第10回六枚道場(後半)
「クロージング・タイム」ケイシー・ブルック
すべてがもうバッチリと決まっていてとにかくかっこいい。いやかっこいいというのもちょっと違うか。雰囲気が抜群にいい。後半グループの初っ端が、閉店時間というのは抽選神の皮肉なのかもしれないけれど、うん、まあこの話を読んで10回六枚道場は終了としてしまってもいいんじゃないかって気持ちにもさせられたし、実際。でも実際のところはIグループの最後にこの話が来なかったのは痛恨の極みだっただろうなあ。
すごく好みなんだけど、舞台が日本じゃないことと物語に引っかかりがないのが六枚道場としては欠点なのかもしれない。しかし、閉店時間なのだ。作中の登場人物たちもみな、物足りなさを感じている。だからこの物語にもそれに呼応するかたちで物足りなさが必要なのだ。
「健康な習慣」奈良原生織
メタンの臭いがやってくるという部分でちょっとひっかかってしまった。メタンガスは本来無臭で、都市ガスとして使われる場合はわざと臭いを付けているのだ。と思いながらもそんな知識を普通は持っているわけでもないので、瑕疵でもなんでもないわけだけど。ただ、ここであえてメタンという言葉を用いたのはプロパンガスではなく都市ガスであることを伝える必要があったのだろうかと、悩んで結局わからなかったのであります。
いろいろな要素がなにかしらの意味を感じさせて、だけどもその意味はあきらかにされない。主人公がお腹にボールを抱えたままなのと同様、読者はもどかしさを抱えたまま物語に付き合う。主人公が最後に投げるボールもやがていつか主人公のもとに戻ってくるのかもしれないが、しかしそんなことってありうるのか。このわかるようでわからないもやもやが面白い。
「ダウナ&アツパ」乙野二郎
乙野さんにしてはなんだか振り切っているような感じで、そもそも平成66年というところが不穏だ。記録されている最高年齢が122歳なので平成がその年代まで続いていてもおかしくはないのだが、書かれている内容が内容なのでやはり不穏さを隠しきれない。というかラストの一文がなんていうか作者の底意地の悪さを垣間見させているのではないだろうか。
「縄」澪標あわい
前作もそうだったけど今回もちょっと引っかかる部分があった。「頬に微かな文がついていた」というところでこれ自体はいきなりハッとさせられる表現だったけれどもじゃあ頬に文がついていたのはどうしてわかるのかという部分だ。微かとあるので窓に写っているとも思えないのだが、窓に映った自分の顔を見てというような一文が差し込まれていたら違和感も感じなかっただろう。どうようなことはほかにもあって「カラーコーンを跨ぎ入って」という部分も引っかかってしまった。カラーコーンがそんなに隙間なく置かれるのだろうかということだ。もちろんカラーコーンとカラーコーンの間に人が通ることのできる幅があったとしてもあえてカラーコーンの上をまたぐ場合もあるのだが、今回はなんだか、イメージだけが先行してしまってそれだけで筆が走ってしまっているという印象を受けてしまった。
「逆襲」松尾模糊
松尾さんの作品は「海辺の蝶」を最初に触れたのでそのイメージが強い。なので前作を読んだときには意外に感じ、さらに今作でも意外に感じてしまった。もちろん良いイメージで、こういう作品も書かれるのかという驚きだ。時事性の高い内容で、今しか書くことのできない内容なのでやったもの勝ち、注釈の部分も気が利いていて楽しませてもらいました。
「つめ」坂崎かおる
一人称の一方的な会話だけで終わるという実験的な作品で、実は僕も次回に用意している小説が当初同じ試みをしていた、結果として断念したのですが、まあかぶらなくてよかったと胸をなでおろしました。実際に書いてみると難しくって、多分苦労されたんだろうなと思います。会話のうまさもあるのですが、糸を切ることができなかった代わりに爪を切るという行為はなんなんだろうかと思いました。それはひょっとしたら主人公の、つながりを切りたいのに切ることができなかったという感情のしこりのようなものが、爪を切ると、切るという行為でありながら切るたびに思い出してしまう、そんな感じなのかな。
「おもいつき」吉田柚葉
坂崎さんと同様、一人称で一方だけの会話で終始する話。ということでグループが違うとはいえ続けざまだと後のほうが不利ですよね。坂崎さんはカギカッコを使わない方法で試みたのに対して吉田さんはなんと開始だけ使って終了は閉じないという試み。ただし最後だけは閉じている。このあたりはあえて狙ったというところでしょうか。内容はというとこれも坂崎さんの作品に呼応するかのようにそしてステップアップして嫌な話。好き嫌いは余計にわかれそうですよね。
「バルブを閉めるだけ」宮月中
まさかの一人称三連ちゃん。と思ったら途中で他の人物が登場して変わったのでちょっと安心したけど、これまたうまいんだけど嫌な話。なんというか女の子に嫌な思いをさせる話は僕にはちょっと書けないなあと改めて思いました。
「アルカディア」関澤鉄兵
作者の実体験に基づく話と思われる。もっともこれがノンフィクションなのかというと六枚道場はノンフィクションは禁止なのであくまでフィクションとして捉える。
これまたケイシー・ブルックさんの作品に呼応するかのような話でもあって、今回はちょっといろいろと面白かったんだけど、主人公にとってのアルカディアはどこにあったのだろうかと考えてしまった。ライブ会場の中なのか、それとも作中のように帰りのバスの中にあったのか、あるいはラストで感じさせた、どこにも存在しなかったのか。アルカディアに行くことを決意できなかった悲しみの物語だと思った。
「地球外生命体迎撃計画」小林猫太
今回はツイートでも覇気がなくってどうしたんだろうと読んでみたらたしかにそうだなあ。言い方は悪いかもしれないけど手癖で書いたという印象がつよい。LINEの相手はEであるはずが一箇所Nになっていて、ひょっとして僕が知らないNがどこかにいるのか、あるいはなにか重大な伏線なのかと悩んでしまった。そのほかにも「書かれてはいるものののいかにも」と「の」が一文字多かったり。
一文が長く饒舌なのはわざとだろうけど、そのあたりも他に書きようがあったんじゃないかという気もする。
「ダイエット ウィズ」椎名雁子
悪くないんだけど、焦点がぼやけているような感じがした。重い話をその前後に軽い話で挟んで面白い構成だけど、中間の重い話の印象が強すぎてそれを挟んでいる軽い話の軽みがうまく効果をあげることができなかったんじゃないのだろうか。しかしそういった部分も含めて次作への期待値は高く、次の夏川さんの作品がなかったらこの作品に投票していました。
「猫と嘘と」夏川大空
夏川さんと僕とでは表と裏なんだなと思いました。夏川さんは障害と向き合うスタンスで、僕は障害に寄り添うスタンス。どっちが良い悪いというわけでもない。ということで今回も僕には書くことの出来ない物語で、ここまでのまっすぐな気持ちをこんなにもまっすぐ書くことができるというのは素晴らしい。
とはいえども、漢字の開きの部分がこれでいいのかと思う部分もあるんだけど、そのあたりは夏川さんらしいのかな。やはり。
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