見出し画像

おろし納豆

人の話や考えをきくのが好きだ。好きな本のジャンルには確実にエッセイが入るし、新聞にある「声」みたいな部分も。そのなかでも、「スーパーにあるお客様の声」コーナーを読むのが好きだ。もちろん厳しい意見や言いたいだけの文句もあるが、基本的には感謝やあたたかい要望が多く、ふと足をとめて読むことがある。

自分が読むだけではなく、私自身も書いたことがあり、つい先日その2回目を投稿した。1度目は小学生、多分2年生か3年生のときだと思う。納豆ごはんが朝ごはんの定番だった我が家で、私はおろし納豆が大好きだった。タレの中にちょっとだけ大根おろしのようなものが混ざっているそれに私は魅了されていた。ただ、近所のスーパーからある日突然姿を消した。

その日だけ偶然なかったのかと思っていたがしばらくおろし納豆を見ることはなく、悲しかったのを覚えている。そこで私が手にしたのが「お客様の声」の紙だ。拙い文章と文字で、おろし納豆がなくなったのが悲しいです、また置いてほしいです。のようなことを書いた気がする。お店の人に読んでもらえるといいね、また置いてもらえるといいね、なんて話しながら母とスーパーを後にした。
数日後、我が家に電話がかかってきた。スーパーの店長からだった。あの紙を書いてくれたことに関する感謝と、お店でも検討します、といった趣旨のことを言ってもらった。自分が話したことがお店の人に届くなんて思っていなくて、ほくほくとした気持ちになった。その後おろし納豆が店に並んだかどうかは記憶が定かではないのだが当時の私はそのことよりも、自分の声が店に届いたことがうれしかった。書いて良かった、と思った。

そしてそれから約20年後、私はまた書くこととなる。

毎週日曜日、徒歩圏内にあるスーパーを2軒はしごしているのだが、1軒目で買った卵を高確率で割ってしまう。ぐしゃぐしゃにはならないものの、ゆでたまごを作っていてぴらぴらと白身が殻の隙間から漏れ出てくるくらいには傷がついている。その日もいつものようにエコバッグいっぱいに買い物をしていた。割れを懸念した私は2軒目のスーパーのセルフレジコーナーにて1軒目の卵を一度避けておいた。2軒目で買ったものも詰め終わって最後に卵をそっと1番上に置く。これなら割れない、家に着くまでは歩いて5分程度。ゆっくり運べば大丈夫だな。そう思ってエコバッグを背負った途端。
イヤホン越しにも聞こえるくらい、ぐしゃん、という鈍い音が私の右後ろ、というか足元で聞こえた。そっと音のしたほうを見る。やはりそうだ。6個入りの卵パックから白身が漏れているのがハッキリと確認できる。バッと顔をあげて、セルフレジコーナーにいる店員さんのほうをみる。私と同世代くらいの店員さんがすぐに寄ってきてくれた。「すぐに新しいものをお持ちしますね!」と言ってくれる店員さんに私はアーアーという小さい声を出しながら「これ、他のみせで、買ったもので…」、後からきてくれた店員さんにも同じことを伝える。他店で買ったものなのに、こちらで処分しますよ!と言ってくれる店員さんに、ありがとうございます、ありがとうございます。と伝える。ひとりの店員さんは床を拭いてくれ、もうひとりの店員さんが「まだ使えるかもしれないから!」とひとつずつ確認してくれた。結果、これはいける!と言うのがふたつ、ギリギリのものがひとつあったが、「これは今日食べればいける!」と背中を押してくれて、結局6個いりの卵は3個生き残った。残りの3個は殻もぐしゃぐしゃになっていたので、泣く泣くお店で処分してもらった。生き残った3個は、小さい袋にひとつひとつ丁寧に包んでくれ、「今日食べれば」の卵はその袋の口を結んでくれた。申し訳なさと同じくらい、ありがたさを抱えたまま、スーパーをあとにする。店員さんの優しさを無下にしないために、小さな袋みっつを手に持って運ぶ。おかげでそれ以上割れずに済み、そしてそれらはゆで卵になった。

翌日、買い忘れたものがあったので、仕事終わりに再度同じスーパーにいく。あの感謝をどうにか伝えたくて、20年ぶりに「お客様の声」を書くコーナーを探す。その日の出来事を書き、最後に「ゆで卵をつくれました!」と書き、スーパーをあとにした。その店員さんがパートなのか正社員なのかアルバイトなのかわからないが、何かしらの形でとどけばいいなと思った。

その数日後、仕事中に知らない番号から電話がきた。なんだろう、ガスの営業かな。疑問に思いながら出ると、スーパーの店長だった。人生で2度目、「スーパーの店長と話す」イベント。こちらのモチベーションにもなります、本人にも伝えます。という言葉付き。書いてよかったととても思った。



ちなみにおろし納豆は今でもヘビーユーザーだ。今日も買って帰ろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?