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迷宮は帽子の中に FILE1

作:ハリー


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時は西暦20ⅩⅩ年……太陽の異常接近により全世界規模でとある法律が制定された。

【外出時着帽法】……外出時、太陽光に当たる場所に赴く際は頭部を保護するために帽子を着用しなければならない。

この法律により全世界の人間がマイハットを所持するようになり、大手企業がこぞって様々なデザインの帽子を制作販売。この年、世界中に帽子ブームが到来した――

「あっ、駄菓子屋のおばあちゃん。おはようございますっ!」
僕は乗っていた自転車を停め、向かい側の道を歩いていたおばあちゃんに朝のあいさつをする。
「おはよう、おまわりさん。今日もいい天気だねぇ」
「晴れている日は極力、散歩の時間を減らしてくださいね。いくら帽子を被っていても紫外線を100%は防げませんので!」
「そうかい、気を付けるよ。いつもパトロールありがとうねぇ」
駄菓子屋のおばあちゃんはカンカン帽を。僕は警察官の制帽を被っている。
何を隠そう僕は去年の春からこの篠貼(しのはり)町(ちょう)に赴任した警察官、名前は古金(こがね)舷司(げんし)だ。毎朝のパトロールで出会う駄菓子屋のおばあちゃんとの挨拶も恒例になってきた。都会の喧騒から少し離れた場所にある篠貼町のパトロールは自転車で一時間も掛からない。防犯のためでもあるが、僕にとってパトロールは地域の人との交流を深める大切な仕事なのだ。
「古金舷司、ただいま戻りました!」
「お疲れ様。タイミングばっちりね、ちょうど緑茶を入れたところ。古金君も飲むよね?」
「やったー、ありがとうございます」
同じ交番に務める矢(や)継(つぎ)さんが書類をまとめながら、お茶を入れてくれた。この交番の紅一点である矢継さんは面倒見の良い頼れるお姉さん、みたいな人だ。……本当は新米の僕がやるような仕事を、矢継さんは誰よりも早くこなしてしまう。僕の尊敬する先輩だ。
「美味い……心が温まります」
「緑茶が一番好きな飲み物って古金君、若いのに珍しいよね」
「カレーを食べるときも温かい緑茶が欠かせませんから!」
「う~ん、カレーの話はしてないんだけどな」
なんだか矢継さんが困ったような顔をしている。なにか変なことを言っただろうか。頭に?マークが浮かぶ。
「お、なんだなんだ。古金、またサボってんのかぁ?」
後ろからいきなりドガっと肩に手をまわしてきたのは、同じ交番に務める剣弩(つるぎど)さんだ。バランスを崩しかけて緑茶がこぼれそうになる。
「うわっと!剣弩さん、いきなり危ないっすよ」
「サボってることは否定しねぇんだな?」
「これは休憩っす!」
剣弩さんとはいつもこんな調子だ。なにかと理由をつけて僕に絡んでくる近所に住むヤンチャなお兄さん……みたいな人だ。ああ見えて仕事は出来るらしいが、僕はまだちゃんと見たことがない。
「んー?俺のお茶がねぇぞ。冷たいやつだなぁ」
「剣弩さん、さっきまで仮眠室で寝ていたじゃないっすか」
「可愛い後輩なら、先輩が起きてくる時間を計算して事前に用意しとくのが基本だろぉ?」
「無茶苦茶っす!」
「はいはい、二人ともじゃれてないで仕事して。剣弩君はもう日報入力したの?」
「もうとっくに終わってるっての。矢継は口うるさいかーちゃんみてぇだなぁ」
「口うるさく言われているうちが花かもよ?」
矢継さんが助け船を出してくれた。矢継さんと剣弩さんは同期でお互いに言葉の壁がない。なんでも言い合える関係というやつだ。なかなかお似合いだと思うのだが、何かの飲み会のとき「「こいつが恋人はありえない」」って二人そろって指を差していた。……やっぱお似合いじゃん、と心の中で思ったのは内緒だ。
シフトの違う同僚もいるが、僕は主に、矢継さん、剣弩さんのチームで篠貼町の治安を日夜見守っている。時々徹夜になってヒーヒー言う事もあるけど、僕は警察官という仕事に誇りをもっている。なにより……帽子が……制帽がカッコいい!
「ふんふふん、ふんふーん」
鼻歌を口ずさみながらいつもの日課になった制帽の手入れをする。
「まーたやってるよ。そこまで制帽の手入れするのはお前くらいだよ」
「制帽にはキレイでいてほしいんです。大切な相棒っすから!」
帽子が手放せなくなった現代においてはなおさらだ。一種のアイデンティティにもなりえる。
「帽子好きな古金君のお陰で、この交番に届いた帽子の手入れも完璧だものね。帽子屋さんとしてやっていけそうなくらいの腕前だわ」
交番には落とし物が届く。中でも【外出時着帽法】によりここ数年の間で帽子の落とし物が非常に多くなった。分かりやすい例えだと傘と同じ扱いだ。一つのものを大切に使う人もいれば、安く手に入る量産型を必要なときだけ買って使う人もいる。風に飛ばされたのか置き忘れたのか、理由は分からないが持ち主不在の帽子が数多く保管されている。以前は二週間くらいだった保管期間が今は六か月まで増加しているのも要因だ。
「今は帽子のスペアまで携帯する時代だからなぁ。物が溢れるのも無理ないぜ」
「そう言えば剣弩君。一度制帽を落として部長に大目玉をちょうだいしたことがあったよね?」
「ちょ、なんでいきなりその話を――」
「矢継さん、その話く・わ・し・く聞きたいです!」
「古金は黙ってろ!」
矢継さんが笑い、剣弩さんにシめられながら、僕は毎日賑やかな職場で働いている。きっちりと仕事をこなしているからこそ、こういう時間も必要なのだと思う。警察官だって人間なのだ――
今日も届けられた紛失物の書類を作成していると、PCのメールボックスにピコンと新着メールが届いた。仕事関係のメールかな、と思ったがメールの宛名は母親からだった。仕事用のメールアドレスに送ってくることに妙な胸騒ぎを覚えて、勤務中だったがメールを開いて書いてある文字を読んでみる。
「えーっと、……遠い親戚の子供……?んん??」
内容が突飛すぎて頭の整理が追い付かないでいると、おまわりさん。と交番の入り口から声を掛けられたので慌てて応対する。
「ここに、コガネゲンシって人いる?」
入口に立っていたのは大きなリュックサックを背負い、もうすぐ中学生になるくらいの少年だった。どこの球団か分からないベースボールキャップを被っている。
「僕のことだけど、何か用かな?」
「俺、山田レン。これからよろしく」
「うん、よろしく……??」
……少年に自己紹介をされ、いきなりよろしくと言われても反応に困る。笑顔のまま固まっていると、少年がハァとため息をもらした。
「……もしかして、何も聞いてない?コガネゲンシが俺を預かってくれるって教えられたから、はるばる来たんだけど」
預かる……という言葉を聞いてハッとする。さっきまで見ていたメール画面に僕は慌てて見直すと、確かに書いてある。
【――山田レンって子を――なんだけど――急に決まっちゃって――舷司のところで――ことに――、よろしくね】
わなわなと震えながらメール画面と退屈そうに突っ立っている少年を交互に見比べる。
「……なんじゃそりゃああああ!!」
「うるさっ」
明らかに嫌悪感をにじませた顔で、叫ぶ僕を見つめる少年。山田レンが篠貼町にやってきた――


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 「天涯孤独の少年、か。そんな子がどうして古金君のところに?」
「遠い親戚だった母が引き取ることになったんですけど……海外勤務が急に決まったみたいで」
事故で両親を亡くした山田レンを、誰が面倒を見るかで親戚同士でもめていた中、白羽の矢が立ったのは遠い親戚である母だった。僕を女手一つで育ててくれた母は今でも現役バリバリのキャリアウーマンだ。経済的な余裕があるという理由だからなのか、母の、任された事はなんでもこなす精神が災いしたのか、はっきりとしたことは分からないが、僕の知らないうちに話が進められていたらしい。
パトロールから戻ってきた矢継さんに、事の成り行きを説明し終わったときには既に日は落ちていた。話題の張本人は、仮眠室で眠っている。
「それにしたって、いきなり預かってはないでしょう。子供をなんだと思っているのかしら」
「すみません。僕も母も多忙で、上手く連絡がかみ合わなかったんです」
「どうして古金君が謝るのよ。一番大変なのは古金君なのに」
母の性分が似たのだろうか。最初こそ驚いたが、不思議と大変だとか、迷惑だとかそんな風には一切思わなかった。
「任されたからには、やるしかないですから!僕の心は常に100%です!」
「……ポジティブなのか考え無しなのか。時々、古金君が羨ましくなるよ」
褒められているのかな。えへへと照れ隠しをしていると奥からのそっと少年が現れた。
「お、起きたか。疲れはとれた?」
「んー、ぼちぼち。……そこのお姉さんもおまわりさん?」
少年がチラリと矢継さんを見る。座っていた矢継さんが立ちあがり、少年に初めましてとあいさつをした。
「矢継といいます。貴方の名前は?」
「は、初めまして……山田レンです」
少年は名前をぼそりと言ったあと、不自然な歩き方でそのまま仮眠室の方へ戻ってしまった。
「あら、嫌われちゃったかな」
「そんなことないと思いますけど……?」
今の会話の流れで、矢継さんを嫌う要素があったと思えない。腹の調子でも悪かったのかな?
「さてと、山田君も起きたことだし、古金君も帰る準備をしたら?山田君と一緒に帰るよね?」
おっと、そうだった。少年を我が家に案内しないといけなかった。
「すみません、片付けだけお願いしてもいいですかっ」
「任せなさい」
矢継さんにお礼を言ったあとロッカールームに飛び込み着替える。バタバタと準備を終えて戻ると既に少年は大きなリュックサックを背負い扉の前で矢継さんと何かを話していた。
「――で、緊張しちゃって」
「なるほどねぇ。あ、山田君。待ち人が来たよ」
「ごめん、待たせた」
「別にいい」
なんだか楽しそうに話していたのに、僕が来るとぶっきらぼうな少年に戻っていた。矢継さんにお先です!と挨拶をし、交番を後にした。少年と一緒に我が家まで歩く。荷物を持とうかと言ったが断わられた。狭い道でもないのに少年は僕の少し後方を歩いている。なんだか、少年との間に妙な空間がある。そればかりは仕方ないかもしれない。なにせ今日会ったばかりだ。アイスブレイクが必要なのかもしれないと思い話題を振ってみた。
「なぁ、これから一緒に暮らすんだしお互いの呼び方を決めないか?」
「呼び方って何」
「あだ名とかさ。なんでも――」
「ゲンシ。俺はレンでいい」
あっという間に決まってしまったが、これで呼び方も決まったし結果オーライだ。
「明日は非番だから、篠貼町を案内するよ。ついでに、レンの日用品も買いにいこう」
「歯ブラシとか、ある程度のものは前の家から持ってきてる」
「布団が一組しかないんだよ。なんなら一緒に寝るかー?」
「……」
露骨に嫌そうな顔をするレン。かわいいやつだな。
「そう言えば、レンの被っている帽子。どこで手に入れたんだ?」
法律では、日光が差していない限り帽子を被るのは自由なことになっている。夜になっても帽子を脱がないレンは、僕と同じで帽子が好きなのかもしれない。
「……どこかは覚えてない。俺の宝物」
ベースボールキャップのつばを片手で触りながらレンが答える。帽子が好き、というより被っているベースボールキャップに想い出があるのだろう。あまり深く詮索しないほうがいいと直感した。
「さー、着いたぞ」
アパートの階段をカンカンと二人で昇る。僕の家は二階の角部屋、覚えやすくて気に入っている。
「交番から近いんだね」
「だろー?集まりやすいからみんなのたまり場になってるけどな」
僕が独り身だったから、って理由もあったかもしれないけど、今日からはレンが同居人だ。流石に未成年がいる部屋でわちゃわちゃと飲んだくれることはみんな自重してくれるだろう。……良い大人なら。
「ようこそ我が家へ!」
「汚っ」
レンの反応からして、買い出しよりも先ずは家の掃除からしたほうがよさそうだ。何も予定を入れてなかった休日がじわじわと楽しみになってくるのはなぜだろうか。きっと、弟妹が居たらこんな生活が出来たんだろうなという僕の願望が叶ったからかもしれない。


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 「これ、もう捨てていい?」
「レン、聞きながらゴミ袋に入れるのやめようか」
「いちいち聞いてたらきりがないし」
「別に今日中に全部終わらせなくてもいいと思うけどなぁ」
「こんな汚い部屋で今日も寝たくないんだけど」
「スミマセン……」
とある非番の昼下がり、僕は急遽預かることになった十二歳の少年、山田レンと共に年末でもないのに部屋の大掃除をしている。引っ越してきた二日目で部屋の掃除をするはめになったレンには頭が上がらない。年齢の割にレンは大人びている気がする。僕の十二歳だった頃と比べると、遥かに……
「なにぼーっとしてんの。手を動かして」
「はいっ!」
僕のほうが弟みたいじゃないか。

二人でやいのやいの(主にレンが)言いつつ、ようやく部屋らしくなり片付けも落ち着いた。言い訳だが、ほとんど食って寝てを繰り返しているだけの生活だとどうしても片付けが後回しになってしまうのだ。でも、レンの生活力の高さを知れたことは収穫だ。
「出会って二日目だけど、掃除を通して僕のことが色々と分かったんじゃないか?」
「ゲンシに恋人がいないってことは分かった」
「否定はしないけど、もっと他に気付くことあっただろー?」
同居人が割とするどいことも知れた。お茶を飲んでひと息ついていたら、あ、と思い出したようにレンが付け足すように僕に尋ねた。
「もう一つ分かったのは、部屋はめちゃくちゃだったけど、帽子だけはキレイにしてあった。帽子が好きなの?」
おお、気付いてくれたか。待ってましたと言わんばかりに僕は立ち上がり、キレイに整頓してあった帽子をレンに紹介する。
「見てくれ、僕の帽子コレクションを。非番や連休のときは春夏秋冬あらゆるシーンにあわせて帽子を選び、深く被るか浅く被るか、角度も帽子ごとに調整してだな――」
「分かった、分かったからお茶飲んで落ち着け」
これから本番だったのに、水を差すならぬお茶を差し出してきたレンに帽子の魅力を語るプレゼンを止められてしまった。不本意だが、お茶を出されては仕方がない。大人しく座り直しズズっとお茶をたしなむ。……はぁ、落ち着く。
「……お茶も好きなのか。覚えとこ」
「ん?何か言ったか?」
「別に、ひとり言」
ひとり言なら別に気にすることもないか。僕は残っていたお茶を飲み干し、お茶のおかわりをする。レンもおかわりするかー?と聞きながら目を向けると、帽子が並ぶ棚の一番端っこをじっと見つめていた。
「一つだけ、古くて小さい帽子がある」
「あー、あれか」
僕は立ち上がってレンが気になっていた帽子の前まで歩き手に取った。僕が覚えている限りで最も古い過去をもつベースボールキャップだ。
「それ、もうゲンシの頭のサイズじゃ被れないと思うんだけど」
「僕が小学生の頃に使ってた帽子だからなー。まだレンなら被れるんじゃないか?」
何気なくそう思ってひょいっとレンの頭に被せようとしたら、バシッと物凄い速さと勢いで拒絶された。拒絶された腕がジンジンとする。
「……」
「……」
レンは、バツの悪そうな顔をしていて、僕は、唖然としてポカンと口を開いたまま固まる。
「……いい。そんな汚い帽子被らない」
そこまで拒絶されると、自分の思い出を否定されたみたいな気がしてこちらも意地になってしまう。
「なんだよ、一回くらい被ってもいいじゃんか。減るもんじゃないし」
「いいってば、ちょっと!」
はたから見れば兄弟げんかなのかなぁ、と的外れなことを考えながら激しく抵抗するレンに帽子を無理やり被せる。レンにも絶対似合うのに、どうしてこんなに嫌がるのだろう。
「お、やっぱ似合うじゃん……うおっと!」
すっぽりと僕の帽子を被らされたレンの身体が急に力を無くしたように崩れ落ちたので、僕は慌てて支える。
「……ハァ……ハァ」
「どうした、大丈夫か?」
一種の発作症状だろうか、レンの呼吸が荒い。もしかしたら、レンは何かしらの病を抱えていたのかもしれない。事前に聞いておくべきだったと猛省していると、レンは力なく被らされていた帽子を脱ぎ捨てた。
「……平気。少し休めば落ち着くから」
「どっか、身体悪くしてんのか?アレルギーとか病気とかもしあるなら教えてくれないか?」
「アレルギーも病気もないよ。薬も飲んでないし。ただ……環境の変化に慣れなくて疲れただけ……」
「……そうか」
嘘は言っていないが、僕に言いたくない何かがある。レンの受け答えを聞いて僕はそう汲み取った。だけど、なぜ僕に向かって申し訳なさそうな顔をするのだろうか。その感情が理解できなかったが、言いたくないことを問い詰めてまで聞こうとは思わない。僕は警察官だが、今は帽子も制服も着ていないし、ましてやレンは何の罪も犯していない。これ以上の質問は野暮だと判断し、レンが落ち着くまで黙って傍にいることにした。

「落ち着いたか?」
「……うん」
「おっと、もうこんな時間か」
気付けば薄暗くなってきており、外出しても帽子を被らなくてもいい時間帯になってきた。飯でも買ってくるか、と言いながら僕が立ち上がったときレンの腹の虫が盛大に鳴った。
「あ……」
「ははは!元気になった証拠だな」
「笑うなよ!」
顔を真っ赤にしているレンを見たら笑いたくもなる。
「なんか食いたいものあれば買ってくるぞ」
「いいよ。……一緒に行くから」
「待っててもいいのに」
「スーパーの位置、覚えておきたいから」
そうだ、結局一日中掃除しかしてなくて篠貼町の案内を出来ていなかったっけ。
「じゃあ一緒に行くか。今日は何を食おうかなぁ」
「インスタント食品以外ならなんでもいいよ」
しっかりしてんな、とても十二歳とは思えない。僕のだらけた食生活は掃除のときにバレてしまっている。レンが来たことで健康体質になるかもな、と僕は思い嬉しくなった。
「生姜焼き弁当でも買うかぁ」
「自炊しろよっ」
財布にもやさしくなれるかもしれない。


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