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7年前、図書室に置かれていたオンボロPCの貸出管理ソフトには日誌代わりに小さなテキストボックスが備わっていて、そこにその日あったことや留意すべき事柄を書き留めておくのが図書委員の業務の一つだった。ほんの小さな思いつきで、俺と彼女はそこに小説のようなものを書いたことがある。二人交互に書き繋いでいくリレー形式で、すぐ飽きてしまって結局一週間ほどしか続かなかったそれは今思えば実にチンケなお遊びだったが、もちろん俺はその頃から彼女のことが好きだったから、なんだか二人だけの秘密を共有しているみたいでドキドキしたのを憶えている。最初に彼女が、深夜の住宅街を主人公の女子高生が走っていくシーンから始まるいかにも青春ものっぽい雰囲気の話を途中まで書いたところで、引き継いだ俺が黒コートの青年(“組織”から離反して孤独な戦いに挑む男。武器は破邪の加護を帯びた日本刀"景房")とシルクハットの怪人(“組織”の一員で、裏切り者の青年を粛清するべく遣わされた刺客の一人。不可視のワイヤーを張り巡らせて敵を斬殺する戦闘スタイルから"絶体領域-デッドスペース-"の異名を持つ)が死闘を繰り広げるシーンを脈絡なく挿入して雰囲気をぶち壊してむりやり人外異能バトルに路線変更したりと、そういうふざけたことをして笑いを取ったりした。俺ほどではないにせよあまり人付き合いが達者なようには見えなかった彼女が、俺の書いたものを読んで笑って、文章うまいね、みたいなことを言ってくれて、俺はそんな彼女と目を合わせられないまま陰キャ丸出しの不気味な笑顔を浮かべて小声でぼそぼそと返事をしつつ、ひとり脳内で喜びの舞を踊り狂っていた。そんな日々から7年が経った。その7年の間、俺には本当の意味で何もなく、当然の帰結として全ては見る影もなく色褪せて風化した。深夜の住宅街を走る女子高生も、雨の降りしきる中で対峙する黒衣の剣士とシルクハットの糸使いも、そして彼女の言葉も、全ては時間の波にさらわれて一ビット残らず電子の藻屑と化した。仮に残っていたとしても間違いなく全員忘れている。俺以外には誰も憶えていない。それでも、そういう時間が確かにあった。そのことを何となく思い出し、そして、ごく何気ない、当たり障りのない言葉ではあったが、俺の書いた小説を読んで褒めてくれたのは、もしかしたら彼女が初めてだったのかもしれないなぁと、ふと思った。

そんな彼女がまたぞろ性懲りもなく夢に出てきて寝覚めが悪いので、正直なところ大して美味いとも思わない煙草に火を点け、起き抜けの脳に有害物質を充填しながらとりとめのない思考を筆に乗せて走らせている。酒を飲むのにたいがい飽きてきたこと。前髪の癖が鬱陶しくて仕方ないこと。ぼちぼち眼鏡を新調したいがタイミングが見つからないこと。別に大して欲求不満でもないのに変な義務感に駆られてちんちんを触るのをやめたいと思っていること。人の話に割り込んで喋る人間の神経が理解できないこと。陽が落ちると窓の外から野良猫の叫び声が聞こえてきて心がざわつくこと。外では常にマスク付けてるしそれでなくとも会う人間なんかほとんどいないのにわざわざ毎日髭を剃ることに果たして意味はあるのかということ。二日酔いの朝に飲むソルティライチがこの世で一番うまいということ。エモいという言葉をもう誰にも使ってほしくないと思っていること。座椅子とノートパソコンが欲しいこと。部屋を片付けろと言われる意味が本気で分からないこと。全員から疎まれている気がすること。お尻の毛を剃りたいと思っていること。シックスパックなんて贅沢は言わないから可及的速やかに下腹の肉を落としたいがやり方もやる気も行方不明で途方に暮れていること。どいつもこいつも赤の他人の家計簿の話で何故そこまで盛り上がれるのか理解に苦しむこと。好きな漫画家の新作が打ち切られてしまったこと。自分が人間ではなく人間に擬態したエイリアンであるような気がしてきたこと。全員嫌いなのかもしれないということ。他人を押しのけてまで通したい主張や信念を持っていないからずっと黙ってるだけなのに真面目な人間だと思われて変な後ろめたさが降り積もっていくのをどうにかしたいこと。卒業して7年も経ってるのに顔も声もはっきり憶えているし未だに夢に見るくらいなんだから「かつて好きだった」じゃなくて「今もまだ好き」なんじゃないかと自分でも思うがどっちみち連絡を取る手段が存在しないのでどうしようもないこと。もしかして本当は全部どうでもいいと思ってるんじゃないかということ。途中で書くのをやめてしまった小説のこと。こんなのもういい加減やめにしたいと思っていること。思考が行き着く場所はいつも決まっていて、それは自分が思い描く未来と、そこに必ずいる誰かのことだ。

誰かが現実に即した悲観を口にすると決まって「明けない夜はない」などという常套句をしたり顔でほざくやつが一人か二人かあるいはそれ以上出てくるものだが、そんなことは分かっている。俺だってそう思う。悲観と冷笑は違う。現実を見ることと理想を嘲ることの間には天と地ほどの開きがある。事実としてこの惑星は回転しているのだから夜はいつか必ず明けるものだ。そんな慰めは要らないし、俺が言いたいのはそういうことじゃない。たとえばコウモリのように、モグラのように、フクロウのように、多くの昆虫のように、そして俺のように、望むと望まざるとに関わらず暗闇の中でしか生きられない、どうしようもないやつが一定数いて、そういうやつらのどうしようもなさを、悲しみを、一体どこの誰が繋ぎとめてくれるのかと、そういうことを言いたいのだと俺はずっと思っている。物心ついた時からヒットチャートのラブソングが生理的に受け付けなくて、一人で辛気臭い音楽を聴きながら誰も見てないのに憂鬱そうな顔をしたりしている。俺の悲しみはいったい誰が拾ってくれるのだろうか。まあ別に、俺なんて社会的には全然恵まれてる方だし、言うほど四六時中悲しみに暮れてる訳でもない。こんな葛藤も所詮、自意識の置き場に難儀する中学生の妄想と同レベルの、ストロングゼロを2本飲めば忘れられる程度のみっともない繊細ごっこに過ぎない。繊細ごっこは楽しいのだ。いっそ「俗世に蔓延る能天気な衆愚どもと違って俺だけは自分の人間性と真摯に向き合っているのだ」的な、陳腐な自己陶酔で己のアイデンティティを固めるまたとない好機だと開き直った方がまだしも建設的かもしれないし、一方でそこまで品性を擲ちたくないという最低限のプライドらしきものも確かにあり、結論、なんだかよくわからない。こんなしょうもない葛藤なんか遅くとも高校生ぐらいまでには卒業しておかなければならない筈なのに、25にもなって未だに俺はキモい自意識の牢獄に囚われたまま下劣な繰り言を電子の海原に垂れ流すばかりで、意味のあることを一つとして成し遂げられずにいる。25って。四半世紀だ。やばすぎる。そんなに生きた覚えは無い。自分で自分に納得できないままこれだけの時間を無為に過ごしてしまったという事実にひたすら絶望している。あと先日薬局で酒を買ったら年齢確認を食らった。自覚していなかったがどうやら俺は実年齢よりも若く、下手をすると高校生ぐらいに見られてしまう顔面をしているらしい。バイト先のパートのおばさんからも「肌が白くてモチモチしている」などと謎の好評を受けている。不快ではないが不本意だ。若々しいと言えば聞こえはいいが何のことはない、人と接する機会がないから表情筋が発達していないのである。肌が白いのだって単純に、日光に当たらないから血色が悪いだけだ。内面と同様に、外面においても俺は子供の頃からロクに成長できていないのだ。それならいっそ高校生に戻してくれ。そしたら俺はもうちょっとまともな人生を歩むし、彼女にもちゃんと告白するから。いや、できるかな。できそうにないな。無理だろうな。無理です。というか俺は齢25にして未だに異性とまともな交友関係を築くことはおろか手を繋いだことすらマジで一度たりとも経験がない完全無欠のチェリーボーイなわけだが、これって世間的にはどうなんだろうか。いや、どうって、別に俺自身はどうとも思ってないし、世間が俺をどう見做そうがどう扱おうが身の処し方を改めるつもりは皆無なのだが、世間一般の、日の当たる道をのびのび歩いて真っ当な人間関係を築いて楽しく生きているような、いわゆる「普通の人間」が俺みたいな夜行性の人種をどういう目で見ているのか、ちょっと気にはなる。純粋な知的好奇心に基づく異質な生き物への興味だ。俺はあまりにも対人能力が終わっているせいで学校とかではほとんど透明人間に等しい扱いを受けていたのでイジメとか陰口とかオタク差別みたいなリアクションすらまともに経験したことがない――スクールカーストの高い低いではなく、そもそもカーストに組み込まれてすらいない――し、そんな自分に疑いを持たない程度にはまともな人間の情緒が欠落してしまっているので、そこらへんの反応を類推することさえ全く出来ないのだ。ヒトの情を解さない哀しきモンスターである。珍しい生き物みたいな扱いなんだろうか。サル目ヒト科インキャ属か。クソ過ぎる。今すぐ根絶やしにしろ。俺の純潔は誰にも渡さないからな。覚えとけ。俺の家系は俺で末代だ。忌まわしき血脈はここで断ち切る。ざまあみろ。自分の分身を好き勝手にこしらえて世にバラ撒いてる連中、どういう神経してるんだ。どんだけ自分に自信があるんだ。どんだけ世界に期待してるんだ。自分の子供が社会で打ちのめされて鬱になって引きこもって「頼んでもいないのにどうして産んだんだ」って訊いてきたらなんて返すつもりなんですか?そこで納得させられる答えを出せない人間に子を成す資格は無いと思います。俺には到底無理だ。無理。無理でぇ~す!えへえへ!バーカ!もう何もしたくない。全員死んでくれ~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!ともあれ、立派な大卒の成人男性なのにあまりにも人生経験に乏しい自分の有様に恐怖に近い劣等意識を覚えることがかなり頻繁にあって、そういう時には5年制の国立高専を卒業間近で中退して歯科大に再入学するというアクロバティックな進路選択をキメたことで最低でも27歳までは学生でいることが確定している地元の知人のことを思い出して平常心を保つようにしている。初めて知り合ったのは中学の時だが、そいつはその頃から誰に言われるでもなく学校の中庭に生えてる雑草をむしって食ったりしていたし、酔っぱらって記憶と免許証をなくしたとかズボンに誰かの血が付着していたとか、そういう治安のよろしくないエピソードにも事欠かない。草食系なのかそうでないのかはっきりしろ。そんな奔放さを羨む気持ちも、もしかしたら俺の中にはあるのかもしれない。あとそいつはむやみにイケメンでもある。それは間違いなく羨ましい。俺もイケメンだったら、何かの才能があったら、あるいは何者にもなれない自分を許せる度量さえあったなら幸せになれたのかもしれないが、もはや全ては致命的に手遅れである。ひとたび輝きに目を焼かれたら、もう自分でも止まることは出来ない。無才の凡人らしく不格好に手足をバタつかせながら、誰に宛てたわけでもないヘタクソな呪詛を叫びながら、蝋翼を焼かれたイカロスのように太陽に向かって墜ちていくだけだ。そうして陽は落ち、日々は過ぎ、人生は終わってゆくのである。何を書いているのか分からなくなってきた。というか最近はこのnote自体、はっきりテーマを決めて構成を考えて腰を据えて書くのではなく、都度思いついたことを気の向くままに書き殴っては下書きに保存し、後からそれらを適当に継ぎ接ぎして一つの記事にでっち上げるという極めて乱暴なスタイルで仕上げているため、一貫性もヘチマもあったものではない。俺は一体何に悩んでいるのか。なんにせよ至極くだらない悩みであるのは確かだ。こんな発作的な感傷に駆られて書き散らかしたポエムに何がしかの価値が宿るなんて、自分ですらこれっぽっちも信じていない。やっぱり俺は本当のところ、全部どうでもいいと思っているのかもしれない。全てが終わった後で何が残るのか、そのことを考えるとひどく空しくて、少しだけ死にたくなる。俺の悲しみを拾ってくれる人、随時募集中です。嘘。そんな人間は存在しなくてよろしい。俺の十字架は俺だけでいい。あなたの幸せを僕は祈っています。酔っています。よろちくび。




思わせぶりな文章の最後に好きな歌を貼ってそれっぽい雰囲気を演出するのにハマっている。これからも軽率に貼っていこうと思います。

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