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第8回六枚道場(前半)

「四月四日」草野理恵子

タイトルの四月四日ってなんだろうって思っていたら作者自身の種明かしで、そういうことかと理解できました。最初はヘラジカが四月、冷蔵庫が5月(たんぽぽが五月なので)、缶詰が(三日三晩で六月)、最後はナナカマドで七月なのかな、ヘラジカの四月は不明なままですけど、そんなふうに考えていました。
「答えの在りかを尾行したい」ここで尾行という言葉が出てくるのが素晴らしいですね。そんな感じで今回は四つの詩のそれぞれ、どこかに僕の琴線に触れる言葉がありました。こういう言葉を紡ぎ出すことができるのは羨ましいですね。

「うたかた」星野いのり

俳句でも詞書をつかうのかと、おっと思いました。がその内容が衝撃的なので、詞書よりもタイトルとして使ったほうがより効果的だったのではと思います。
小説のなかに作者自身が登場するというのはたまにありますが、俳句でこういうふうに作者自身が登場するという部分や、そこから始まる俳句の内容が切ない以前に苦しくて、ちょっと作為的に感じてしまいました。多分これって生きている人に対する呪いですよね。俳句だとどうしても読み手が与えられた言葉から読み解かなければいけない部分があって、この内容でそこを読み解くというのは辛いですね。正解が見えないだけに。もちろんそれも折込済みだというのはわかるのですが、しかしその辺の兼ね合いの部分で作為的に感じたわけです。
僕の書くものは基本的にエンタメで娯楽で、どこかで救いを与えたいと思っています。なのでどこかに救いを入れようよ、と言いたくなりますがどうするかなんて作者の自由ですね。僕も実は救いのまったくない話を書きたいのですが、救いのない世の中、もう少し老骨に鞭打って救いを書くことにします。そんな思いにかられました。
最後に、一番気になったのは警備員の句でした。心太が具体的に何を意味しているのかは定かではない部分もあるのですが、なりたくない、という言葉と組み合わせることで侮蔑的な意味合いを感じさせられます。一般的に警備員という職業は社会的地位が低いものとして扱われがちで、だからこそ職業差別に結びつく、ということは注意を払うべきだと僕は考えています。作者の中では警備員ではなく、たまたま警備員だった特定の誰かをイメージされているのでしょうけれども、ここが俳句や短歌の難しいところでしょうか、小説ならば物語内の特定人物に結びつけることで警備員全体ではなく、たまたま警備員だった特定個人に結びつけることが可能ですが、解釈の幅を広がせた代償として一般論として警備員に対する侮蔑的な意味合いを捨てきれていないように感じました。

「百合八景」伊予夏樹

みなさん、詩・俳句部門に参入されますね。伊予さんが今回参入されたのは意外でもあり、納得でもありました。
目玉をスプーンで抉るといったグロテスクな場面から始まって、なるほどグロテスクでありながらも品があって退廃的で耽美で、なんでもかける人だなあ、と感心したのは半ばまで。
ケツ穴でいきなり愕然としました。伊予さんからすればケツ穴も上品な言葉なのかもしれないのですが、これはやはり下品でしょう。今までの伊予さんだったらもう少し違う言い回しができたと思うのですが、違和感を感じました。インパクトは抜群なので多分それも織り込み済みで使われたのでしょうけど。
個人的には伝説の作品という称号を与えたいですね。一票は投じませんけど。

「みそひとづくし、あるいは割引券くらいもらえるかもしれないと思う。」一徳元就

一徳さんの持っているグルーブ感って俳句や短歌にぴったっりなんだなあと思いました。
最後の「た」の意味がわからなくって、結局作者自身のネタバレを目にしてしまってそこでわかったのですが、いや、すげえ。左から読むとは気が付きませんでした。逆方向は調べたんですが。どうせなら「た」の隣に「→」がついていたら親切だったかもしれません。蛇足になりますけどね。
しかし、そこまで凝ったことをしているがゆえに、それが逆に仇になってしまっている気もします。といいますのも、この仕掛けに引きずられてそれぞれの短歌の並びが固定されてしまうことで、三十一首での物語性が犠牲になってしまったかなと思うのは僕が物語重視派だからですね。
ちなみに、「レモン色した時を弓張る」って「レモン月夜の宇宙船」ですかね。もしそうだとしたら、「レモン月夜の宇宙船」からこの表現になるのが愕然とするくらいに凄かった。

詩・俳句部門はしかたがないとはいえ、詩や俳句が同レベルの土俵に立つとレギュレーションの違いが大きすぎて投票に迷いますね。と思う反面、小説部門も純文系やエンタメ系が同じ土俵に立つので同じか、と思う部分もあります。
四作品、甲乙つけ難いので減点方式で選びました。一番減点の少なかった「四月四日」です。

「幻の竜」化野夕陽

囲碁で竜ときたので、囲碁の試合にまつわる話になるのかなと思いましたら予想外の方向に向かっていったので、面白いなあと思いました。
前作の「ヨコバイの物語」でも虫が出てきたのですが今回もそうで、でもこの虫の使いかたや描きかたが単に物語の部品としてではなく物語を構成する登場人物の一人、といってもいいような描きかたでそこが化野さんの個性なのかなと思いました。
友人の「あれ、飛んで行っちまった」というセリフがいいですね。逃げてしまったではなく、飛んでいったと幻の竜を否定しないところが優しさに表れていてすごく良いです。

「黒の衝撃」乙野二郎

乙野さんの文章って時代物での通用するんだなあ、いいなあって思いました。
ただ、六枚でどこまで書くかという部分になると、表面上は異形の存在になろうとしている、というところで切ってしまうのは良いと思うのですが、そこに至るまでの部分が飛ばしすぎかなと思いました。個人的にいえば、前半のカラス党の部分までを六枚で描いてくれれば、あるいは後半の部分だけでもう少しじっくりと描いてほしかったです。

「ガソリンカレシ」水野洸也

六枚道場ではたまにタイトルでぶっ飛ばしてくれる作品があってこれもその系統かなと思ったらものすごく正統派の話でした。
僕も基本的に一行目に物語のすべてをぶつけることをするので、道路の境目にある溝に嵌ってしまうという一行目が好きです。
原稿用紙六枚の掌編となると星新一でショートショートの面白さに目覚めた僕としては切れ味のあるオチを求めがちなんですが、その一方で、歳を取るにつれてオチなんかなくってもいいじゃないか、と思う比重が強くなってきました。乱暴な言いかたをするならば短編なんてどこかを切り取る作業なんだから、うまく切り取ることができればいいじゃないか、特に六枚という制限のなかで何かを描くとなると、切り取った部分ではなく切り取られてしまったそれ以外の部分の存在を意識させることのほうが大切なんじゃないか、と思う部分もあります。
そんなわけで、ひょっとしたら恋につながる、かもしれないし、ならないかもしれない、でもこの先に起こる、ここで描かれたことよりももっと重大な出来事の萌芽の部分を描いてくれた、という部分がこの物語の良さなんじゃないかと思います。この作品に投じました。

「しんどいのは嫌い」中野真

タイトルからして既にしんどそう。なんですが、まさか六枚道場でスポーツシーンを描いてくるとは予想もしませんでした。いや、僕にそれができるかといえばできないので、考えたこともなかったわけなんですけど。サッカーはテレビ中継をごくたまに見る程度の門外漢でも何が起こっているのか、どんな場面なのかがわかるように描かれていて、さすがうまいなあ。
サッカー+少年という組み合わせなので川島誠をちょっと想像してしまったんですが、中野さんの作風ってちょっと川島誠っぽさもあるなあと感じました。しんどいのは嫌いでありながらもサッカーに惹かれる主人公がいいですね。

「ワールズエンド・ラストショット」松尾模糊

魔改造の猫という表現が面白いです。猫は猫なんですが、犬のほうは将軍で、ひょっとしたら犬とついているけれども実は人間なのかと思ったりもしたんですが、前脚と表現されているので、やはり犬なんですね。そのわりには刀を使いこなしているので、細かな部分ですが、どういう姿をしているのか気になってしまいました。壮大な話になりそうなのにラストであんなことをしてきっちりと終わらせているところが気に入りました。

「おもいかえせるかぎりでは」宮月中

親子の釣りの場面から始まって、休日のひとときの物語なのかと思っていたら人類最後の生き残りのおじさん二人が登場して、あれ、これはなんなんだと混乱しているうちにさらにどんどんと困惑していくものが登場して、しばらくしてようやく気が付きました。マジックリアリズムなんだと。マジックリアリズムは僕も興味があって、良い題材があったら書いてみたいなと思っているのですが、そもそもマジックリアリズムってそれが成立する土台が存在しないといけなくって、それが読者と共有されている必要がある。そこが難しいのですが、宮月さんは少年という部分にもってきたわけで、そうかそこに来たかと思いました。

「午後一時、スマイルマート花岡店」本條七瀬

六枚道場恒例のタイトル画面のなかで、このタイトルを見たときに、本條さんならこのタイトル使いそうだなと思っていました。当たったので嬉しいです。
過去の二作品もそうですが、六枚という分量でしっかりとまとまった物語、それもさわやかで後味が抜群に良い、というのはもう凄いとしかいいようがなくって、ここまでそつなくまとめることができるのならば、そして職業作家を目指されているのであれば六枚道場に出すよりはもう少し長い話を書かれたほうがいいんじゃないか、とさえ思ってしまいます。余計なお世話ですが。
でもその一方で、毎回、本條さんの作品を読んで、さわやかな気持ちになりたいので毎回参加してほしいな、というのが本音です。

「“Warum?” op. 12-3」岩﨑元

これは前二作も含めてセットになって完結する、という点ではちょっと卑怯かな。と思う部分もあるのですが、三部作セットにして読むか、それとも単独で読むかは読者次第でもあるということを考えると、面白い試みだなと思いました。
で、とりあえずセットとして読むと、この話は前の話と対になっていて、ほぼ同じ時間軸ということでやられたなと思います。セットではなく単独としてみた場合、ドリフが登場しながらも全員揃っている時期ではなく三人だった時を選んでいるのが素晴らしい。ここで欠けている時を取り出しているのがやっぱりいいなあ。
最後のページは横に回転させているんですね。意表をつかれました。

「タオル」至乙矢

その昔、富田靖子が主演したドラマで『ネットワークベイビー』というドラマがありました。脚本は一色伸幸で後に田村章によってノベライズが書かれたのですが、この田村章は後の重松清でした。
この物語を読んで『ネットワークベイビー』を思い出したのは、このドラマが世界初のオンラインゲームを作る会社が舞台で、リリース間近というところでライバル会社が同じようなゲームを開発していて、しかもその規模も内容もはるかに凌駕している。じゃあどうするんだというところで、もはやできることは一刻も早くリリースして、「世界初」という名称を得ることしかない。という絶望的な話だったからです。もっとも主題は別のところにあるんですが、子供心にビジネスの世界の非常さをみせつけられました。
そんなわけで、この物語の主人公たちもある意味絶望的、得られた情報からは巻き返しはちょっと無理なんじゃないか、気力や気合だけじゃ無理だろ、そこでよく心変わりできたな、お前体育会系か?という気持ちが巻き起こりました。
もっともそこまで非情にはなれない主人公だからそうなったと思うのですが、タオルという題名がそういう意味だったのかとわかったところからの心情の変化にもう少し分量があればと思いました。

「結び」いみず

結ぶということに多重に意味を仕掛けている部分がさすが、ダジャレ好き……いやそうじゃなくって、うまいですね。
内定取り消しという部分で現在の話なのかと思いつつもどこか古くて、既視感のある登場人物たちの言動や行動が最後で腑に落ちたわけですが、六枚という分量で密度が非常に濃い話でした。後半のお父さんのエピソード、特に終盤でネクタイの結び方を教えてもらう場面がとても好きです。
僕はセミウィンザーノット派でした。というかそれしか出来ない。

「最後の光学」洸村静樹

二つのエピソードがどのようにつながるのか、と思ったら最後までつながらなかった……のかな。いや、つながらないというよりも、それは直列ではなく並列につながっていて、双方が時代を隔てて同じことを描いているのか。
文章がかっこよくって自制が効いていてそれでいてしっかりと苦しみや悲しみが伝わってきて、事象の切り取り方がすごくいいなと思いました。もう僕が褒めなくっても他の人が褒めるからいいんじゃないか、ってそのくらいうまいと思います。

「踏みにじられた夏」佐藤相平

今回はなんかもう直球で来ましたね。
粉チーズとかパセリとか、いやいや、チョークに対する想像力が間違った方向に働いているのを見ると胸が苦しくなります。おまけに担任の酷さ。よくこんなふうに書くことができるなあと、僕だとちょっと無理で多分最後に主人公に大暴れさせて終わらせてしまうかもしれません。ということで佐藤さんの精神力の強さに羨望の眼差しを送るしかないのですが、しかし、最後までくじけることなくあがなうことを捨てていない主人公にちょっとだけ救いを感じます。もちろん彼女がこの先に幸せが待っているというわけではないのですが、それでも彼女の力を信じたい。そんな気持ちにさせられます……がこういう話は勘弁してほしいというのが本音です。

「こどもの証」谷脇クリタ

すべてが決定的に決まっているけれども、物語ではすべてが曖昧なまま。なにか決定的な出来事が起こってそしてそれはずっと後を引いていて、残酷な行いが継続されている。それが何なのかと知っている人物はけっしてすべてを語ろうとしない。そんなもどかしさの部分がこの物語の核なのかなと思いました。ただ逆にそのもどかしさがちょっと僕には不満な部分があって、それは要するにもう少しこの先の物語を読みたくって、この世界の秘密を教えてくれ。という期待からです。

グループEはどの作品も甲乙つけがたくって悩みました。

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