA)を細胞内に入れることで、標的となるmRNAを分解し、その機能を抑制する手法です。

RNAiの詳しい説明は、下記のAlnylamの動画をご覧下さい。

我々生命体(ここの生命体にはウィルスを除きます)はDNA(遺伝情報)からmRNAが転写され、mRNAの情報に従って、タンパク質が作られます(翻訳)。

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これまでの低分子医薬や抗体医薬を用いた創薬はすべてこの最終産物であるタンパク質を標的にしていました。タンパク質は一つ一つ3次元構造が異なり、それにピタッとくっつき阻害または活性化する低分子化合物や抗体を見つける必要があります。その候補化合物の有効性と安全性を検証するためには多くのプロセスがあります。つまり、この遺伝子の働きを阻害/活性化すると、この病気が治療できるという標的遺伝子がわかっていても、その阻害薬/活性化薬を作るのに10-20年とか長い長い期間がかかってきたわけです。未だに原因遺伝子がわかっていてもその治療法のない疾患も多くあります。

RNAiは、タンパク質ではなくmRNAが標的なので、標的遺伝子の配列がわかっていれば(今ではすぐに調べられます)、あとはルーチンの方法でそのmRNAを分解するRNAiを作成することが可能です。

また、Alnylam, Arrowheadなどごく一部の会社しかRNAi医薬が創薬をしていない(できない)理由としては、これらの数社でRNAiに関する多くの特許を押さえていることにあります。
したがって、メガファーマがこの遺伝子を抑制するRNAi医薬を作りたい場合は、AlnylamやArrowhead, Dicernaなどとアライアンスを組む必要があります。この特許で守られている点がどの会社でも作成できる低分子医薬、抗体医薬と異なる部分です。投資という観点でいうと、この特許がAlnylamのmoat(堀)と言えるでしょう。

会社概要

Alnylamは2002年に創業し、以来RNAi医薬の創薬に特化した会社として暗黒時代も乗り越えてきました。本社はマサチューセッツ州のケンブリッジにあります。
先日のnoteにも書きましたが、当初のRNAi創薬のプレイヤーはAlnylamとSirnaという2社でしたが、SirnaはアメリカのメガファーマであるMerckに買収されましたが、MerckはRNAi医薬を諦め、安値でSirnaの部門はAlnylamが買い取っています。
Alnylamの名前の由来はオリオン座の中心星であるAlnilam(アルニラム)に由来しており、何千年も前から航海者に利用され、発見への情熱を象徴として命名したようです(か、かっこいい…)。

社員数は2019年のAnnual Reportでは1350名となっており、バイオベンチャーというよりは、日本の中堅の会社ぐらいの規模と言えます。日本を含め19の国で活動をしており、日本語のHPもあります。

これまでに2018, 2019, 2020年と各1製剤を上市しており、着実に薬を上市する実績ができていますし、このあと紹介しますが、パイプラインも豊富かつ他社とのアライアンスも多くあります。

財務諸表はYahoo Financeからピックアップしました。

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こちらに見られるように、売上高は順調に伸びており、こちらは新薬が貢献しています。一方で財務的にはしばらく赤字が続きますが、2023年頃に黒字化ができるだろうと予想されています。
その他のバリュエーションとしては、時価総額は$15.6B(株価 $134@28-Dec-2020)でPSR 57.3、PBR 9.0、2019年の売上成長率YoYで193%となっています。

新薬

先に述べた通り、2002年創業でRNAi一筋で研究開発を実施してきたわけですが、第一号の薬剤であるpatisiran (ONPATTRO)の発売は2018年と約20年弱の研究の成果がようやく花開きました。patisiranは家族性アミロイドポリニューロパチーという希少疾患が適応症となっており、アメリカ、EU、カナダ、日本、スイス、ブラジル、イスラエルで発売されています。

2019年に発売されたgivosiran(GIVLAARI)は急性ポルフィリン症という難病指定疾患の薬剤として発売されました。さらに、2020年にlumasiran (OXLUMO)を原発性高シュウ酸尿症Ⅰ型という疾患の治療薬として発売しています。このように、まずは遺伝子疾患としての希少疾患を対象に上市を成功させています。希少疾病は新しいモダリティを試す時にはよく使用されます。小さな臨床試験で承認までこぎつけることができることが一つの理由と言われます。このように短期間で次々と新薬を創出している理由というのは、技術のプラットフォームがしっかりしてくると、あとは疾患に関連する遺伝子に対するRNAiを作ることがこれまでの創薬手法よりも簡便であることが挙げられます。今後もかなりのスピードかつ成功確率で新薬の創出が期待されます。

さらに生活習慣病への第一弾としてinclisiran (Leqvio)がEUの承認を得ました。しかし、残念なことにFDAの承認は工場のinspectionの関係で延期となっています。ただし、有効性、安全性についてはお墨付きをもらっていますので、FDAからの承認も近いと考えてもよいと思います。

少し、inclisiranについてお話をしたいと思います。
この薬は、PCSK9というLDLコレステロール代謝に関連する遺伝子を標的としています。LDLを下げる薬剤としては、スタチンという薬剤が有名なのですが、スタチンでも目標のLDL値に達しない場合かつ心血管疾患を有するようなハイリスクの患者さんを対象とし、LDLコレステロール値を40-50 mg/dLと健常人の半分ぐらいの値にし、血管のプラークの退縮を目指す薬です。
PCSK9阻害薬としては、AmgenのレパーサとRegeneron/Sanofiのプラルエントという薬剤がありますが、日本でも1カ月で5万円程度と高額な抗体医薬です。グローバルでは対象患者が5000万人と大きな市場であることから発売当時は非常に大きな売上が期待されたものの、注射製剤が循環器内科医にとって馴染みがないこと、薬価のため8割の患者さんが処方を拒否すること、そもそも保険償還できないケースが多いことなどが売上の伸び悩みにつながっていると言われています。
一方で、inclisiranは初回の投与の後は3カ月後、6か月後と投与し、その後は6カ月おきに皮下投与するということで、注射の指導なしでも病院で使用できます。まるでワクチンのようにLDLをコントロールするイメージです。さらにRNAi医薬は原価が圧倒的に安いため、抗体医薬よりも安い価格で発売されることが見込まれています。Inclisiranは$9.7bnという高値でNovartisが買い、開発をしているのですが、その買収価格からも期待が感じられます。大規模な臨床試験(心血管アウトカム試験)であるORION-4も実施されることになっています。
このようにまずは希少疾患からはじまったAlnylamのRNAiは脂質異常症や今後は高血圧薬などの患者さんの多い生活習慣病領域まで進出が予定されています。

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パイプライン

2021年以降もpatisiran (ONPATTRO)の皮下投与で簡便にした改良版であるVutrisiranの承認申請を予定しています。この薬剤は、静脈投与であったPatisiranと比べ皮下投与と投与経路も簡便化されており、心筋症など、大きなマーケットについての治験を実施しています。また中外製薬が非常に成功を収めている血友病領域でFitusiranをSanofiと共同開発しています。血友病領域は中外製薬のヘムライブラがすでにブロックバスター(売上$10B以上)を達成しており、希少疾患ではありますが、非常に大きなマーケットと言えます。共同開発しているSanofiは昨年バイオベラティブを買収し血友病領域を強化しており、Fitusiranの大型新薬化を目指すには良いパートナーと言えます。またVIRと共同研究しているB型肝炎治療薬など、大型化が期待されている新薬が揃っています。

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将来のRNAi医薬の可能性

まだ前臨床(動物レベル)の段階が多いのですが、RNAi医薬の老舗メーカーとしてAlnylamの技術的な進歩には目を見張るものがあります。
現在のパイプラインの薬剤は主に肝臓の遺伝子をターゲットにしたものがほとんどですが、これはN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)という糖鎖をRNAに結合させたものを用いているからです。GalNAcは肝臓の受容体で取り込まれ、RNAiが肝細胞で起こります。
将来的には、RNAiを色々な臓器に選択的運ぶ技術が競合他社との差別化につながりますが、Alnylamは肝臓の他にCNS(中枢神経)と眼科領域でRegeneronと共同研究を、肺に対するものとしてVIRと共同研究をしています。個人的には、CNSはアルツハイマー、パーキンソン病、ALSなど、unmet medical needsの高い領域なので、なんとかRNAi医薬でブレイクスルーがでないかな、と期待するところです。また、非常にチャレンジングな取り組みですが、RNAiを経口化する技術も有しており動物レベルでは経口でもRNAiがきちんと起こることを報告しています。

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まとめ

やや熱い文章になっていると思いますが、実際に製薬業界にいるぼくにとってもRNAiはそこまで大きなマーケットではなくニッチな創薬モダリティなのでは、という思い込みがありました。
ちょうどModernaとBioNTechのCOIVD-19ワクチンEUAが達成され、それぞれの株を利確した直後に見た文章がきっかけで次のネタとしてRNAiについても調べてみたことがきっかけとなりました。

この文章では、COVID-19のmRNAがワクチンが実用化され、またAlnylamが複数のRNAi医薬を上市させたことで、一般市民、医療関係者、そして投資家もこのRNAのテクノロジーについて受け入れる体制ができたのではないか、と書かれておりじっくり調べてみることとしました。
その結果、Alnylamをはじめとする2, 3のバイオベンチャーが非常に良いポジションにいることが実感できました。
Alnylamを投資という目線で見るとPSRは高めですが、この将来性を考えると、Science drivenのメガファーマ、例えばRocheやMerckなんかはこの会社ごと買収する可能性すらあるのではないかと妄想してしまいます。
ある程度の時価総額となっており、テンバガー狙いとはなりませんが、CRISPRなどの新しいモダリティーと比較しても上市の確度が高く、かつ今後も伸びる分野として、RNAiについて書かせていただきました。

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それでは、今回の記事はここまでにしたいと思います。
次の記事も他の企業分析をしたいと考えています。乞うご期待!

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