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It is my ROPE

綺麗に折り畳まれた不織布マスク。
出かける時、ズボンのポケットに入れるだけ入れて一度も着用せずにゴミ箱に捨てる。
ほんの数年前まで片時も手放すことができなかったのに。

どうしてもいいとこ取りをしてしまうのだ。
目の前のあの人の、
いいとこだけ。
上がったり下がったりの日々の、
ほんのいいとこだけ。

でも自分のことは悪いとこばかり見つけます。

自分ばかり不器用で要領が悪いと思い続けて、
でもちゃんとみんな不器用で。
本当にめんどくさくて、
本当に可愛らしい。

面倒くさい ≠ 嫌い
面倒なとこも含めて、そこにいて欲しいと言っているのです。
わがままで申し訳ないと常々思う。
ただあなた達がそこにいるということは、
ほんの些細な意味かもしれない。
しかしその意味は私の人生における、
とても大きな要素だったようだ。


過ぎ去った日々の儚さと、未来に向き合うこと

小さい頃抱きついていた母はふくよかではなかったが、大きなイメージがあった。
胴回りいっぱいに腕を回していた。

高校最後の定期テストが全科目合格で終わった。
正式に高校の卒業が決まったことを意味する。
通信制に入学した当初、アタシの将来やら、未来やら、アタシ自身のことやらをかなり心配していた母親。いつもはそんなことしないはずなのに、喜び溢れてアタシの首元に腕を通してハグの形になった。

この歳になってそこまで親にスキンシップを求めなくなり、気恥ずかしさが押し寄せたが、母の優しさというやつがアタシの中に優しく染み込んでいった。
どこかの角ばった骨がアタシの体に当たる感触と、腕に余るほど細身な胴体。
母は小さくなり、アタシは大きくなった。

カラスがやってくる方を眺めながら、
遠く田んぼの向こうの輝きを見つめる。
夕陽に照らされた大きな橋は今日もチカチカと白く光ってみせた。

あの街に住むことを夢見た。
先の地震に襲われた今でもその夢は変わらない。
それを超えるほどの美しさと儚さがあの街にはあるのだ。

北陸の冬はとにかく晴れない。よって今日のような晴れ渡った夕方は散歩しなければならない。
いつぶりかのグラデーション。
世界の半分が青と赤の真ん中。
なんて美しいのだろう。忘れちゃってた。
やけに明るく見える星たちは、頬を刺すような夜の冷たささえそっと受け入れさせてくれる。

こうしてあの歌は思い出になり、
あのアーティストはイメージになる。

ありがとうを言わなきゃいけないタイミングで、
ありがとうが出てこない。
そんなことの繰り返しです。
あなたがくれた温もりはかけがえがありません。
今はまだ伝えられない。
ごめんなさいとかすいませんとかそんなことしか言えません。
必ず伝えに行きます。


眠れない。んー。
読書灯のオレンジを点けて、文庫本を再び開く。
文字を眺めていればいずれ眠くなるだろう。
あと4時間半もすればアラームが鳴る。
眠れないは辛い。聞こうと思って聞いてなかった音楽を流す。なかなか耳慣れないや。

元気してるかな。同じ人と同じ場所。
変わり映えのない時間。
それを尊くおもったり、変わってしまえとおもったり。なんて無責任なんでしょうね。
アタシは本気で誰かを、ここを、今を、アタシ自身を愛することができるのだろうか。

2時間半ほど寝てアラームにまかせて目を覚ました。
こういう日は肩から後頭部にかけての張り方が尋常ではない。
焦げ目が全くつかなかったトーストにハムエッグをのせて食べた。全く唾液は出ないし、あまり目が覚めないままだ。
妙な浮遊感が抜けない。

小さなかさぶたを剥がした。
赤い血がふくふくと丸く湧き上がってきた。
あと少しだったのに。


今頃の季節になってくると、どういう訳か思っていること言葉にしやすくなる。それをどんな音楽に載せようかたくさんアイデアが湧いてくる。
誰かに聞かせることがほぼなければ、聞かせようと思うこと自体もまだ恥ずかしい段階ではある。
しかしながら誰かに聞いてもらうことを密かに夢見ている。

自分で何かを表現することは大好きだ。
このnote然り、ラジオ然り。
自分が思っていること、感じていることを誰にも止められず、誰にも怒られず世界にばら撒くことができるのは幸せなことだ。

インターネットは世界を繋げた。どこかの誰かに届くといいな。


ある程度手を抜いた気ままな生活をしていても、いつかいつかと予想していた最悪な将来はやってこなかった。結果的にはどうにかなったのだ。

何かしらの分野において、みんなよく頑張ってる。上から目線な言い方になってしまったが、アタシ含めてみんな何かしらよく頑張ってる。だから並列の立場で言わせて欲しい。

意外と人は怒らないし、そういう意味では他人に興味がない。だから、迷っていることはやってみたほうがいいかもしれない。
迷ったらで大丈夫です。

人を殴り殺す夢を見てしまった。
『バイオハザード』的な感染する病気なのか、人のそういう“運命”なのか、私たちは気が狂ったかのように他の人に襲いかかってしまうようだ。

実在はしないが、妹のような近所の子のような可愛らしい5、6歳の女の子と、同じ家に何年も住んでいる見ず知らずの白髪の男性、
そして実在するアタシの母親もまたその“病気”に罹っているらしい。

「アタシはアナタのこと大好きだよ」
「だけど“変わった”時は本当にごめんね」

アタシは罹ってないらしく、みんなの手を握りながら、一人ひとり懇々と謝罪していく。
ある夜、薄暗いリビングで何かに怯えるように皆んなでテレビを見ていた。
1日の震災の夜を連想させる。
夜中なのに流れていたのは『シャキーン!』。
ものすごく懐かしくて見入っていた。

気がつけばすぐそばで母親が悶え苦しんでいた。
“変わる”のだ。いよいよこの時が来た。
強張りながら、それでいてソレに支配されるのを拒むように弱々しく襲いかかってくる母親。
至近距離で目が合う。いつもの母親のそれだ。
片方の手で容易に押さえつけ、もう片方の手に重いダンベルを握って持ち上げた。
不思議なほど簡単に振り下ろしていた。
手に伝わる柔らかい感覚。
母親の目は充血していた。
5度目に振り下ろそうとした時、スマホのアラームで起きた。

本当に悲しくて涙を流した。
寝ぼけた重ったるい頭では、どうして悲しいのかを正確に理解できていなかった。
母親に手をかけた映像が3分ほど記憶にこだまして、
やがて忘れた。
胸の奥に残った大きな塊だけが取り残されていた。

好きになることと嫌いになること。
生きることと死ぬこと。
どちらの怖さも知った今、こちら側に踏みとどまるべきか、向こう側に踏み出すべきか。

数時間もすれば、衝動なんてどこかへ消えて無くなる。それが悔しくて仕方ないが、そんな感情さえ一晩もいらない。
どうしてあの時あんなにときめいてたの?
どうしてあの時あんなに死にたかったの?
何かを叫びたかったのに。
何かを言わないでおこうと思ったのに。

さようなら。
目を覚ました後の世界がさようならアタシは─。


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