SLG 竜胆のセグレート ~カケル~

作:ハリー


エピソード1

太陽が姿を消しても変わらない、うだるような夜の蒸し暑さで夏の到来を肌で感じる。こんな季節はベランダで棒アイスを食べながら夜景を見るのが俺の中で最近のマイブームだ。日中はエアコンに支配された部屋で過ごし、夜は多少暑さがマシになったベランダで外を見る。人を見下ろし、一人になれるベランダという空間が好きだ。俺が住んでる街は眠らない。夜中でもずーっと明かりがついている。イベントでも祭りでもないのにひっきりなしに歩道には人影がうごめいている。
「……あの光の下で、こんな時間なのに今も誰かが働いてんのかな……」
大人ってすげーなと思う。働いて寝て、働いて寝て、働いて……太陽が沈んだ後も生きていくためにお金を稼いでいる。全然想像できないが、俺にもそんな日が来るのだろうかと、食べ終わった後に残された棒きれを見つめながらふとそんなことを考えていた……。
「……ん?なんだこりゃ」
用を足すため部屋に戻り、扉を開けると足元にポツンと何かが置かれていた。部屋に迎え入れてよく見ると、片手で持てるくらいの段ボールだった。中身は気になるが、先にトイレだ。俺は持っていた段ボールをベッドに放り投げ部屋を飛び出す。
「……っはぁー、スッキリした」
用を足しながら箱の中身は一体なにか色々予想をしたが、特に通販で買い物した記憶もなく、別に今日は記念日でもなんでもない。明確な答えがでないまま部屋に戻ってくると、ベッドに投げたはずの段ボールが机にしっかりと置かれていた。
「あれ~?……なんでだ」
家族の誰かが勝手に入った……?まさか、そんな無駄なことをしてなんになる。じゃあ、俺の記憶違い……?まだ十代なのにもうボケてしまったのだろうか。
「……うーん、まぁいいや」
よくよく考えてみれば箱の位置が変わっただけだ。そんな気にするようなことじゃない。俺は一番気になっている箱の中身を確認するため、勢いよく開放した。
「お、すげー!最新機種のゲームソフト!」
中学んときみんなで家に集まってよくやってたことを思い出す。俺の部屋にもまだ健在だ。でも、このゲームソフトは初めて目にするタイトルだ。【リンドウの秘密】……リンドウって確か花の名前だよな。あ、だからパッケージに花が載ってるのか……と一人で勝手に納得していったが、一体誰がこのゲームを俺にプレゼントしてくれたのか?という謎が残ってしまった。もしかして人違いとか……?でも、俺の部屋の目の前に置いてあったしなぁ。……両親がわざわざ俺のために?いやいや、ゲームのほかに渡すものがもっとあるはずだ。……友達?それはない。
「……まぁいっか、誰でも」
誰がくれたのか分からないが感謝だけはしておこう。心の中で感謝感謝と呪文のように口ずさんだあと、さっそくゲームをやってみることにした。丁度昨日一ヵ月ほど前からプレイしていたRPGを全クリしてしまい退屈していた。匿名のプレゼントは俺にとってベストタイミングだったのだ。
「説明書は…ないのか」
入っているのはゲームのカセットだけ。どんなゲームかも分からなかった。
「……やりゃあ分かるっしょ。ゲームスタート!ぽちっとな」
まるでスイッチを切るかのように、ゲームのスタート画面でボタンを押したと同時に目の前が真っ暗になった――


……頭がぼーっとする、ここはどこだ。見渡す限り真っ白な世界が広がっている。確か、誰かからもらったゲームソフトをやろうとして……。でもこの場所は俺の部屋じゃない。こんな広くもないし、白くもない。おまけに机もベッドもどこにもない。……ここは、どこだ?
立ち上がり周りの様子をさぐってみようとしたとき、突然上から「ヒュー」という物が落下してくる際に使われるような効果音が聞こえてきた。見上げると、小さなゴマ粒のような黒い点が俺の頭上にあることが分かった。……そしてその黒ゴマがどんどん大きくなり、俺はとっさに落ちてくる物体が何なのか分からないままにキャッチしてしまった。……あれからしばらく野球はやってなかったが腕は落ちておらず、地面に激突することは避けれた。……手の中にあったのは、ぬいぐるみ?
「ナイスキャッチなの!データにあった通り、反射神経は抜群ね!」
……今、俺の腕の中にいるぬいぐるみから声が聞こえた。というか、なんかもぞもぞと動いている。
「あ、どうも」
とりあえず、褒められたことに礼を言う。……最近のぬいぐるみはずいぶん進化してんだなぁ。俺の腕から勝手に離れて宙に浮かんでいる。姿は青いペンギン……ペンギンだよな?青いペンギンは俺の顔に近付きじっと様子をうかがっている。
「へー、喋って動いてるアタイを見ても驚かないの?あなた、なかなか度胸があるね!」
青いペンギンは関心しているかのように腕を組みながら頷いている。俺としては充分驚いてるんだけど、この常識離れした状況をどう言葉で表していいか分からないだけだ。
「……んー、まぁいっか。アンタ名前は?」 
分からないことは深く追求しない性分の俺は、ぷかぷかと浮いてるぬいぐるみの名前を聞くことにした。
「アタイの名前?アタイはペルーシュブントのピーコ!よろしくねカケル!」
ペルーシュブントって何だ?と思っているとピーコと名乗った青いペンギンが腕を伸ばしてきたのでそれに応えとりあえず握手をする。……あれ、俺ピーコに名乗ったっけ?なんで俺の名前知ってるんだ?……そう言えば一番初めにピーコが発した「データ」という言葉。ピーコは既に俺の素性を把握しているのかもしれない。
「なぁペルーシュブントのピーコ。ここどこ?俺、部屋でゲームしてたはずなんだけど」
俺は周りに何もない白い空間を指しながら尋ねた。変な世界に迷いこんでしまったなら、早く帰りたい。
「ピーコでいいよ!PBは簡単に言っちゃえば組織の名前みたいなものだから!ここはねー【リンドウの秘密】の中にある【はじまりの広場】だよ。つ・ま・り!ゲームの世界なの!」
ゲームの世界って。んなアホなとピーコに呆れていると、白くて何もない空間からパネルが表裏に入れ替わるように紫色になり、俺を中心に三つの光る道が伸びてその先に扉が出現した。……マジでゲームの世界なのかと目をしろくろとさせていると扉の上に何か文字が浮かび上がってきた。
「勇気……勝利……愛?」
なんだかどれも自分に当てはまらない前向きな文字がでかでかと書かれていた。
「さぁカケル!好きな扉を選んじゃって!」
突然世界が変化したのでピーコがいることをすっかり忘れてしまっていた。いきなり扉を選べという大分強引なピーコに俺はちょっと待てと文句を言う。
「俺、まだゲームをやるなんて一言もいってないけど」
確かにゲームのスイッチは自分で押したがまさか体験型のゲームだなんて聞いてないし、そもそもどんな内容のゲームなのかも分からない。そういった不満をピーコにぶつけるとなぜかキョトンとしている。……しばらくして思い出したかのように俺に謝ってきた。
「ごめーん!チュートリアルを思いっきりはしょっちゃってた!まだこの仕事慣れてないの!若葉マークなの!ちょっと待ってて……あーん、先輩に怒られるのー!」
えっとねーといいながらどこから取り出したのか、分厚い書物をペラペラと開いて何かを探している。
「PBの世界にも、新人とか上下関係とかあるんだ……」
ぽつりと自分で呟いたあと、一年ほど前に記憶が遡る。そう、あれは確か高校に入りたての頃だっけ――

『お前部活はなにやるの?』
『決まってるだろ、野球だよ』
『マジで?……言っちゃ悪いがここの野球部。よくない噂ばっかりだぞ。大丈夫か?』
『へーきへーき。だって俺には――』

「……あ!あったの!もーこのマニュアル書、もう少し薄くしてほしいの!じゃあ説明するとねー……カケル?」
ピーコに声をかけられハッとする。自分でも気づかないうちに長い間過去の自分に戻っていたらしい。
「ごめん、ちょっと考え事してただけ。大丈夫、続きを教えて」
心配そうに顔を覗き込むピーコに笑ってそう伝えると、納得したのかピーコが説明を再び開始してくれた。
「では気を取り直して!【インバース24/7】の中から抽選で選ばれたカケルには【リンドウの秘密】っていうゲームをアタイたちからプレゼントさせてもらったの!このゲームは基本的に強制参加なの!途中でやめることは無理!クリアするまでゲームの世界から出ることは不可能!もしもゲームの中で死んだり、間違った選択をしてゲームオーバーになったらカケルの元居た【居場所】が消し炭にされるの!」

……ちょっと待って、つっこみが追いつかない。



エピソード2

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