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花物語 巻ノ三・フクジュソウ

立春に咲く黄金色の花園

お正月の花にして春の妖精

お正月に飾る花、植物として思い浮かぶのは、松・竹・梅、南天、千両。いずれも縁起物。洋花ならシンビジウム。草花なら菊とハボタン。といったところか。あとひとつ、縁起物でかつ草花として、福寿草、フクジュソウがある。輝くばかりの黄金色はいかにもおめでたい。別名、元日草。

同時期に咲く山野草にセツブンソウと雪割草(オオミスミソウなど)がある。元日草、雪割草、節分草、と並べると、新春・花の三姉妹といった華やかな趣だ。開花時期は条件によるが、概ね同じ頃。関東地方では、いずれも2月から3月が花の盛りとなる。知名度ではフクジュソウが圧倒している。栽培については、近年、交配によって品種が豊富になった雪割草に軍配が上がる。

三姉妹にはいくつかの共通点がある。いずれも日本原産であること。そして「春植物」、「スプリング・エフェメラル」として括られること。「スプリング・エフェメラル」は直訳すると「春の儚い命」。「春の妖精」と意訳されている。早春に開花し、夏から冬までの間は葉を落として休眠する。代表的な例がカタクリだ。草丈が低く、地上部に対して大きめの根茎あるいは球根をもつ。

冬から春は日当たりを必要とし、夏は日陰となることが好ましい。その性質から、明るい雑木林の林床や林縁を好む。現代の日本ではスギ、ヒノキによる造林が拡大した。一方で雑木林を薪木などの利用で適切に管理しながら維持する習慣が失われた。「スプリング・エフェメラル」は時に大群落を作って花名所となるが、多くは絶滅の危機に晒されている。

カタクリ、フクジュソウ、セツブンソウ、雪割草とも、その点は似通っている。なお、このなかで雪割草だけは常緑で夏も葉が保たれる。ただし暑さに弱く半休眠状態となることから、「スプリング・エフェメラル」に準じた性質といえる。

フクジュソウに話を戻そう。関東以西温暖地では、1月後半から発芽と同時に開花し、開花しながら葉を開く。5月頃、初夏を迎える前に茎葉が枯れて、夏から冬までを過ごす。地上になにもない時期、太くて長い根が地下で暑さを凌いでいる。この性質をおさえておくと、栽培するうえでも役に立つ。

晴天の日中に

輝く黄金の花園

既に述べたとおり、フクジュソウの自然栽培では、お正月に咲かない。咲いているのは促成栽培である。促成してもしなくても咲き方は概ね同じ。地面からまず、新芽が伸びる。新芽は丸くて、ほぼ、蕾だ。まだ地面スレスレの高さで、蕾らしくなる。やがて中心から花弁の黄色が見え始めると、下部には葉らしきものも見えてくる。お正月用の販売品はこの段階で売られている。

花が開くのは晴れた日中だけだ。正確には温度に反応しているらしい。暖かい室内なら開いているし、晴れた戸外でも寒風吹き荒ぶ時には開かない。最初に満開になった頃は、地面が見えないくらい、輝く黄金色の花園になる。関東では埼玉県、群馬県に多く、全国の山地に見られるフクジュソウ自生地の典型的な景色がそれだ。

晴れた日、開花した1輪のフクジュソウを、地面スレスレの位置から撮影してみる。接写ができるレンズでギリギリまで近づく。黄色は光の反射量が多いため、周囲を温めるという。暖かさに誘われるハチやアブなどの訪花昆虫になったような気分だ。フクジュソウは群落でも、1輪でも、それぞれの黄金の花園が楽しめるのだ。ただし、晴天時の日中に限り。

暖かくなるにつれて葉が広がってくる。開花はしばらく続くが、最初のころと比べて花の位置が高くなり、葉に乗っかって咲くような姿になる。咲き終わりのころになると、緑色の葉が目立って、黄金の花園感が薄れるのは否めない。

葉が緑色を保っているのは、晩春まで。梅雨に入る前、初夏の暑さで枯れてしまう。この段階では正常に葉を枯らして休眠に入ったのか、病気などなんらかの不具合で枯れたのか、判別が難しいこともある。正常に生育していれば、フクジュソウの根は太くて、長い。夏の間、地下に潜って暑さを凌ぎつつ、翌年に開花する準備を進めていく。

年末からお正月に販売されているフクジュソウは、盆栽のような浅い鉢に植えられていることが多い。これは栽培地から掘り上げて、根を切り詰めてる。そのため、花は咲いても、後の成長が悪く、夏までに完全に枯れてしまうことが少なくない。できるだけ根を切らず、深めの鉢に植え出荷している業者は良心的だ。

なおフクジュソウの根は生薬になるが、毒性も強いので家庭での利用は止めておこう。

開花期の終盤、葉が広がっている

自生種と、よくみる品種

販売されているフクジュソウは、ほとんど1品種しかない。「福寿海」という。大輪八重でフクジュソウらしい黄金色、誰もが知っているフクジュソウそのものだ。花の美しさに加えて性質が丈夫である。よくふえるし、家庭で栽培していても枯らしてしまうことが少ない。流通が多いのは生産者にとっても栽培と増殖が容易であることを意味する。

他、わずかに流通しているのは「秩父紅」かその類似品種の紅色系くらい。紅色といっても濃淡の個体差がある。残念ながら薄くて鮮やかとはいえない橙色が多い。「福寿海」と「秩父紅」、いずれも江戸時代には品種として存在していたというから驚く。

フクジュソウ、それだけではないのだ。

まず、日本に自生する野生種だけでも4種ある。そのうち1種が標準和名でもフクジュソウとされる。資料によってはエダウチフクジュソウとあるが、その名を耳にすることはまずない。多くの図鑑で和名フクジュソウ、別名エダウチフクジュソウと記載されている。他3種は和名の頭に地名がつく。キタミフクジュソウ、ミチノクフクジュソウ、シコクフクジュソウ。著しく分布が狭いローカル種なのか?

そうでもない。ミチノクフクジュソウは東北地方だけではなく、シコクフクジュソウは四国だけではなく、他の地方にも自生している。キタミフクジュソウは(日本では)北海道だけだが、北見市に限るということではない。和名・フクジュソウは北海道から四国を含めて九州まで分布している。つまり4種は分布域が重なっている。そのうえ遠目には似ている。正確な識別は難しい。

園芸品種はどの種なのか。「福寿海」はフクジュソウとミチノクフクジュソウの自然交雑種といわれている。自生4種のうちフクジュソウだけが4倍体で他の3種は2倍体。「福寿海」は3倍体で種子ができない。種なしスイカと同じ理屈である。「秩父紅」はフクジュソウの突然変異から選抜されたとされている。その名の通り、埼玉県秩父市が起源なのだろう。

ウメの木の下で育つ「福寿海」

失われた品種、現存する品種

江戸時代、栽培が流行し、品種改良が進んだ園芸植物がいくつもある。古典植物、伝説園芸植物などと呼ばれている。フクジュソウもその1つだ。最盛期の図譜(図鑑)には150品種以上も描かれた。色は黄色から紅色だけでなく白や緑もある。花の形も、一重八重、花弁に切れ込みがある撫子咲き、采咲きや、花の上にまた花が重なって咲く段咲きなど、多種多様だ。

残念ながら明治以降、フクジュソウの栽培が廃れ、多くの品種が失われてしまった。

近年、愛好家団体によって、存続している伝統的なフクジュソウの品種を継承しつつ、新たな交配、品種改良の試みが進み始めた。最も大きな動きは「平成福寿草の会」。埼玉県に本部、群馬県と新潟県に支部がある。2018年1月、この会が主催する福寿草展に足を運んだ。会場は埼玉県深谷市、片道2時間半の道のりだった。

展示は予想以上、バラエティに富んでいた。江戸時代の図譜ほどではないにせよ、かなり濃い紅色や、白に近いクリーム色、撫子咲き、采咲きなど、カメラに収めることができた。数え方によるがおよそ50くらいの品種が現存しているらしい。交配も愛好家と業者の双方で進められている。あっと驚くような新花の誕生が楽しみだ。

その年から翌年にかけて、「秩父紅」と、撫子咲きなど、3品種の苗を購入した。家の庭に40年来、生き続けている「福寿海」も鉢植えにして4鉢を揃えた。2021年までは、よく咲いてくれた。しかし、あまり株が大きくならない。そして2023年の夏。記録ずくめの猛暑、というのは言い訳になるが、4鉢ともすべて枯らしてしまった。

水やりや置き場所、それ以前の植え替え時に用土など、最新の注意をはらって大切に栽培すれば、猛暑を乗り切れないこともなかった、と感じているが後の祭り。忸怩たる思いである。

年が明けて2024年の正月。庭に残っていた「福寿海」は花芽をつけていた。ウメの木の下で適地だからか。鉢植えにするとかえって栽培を難しくするようだ。これは大切にしよう。次に鉢植えで栽培する際にはもう少し栽培方法を学んでからにしよう。

クリーム色の品種

アドニスはアネモネ? フクジュソウはタンポポ?

海外に目を転じよう。まず日本に自生する4種のうち、シコクフクジュソウだけが固有種。他の3種は、朝鮮半島や中国・ロシアのいわゆる極東にも分布している。中国原産種でわずかに流通している種として中国白花フクジュソウがある。その名の通り花は白、咲き始めから茎が伸びるので、日本のフクジュソウが咲き終わる頃のような姿で咲く。開花期間は長いそうだ。

ユーラシア大陸からヨーロッパにかけて分布するものが数種ある。ヨウシュフクジュソウは、見た目が日本のフクジュソウに近い。ナツザキフクジュソウ、アキザキフクジュソウとなると、かなり趣が異なる。その名が示す通り、早春の花ではない。おまけに花の色は真紅。「秩父紅」の濃い個体どころではない。例えるならヒガンバナの赤だ。

フクジュソウの属名はアドニス。ギリシア神話が好きなら、その名はご存じだろう。悲劇の美少年。狩りの途中で事故に遭い、亡くなる間際、滴る赤い血が花になったとされている。その花、日本語訳ではアネモネが定説である。アネモネなら標準色に深紅の花がある。ここでピンとくる。日本にあるフクジュソウは黄色が標準色で、「秩父紅」のような紅色系変異品種でも深紅ではない。

ヨーロッパではどうだ? アドニスの分身はナツザキフクジュソウやアキザキフクジュソウだとすれば、辻褄が合う。

ギリシア神話とはまったく無関係だが、フクジュソウには笑える想い出がある。結婚してすぐのころ、妻と府中鄕土の森へ梅を見に出かけた。梅園の足元にたくさんのフクジュソウが咲いていた。ウメとフクジュソウは相性が良いのだろう。事件はそこで起きた。

通りがかりの若いカップルがそれを見て、「綺麗なタンポポ!」「本当だ!!」

・・・・・・・・・・・・。私と妻は顔を見合わせた。いまだに語り草にしている。

その後、どこかのユリ園でユリに混ざって紫のキキョウが咲いていて、また通りがかりの若いカップルが「リンドウが咲いている!」・・・・・。まさかの同一人物か?と一瞬、思った。タンポポよりは知名度が若干下がるリンドウを知っているだけえらいかも。

「秩父紅」

植物名一覧

(主役は日本産)

  • キンポウゲ科 フクジュソウ属

    • フクジュソウ(エダウチフクジュソウ) Adonis ramosa(アドニス ラモサ)

    • ミチノクフクジュソウ Adonis multiflora(アドニス ムルチフロラ)

    • キタミフクジュソウ Adonis amurensis(アドニス アムレンシス)

    • シコクフクジュソウ Adonis shikokuensis(アドニス シコクエンシス)

(海外産)

  • キンポウゲ科 フクジュソウ属

    • アドニス ブレビスティラ(中国白花フクジュソウ) Adonis brevistyla

    • ヨウシュフクジュソウ Adonis vernalis(アドニス ウェルナリス)

    • ナツザキフクジュソウ Adonis aestivalis(アドニス アエスティバリス)

    • アキザキフクジュソウ Adonis annua(アドニス アヌア)

(春の妖精たち)

  • キンポウゲ科 セツブンソウ属

    • セツブンソウ Eranthis pinnatifida(エランティス ピンナティフィダ)

  • キンポウゲ科 ミスミソウ属

    • オオミスミソウ(雪割草) Hepatica nobilis var. japonica form. magna(ヘパティカ ノビリス ジャポニカ マグナ)

  • ユリ科 カタクリ属

    • カタクリ Erythronium japonicum(エリスロニウム ジャポニクム)

(相性が良い)

  • バラ科 スモモ属

    • ウメ Prunus mume(プルヌス ムメ)

(真紅)

  • ヒガンバナ科 ヒガンバナ属

    • ヒガンバナ  Lycoris radiata(リコリス ラジアータ)

  • キンポウゲ科 イチリンソウ属

    • アネモネ Anemone coronaria(アネモネ コロナリア)

(こぼれ話の黄と青)

  • キク科 タンポポ属

    • セイヨウタンポポ(タンポポ) Taraxacum officinale(タラクサクム オフィキナリス)

  • キキョウ科 キキョウ属

    • キキョウ Platycodon grandiflorus(プラティコドン グランディフロラス)

  • リンドウ科 リンドウ属

    • リンドウ Gentiana scabra var. buergeri(ゲンチアナ スカブラ ブエルゲリ)

参考Webサイト

(全般、栽培)

(春の妖精)

(全般、生態、品種)

(毒性)

(販売)

(愛好家団体)

(花名所)

参考文献

(全般、品種)

最終修正 2024年1月31日

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