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儀式東京

というわけで上京をした。俺は3以上の数を数えられない低能なので昔からおよそ手続きや契約と呼ばれるものをうんことゴキブリの次に苦手としており、引っ越しなどという煩雑極まる各種手続きの塊みたいな一大イベントなんかどれだけ多くの人の手を借りようが行政からの丁寧な説明や手厚いサポートを受けようが絶対成し遂げられないと思っていたのだが、会社の上司や不動産屋や業者の言うことを右から左へ聞き流しつつ適当に記名したり捺印したりしているうちに何ともつつがなく一通りの事務処理が完了し、拍子抜けするほどあっさりと俺の第二の人生は始まってしまった。こうも簡単に長年の宿願を達成できてしまうとなんだか裏がありそうというか、どこかしらでものすごく大事な見落としをしているんじゃないか、今に俺の事務手続きの不備を論っておっかない役所の職員がアパートに殴りこんできて追い出されてしまうのではないかという不安が理由もなく立ち上ってくるが、そこはまあ、大丈夫っしょ、人生って案外こんなもんだし、などと楽観の皮をかぶった思考停止で乗り越えることでどうにか俺は自分を保っている。さしあたっては水道代と光熱費とネット代を口座引き落としに設定して、あと定期券も買わなければならない。どっちも完全にやり方分からんけど。誰か助けてくれ。

新生活が始まってぼちぼち半月が経とうとしているが、今のところ毎日もれなくすこぶる気分がいい。それはもう恐ろしいほどに四六時中晴れやかな気持ちである。体の奥底からとめどなくあふれ出る活力を発散する術が見当たらないのでとりあえず毎朝汚い部屋の中心で汗だくになるまでコサックダンスを踊り、汗だくになっている。捨てるに捨てられぬ本やCDなどを山と抱えて上京してきた俺にとって月6万の6畳ワンルームは些かならず狭苦しい空間であり、お世辞にも快適で豊かな暮らしとは言い難いが、それでももう部屋を片付けろと言われることも、家人のくだらない口論を聞かされることも、泥酔状態で廊下におしっこをして叱責されることもなく、私生活の領域において恐らくはもう一生誰にも干渉されず誰とも干渉する心配がなくなったと思うと、学生時代ぶりになる一人暮らしとは果たしてこれほどまでに素晴らしく解放的なものであったかと齢26にして新たに生まれ変わったような心地でいる。大袈裟な言い方になるが、ようやく自分の人生がちゃんと始まったような、やっと一人の人間としてのびのび生きることを許してもらえたような、そんな感じだ。前にもちょっと書いたけど俺は両親のことがあまり好きじゃないのでマジに気分がいい。学生時代と明確に違うのは行動範囲がさらに広がったことと、バイトの一つもせずアパルトの中の一文無しだった当時と比べて(世間的には低い方とはいえ)一定の収入があり、それらを誰に口を挟ませることもなく自由に使えるということ、毎日パスタを茹でても誰も文句を言わないこと、何より種々のライブハウスやイベント会場に赴くのに深夜バスとかいう悪魔の乗り物に頼る必要が無くなったということである。チケット代とグッズ代を足しても交通費の方が勝る(+移動に半日近くかかる)という穢多非人もびっくりの非人道的かつ非文明的なカスの生活ともこれでおさらばだ。いい歳こいて実家に仕送りの一つもせず古巣に後足でうんこをかけるような振る舞いを恥じない最悪の親不孝者、などと俺を糾弾する声が聞こえてきそうだが別に俺だって好きでこんな人間に育ったわけでもなければ望んであんなクソ田舎に爆誕したわけでもないのだし、腹を痛めて産んだ我が子がこんな人間のクズに育ってしまうリスクをしっかり勘案した上で結婚やら出産やらといった人生の重大事は決定していくべきなんじゃないのかと思う次第であり、つまりは俺も確かに悪いがこうなることを26年前に予測しなかったあなたたちも迂闊だったのでここはひとつ痛み分けで手打ちにしましょうやと、そういう感じでしょうか。事程左様に人の世とは不条理である。

田舎を出たにも関わらずテレビもねぇしラジオもねぇ(車はけっこう走っている)ので、暇なときはなるべく本を読むようにしている。まあ実家にいた頃からテレビにもラジオにも見向きしていなかったので環境的には何も変わってないと言えばそうなのだが、ここ数年ほどはロクに本を読んでいなかったし、そういえば少年時代の俺は小説に飽き足らず持ってないゲームの攻略本や買いもしない家電の説明書きやお歳暮のパンフレットなんかを四六時中読みふけるくらいの活字中毒小僧で、ゆくゆくは文筆で身を立てようなどという妄想に恥ずかしげもなく耽っていたこともあったし周囲からも末は作家かライターかと持て囃されたりもしていたなぁというどうでもいい過去を何となく思い出し、失われて久しい昔日の栄光を取り戻さんとするかのごとく読書習慣の復活に勤しんでいるのである。とはいえ今も昔も古典文学や一般文芸や新書などには目もくれず、地の文いっぱいに気取ったルビが踊り巨乳の美少女が活躍しまくるタイプのライトノベルしか読んでこなかったので、どれほど頁を手繰ろうと暇潰し以上の意義は得られていないのが現状だが、それの何が悪いと俺は言いたい。俺は単純なエンタメが好きなのだ。修辞技巧を凝らした重厚な筆致であったり、豊富な経験に裏打ちされた作者の人生観が丹念につづられていたり、読み終えて何か新しい視点を獲得できたりと、そういうものでなければいっぱしの小説とは認めないなどという黴臭い教養主義を拗らせたような批評家気取りの連中があれこれ口さがなく言い立ててくるが、お前らのような脳の凝り固まった連中が文壇を先細らせていくのだ。アホが。頭でっかちなだけの蒙昧どもめ。無意味で無価値なものに意味や価値を見出せる、というか意味や価値を創造できるのが人間存在の特権であり、人を人たらしめる機能である。無駄なものをこそ人は愛すべきだ。このブログがそうであるように。

そもそも誰も読んでないだろうし別に伏せる理由もないので言ってしまうと俺は調布市の仙川に居を構えているのだが、まあ率直に言って大変に住みやすい町である。田舎すぎず都会すぎずの穏やかな街並みに、都心へのアクセスも良好だ。特筆すべきは駅周辺の商業施設の充実ぶりで、SEIYUも島忠も無印もカルディも全部あるし、ラーメン屋もいくつかある。ココイチもバーガーキングもミスタードーナツもある。そしてこれは非常に重要なことなので強調しておくが、なんとサイゼリヤがある。ほとんど非の打ち所がない。これだけ充実しているともうこの町から一歩も出なくても生活していけるんじゃないかと思うし実際生活できるだろうが、しかし職場は新宿にあるのでちゃんと家の外に出て通勤をしなければならない。通勤は面倒だ。つくづく人間とは現金なもので、ほんのひと月前までアルバイターをやっていた頃は早く正社員になりたいと妖怪人間ベムみたいに喚いていたくせにいざ実際に正社員になってみると今度は一秒でも早く仕事を辞めて不労所得だけで生活したいという浅ましすぎる欲望がかなり真に迫った勢いで鎌首をもたげてくるのだからまったく救えない。当たり前だがどこへ行っても労働は大変なのである。というかまず8時間労働って根本的に無理があると思うんですよ。人間を8時間も垂直にしておいていいわけがないだろ。一日の1/3ですよ。猫は一日16時間寝るんですよ。霊長類として情けないと思わないんですか。あらゆる技術は煎じ詰めれば人間が楽をするために発達していくものなのに、発達し過ぎた技術の側に人間が引きずられて奉仕隷属させられているこの倒錯した現状、やはり人間は愚かだわネ……などと社会人一ヶ月目の青二才の分際で訳知り顔でほざいてみたりするだけの余裕はまだあるけれど。まあ完全に内勤なので体力的な負担はさほどでもないし元来他人にペコペコするのが苦にならない質なので世間的には恵まれている方なのかもしれないが、ずっと気を張って頭を使い続けるのもそれはそれで大変だったりする。とはいえどんなに面倒な仕事だろうと、それが社会にとって必要なものであるから存在しているのであって、その仕組みの内にいる限りはどんな理不尽も甘受しなければならないのが当然ながらこの世の道理である。なんとも世知辛い話だが、支えられているのは自分の方なのだから受け入れるしかないし、それができないなら、そこから逸脱するしかない。それこそ文筆で身を立てて印税生活でも目指すしかない。ともあれ、一日も早く社会に順応して仕事に慣れるために、バリバリ文系だった過去の己を呪いながら不慣れなエクセルと睨めっこする日々である。会社のためなんかではなく、俺が俺自身の生活を軌道に乗せるために、精進あるのみだ。あと新宿の満員電車はマジでイカれている。どう考えても無理なのに強引に身を押し込んできてその度に叫び出しそうになる。あいつらは正気じゃない。優しさがない。やめてくれ。

生きるとは選ぶことであり、自分の意思を介在させられない状況に投げ込まれることはそれ自体が不幸であると俺は常々思っているが、しかしはっきり自分の意思でもって選んだ道の先に幸福が待ち受けているかと言えば別に全然そんなことはないのが人生の最悪な点である。本当に最悪だ。俺のこれまでの人生は主観的にはかなり最悪で、そこからようやく脱したとはいえ今でも十分最悪ではあるのだが、しかしちょっぴりだけマシになったのも事実である。と思う。そのちょっぴりを元手ひとつに、これから俺は人生という名の見果てぬ荒野を突き進んでいかねばならない。そこに必要なものは何か。月並みな言葉だが、覚悟だ。「覚悟」とは暗闇の荒野に進むべき道を切り開く事だ、なんてどこかのコロネも言っていましたね。本当にその通りだと思います。僕はギャングスターになります。これはマジです。マジですので。応援よろしくお願いしますね。俺なに言ってんの?




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